Nov. 17 〜 Nov. 23  2014

” Snow, Rape & Immigration Reform ”
大雪、レイプ & 移民法改正


今週のニューヨークで大きく報じられていたのが、バッファローの大雪のニュース。
マンハッタンに暮らして日が浅いニューヨーカーの中には、 バッファローが同じニューヨーク州だということを知らない、もしくは意識したことが無い人は多いけれど、 ニューヨーク州において、ニューヨーク・シティと呼ばれるマンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、スタッテン・アイランド、そしてブロンクスの 5ボローは、ニューヨーク州のごく小さなエリア。 ニューヨーク州の大半は、今回大雪に見舞われたバッファローのようなエリアなのだった。
そのバッファローの大雪がいかに凄かったかといえば、5日間の積雪が160cmとも180cmとも言われ、 週末の時点で10人の死者を出し、30時間以上車の中に閉じ込められた人、3日間以上 家の中に閉じ込められた人などが 少なくなかった状況。
これを受けて、日曜に予定されていたバッファロー・ビルズの本拠地、ラルフ・ウィルソン・スタジアムで行われる予定だった 対ニューヨーク・ジェッツ戦は、 月曜日にデトロイトに場を移して行われることになったけれど、 バッファロー・ビルズは、各選手達を自宅まで スノーモービルで迎えに行かなければならない有り様。
平らな屋根の家屋やビルディングは、雪の重量に押し潰されるリスクがあるのに加えて、 週明けには急激に温度が上昇して、雪解け水による洪水が予想されているだけに、バッファローの住人に呼びかけられていたのがは 早急な雪かき作業。 現地では、スノーモービルや除雪車に加えて、洪水に備えたポンプとボートの準備も行われているのだった。




そして今週、芸能メディアから 通常のメディアまでが大きく報じていたのが、 80年代にTVコメディ 「コスビー・ショー」で一世を風靡した黒人コメディアン兼俳優、ビル・コスビー(77歳)のレイプ容疑。
80年代の「コスビー・ショー」と言えば、当時の黒人社会と白人社会の架け橋となったほどに社会的 かつ、人種的に大きな影響力をもたらした人気番組で、 同番組のイメージから、 ビル・コスビーはアメリカで最も理想的な父親像としても 長く敬愛されてきた存在。
しかしながら、過去にも何度も彼に対するレイプ容疑が浮上していたのも事実で、その都度、 ビル・コスビーは そのエンターテイメント界における存在の大きさから、難なくそれを乗り切って、不起訴処分になり続けてきたのだった。

でも今回、彼のレイプ報道がどんどんエスカレートしてきたのは、次々と新たな犠牲者が名乗りを上げてきたためで、 今週末の時点で、その数は23人。そのうちメディアに名乗り出ている女性は15人。 週末には、彼の性的虐待の後始末をしていたという元TV局のスタッフが メディアで当時の状況を語るなど、 日を追うごとに彼のレイプ 容疑を裏付ける証言が増えているのだった。
これに対して、コスビー自身はノー・コメントを貫いているだけでなく、レイプ容疑についての コメントを求められたアソシエーテッド・プレスとのインタビューを放映させないように圧力を掛けており、 アソシエーテッド・プレスは、今週に入って彼の容疑がさらに深まった段階でやっとこのインタビューのビデオを公開しているのだった。

現在のコスビーの状況を、かつてのタイガー・ウッズの不倫問題と比較する声も 今週のメディアで聞かれていたけれど、 タイガー・ウッズのスキャンダルの場合、名乗り出たのは彼と合意の上で関係した愛人達。 ビル・コスビーの場合、女性達は レイプという犯罪行為の被害者として名乗り出ているもの。
しかしながら、そのレイプが起こったと言われるのは、80年代、90年代のこと。 今となってはDNA鑑定も出来ないほど時間が経って、立証が不可能な事件。 にも関わらず女性達が名乗りを上げるのは、コスビー側に刑事責任や賠償金を求めている訳ではなく、 彼に対する社会的制裁を求めているため。 実際に、今週に入ってからはTV局が相次いで、彼との新規プロジェクトや、「コスビー・ショー」の再放送をキャンセルしているのだった。

とは言っても、彼は レイプ容疑の報道が大きくなってからも、コメディアンとしてのパフォーマンスは続けており、 そのチケットが 完売しているのもまた事実。 被害者女性が これまで名乗り出なかった理由として、彼のようなパワフルなセレブリティによるレイプ容疑は、 「周囲が信用してくれない」、「誰もが口を閉ざすので立証が不可能」であることが指摘されていたけれど、 刑事起訴はされていないとは言え、ビル・コスビーがこうした状況下で 会場が満員のパフォーマンスが続けられるというところに、 そうした社会風潮の根深さが現れていると言えるのだった。




政治の世界で今週最大の報道となっていたのは、11月20日、木曜の東部時間午後8時からオバマ大統領が発表した 移民法の大統領エグゼクティブ・オーダー(大統領令)。 エグゼクティブ・オーダーは、大統領が議会の承認を得ずに施行できる法令で、 オバマ氏が打ち出したのが、過去5年以上アメリカに在住し、アメリカで生まれた子供が居る不法移民に対して、向こう3年間の在留を認めるというもの。
アメリカには現時点で、1150万人の不法移民が居るといわれるけれど、 これによって、約500万人が国外強制送還を免れる、もしくは先送りされると言われているのだった。

このエグゼクティブ・オーダーが 実際にどんなインパクトをもたらすかと言えば、不法移民の子供が 国外強制送還によって親を失わずに済むということ。 親が不法移民であったとしても、アメリカ国内で出産された子供は 立派にアメリカ人。 すなわち子供には強制送還の心配は無いないけれど、親は移民法を犯しているので、違法滞在が摘発されれば 逮捕、やがて強制送還となる身。 今回のオバマ大統領のエグゼクティブ・オーダーによって救われたのは、こうしたアメリカ在住5年以上で、アメリカ人の子供を持つ不法移民たち。 したがって、国外で生まれた子供を連れて不法入国した移民は、アメリカに何年暮らしていようとその対象にはならないのに加えて、 アメリカ人の子供が居ない独身者、既婚者も対象外になっているのだった。

でも考えてみれば、このエグゼクティブ・オーダーは移民より、アメリカ政府にメリットをもたらすもの。 というのもアメリカで生まれ、アメリカ人の国籍を持つ子供達は 親が居なくなれば、 国の税金で生活保護を受ける身。なので 政府としては親に合法ステータスを与えて、自力で子供を育てさせ、それまで払ってこなかった税金を収めてもらった方が あり難いのが実情。
移民の側にしてみれば、強制送還される恐れが 無くなったとは言え、 英語が問題なく話せるアメリカ市民でさえ、まともな仕事を探すのが難しいのがこのご時勢。 したがって合法ステータスを得たところで、それまでよりも高給な仕事に就ける保証は全く無いのだった。 だからといって従来の収入のまま、税金を徴収されれば、 生活が苦しくなるのは目に見えていること。
すなわち、家族が引き裂かれる心配が無くなるのは歓迎すべきことであっても、 生活の向上を約束する訳ではないのが、オバマ氏が打ち出したエグゼクティブ・オーダーなのだった。


法律の専門家は、このエグゼクティブ・オーダーが 移民局に対して 強制送還する移民の順番を示しただけ と指摘するけれど、 それは言いえて妙で、アメリカには前述のように不法移民が約1150万人。 そして、新たに国境を越えて入ってくる不法移民、ヴィザ失効後に居残る不法移民が毎年大勢居るのが実情。
そのうち移民局が年間に強制送還する不法移民の数は約40万人程度で、 既に満杯状態になっているのが不法移民の収容施設。 もちろん、真っ先に強制送還されるのは犯罪者であるけれど、それ以外の優先順位については、 これまで非常に曖昧と言われてきたのだった。
ちなみに移民法の改正に積極的に取り組む姿勢を見せるオバマ大統領は、歴代で 最もアグレッシブに移民を強制送還している大統領。その強制送還のペースは、 ジョージ・W・ブッシュ大統領政権下の2倍というデータが示されているのだった。

一方、ミレ二アル世代に人気のウェブサイト、Buzz Feed / バズ・フィードによれば、オバマ大統領の エグゼクティブ・オーダーは、その決意に満ちたようなスピーチとは裏腹に、 ロビーストからの圧力に屈した結果とのこと。そのロビーストとは ワシントンの政界を動かすような存在ではなく、 サンフランシスコのチャイナ・タウンからスタートした移民団体とのことで、同団体は週末に 高らかに勝利宣言をしていることも報じられているのだった。

いずれにしても、パワフルなセレブリティのレイプの立件が難しいのと同様に、 難しいのが公平な移民法の改正。 今回のエグゼクティブ・オーダーを検証した、ハーバード、イエール、コロンビアといった一流大学の 法学部の教授たちは 「これが 移民法にさほど大きなインパクトをもたらすことは無い」 と共同の声明を発表していたけれど、 確かにこれによって一部のファミリーは強制送還によって親子が引き裂かれるリスクが回避されたとは言え、 それが現在のアメリカの移民問題を解決、改善した訳では全く無いのだった。


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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。




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