Nov. 19 〜 Nov. 25 2007




” サンクス・ギヴィングの天国と地獄 ”



今週は木曜がアメリカ最大のホリデイ、サンクス・ギヴィング・デイであったため、多くの人々は水曜から、一部の人々は週明けの 月曜や火曜からホリデイ・トラベルに出掛けていたようだった。
私はと言えば、2年前にサンクス・ギヴィングにパリに出掛けた際、エアラインがトリプル・ブッキングをしていて、 あわや帰国が大幅に遅れるという思いをした上に、空港の混雑ぶりや人々のイライラ具合に嫌気が差してしまい、 この時に 「サンクス・ギヴィングはニューヨークを離れない」と心に固く誓ったのだった。 でもこの決意があっさり揺らいだのがサンクス・ギヴィング直前の先週末のこと。 知人からテキサス州オースティンでのサンクス・ギヴィング・ディナーに誘われたので、「この時期に飛行機で旅行したくない」ことを理由に 断ったところ、知人のニューヨーク・エリアの家族や友人と一緒にプライベート・チャーター機で飛ばせてもらえることになり、 プライベートで飛べるチャンスなど滅多に巡って来ない私としては あっさりそれを受けることにしたのである。
知人は、既に家のゲスト・ルームが全て埋まっているので、私を家に泊めてあげられないことをさかんに恐縮していたけれど、 私としてはホテルに泊まる方が気が楽な上に、宿泊施設はクレジット・カードのポイントを使えば 3日間の滞在が無料になるので、これも 突然の旅行を決めるきっかけになっていたのだった。
でも良く考えて見ると、例え3泊の国内旅行とは言え こんなに突然、しかもこんなに忙しい時期に 旅行に出掛けるのを決めたことは 無かったため、間際までバタバタしてしまい パッキングも中途半端なまま 出掛けることになってしまった。 私が旅行に行く際、一番最初に考えるのが滞在中の気候とアクティヴィティ、オケージョンに合わせての着る物とシューズで、 それと共に 既に旅行用のヴァニティ・ケースに全てがセットされている化粧品については 常に抜かりなくパッキングが出来るけれど、 あとは必ず 忘れ物をしているのが私のジンクスで、今回はサンクス・ギヴィング・ディナーに招待してくれる友人宅への ギフトに気を取られていたこともあって、 携帯電話を充電し忘れた上に、アイポッドやコンピューターのコンセントを忘れるという失態を 犯しながら自宅を後にしたのだった。
そして、これが私のサンクス・ギヴィングの天国と地獄を同時に味わう旅行の始まりだったのである。

私が発った水曜日は近年で最もエア・トラベルが混み合うと言われた日で、国内便でも2時間前に空港に到着するように と メディアがアドバイスしていたけれど、これは空港は異常に混み合っていて、特に荷物検査で大行列が出来ているため。 でもプライベートの場合、20分前には搭乗口に来て欲しいと言われたような状態で、手荷物の検査も無く、 飛行機の旅の嫌な部分が全て割愛されてしまうのは、ショッキングなほど気楽なことだった。
でもプライベート・ジェットに乗り慣れている人には、エアクラフトの機種にもこだわるという更なる贅沢があるようで、 「今日はガルフストリームよね? この間はホーカーだったから狭くて・・・」などと口々に話していたのだった。
そのガルフ・ストリームは乗客キャパシティが12人とのことだったけれど、私のフライトに乗り込んだのは子供1人を含む10人。 椅子の座り心地は抜群で、シャンパンもクリュッグが出てくるし、映画も現在劇場で公開されている「ビー・ムービー」を 子供のために見せていたような至れり尽くせりの待遇で、 「世の中のメガ・リッチな人々は庶民に比べると遥かにストレスが少ない生活をしているんだろうなぁ・・・」と真剣に考えさせられてしまったのだった。

今回私が宿泊したのは、オースティンの空港から車で1時間程度のところにある レイク・オースティン・スパ・リゾートというところ。(写真右)
ここは、コンディ・ナスト・トラヴェラー誌のデスティネーション・スパで第2位に選ばれたスパ・リゾートで、 ホテルのインテリアは、ビックリするような豪華なものではないけれど、 その周りを取り囲む自然の雄大さや美しさは全くの別世界。 私はしばらくバケーションらしいバケーションを取っていなかったこともあって、久しぶりにのんびりと自然に触れる思いを味わうことが出来たのだった。
特に最近は忙しすぎて、すっかりストレスが溜まっていたこともあり、ジムではマンツーマンのストレッチを1時間ほど、 そしてアズキを使ったスパ・トリートメントなどをしてもらい、すっかり身も心もリフレッシュ&デトックスして、 肌がツヤツヤしたのを実感しながら出掛けたのが友人宅のサンクス・ギヴィング・ディナー。
ディナーとは言っても早くから人が集まってきて、男性陣は大型スクリーンTVで、カウボーイズVSジェッツのフットボールの試合を見ていて、 女性陣が集まってお喋りをしているのは、アメリカのサンクス・ギヴィングならありがちな光景。 私が今回の友人宅の料理で興味があったのは、ターキーをカットせずに丸ごとフライにする調理法で、 話では聞いたことがあるものの、 大きな岩のようなサイズのターキーをドラム缶のような容器でフライにする様子を生まれて初めて見て、 そのダイナミックさにビックリしていたのだった。
そうして始まったディナーは思いの他 楽しいもので、 知人の家族や 来ていたゲストはとても親切で気さくな人ばかりだったし、 「スター・ウォーズ」の話などで盛り上がった一方で、高いワインやシャンパンをどんどん飲ませて貰えて、私は「忙しくても来て良かった!」と 心からエンジョイしていたのだった。

でも天国の部分はここまでの話。疲れてホテルに戻った私は、夜の1時にベッドに入ったけれど 1時間以上眠ることが出来ず、 その後 一度眠って目を覚ましたのが午前4時のこと。 目が覚めた理由は腹痛がしたからだった。
最初は鈍痛程度で、寝ていれば直ぐに治りそうな痛みだったので、眠気もあって 放っておいたけれど、1時間経っても良くなる気配がなく、 私は朝の6時くらいまで、眠ったり、目を覚ましたりを繰り返していたのだった。 そして その頃には身体を丸めないと腹痛が酷くて耐えられない状態に痛みが酷くなっており、 まず考えたのが「食中毒では?」ということだった。
でも夜の10時以降は一切食べ物を口にしていないことを考えると、 食べたものに反応するにはあまりに時間が掛かりすぎているように思えるのだった。 しかもサンクス・ギヴィングの料理という性格上、生物は一切食べていないし、 アルコールを一緒に飲んでいたので、食中毒とは考え難い理由の方が多かったのである。
「では、食中毒でないとしたら何だろう?」と考えた途端、私はすっかり恐ろしくなってしまって、 常備薬を飲もうと立ち上がると、既に足元がクラクラする状態。 しかも常備薬をヴァニティ・ケースの何処に入れたかを探すという簡単な作業も苦しくて出来ないほど 腹痛も酷くなっていたし、 気分も悪くなっていて、脂汗はかくし、視界は狭くなるしで、真剣に「911」(アメリカの救急番号)に電話しようか?という思いが頭を掠めたのだった。
でも、「サンクス・ギヴィングのホリデイに ろくな医者が病院に残っているはずが無い」という考えに加えて、 知人が以前、食中毒で入院した際、3日ほどで完治したのに、1週間も退院させてもらえなかった話などを思い出して、 必死の思いで 腹痛止めと抗生物質を探し出して、やっとの思いで飲んだのだった。 その時には 既に コップを持つ手が震えていたほどだったので、当然私はベッドまで戻る元気もなく、 その場で15分ほど座り込んでから、這うようにしてベッドまでたどり着いたのだった。
以前 食中毒になった時は、抗生物質を飲んでから20分ほどで苦痛が消えて、眠ってしまったのを覚えているけれど、 今回は薬を飲んだ後、苦痛は和らいだものの腹痛は続いており、 寝入るまで1時間は掛かったので、 やはり食中毒かどうかは全く分からないままだった。 でも幸い薬は効いてくれたようで、私はそのまま午後の4時まで熟睡することになったのだった。
起き上がってバスルームの鏡で自分の顔を見ると、昨日まではツヤツヤだった肌が すっかり衰えて、土気色になっており、スパに来る前より 遥かにコンディションが悪くなっていたのは情けないことだった。
原因不明の激痛は去ったものの、お腹は時々キリキリした鈍痛を感じており、私自身、全くエネルギーが無い状態だったけれど、 この時点では自分の身体が快方に向かっているのが実感できたので、このまま重病になるのでは?という恐怖感は無くなっており、 すっかり落ち着きは取り戻していたのだった。

こんな状態になると、どんなに大自然に囲まれた 美しいスパ・リゾートでも 一刻も早く立ち去りたくなるもの。 しかも、こんな時は胃にやさしい日本食が食べたい、自分のベッドで眠りたい、自宅のお風呂に入りたい と思うもので、 あっという間にホームシックになってしまった私は、1人でコマーシャル・フライトで帰ることも考えたけれど、 このスタミナの無さで、空港が混み合っていることを思うとやはり不安なので、それは諦めたのだった。
幸い、知人からメッセージが残っていて、ブッキングのミスのせいで翌日のフライトが午後2時から朝の10時に 変更になったとのこと。 本来だったら、出発日にゆっくり出来ず ちょっとガッカリするはずのニュースも 私にとっては全くの吉報で、 残りの滞在中、私はルームサービスでスクランブル・エッグなどを頼んで、冷たい水も飲まず、ずっと安静にしていたのだった。
結局、私の腹痛は 食中毒が原因なのか?、それとも疲れていた私の身体が過食とアルコールに反応したのか? はたまた デトックスで毒が抜けた私の身体がデリケートだったのか?全く理由は分からないまま。 でも 招待してくれた知人にはどうしても 「腹痛で のた打ち回っていた」などとは言うことが出来なかったので、 「生理痛が物凄くて・・・」と言い訳をして、帰りのフライトの中でも眠り続けることになってしまった。
そして自宅に戻るタクシーに乗り込むと、猛然と沸いてきたのが食欲と元気で、 私は帰宅した途端に いつもの朝食のメニューであるベーグル&クリーム・チーズを平らげて、 自分の健康がすっかり回復してきたことに対して幸福感さえ感じてしまったのだった。
これもサンクス・ギヴィング・スピリッツなのかもしれないけれど、でも3日間の旅行を思い出すと 腹痛と戦っていた時の恐怖のインパクトがあまりに強烈で、それ以外の楽しかった思い出はかなり薄らいでしまったのが 実際のところなのである。 なので、どんなにお金があって常にプライベート・ジェットで旅行できたとしても、健康ではなかったら 嫌だ と心から思うし、旅行が楽しめるのも身体が健康であるからこそ。
それと同時に、常備薬を旅行に持参することの大切さも実感してしまったのだった。 ホリデイ期間中に病気になるというのはただでさえ災難であるけれど、 それが旅先となれば、たとえ同じ症状でも精神的な不安や、勝手の分からなさが事態を深刻にするものである。

ふと考えると私はニューヨークに住み始めてから2回食中毒になっていて、発病はどちらのケースも自宅だったけれど、 1人暮らしをしているせいもあって 原因不明の不快感に苦しんでいる時は、「こういう時に備えて、下らないボーイフレンドでも 結婚しておくべきものなのかもしれない・・・」 と思ったのを覚えていたりする。 でも、一度 食中毒だと分かって 抗生物質を飲んで回復する度に、 不意の病に備えるためには、「結婚よりも 常備薬」 だと考えを改めており、 人生の選択を誤らないためにも、常備薬は非常に大切だと思っているのである。





Catch of the Week No. 3 Nov. : 11 月 第 3 週


Catch of the Week No. 2 Nov. : 11 月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 Nov. : 11 月 第 1 週


Catch of the Week No. 4 Oct. : 10 月 第 4 週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。