Dec. 2 〜 Dec. 8, 2013

” You Can Kill Cyclists and Walk Free! ”


今週のニューヨークで最大のニュースになっていたのは、週明け月曜日に起こった マンハッタンと郊外を結ぶ電車、メトロ・ノースの脱線事故。
この列車は、本来 時速30マイル(48キロ)のスピードで通過するべきハーレム・リバー沿いの急カーブで、82マイル(約131キロ)のスピードを出していたとのことで、 4人の死者と60人を超える負傷者が出るという大事故。 現時点では運転手の居眠りが原因と見られているのだった。

加えて今週大報道になったのが、木曜日に報じられた南アフリカの元大統領、ネルソン・マンデラ氏(95歳) 死去のニュース。 肺感染症の悪化が伝えられて久しかっただけに、マンデラ氏の死去の報道は 驚きを伴ったものではなかったものの、 その壮絶な生き様や、南アフリカだけでなく 世界平和に貢献した功績も手伝って、 同氏の訃報のソーシャル・インパクトは非常に大きなもの。
各国の政治家に加えて、オプラ・ウィンフリー、U2のボーノ等、多くのセレブリティが追悼のメッセージを送っていましたが、 アメリカと南アフリカでは、先週末から ネルソン・マンデラの知られざる人間性をフィーチャーした 映画「マンデラ」が封切られたばかり。 マンデラ氏死去が報じられた日には、ロンドンで ウィリアム王子&キャサリン妃が出席した 同作品のロイヤル・プレミアが 行われており、ニュースが伝えられたのはプレミア直前。主催者はイベントのキャンセルを申し出たというけれど、 その場に同席したマンデラ氏の娘の意志で、黙祷を捧げた後、プレミアが予定通り行われたことが伝えられているのだった。


さて12月に入ったこともあり、 徐々に様々なメディアが 2013年を振り返った特集や2013年のデータ集計の発表を 行い始めているけれど、ニューヨークにおける2013年の大きなニュースの1つと言えるのが 自転車シェア・プログラム、”シティバイク”がスタートしたこと。
既に同様のプログラムは、アメリカ国内の他都市でもスタートしていたものであるけれど、全米で 通勤に自転車を利用している人々の数は、何と約85万人。
ニューヨークでも、同プログラムがスタートして以来、 シティバイクの料金が1年間で99ドルと手頃であるため、「1ヶ月無制限でバス・地下鉄が利用できるメトロカード(112ドル)よりも遥かに安い」、 「 エクササイズになるので、ジムのメンバーシップが要らない」等の利点から、 自転車通勤に切り替えた人々は多いようなのだった。

そんなシティ・バイクは、市民の利用を増やす目的で、事故が起こっても報道されないことが指摘されて久しい状況。
でも実際には 小規模な事故が決して少なくないようで、特に頻繁に起こっていると言われるのが、 酔っ払ってシティバイクで帰宅しようとした人々が、車や人にぶつかるという事故なのだった。


日本からの旅行者で、シティバイクを利用してみたいという人に時々訊かれるのが、 「もし事故が起こったら、 アメリカなので裁判などになるのか?」という質問。
これについてはシティバイクがスタートした当初のこのコーナーでも書いた通り、 もし シティバイクに乗って 歩行者のニューヨーカーにぶつかって 大怪我でもさせようものなら、 たとえ外国から来た旅行者であろうと 訴えられるのは当然のこと。 例えば1時間800ドルをチャージする弁護士を跳ねてしまった場合、怪我の治療費だけでなく、 その怪我のせいで働けない時間の給与を 賠償金として支払うことになるのは必至なのだった。

でもこの時のコラムに書いていなかったのが、逆にシティバイクに乗っていて車に轢かれた場合にどうなるか?ということ。 その答えはといえば、轢いたドライバーが、酒気帯び運転や 殺意があると思えるほどの無謀な運転をしていない限りは、 たとえ相手が死亡した場合でも、罰金さえ科せられることが無い場合が多いのがアメリカの実情。
日本の常識だと、「まさか!」と思えることだけれど、これが 車社会、アメリカの交通事故事情なのだった。

その実態について書かれていたのが、数週間前のニューヨーク・タイムズ紙の「Is It O.K. to Kill Cyclists?/サイクリストを殺しても良いのか?」という 記事。 そして その答えは、同記事の執筆者も記事の中で書いていた通り 「Yes」なのだった。
実際、記事の中では シアトルで2011年に起こった 運転歴の浅いティーンエイジャーが49歳のサイクリストを後ろから轢き殺して、 無理な車線変更に対する42ドルの罰金しか請求されなかったエピソードや、今年11月にカリフォルニア州サンタ・クルーズで、 ハイウェイを走行中のドライバーがコントロールを失い、反対車線を自転車で走っていた40歳の図書館勤務の男性を轢き殺したものの、 不起訴処分、すなわち無罪放免に終わったケースなどが紹介されていたのだった。

もしこれが 前述のように酒気帯び運転であった場合は、刑事責任が厳しく追求されるけれど、 ドライバーがしらふで、ドラッグ・レースを行うなどの危険な運転をしていない場合は、 たとえ信号無視で、歩道で人を轢き殺したとしても 罪に問われないのがアメリカ社会。
これは、被害者がサイクリストでも、歩行者でも同様で、 ニューヨークで昨年起こったのが、信号無視で横断歩道に突っ込んできた車に轢かれて歩行者が死亡するという事件。 裁判の際には、交差点に設置された監視カメラの映像で、明らかに車の信号無視が立証されたにも関わらず、 ドライバーは無罪放免になってしまったのだった。

どうしてドライバー側の過失を証明する動かぬ証拠があっても、ドライバーが無罪放免になってしまうかといえば、 まずアメリカの裁判が陪審員制度であるため、有罪無罪を決めるのが、自分でも車を毎日のように運転し、車が無いと生活に困るという人々。 なので 陪審員は事件の状況を自分の立場で考える場合が多いのだった。
そうなってみると、少なくともアメリカには 一生に一度も信号無視をしたことが無いドライバーなど 殆ど居ない訳で、 ドライバー側の過失を責めるより、「誰もがやるちょっとした違反をして、たまたま 運が悪かっただけ」というような 解釈がされてしまう場合が多いのだった。

加えて、アメリカには日本のように交通刑務所というものが無く、 前述のように車を運転するのは生活の手段。 このため 生活に必要な行為をして、たまたま事故を起してしまっただけで、 殺人者やドラッグ・ディーラー、誘拐犯といった凶悪犯罪者と 同じ刑務所に服役させるのは論外というのが一般的な見解なのだった。



私は、以前アメリカ人に日本の交通刑務所について説明したことがあるけれど、 車を殆ど使わないニューヨーカーは「良いアイデア」と思ったようだけれど、車無しでは何処にも行けない西海岸で暮らしていた知人は 「そんな物があったら 皆、 刑務所行きだ!」と言っていたので、車の利用頻度が高ければ高いほど、 ドライバーの過失に甘いと言うことが出来るのだった。

したがって、事故の被害者になってしまった場合、相手のドライバーに対して刑事責任を追及するのは極めて難しいけれど、 民事になった場合はどうかと言えば、たとえ裁判で勝利して、多額の賠償金が受け取れる判決を受けたとしても、 相手が個人破産を申請してしまえば、被害者側が一銭も受取ることが出来ないのは当然のこと。
このため 事故の被害者の多くが、地方自治体や企業など、破産申請による賠償金逃れが出来ない相手を 訴訟の対象に加える結果となっており、そうした訴訟費用は 地方自治体の税金を吊り上げる要因になっているのだった。

ところでサイクリストは歩行者よりも、車に跳ねられた場合の死亡率が高くなっているけれど、 理由は自転車走行にはスピードが絡む上に、車と 同じ路上をシェアしているため(ニューヨークでは自転車の歩道走行は禁止されています)。
その自転車産業は、今やアメリカにおける年商が61億ドル(約6100億円)。昨年1年間だけで、 アメリカ国内で 1870万台の自転車が販売されるというメガ・ビジネス。、 これは アウト・ドア・アクティビティの中で、ランニングに次ぐ第2位のビジネス規模なのだった。
それだけでなく 昨今では、自転車といえば ”セイムデイ・デリバリー”(当日配達)という ビジネス・サービスを可能にする重要な要素。 このため、ニューヨークの街でも背中に大きな荷物を背負ったバイク・メッセンジャーが 猛スピードで走行する姿が頻繁に目撃されるけれど、 こうしたバイク・メッセンジャーたちが、タクシーやトラック同様に嫌っているのがシティバイク。 それは、シティ・バイクに乗ったニューヨーカーや旅行者が 彼らがビュンビュン飛ばそうと思っているバイク・レーンをゆっくり走っているためなのだった。



アメリカは車社会であると同時に銃社会。 車による轢き殺し事件に対するアメリカ社会の寛容さは、銃犯罪が起こり続けても、銃規制が行われない寛容さに通じるものがあると思うのだった。 でもどちらの場合も、犠牲になるのは罪も無い人々の命。
「人の命が最も大切」というセンテンスは、日本語でも英語でも耳にするけれど、 アメリカ社会の実情は、同センテンスの「最も」という部分を 「銃や車の次に」に置き替えた方が正しいとも言えるのだった。

さて、近くにあると便利そうに思える シティ・バイクのステーションであるけれど、 これが出来たために、ゴミの収集車や救急車がビルの入り口にアクセスできないという苦情は 今も聞かれているもの。
さらに高額コンドミニアムの前では、「建物の美観を損ねる」という理由で 住民からの猛反対が寄せられ、 撤去された例も少なくないけれど、さすがに 金持ち優先のブルームバーグ市長の政権下では 高額所得者の住むアパート前からはあっさり撤去されるのがバイク・ステーション。 逆にブルックリンの低所得者エリアでは、付近の人々が署名運動をしても 撤去されなかった例がいくつもあるのだった。

でもニューヨークで過去12年間続いたブルームバーグ政権も今年限り。 2014年からは、ビル・デブラジオ次期市長の新政権がスタートするのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


PAGE TOP