Dec. 15 〜 Dec. 21 2008




” Rich People's Pain ”


今週週明け 月曜日に最も大きく報道された というか、最も何度も放映されたのが、 イラクでのプレス・カンファレンス中に、シューズを投げつけられたブッシュ大統領の映像。
1足目のシューズをかわしてから、2足目のシューズが飛んで来る様子をドッジボールをしている子供のように 目で追って避けているブッシュ大統領の姿は、ありとあらゆるメディアがスローモーションを含む リピート放映をしていたけれど、 中には10分間に20回もこの映像をリピートしたモーニング・ショーもあったという。 同映像は、放映される度に人々の大笑いを誘っていたけれど、さすがに これだけ不人気な大統領とあって、 この出来事を「アメリカが侮辱された」と取る 声は全く聞かれなくて、僅か2秒以内に2足の靴を投げつけた男性の素早さに 驚く声や、「この映像を見て胸がスッとしたのはイラク人だけではないはず」 といったリアクションが聞かれていたのだった。

さて、今週もモーガン・スタンレーなど金融機関のボーナス・カットが報じられていたけれど、 その中で金融関係者の失笑を買っていたのが、クレディ・スイスがマネージング・ディレクター、及びインベスト部門のディレクター以上の レベルに対して、別名 「トキシック・アセット」 と呼ばれる 最もジャンクに近い不良債権で ボーナスの一部を支払うというニュース。
現在この債権の価値は額面1ドル当たり60セント。すなわち60%の価値しか持たず、換金できるのは5年後以降。 すなわち、それまでにゼロになっているかも知れなければ、バリューを持ち直しているという可能性も無きにしもあらず という訳で、 貰った時点ではその価値があまり分からないもの。
クレディ・スイスはこのボーナスの支払いで500億ドル(約4500億円)分のトキシック・アセットを処分した計算になるけれど、 それでも未だ 多額の不良債権を抱えているのは周知の事実。 でも、「アメリカの金融会社も それを見習うべきだ」 という声が 主にメイン・ストリート(ウォールストリート以外の一般の人々) から 聞かれていたのだった。

そのメイン・ストリートにとって 今 深刻な問題となっているのが、多くの企業が業績悪化を理由に、 401(K)のマッチング・カットを発表していること。
401(K)では従業員の拠出分に応じた マッチング・コントリビューションが勤める企業から 支払われることになっているけれど、昨年からこのマッチングの割合を減らす企業が徐々に増えていたのだった。 ところが、ここへきてフェデラル・エクスプレス、イーストマン・コダック、ジェネラル・モーターズといった企業が このマッチングの支払いを最低1年以上見合わせることを決定しており、 ただでさえ、株価の値下がりで 401(K)の価値が下がってきていたところに来て、 特にリタイアを控えた人々にとっては、これがダブル・パンチとなっているのだった。

その意味で2008年は、401(K) という 年金システムの 落とし穴を まざまざと見せ付けられた年であったとも言えるけれど、 ニューヨーカーにとっては、それと共に頭が痛いのが 待ち受けている増税ラッシュ。
今週、パターソン州知事が、税制赤字に苦しむニューヨークの2009年度予算案を発表したけれど、 病院、学校といった重要な部分での予算が大幅にカットされる一方で、 137品目についての増税が提案されているのだった。
この案によれば、映画、ブロードウェイ、スポーツ観戦のチケット、 ジムのメンバーシップ、ケーブルTV、タクシー料金、マニキュア、ペディキュア、ヘアカット、フェイシャルなどが軒並み4%の増税となる他、 ビールやワイン、葉巻もその増税対象。 更に俗称 ”アイ・チューン・タックス” と呼ばれているのが、音楽、ビデオ、映画のダウンロードに対する4%のタックス。 車を所有する人々にとっては、 そのレジストレーション・フィーが、現在の2年で 44ドル から 55ドルにアップ。 ナンバー・プレートの申請フィーも現行の15ドルが25にアップ。車の購入に掛かる税金も5%アップ。 更に8年置きに書き換えの運転免許は、そのフィーが現在の50ドルから62.5ドルにアップするという。
でも最も厳しい課税となっているのは 通称 ”オビーシティ(肥満)・タックス” と呼ばれる、 砂糖を含んだソフト・ドリンクに対する税金の18%アップ。 これは、砂糖入りソフト・ドリンクが肥満をもたらし、引いてはそれが糖尿病、心臓病の原因となって、 健康保険料の値上がりや、医療費となって市の財政悪化に繋がることを考慮した、いわゆるペナルティ・タックスが含まれたもの。 したがってダイエット・コークなど、シュガー・フリーのダイエット・ドリンクはこの対象外となっている。
この増税が実施された場合、ニューヨーカーは1ヶ月にシングル世帯で50〜80ドル、4人家族で100〜200ドルの余分な出費が 見込まれており、2009年に更なるボーナス・カットや給与カット、新たなレイオフが見込まれるニューヨークでは、 一般の人々から、経済の専門家までが この予算案に大反対しているのだった。
専門家がこの予算案に反対するのは、同案がファイナンシャル・クライシスで既に大打撃を受けている ミドル・クラスに対して 非常に厳しい増税であるためだけれど、 例によって 今年も億円単位のボーナスを受け取れるようなリッチ・ピープルに対する増税は野放しのまま。 これを受けて ニューヨークでは 「フェアシェア・タックス」、すなわち収入が多い人々からも ミドル・クラスと同じ割合の タックスを徴収する案をプッシュする動きが急速に高まっているのだった。 (現行の税率では、高額所得者は その支払い金額の大きさを考慮し、税率が低めに設定されています。)

とは言っても、そのリッチピープルに対する 「フェアシェア・タックス」実現の障壁となりうるのが、 バーナード・メイドフのポンジー・スキーム(ねずみ講) のインパクト。 ちなみに、 日本では ”マドフ” と報じられているけれど、今週 ニューヨーク・タイムズ紙が2度に渡って ”MAY-doff (メイドフ)” と その発音について 但し書きをつけているので、このコラムでは今後 ”メイドフ” で記載させて頂きます。
メガ・リッチの友人や、金融関係者の間では「バー二ー」の愛称で知られたメイドフは、 今や史上初の 世界を股に掛けたポンジー・スキームを長年に渡って続けてきた人物として、 逮捕以来、その名が瞬く間に知れ渡ってしまったけれど、今週 次々と明らかになって来たのが、彼に投資をして 財産を失った人々、チャリティ、学校や金融機関の存在。
先週のこのコラムで、ニューヨーク・メッツのオーナー、フレッド・ウィルポンがメイドフに投資をしていたことに触れたけれど、 その他にも女優ウマ・サーマンの婚約者、アーパッド・バッソンが経営するスイスのヘッジファンド、EIMが$230ミリオン(約207億円)、 大衆シューズ・ブランド、ナイン・ウエストの創設者、ジェローム・フィッシャーが$150ミリオン(約135億円)、 ヤシヴァ・ユニヴァーシティが$100〜125ミリオン(約90〜113億円)、ニューヨーク法律学校が最低で$3ミリオン(約2.7億円)、 コリア・ライフ・インシュランスが$50ミリオン(約45億円)をそれぞれ投資。
大口ではフェアフィールド・グリニッチ・グループ(ヘッジファンド)の$7.5ビリオン($6800億円)、トレモント・グループの$3.3ビリオン (約2970億円) などがあるけれど、この他にも映画監督、スティーブン・スピルバーグのチャリティがその資金の70%をメイドフに投資する一方で、 彼個人のファイナンシャル・コンサルタントが やはりメイドフに投資をしていた模様。 またこの春に買春で辞職に追い込まれた元ニューヨーク州知事、エリオット・スピッツァーと彼のファミリーの資金も メイドフ投資証券に流れ込んでいたことが報じられているのだった。

そのバー二ー・メイドフは今週、保釈金を支払って 留置所から出てきて、 アッパー・イーストサイドのペントハウスで自宅軟禁となり、 益々人々の怒りを買っていたのだった。彼が保釈されたのは、当初からその捜査に協力的であったためと言われるけれど、 この自宅軟禁は足首に居場所を確認するためにエレクトリック・ディバイスを付けて、外出は朝の9時から夜の7時までという極めて 甘い条件となっている。
捜査が進んでいる今も、謎に包まれているのが今回の史上最高額のポンジー・スキームの実態であるけれど、 多くの人々が不思議に思っているのは、今年で70歳になるメイドフが本当にこの大犯罪を自ら証言する通り 1人で 行っていたのか?ということ。更に、ヘッジファンドや 多くの投資慣れした個人、 ファイナンシャル・アドバイサーを擁する団体までもが、どうして謎に包まれたメイドフ投資証券に 多額の資金を投入したのか?ということ。
前者の疑問については、メイドフ投資証券の投資部門で働くバー二ー・メイドフの2人の息子、マーク&アンソニー・メイドフは、 事件への関与を否定しており、メイドフ証券のネズミ講部門である ”アセット・マネージメント (資産運用)” は バー二ー・メイドフ自身が全てを牛耳っていたと現時点では言われているもの。 しかし、これについては 多くの金融専門家から それを疑問視するコメントが聞かれているのだった。

後者の 個人投資家やチャリティ、企業が 何故 投資の実態が掴めない バー二ー・メイドフに 多額の資産運用を任せていたか?に ついては、彼が長年に渡るエクスクルーシブな 「ロー・リスク/ハイ・リターン」のビジネスで 信頼と評判を確立してきたのが  その理由と言われているのだった。
彼は1980年代からミネアポリスやセントポールのカントリー・クラブのメンバーとなり、 その交友関係を通じて 弁護士やドクター、不動産デベロッパー等から投資を請け負ってきており、 1996年からは フロリダで最も由緒あるパーム・ビーチ・カントリー・クラブのメンバーになり、 パーム・ビーチのメガリッチ達から多額の投資を受けてきたのだった。
メイドフは1ラウンド 80代のスコアで回るほどの腕の良いゴルファー と言われるけれど、彼はそのラウンド中にも チャーミングな人柄で確実に投資家を増やしており、「カントリー・クラブを通じた 交友関係を中心とした エクスクルーシブな投資会社」、「マーケットがどんな状態でも必ず利益を上げて、資産を増やしてくれるビジネス」 を 装うことに成功。それによって、クライアントはどんどん その投資額を増やす一方で、 メイドフの ”資産運用の達人” としての評判は口コミで、リッチ・ピープルの間に広まっていったという。
中には、メイドフ投資証券のクライアントになるためにカントリー・クラブのメンバーになる人も 珍しくなかったというけれど、メイドフは初回の投資で20億円を捻出できない人々の投資を断わる一方で、 一部のユダヤ系のチャリティに対しては、フィーを請求せず、小額の投資で資産運用を引き受けており、 このことが、ユダヤ系のリッチ・ピープルの信頼を獲得するのに非常に役立っていたと指摘されているのだった。 実際、メイドフが新たなクライアントを受け入れる際、ユダヤ系のチャリティに多額の寄付を行うことが条件になっていたという。

さて、リッチ・ピープルという人々は 自分が楽に儲けていると、人にも儲けさせてあげたくなるようで、 メイドフは こうしたリッチ・ピープルからの紹介で かなりのクライアントを獲得したと言われているのだった。 中には個人的にメイドフと面識があり、メイドフ証券のクライアントにしてもらえるように口利きすることを、 社交やビジネスの武器として使う人々も居たようであるけれど、こうしたエクスクルーシブなビジネスの場合、 「自分達が選ばれて それに投資をしている」 という 優越意識や、 「リッチ・ピープルには お金を生み出す錬金術のギルドがある」 といった思い込みから、 誰もがそのからくりを疑わなかったという。 そして彼らの資金や、彼らの友人の資金、友人が運営するチャリティの資金、 そのハイリターンぶりを聞きつけたヘッジファンドの資金などが 次々と メイドフ投資証券に流れ込んで行ったのである。
またメイドフは、アメリカのみならずヨーロッパ、アジアからも投資を集め、今年に入ってからは中国で 投資を募っていたというけれど、この時点ではかなり経営が厳しくなってきていたため、エクスクルーブさのかけらもない アグレッシブな勧誘が行われていたようである。 こうして、地球上のありとあらゆるソースから投資を募ってきたメイドフであるけれど、 現時点で$50ビリオン(約4兆5000億円)と言われる被害総額に膨れ上がるまで破綻しなかったのはまさに驚くべきこと。
それでも、S.E.C.(Securities and Exchange Commission / 証券取引委員会)には何度と無く、メイドフの実態の無いビジネスに対する 捜査依頼が寄せられており、既に90年代の時点から彼のビジネスに疑問の声を投げかける専門家も居たというけれど、 肝心の投資家からは、 メイドフが確実に資産を増やしていただけに 全くと言って良いほどクレームは聞かれていなかったという。
事実、メイドフ投資証券は過去に3回ほどS.E.C.の捜査対象になったことがあると言われるけれど、 その都度 乗り切っているのは、メイドフの個人的なコネクションやS.E.C.の 「事なかれ主義」もさることながら、 投資家がクレームをしていなかったことが指摘されているのだった。

そのポンジー・スキームが破綻する決定打となったのは、9月中旬のリーマン・ブラザースの倒産。 これを機に、リーマンを通じてビジネスを行っていたヘッジファンドに投資していた人々が、その払い戻しを求め始め、 それと同時に株価の暴落で資産を減らした投資家が、キャッシュを確保するために こぞってヘッジファンドに 投資金の払い戻し請求を行っており、この現象はメイドフ投資証券でも例外ではなかったようである。
メイドフは殺到する払い戻し以上の 新しい投資を集める事が出来ず、 息子達に自分のビジネスがポンジー・スキームであったことを 打ち明けたと語っており、この彼のギブアップとFBIによる逮捕がほぼ同じタイミングで起こったというのが目下の報道である。
もちろん ねずみ講というのは 破綻前に投資額以上の配当を受け取って 利益を上げる人々も居る訳だけれど これらの利益は払い戻さなければならず、それらは被害者で分配されることになるという。 こうした手元から消えてしまう利益は 今週のメディアで 「ファントム・プロフィット(お化け利益)」 と呼ばれていたけれど、 そのキャピタル・ゲインに対して支払った税金は当然のことながら戻って来るようである。
またメイドフへの投資で資産の全てを失った人々に対しては、IRS(国税局) が その免税策を打ち出しているけれど、 これは言ってみれば間接的なベイルアウトとも言えるもの。 メイドフの被害者の免税額が税収から失われれば、その穴埋めをするのは一般納税者であるから、 一般のアメリカ国民は、金融機関のベイルアウト、自動車業界の救済、増税、さらにメイドフの被害者の間接的な尻拭いと、 これでもか!の勢いで、全く自分に責任の無い出費を強いられることになる訳である。
なので、アメリカの一般国民は メイドフの被害者であるリッチ・ピープルが 「全財産を失った」と言って、5億円の家を売りに出していても 全くと言って良いほど 同情はしていないようだけれど、このメイドフのポンジー・スキームのせいで、 今年のパーム・ビーチのクリスマスは惨憺たるもので、いつもならロールス・ロイスやフェラーリがギッシリ縦列駐車をしている メイン・ストリートのワース・アベニューはガラガラ。ブティックもレストランも閑古鳥が鳴いていることが伝えられているのだった。

こうした一連の金融破たんの報道を振り返ると、2008年という年は「人の資産って一体何なんだろう?」 と 考えさせられると同時に、従来の金融の価値観を覆されたような1年であったけれど、 私は 「 濡れ手に泡」 みたいな思いをしたことが無いだけに、こんなポンジー・スキームが報じられる以前でも、もし誰かが 「メイドフっていう人に資産運営を任せたら、ロー・リスク/ハイ・リターンで大儲けが出来ますよ」 と言われたとしても、 自分のお金の たとえ一部でも 決して投資しないと思うのだった。
やはり、多額の資産をあっさり他人に任せられる人というのは、ある程度 簡単にお金を儲けてきた人である場合が多い訳で、 そうした人は往々にして 「お金儲けなんて簡単だ」と思っていたり、もしくは「お金儲けは専門家に任せておくのが一番」などと 考えているようである。 でも、投資で 毎年10%以上も 資産を増やすのが いかに大変かを理解していれば、 「ゴルフ場で握手をしたくらいで他人がそれをやってくれるなんて、 話が上手すぎる」 と判断できたはずだと思うし、人を10%儲けさせるビジネスをしているメイドフは 市場動向に関わらず 毎年それ以上の利益を上げていなければならない訳で、何か法に触れることでもしていない限り、 そんなことは不可能であることは常識で分かりそうなもの・・・とさえも 思えてしまうのだった。

ちなみにメイドフ投資証券がオフィスを構えているミッドタウンの ”リップスティック・ビルディング” は奇しくも CUBE New York が設立後1年間オフィスを構えていたビル。 外から見るとピカピカで、シェイプがユニークで、ロビーも立派なビルディングであるけれど、 中はモダンな外観とは裏腹に老朽化しているフロアが多く、いろいろな理由で賃貸契約を終える時には何の未練も無かった ビルディングなのだった。 ピカピカの外観に惚れ込んで、高いレントを1年払った私であるけれど、 風水の見地からも あのビルで 多額のお金儲けが出来るとは 非常に考え難いのが実際のところなのである。





Catch of the Week No. 2 Dec. : 12 月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 Dec. : 12 月 第 1 週


Catch of the Week No. 5 Nov. : 11 月 第 5 週


Catch of the Week No. 4 Nov. : 11 月 第 4 週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。