Nov. 20 〜 Nov. 26




”恐怖とトラブルを克服するには・・・? ”



ハリケーン・カトリーナや大地震のような天災や、殺人、テロなどの人災を除いて、 私にとってこの世で最も恐ろしいものを3つ挙げるとすれば、1つがガンを始めとする病気、 もう1つが蛾、ハエに始まって、生きている七面鳥(写真右、ローストされてお皿の上に乗っている分には 全く怖くありません)、トカゲ、ヘビに至るまでの 「気持ちの悪い生き物、そして最後が ”IRS”、 すなわちアメリカの国税局である。
そして、これらの3つの恐ろしいもの全てに関わるトラブルを味わったのが、先々週の私だったのである。

国税局が怖いなどと言うと、まるで私が会社の帳簿を操作して脱税をしているのでは?などと思われてしまうかもしれないけれど、 この国では 何もやましい事などしていなくても、もしくはしていないつもりでも降りかかってくるのが IRSのトラブルである。
私は、アメリカで初めて所得税を申告した年に、会計士のミスで 雑誌社の見習い期間の給与が申告漏れになっていたために、 その3年後に利息とペナルティがたっぷり付いた支払い請求が来たことがあったけれど、 いきなり30万円近くを支払わなければならない上に、その3分の1近くがペナルティと利息という馬鹿馬鹿しさで、 「勝手に3年も掛けて申告漏れを見つけておいて、利息を3年分付けるなんて・・・」と、非常に頭に来たのを覚えている。
でも私の周囲には、IRSの課税が間違っていて、真に受けて支払ったら、その支払いが2年以上戻ってこない という思いをしている人も 居て、そんな話を聞くにつけ、「恐ろしい!」という意識が私の脳裏にしっかり刻み付けられたのが 国税局なのである。
そして その国税局から 再び 税金の申告漏れの手紙を受け取ったのは先々週の月曜日のこと。 今回の 申告漏れは私個人の税金ではなく、CUBE New York Inc.の会社の税金で、 例によって、ペナルティと利息が付いた請求書が届いたのだった。 でも、これについては数ヶ月前に銀行を通じて支払った記憶が鮮明なものだっただけに、振込みのレシートを捜して ”IRS”に電話を掛けたところ、「銀行側のトラブルで支払いがされて居ない」と言われ、「例え銀行のミスでもペナルティと利息は支払うように」と言われてしまったのだった。
そこで、今度は銀行に問い合わせると「支払いはきちんと行われている」と言われる始末で、こういった状況に陥った場合、中には 「利息が膨れ上がる前に 先ずは 請求された分を支払ってしまおう」という人も居るようだけれど、友人が同じことをして 2重に支払った税金を取り返せずに苦労しているだけに、私はそれだけは避けなければ・・・と再びIRSに電話をすることになったのだった。
その結果判明したのは、 IRS側の入力ミスだということで、私はペナルティも利息も支払わずに済んだし、 何も請求されることはなかったけれど、お陰でこの日は その後 何も出来ないくらいにドップリ疲れてしまったのだった。

そして、その翌日に私を襲ったのが ”気持ちの悪い生物” で、早い話が 窓を開けていたら大きな蛾が入ってきてしまい、 殺虫剤をスプレーしたところ、興奮して部屋の中を凄まじい勢いで飛び回ったために、 心臓がバクバクする思いをすることになってしまったのだった。でも、やがて蛾は部屋の中のハロゲン・ランプに 吸い込まれていって、勝手にランプの熱で燃えて死んでくれたので、IRSに比べれば遥かなマシな出来事だったけれど、 蛾が燃える際の たんぱく質が焦げたような匂いというのは 何とも言えずに不快なもの。

そうして迎えた先々週木曜日、私は3年ぶり、2度目のマモグラム(乳がん診断のための乳房X線写真)のために 婦人科のクリニックを訪れたのだった。 女性なら誰もが マモグラムを好まないのは、撮影の際に胸を押し潰されて 非常に痛い思いをするのに加えて、いくら自分が健康だと思っていても、「乳がんではない」という結果が分かるまでは、 どうしても不安な思いをさせられるため。
今回 私が主治医に紹介されて 初めて出掛けたのは、女性ドクターが経営するクリニック。 当然、私の担当医も女性なのかと思っていたら、マモグラムの撮影こそは女性のフィジシャンが行ってくれたけれど、 撮影されたフィルムの説明に現れたのは男性のドクターだった。 この男性ドクターというのが実にクセ者で、人は良さそうに見えるものの 「プライベートに話した方が良いのでオフィスにどうぞ」などと、 いかにも、私にガンを宣告するかのように呼び出して、「多分何でもないと思うけれど、左側に映っている影が・・・」と、 たっぷり私を脅かしてから左胸のマモグラムを再度撮影をさせたのだった。
でも後から頭を冷やして考えてみると、左側の胸の影というのはどう考えても私のペンダントが写ってしまったものとしか思えないもの。 マモグラムというものは、上手く 胸の組織が写らなかったために撮り直しが発生するのは珍しいことではないので、 ただ撮り直しだけを命じてくれれば良いのに、わざわざ個室に呼び出されて、しかもあたかも乳がんであるかのように脅されたせいで、 私は再度撮影されたフィルムを見るまで「乳がんだったらどうしよう・・・」と真剣に怯えることになってしまったのだった。

その結果、再度撮影されたマモグラムには異常は見つからなかったけれど、私の胸の組織は非常に密でマモグラムだけでは がん細胞が発見されにくいとのことで、 すぐに受けるように薦められたのが ソノグラム(超音波)。 その薦め方というのも、ドクターの 乳がんになった義理の妹の例を持ち出して来て、 「君と同じアジア人で、君と同じように胸の組織が密で、君のようにガン家系ではなくて、 しかも君より若くて、子供も3人産んでいる分、君よりガンに掛かり難いはずなのに乳がんになった」と、 まるで「私が乳がんに掛かるのが目に見えているから、ソノグラムをやっておけ」と言わんばかりの口調だったのである。
しかも値段の説明や、誰がソノグラムをするといった説明は一切なく、私はソノグラムを受けることに「No」とは言わなかったけれど、 「Yes」とも言わない状態のまま、別室に通されてしまったのだった。
私はマモグラムが女性フィジシャンによって行われたので、てっきりソノグラムも女性のドクターが行うものと思っていたけれど、 現れたのは私を散々脅した男性ドクター。心の中では「冗談じゃない!」と思ったけれど、時間も無いし「ドクターを女性に変えて欲しい」 と言うのには遅過ぎる状況で、仕方なく 男性ドクターからソノグラムを受けることになったのだった。

私はこの日、マモグラムの後には 婦人科の定期健診に出掛けることにしていたので、男性ドクターには その旨伝えておいたけれど、にも関わらず 彼が長々と無駄話をしながらブレスト・エグザム(胸の触診)をしたのには、 まず気分が悪くなってしまった。 そしてその後のソノグラムも、彼がまたしても乳がんになった義理の妹の話をダラダラと始めて、 その一方で まるでマシンを使って私の胸を触っているような、要するにセクハラを受けているような感覚を味わってしまい、 私は気分が悪いのを通り越して、段々と腹が立って来てしまったのだった。
しかも、その長話の末に発覚したのが、彼の義理の妹は、若い頃に一度がんを経験していたということ。一度がんを経験していたら、 私より若かろうと、子供を産んでいようと、私よりがんに掛かる確率は遥かに高くなる訳で、マモグラムを見ながら 彼の義理の妹が「私よりがんに掛かり難い」といったのは 明らかに事実に反することだったのである。
これを聞いた私のリアクションは、「病院とてビジネスであるから、ソノグラムを受けさせるために 私を脅したのでは?」というもの。 実際、請求書を受け取ってみると、マモグラムが300ドル、ソノグラムが350ドルで、チェックアップが保険でカバーされない私は、 この乳がんの脅しとセクハラまがいの行為に対して、何とマノーロ・ブラーニック1足分に値する650ドルを支払うことになってしまったのだった。

そもそも私は 過去の自分や友人の経験から 男性婦人科医に対して 「2度と掛かりたくない!」と思うほどの 毛嫌い感を抱いていたこともあり、私はその後出掛けた主治医(もちろん女医!)のクリニックで、ドクターや受付の女性に この最悪の体験を愚痴りまくることになってしまったけれど、あの男性ドクターがブレスト・エグザムを行った際に、 生暖かい手で胸をやんわりと触った感触や、義理の妹の乳がんの話は、 その後も 頭の中をグルグル駆け巡っては私を不愉快にさせることになり、 通常、私は嫌な事はすぐに吹っ切れるタイプなのに、1週間が経過しても 未だ不愉快かつ 頭に来ているという状態だったのである。

僅か4日の間にIRS、蛾、そして乳がんの恐怖に加えて、セクハラと大出費を 経験することになった私が 運勢を回復させるために その週末に行ったのは 例によって「方位取り」。 良い方位を取ると気持ちが高揚して、エネルギーが出てくるのは 以前の旅行について書いた時にも触れたけれど、 加えて、自分が知らない間に抱えている問題点を悟って、改善するチャンスが与えられるのも その効用の1つなのである。
方位取りから戻った翌日の 私は、「運勢が悪い時は水周りを念入りに掃除」という教えを実践して バスタブの排水口に引っかかった髪の毛を取り除いて、塩素系の洗剤で念入りに掃除をしたけれど、 何故かこの日はキレイになったという感覚が得られなくて、「何かが奥に詰まっているのでは?」 と排水口を眺めながら考え込んでしまうことになったのだった。 そこで、ワイヤー・ハンガーやピンセットを使って、排水口の奥をつついてみたところ、 「何かがあるけれど、それが何かは全く分からない」状態。いつもなら表面がきれいになったところで止めてしまうけれど、 この日ばかりは物に憑かれたように、 どうしてもその「何か」を取り除きたくなってしまったのだった。
そこで、次に行ったのは、10年以上も前に日本から持ってきた粉末状のキッチン・ハイターを 排水口にたっぷり注ぎ込むという手段。すると、その白い粉末が どんどんブクブクと泡状になっていったけれど、 その泡というのが真茶色なのである。 この泡を見て、「これが悪運の原因だったのかも・・・」と思った私は、 もやは道具を使うのを諦めて、ピッカピカにマニキュアをしたばかりの指を排水口に突っ込むことにしたのだった。
そして発見したのが、排水管の奥に何かヌルヌルしたものが引っかかっていることだったけれど、 それを引っ張り出せるほどは指が奥に入らず、指でヌルヌルをひっぱりながら、ピンセットで摘もうと試みるうちに 私のマニキュアは見事に剥げ落ちていくのだった。

拉致が開かない状態が続いたため、今度はパイプの詰まりを除去する超強力なパイプ・クリーナーを使ったところ、 数本の髪の毛が排水口に浮いてきて、それを引っ張るうちに、次から次へと、髪の毛と共に黒くネットリしたものが 網に掛かった魚のように排水口から出て来始めたのだった。 そして それらを引っ張るうちについに姿を現したのは、匂いこそは無いもののヘドロ状になった黒い物体。 その姿は、海藻にノリの佃煮が絡みついたようなもので、この物体を構成している一部は明らかに 私の髪の毛であったけれど、それ以外の黒いヘドロ部分は一体何がどう変わった姿なのか全く見当も付かないものだった。
この物体が出てきた時の私の心臓は例によってバクバク状態であったけれど、 同物体は 襲い掛かって来ないのは分かっていても 手が震えるほど恐ろしいもので、 私はゴム手袋をした手に さらにビニール袋を被せて これを除去することになったのだった。

物体を取り出した後も、私の精神的興奮状態は暫く収まらず、 以前このコラムで、私のヴァニティ・スツールから黒カビを発見したことを書いたことがあるけれど、 もしその黒カビを ”ゴキブリ” に例えるとしたら、今回のヘドロ物体は ”ドブねずみ” と言えるほど 恐ろしものだったのである。
その後、私は排水口に突っ込んだ自分の指に向っても塩素系の洗剤をスプレーしてしまったし、 手がふやけるまでお湯に付けて消毒、殺菌を試みたけれど、それでも翌日までは食べ物が指で触れない状態が続いたのだった。

このヘドロを取り除いて、私の婦人科ドクターへの怒りが収まったか?と言えば、答えは「NO」。
でも1人で怒っていたところで拉致が開かないと思ったので、私はクリニックに正式に抗議することにしたのだった。 私が抗議を決心した理由は、セクハラまがいのソノグラムに650ドルを支払った直後に私が抱いたのが 「もうマモグラムもソノグラムも まっぴら!」という気持ち だったからで、後に主治医と話してこの気持ちは和らいだものの、 他の女性とて こんな気分を味わったら、マモグラムに足を運びたくなくなるもので、その結果、乳がんの発見が遅れることに なりかねないと感じたこと、ドクターのあんな失礼な行為が野放しにされているのは許せないと思ったためで、 値段も告げずにソノグラムを行ったことについても、もしそれが払えない女性だった場合はどうする気だったんだろう? という疑念を感じていた部分も大きかった。
そこで、今週になってクリニックに抗議の電話をしたところ、予想外だったのはクリニック側が言い逃れをするかと思いきや、 私の話を聞いて、謝罪してくれたこと。しかも、その翌日には経営者のドクターが、サンクス・ギヴィングの休暇に入っていたにも関わらず、 わざわざ電話をくれて、 謝罪をしてくれて、善処を約束してくれた上に、ソノグラムの代金 350ドルを返金してくれることになったのだった。
これによって、同クリニックでの嫌な思いはすっかり払拭されることになって、私はサンクス・ギヴィングを ハッピー・エンディングで迎える事が出来たけれど、 これも一重に方位取りと、排水口の掃除のお陰!と思うと同時に、 「マニキュアが剥がれるのを惜しまずに 排水口に指を突っ込んで本当に良かった!」というのが、 今の私の偽らざる気持ちなのである。



Catch of the Week No.3 Nov. : 11月 第3週


Catch of the Week No.2 Nov. : 11月 第2週


Catch of the Week No.1 Nov. : 11月 第1週


Catch of the Week No.2 Oct. : 10月 第5週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。