Nov. 16 〜 Nov. 22 2009




” 医療の必要と不必要 ”


今週のアメリカのメディアで、避けて過ごせないほどに ありとあらゆるところに登場していたのが、 火曜日に自叙伝、「Going Rogue / ゴーイング・ローグ」が出版されたサラー・ペイラン。
彼女が今週出演したトークショーのインタビューの多くは、事前に録画されたもので 本人はブック・サイニング・ツアーで大忙しであったけれど、その書店でのサイン会は 各地で2000人近くの人々が大行列を成す盛況ぶりになっていたようである。
「ゴーイング・ローグ」の発売初日の売り上げは30万部。これはビル・クリントンの自叙伝「マイ・ライフ」の40万部には及ばないものの、 ヒラリー・クリントンの自叙伝 「リヴィング・ヒストリー」の20万部を上回るものになっており、 出版元のハーパー・コリンズは発売を待たずして さらに20万部の増版を決めたことが伝えられているのだった。
ちなみに、「初日の売り上げ」には 事前の予約販売数が含まれており、実際のところは 初日だけの売り上げではなく、予約販売を開始してから発売初日までの 売り上げ と解するのが正しいコンセプトである。


でも、エンターテイメントの世界で今週メガ・フォーカスが当たっていたのが、金曜に公開された映画「トワイライト・サガ:ニュームーン」。
今、アメリカのティーンの間で最も人気が高いロバート・パティンソンが出演していることに加え、 原作がティーンの間で絶大な支持を集めていることもあって、金曜の午前零時から、全米の3000以上の映画館で上映がスタートした 同作品の公開初日の売り上げは、$72ミリオン(約64億円)。 これは昨年公開されたバットマン・シリーズの 「ザ・ダークナイト」 がうち立てた 公開初日売り上げ記録、$67ミリオン(約60億円)を 大きく上回るもの。
批評家の間では芳しいレビューが聞かれなかった 「ニュー・ムーン」であるけれど、 週末3日間の興行売り上げも、アメリカ国内だけで$141ミリオン(約131億円)という史上3番目の記録となっているのだった。
「ニュー・ムーン」が獲得しているティーン・オーディエンスは、気に入った映画のために映画館に数回足を運ぶことが珍しくない上に、 DVDが発売されれば真っ先に購入に及ぶ 最も理想的な客層。 事実、前作「トワイライト」のDVDは今年3月に発売されているけれど、初日だけで サラー・ペイランの自叙伝の10倍に当たる 300万枚を売り上げているのである。


さて、今週のアメリカのシリアスな報道で、最も物議を醸していたのは 月曜に発表された 乳腺・乳房専用のレントゲン、マンモグラフィーに関する ガイドラインの訂正について。
これまで、アメリカでは 「マンモグラフィーは40歳を過ぎたら1年、ないし2年に1度の頻度で行うべき」 というガイドラインが提示され、 さらに毎月セルフ・エグザミネーション、すなわち自己触診を行うことが奨励されていたのだった。 ところが7年前にこの基準を定めた予防医学作業部会 (ユナイテッド・ステーツ・プリヴェンティブ・サーヴィスィス・タスク・フォース)が 新たに提示したガイドラインによれば、一部の乳がんの危険性が高い女性達を除いては、マンモグラフィーは50歳から2年置きに、 乳がんの危険性が無くなる74歳まで行うべきとされており、自己触診については有益であるという証拠は殆ど無いとされていたのだった。

マンモグラフィーの開始年齢が10年繰り上がったことについては、「オーバー・トリートメントによるダメージを防ぐため」と理由が説明されており、 マンモグラフィーで受ける放射線の量は1〜3 ミリグレイと少ないとは言え、頻度を重ねることを懸念する内容となっているのだった。
でもこの新しいガイド・ラインは、医師や乳がんを克服した女性達、毎年マンモグラフィーを受けてきた女性達から 猛反発を買うことになり、「女性の命が 医療費削減政策の犠牲になろうとしている」という怒りの声まで飛び交う始末。 しかもこの論争と無責任なガイドラインを提示した政府に対する不信感は高まるばかりで、 水曜になって、オバマ政権のヘルス・セクレタリーが、 「今回のガイドラインはあくまで独立機関による調査結果であって、掛かりつけの医師が薦める通りの頻度でマンモグラフィーを受けるように」 という 事実上、このガイドラインを否定するコメントを発表したことにより、メディアによる報道ラッシュが一段落したのだった。

アメリカでは、乳がんを発症する女性は年間約21万人、死者は年間4万人にと言われ、 心臓病に次ぐ女性の死因の第2位になっているけれど、更年期の女性のホルモン治療が行われなくなって以来、 アメリカでは乳がんの発症率が大きくダウンしていることが指摘されて久しい状態。
また早期発見による治療により、死亡率も大きくダウンしているけれど、 一部には、この早期発見の中に誤診とも言える必要が無い治療や、良性腫瘍の摘出が含まれていることを指摘する声もあり、 マンモグラフィーについても、その有益性が世界各国の医療関係者の間で論議を呼んでいるのもまた事実なのである。
今回の新しいガイドラインに反発した中には、シンシア・ニクソンやシェリル・クロウ、メリッサ・エスリッジといった 40代で乳がんと診断され、それを克服したセレブリティも含まれており、中でも30代にして乳がんと診断された 女優のクリスティーナ・アプリゲートはマンモグラフィーの必要性を強く訴えていたのだった。 でも先の3人については分からないものの、クリスティーナ・アップリゲートについては、母親も乳がんを経験しているので、 彼女は ”乳がんの危険が高いと見なされる女性”であり、今回のガイドラインの対象にはならない存在。 家族にがん、もしくは乳がんの発症者が居る場合は、20代から定期的なマンモグラフィーが奨励されているのだった。

私は、個人的にマンモグラフィーは生涯に2回しか受けていなくて、そのうちの1回はかなり前にこのコラムでも書いたけれど、 クリニックが ペンダントを外させてくれなかったために、その影が出てしまい、そのレントゲン写真を見た男性医師に 乳がんの危険を散々脅され、取り直しの結果は何も映っていなかったにも関わらず、超音波まで受けさせられて、とても不愉快な思いをしたのだった。
でもこの不愉快な思い以前に、過去2回のマンモグラフィーは、 受けるのが 気が重いのは仕方が無いとしても、終わってからも ホッとしたり、 気分がスッキリすることは無く、何故か1日中 すごく身体に悪い事をしたような不快感が続くのだった。 なので、私はがん家系でないこと、また そもそも胸が筋肉質であるために マモグラフィーでは乳がんが発見し難いタイプであることを 医師に指摘されていることもあり、マモグラフィーは必要最小限の頻度でしか受けないと決めているけれど、 触診については、時々思い出しては行っているのだった。
医師によれば、自分の手で感じるほどのしこりがある場合、かなり乳がんが進行しているとのことなので、 今回のガイドラインで自己触診が 「有益である証拠は無い」と指摘されたのは、その意味もあるのかもしれないけれど、 一度がんが発症すると進行が早い若い世代の女性にとっては、 1〜2年に1度のマンモグラフィーもさることながら、 月に一度(生理直後)の自己触診が大切なのでは?というのが 私のあくまで個人的な意見なのである。


このマンモグラフィーだけでなく、今週は子宮頸がんを発見するための細胞検査、パップ・テストの通称で知られるパップスメア・テストの 新たなガイドラインも発表され、アメリカの女性達を混乱させていたけれど、 こうした婦人科系の検査の頻度を省いたり、開始年齢を遅らせるアドバイスが、政府による医療費削減政策の一環と 疑われて無理も無いのは、新しい健康保険法案が成立して 現在のシステムの医療を国民のほぼ全員に行った場合、 アメリカが間違いなく破産に追い込まれるであろうことが 多くの関係者から指摘されているため。
現在のシステムで 国民の医療費の85%を負担しているのは、政府とプライベートな保険会社。 すなわち、国民が実際に支払っている保険料で賄われているのは15%に過ぎないのである。

私がこのコラムを書いている今日、11月22日に放映されたCBSの報道番組「60ミニッツ」によれば、 アメリカの多額の医療費の金食い虫となっているのが、必要の無い入院と、死亡前2ヶ月以内の患者に対して行われる集中医療であるという。
アメリカでは、保険会社のポリシーで出産後の女性が翌日には退院させられてしまうという話をよく耳にする一方で、 入院患者の30%は必要の無い入院をしていることが指摘されているのだった。 ちなみにアメリカでは1日入院すれば日本円にして50万円以上が掛かるというとんでもないお値段。 でも病人の家族としては、保険で費用がカバーされるのであれば入院してくれていた方が安心で便利、 病院側にしても 医療費が支払われる限りは 入院患者=ビジネスな訳である。
しかも、こうした保険金の申請は特に審査も無く、どんどん支払われてしまうのだそうで、 医療費破産をする人々が増えているアメリカとは思えない メディケア(政府による社会保険制度)の図式が成り立っているのだった。

死亡前2ヶ月以内の患者に対する医療については、昨年1年間だけで これに費やされた医療費はホームランド・セキュリティのバジェットより多い$50ビリオン。 (約4兆5000億円)
死亡前2ヶ月以内の患者であるから、要するにこの4兆5000億円の医療費は既に死亡した人々、それも余命僅かと診断されていた人々に対して 行われた医療行為/延命措置に対して支払われた訳である。 多くのアメリカ人は、自宅で息を引き取りたいという意思を持っているにも関わらず、その70%が病院で息を引き取るとのことで、 しかもその多くが ICU すなわち、集中医療室で1日100万円の医療費を掛けてその生涯を終えるという。
「60ミニッツ」の番組の中では、生前 ナースで 自分の死に際しては、特別な集中治療を行わないで欲しいという意思表示をしていた 女性に対して セラピストを含む25人のスペシャリストが、 死に瀕した70代の女性には必要とは思えないパップ・テストを含む 検査や治療行為を行い、その25人のスペシャリストがそれぞれ多額の保険金を請求していた例が紹介されていたけれど、 こうした検査や治療行為は、患者当人とっては体力の負担以外の何者でもないもの。
そうかと思えば、番組内では 余命僅かで、手術をする体力さえ残っていない高齢の男性が、日本円にして4000万円を掛けて 腎臓と肝臓の移植を希望し、 家族も医療費が保険で賄われるとあって、それを望んでいる様子が紹介されていたけれど、 こんなことがまかり通ってしまうのは、現在のアメリカの社会保険システムであるメディケアでは、 医療費の上限が設定されておらず、費用を理由に治療が受けられないという状況が回避されるようになっているため。
しかしながら、こうしたシステムは病院がMRIなど高額な治療費を請求できる検査を必要以上に行ったり、 最先端の医療技術を駆使して、10年前だったら既に死亡しているような患者に延命措置を行って高額を請求するという 病院側の金儲け主義のトレンドを生み出していることが指摘されているのだった。

アメリカの上院では、これからオバマ政権による健康保険改正法案の審議がスタートすることになっているけれど、 健康保険制度がどうなろうと、一番大切なのは健康であること。
以前、知人が 「健康な身体と精神を維持していられることは、キャッシュで1億円を持っているのに等しい財産」 と言っていたけれど、 実際のところ、ゴールドマン・サックスが今年のボーナスとしてプールしていると言われる1兆5000億円 全額を受け取ったとしても、 不健康な身体や精神 と 引き換えるなどということは、少なくとも私には考えられないのである。  





Catch of the Week No. 3 Nov. : 11月 第 3 週


Catch of the Week No. 2 Nov. : 11月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 Nov. : 11月 第 1 週


Catch of the Week No. 4 Oct. : 10月 第 4 週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。





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