Nov. 23 〜 Nov. 29 2009




” ダブル・スタンダード ”


今週は、アメリカの最大のホリデイであるサンクス・ギヴィング・ウィークであったので、 アメリカは週半ばから連休モードに入っていたけれど、 そんな中で、今週最も大きく報じられたのが 火曜日に行われたホワイト・ハウスの晩餐会に、 招待されていないカップルが リアリティTVのカメラ・クルーとメークアップ・アーティストを伴って現れ、 警備の網を潜り抜けただけでなく、オバマ大統領夫妻にゲストとして紹介され、その他のVIPゲスト達とパーティーを楽しんでいたという事件。
このカップルは、「リアル・ハウス・ワイブス・イン・ワシントン」という リアリティTVのキャストとして、 選考段階にあったミカエラ&タレック・サラヒ夫妻で、 2人は「ホワイト・ハウスの晩餐会に招待された」と 番組のディレクターに嘘をついてカメラ・クルーとメークアップ・アーティストを用意させたという。
彼らの車はチェックポイントでホワイト・ハウス入りを拒まれたというけれど、2人は車から降りて カメラ・クルーとメークアップ・アーティストをしたがえて 徒歩で再トライをして、セキュリティ・ゲートをクリアしたとのこと。
2人は来賓客としてオバマ大統領夫妻、インドの首相夫妻と握手を交わしただけでなく、 ジョー・バイデン副大統領、CBSニュースのアンカーで、女性キャスターとしては最も高給取りで知られるケイティ・コリックといった VIP招待客と一緒に写真を撮って、夫妻のフェイス・ブックのページに掲載していたという。
でも、もしカップルがバイオロジカル・ウェポン(生物化学兵器)を所持したテロリストであったら、大統領もゲストも命が奪われていたかもしれないだけに、 ホワイト・ハウスがこの ”パーティー・クラッシャー” ( ”パーティーの招かれざる客”、招待されていないのにパーティーにやってきた人 という意味)と、 彼らをチェック・ポイントで止められなかったセキュリティ・デパートメントに対して憤りを露わにしたのは 言うまでもないことなのだった。

さて、こんな問題を起こせば メディアが当人達が隠しておきたいプロフィールを掘り起こしてくるのは当然のこと。
ニューヨーク・ポスト紙によれば、夫のタレックは 北ヴァージニア・エリアでは良く知られたソーシャライトではあるものの、ワイナリーのビジネスに失敗し、 1億円の借金がある上に、数億円の訴訟を起こされており、周囲が思うほど裕福ではないソーシャライト。 一方のブロンドの夫人、ミカエラは元NFL ワシントン・レッドスキンズのチアリーダーと自ら語っているものの、 レッドスキンズ側では 彼女がチームに所属していたことを否定している状態。
サラヒ夫妻は、今回の事件がきっかけで2人の経済状態がメディアに書かれてしまったことに対して、 非常に腹を立てているとのことだったけれど、人々がリアリティTVに出たがる理由というのは もっぱらお金が目的。 事件がこれほどまでに 大沙汰になってしまっただけに、サラヒ夫妻がリアリティTVにキャストされる可能性は かなり低くなっているけれど、2人はメディアに対して約5000万円で 独占インタビューをオファーしていることも報じられているのだった。

その一方で警察側が進めているのが、サラヒ夫妻に対して刑事責任を追及するか、否かの捜査。
今回の事件は不法侵入にはならないとしても、もし検問所で 「自分達は晩餐会に招待されている」 とセキュリティに嘘をついていた場合、アメリカの法律では 政府絡みのイベントや出来事に対して嘘の証言をすることは 犯罪であるだけに、取調べの結果によっては 2人が罪に問われる可能性もあるという。

今回の事件、そして10月に起こったヒーニー家のエアバルーン狂言事件、加えて有名になるために今年初めに8つ子を出産し、メディアウケを狙って アンジェリーナ・ジョリーを真似た整形手術までしていた通称 ”オクト・マム” こと、ナディア・ソールマンといい、一般人が リアリティTVに 出演して大儲けをしたいと考えるあまり、常軌を逸した行動に出ることは まともなアメリカ人をウンザリさせているけれど、 かつてだったら、何か事件が起こって、それがきっかけで「15ミニッツ・オブ・フェイム」と呼ばれる ”にわかセレブリティ” になる一般人が出てきたもの。 それが昨今では、 その事件をも 自らでっち上げて ”にわかセレブリティ” になろうという策略を演じる 一般人が出てきた訳だけれど、 そもそもセレブリティやスター というものは偶発的には生まれて来ないもの。
これまでプロデューサーや、業界のフィクサーが巧みに行ってきたシナリオを、素人たちが Do It Yourselfのレベルで やろうとしているのが、現在の アメリカの リアリティ・TVスター・ワナビー(Wannabe/なりたがり屋) の実情なのである。


さて、今週のアメリカでもう1つ物議を醸していたのが 先週の日曜に3大ネットワークの1つ、ABCTVでライブ放映された アメリカン・ミュージック・アワード(以下AMA)で トリを飾ったシンガー、 アダム・ランバートのパフォーマンスについて。
アダム・ランバートは、今年の「アメリカン・アイドル」 のファイナルで クリス・アレンに敗れ、ランナー・アップ(次点)に甘んじたグラム・ロッカー。 彼は 「アメリカン・アイドル」 終了後、ローリング・ストーン誌とのインタビューで自らがゲイであることを告白しており、 このインタビューをフィーチャーしたローリング・ストーン誌は今年の同誌のベストセラーになっているのだった。
そのアダム・ランバートは、つい最近デビュー・アルバムをリリースしたばかりで、 彼のデビュー後初のライブ・パフォーマンスとなったのが、今回のAMA。

歌唱力とカリスマ性で将来を嘱望されていた彼であるだけに、AMAでのライブ・パフォーマンスは大きな期待と注目を集めていたけれど、 ここで彼が 「フォー・ユア・エンターテイメント」という楽曲と共に見せたのが、そのエロティックな歌詞のイメージを そのまま具現化したアクトで、 メジャーなネットワークTVには 少々ショッキングなもの。
この中で、彼は女性ダンサーの足首を掴んで 引きずり回し、 男性ダンサーとオーラル・セックスのシミュレーションを見せ、さらに男性のキーボード・プレーヤーとキスをし、 これが生放映された東海岸からの視聴者からは1500件の苦情がABCに対して寄せられることになったのだった。
AMAが時差の関係で 遅れて放映されたウエスト・コースト・ヴァージョンでは、一部の映像がカットされていたことが報じられているけれど、 このパフォーマンスに動揺したABC側は、翌日月曜になって 今週水曜に予定されていた同局の朝のニュース番組、 「グッドモーニング・アメリカ」への アダム・ランバートの出演をキャンセル。 理由として、「AMAのパフォーマンスから、 彼が朝の番組に適切なパフォーマンスを見せられるかが疑わしい」 と説明していたのだった。

一方のアダム・ランバートは、2003年のMTVビデオ・ミュージック・アワード でマドンナとブリットニー・スピアーズが キスをしても放映カットにならなかったこと、今年のAMAのパフォーマンスでは、ジャネット・ジャクソンやレディ・ガガも、 ”アダルト・パフォーマンス” を見せていたことを例に挙げて、「ゲイ男性のホモセクシャル・アクトだけを 放映不適切とするのは、ダブル・スタンダードであり、差別だ」と反発したのだった。
ABCの「グッドモーニング・アメリカ」に出演をキャンセルされたアダムは、代わりに彼に出演依頼をしたCBSの 「アーリー・ショー」に登場。 ”朝の番組にふさわしいパフォーマンス” を見せていたけれど、 このCBSの放映も、また違った意味でクレームを受けることになったのだった。
というのもCBSでは、AMAでのパフォーマンスについて、アダムが自分の考えを述べられるように インタビュー・セグメントを設けていたものの、番組内で放映されたAMAのパフォーマンス・ビデオは画像処理がされたもの。 ところがアダムが ”ダブル・スタンダード” の例として挙げた、マドンナ&ブリットニーのキスシーンは、 何の画像処理もせずに 映し出しており、これを観たゲイ・グループが CBSに対して、 「ゲイに対する差別だ」という抗議を寄せたことが報じられているのだった。
でも よく考えればCBSとて、2004年のスーパーボウルの放映時に、当時「ワードローブ・マルファンクション」という流行語を生み出した ジャネット・ジャクソンのハーフタイム・ショーでの胸露出事件の責任を追及され、5000万円の罰金の支払いをめぐって 連邦通信委員会と今も裁判で戦っている状態。
なのでCBSとしては アダム・ランバートのパフォーマンスに理解を示すジェスチャーは見せても、問題のクリップを放映して新たな批判の対象になるようなリスクは 冒せないのが実情なのである。


ところで、アダムが語った ” ダブル・スタンダード ” という言葉は、以前にもこのコラムで触れたことがあるけれど、通常は 男性にはまかり通っても、女性には許されないこと、もしくはその逆のケースで用いられることで、 男性と女性にそれぞれ異なるスタンダードが設定されていることを表現する言葉である。
建て前上は 男女平等でなければならないアメリカ社会では、ダブル・スタンダードと言えば差別を意味するもの。 この言葉が最も頻繁に用いられるのは 男性の過ちには甘く、女性には厳しいコーポレート社会で、 男性の口から ダブル・スタンダードについての不平が聞かれるというのは通常はあまり無いケースである。
でもアダム・ランバートの場合、男性であっても ゲイというマイノリティに属するだけに、この言葉が出てきても不思議ではない 状況なのだった。

ニューヨーク・タイムズ紙では、今回のアダムの一件については、”ダブル・スタンダード”というよりは ”ソーシャル・スタンダード”であるとして、 女性同士のラブシーンは、ゲイというよりは 男性のウケを狙ってのもので、アダルト・ビデオの世界では何十億円をも稼ぎ出す 確立されたエンターテイメントである反面、ホモセクシャルというコンセプトは社会的な人権を確立しつつあっても、ホモセクシャル・ラブシーンは 未だ社会的な タブーであることが指摘されていたのだった。

でもホモ・セクシャルの男性の間でも アダム・ランバートのパフォーマンスを 誰もが支持している訳ではなく、彼が今回のAMAで見せた グロテスクなパフォーマンスを ホモセクシャル・ラブシーンと 位置づけることに反発する声はインターネット上に かなり多かったのも また事実。
さらに「アメリカン・アイドル」では アレンジのセンスの良さと 歌唱力で 人気を高めたアダムが、プレゼンテーションに固執し過ぎた挙句、 肝心の歌のパフォーマンスが手抜きになっていたことに失望していたファンも多かったようである。

ところで、私はこのアダムのパフォーマンスは問題の部分だけをダイジェストでしか観ていないけれど、 ABCを始め、多くのメディアはこの一件について報道はしても クリップを放映しない方針にしているところが多く、 またAMAの製作を担当したディック・クラーク・プロダクションは、同パフォーマンスが物議を醸して以来、YouTubeから一切の関連ビデオの除去を依頼しているのだった。


アメリカでは、このアダム・ランバートのパフォーマンスの3週間ほど前にも、 ” ダブル・スタンダード ” が話題になっていたけれど、 そのきっかけになったのがニューメキシコ大学の女子サッカー・プレーヤー、Elizabeth Lambert / エリザベス・ランバート(写真右、右側)の暴力的なプレー。
”フィジカル” というより ”ヴァイオレント” という 言葉が相応しい彼女のラフ・プレーは、レフリーの目を盗んで 相手チームのプレーヤーの背中を殴ったり、 髪の毛を引っ張ってフィールドに投げ倒したり、足を引っ掛けたり、膝でボディに蹴りを入れたり、という目に余るもの。 この彼女の反則のダイジェスト・ビデオがYouTubeにアップされるや否や、このクリップは大センセーションと論議を巻き起こし、 メジャー・ネットワークのニュース番組から ニューヨーク・タイムズといった一流紙までもが、エリザベス・ランバートのプレーについて報じることになったのだった。

そしてこの報道を受けて巻き起こっていたのが ダブル・スタンダード論争。
一部では 「これが男子プレーヤーの行為だったら、こんな大騒ぎにはなっていない。 男子プレーヤーにはラフなプレーが望まれ、女子プレーヤーがラフなプレーをすると、日ごろは女子サッカーなど報じたことが無いメディアが 大騒ぎをする」 として、この騒ぎそのものが ダブル・スタンダードだと批判されていたのだった。

その一方で、エリザベス・ランバートのプレーを ”ホットなキャットファイト” だとして、 インターネット上でサポートする動きがあり、これに対しては女性グループが ”ダブル・スタンダード” として反発していたのだった。
”キャット・ファイト” とは、直訳すれば猫の喧嘩であるけれど、女性同士の喧嘩を意味する言葉であり、 アメリカ社会では、 ”キャット・ファイト” と言えば 男性にとってのエンターテイメント。 私は キャット・ファイトを面白がるアメリカ男性の心理は全く理解できないけれど、このキャット・ファイトは レズビアン・キス同様、 アダルト・エンターテイメントに通じるマテリアルとして捉えられており、 ビールのCMでビキニ姿の女性が 取っ組み合いの喧嘩をしているシーンなどは、 男性を非常に喜ばせると同時に、興奮させるビジュアルとして認識されているのだった。

このサッカー・ゲームの場合、プレーをしている女子選手たちは必死で、エリザベス・ランバートとて フラストレーションから 暴力的なプレーをしている訳だけれど、それも一部の男性の目から見れば アダルト・エンターテイメントに通じる ”キャットファイト” 。 なのでラフなプレーも 「男子選手がすればタダの反則、女子選手がすればエンターテイメント」という見方に対して、 女性団体が 「女子スポーツをアダルト・エンターテイメントの対象に結びつける差別行為」 として抗議を申し立てていたのだった。


私は、個人的には全くフェミニストではないので、ダブル・スタンダードについて文句を言った経験はアメリカ社会では殆ど無いと思っているけれど、 以前ニューヨークで勤めていた日本の雑誌社では、全然仕事が出来ない 入社したての日本人男子社員が 勤めて2年目の私と 日本人女性の同僚と 同じ給与を支払われていたことを知って、給与面での 「ダブル・スタンダード」を強く感じたことがあったりする。
でも、私にとって最も忘れられない 「ダブル・スタンダード」の経験は、かなり時代を遡る高校時代。 私が通っていた成蹊高校は週に1時間だけ男女一緒の体育の時間があって、ある時、広いキャンパス内を3周もマラソンで走ることになったのだった。 ちなみに この正確な距離は今となっては分からないけれど、遅めのランナーが授業時間中 走り続けることになるくらいだから、かなりの距離。
なので、走るのが大嫌いな私を含む女友達4人と男友達2人で 近道を試みたところ、 これが見事にバレてしまったけれど、 この時の先生のお説教というのが 「男子がするのは分かるけれど、よりによって女子がこんなことをするなんて・・・」というもので、 この先生は この台詞を何度も 何度も 職員室で語っていたという。

しかしながら、高校生の男女の体力の違いを考えたら、男女に同じ時間で同じ距離を走らせるという事自体に無理があると思う訳で、 女子の方が 「走る距離をごまかしたい」 という願望が 強くても不思議ではないこと。
「よりによって女子がこんなことをするなんて」というほど 女子を特別視するのだったら、マラソン距離も女子の体力に応じて短くするべきだと思うのだった。
逆に男女で同じ距離を走らせるのなら、近道をしてごまかしても男女を同じように批判するべきだというのが、当時も今も 私が考えることで、 これこそ性別の偏見による ” ダブル・スタンダード ” だと思えるのだった。

でも私は、ダブル・スタンダードというのは 女性と男性が違う生き物である限りは、世の中の仕組みと思って受け入れるタイプで、 自分自身もダブル・スタンダードというものを持っていたりする。
それは何かと言えば、女性が女性の悪口を言っても、男性の悪口を言っても、それは愚かではあっても 仕方が無いと思うけれど、 男性が 女性の悪口をベラベラ喋るのを聞くのは 非常に不愉快だということ。 男性というのは、どんなに公平な目で見ても 社会的に女性より優遇される立場にあると思うから、 女性のする事や やる事に いちいち目くじらを立てたり、女性の外観を露骨に けなすようなコメントを聞くと、 「何て度量が狭いんだろう」という目で見てしまうのだった。
逆に女性の悪口を決して言わない男性に対しては、非常に敬意を払うのも事実で、 スタンダードとは言え、クリアしている場合はポイントも 非常に高いのである。  





Catch of the Week No. 4 Nov. : 11月 第 4 週


Catch of the Week No. 3 Nov. : 11月 第 3 週


Catch of the Week No. 2 Nov. : 11月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 Nov. : 11月 第 1 週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。





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