Dec. 19 〜 Dec. 25 2005




Strike & Happiness



今週のニューヨークと言えば、「ストライキ」の一言に尽きる感じであったけれど、 20日の火曜日から22日の木曜までの3日間に渡って、ニューヨークの地下鉄とバスを運行するMTAが25年ぶりのストライキを決行していたのは、世界各国で報道された通り。
だから16年間 ニューヨークに暮らす私にとっても、今回のストは始めてのもので、それは多くのニューヨーカーにとっても同様のことだった。 ニューヨークのストが日本のストと明らかに異なるのは、本当にマンハッタン内の、タクシーを除く 全ての公共の交通機関がストップしてしまうこと。 私も東京に住んでいた頃には、もちろんストを体験しているけれど、例えばJRがストをしていても、地下鉄や西武線が動いていたりするのが 日本のストで、しかもストを理由に会社や学校が休みになるのは普通のことだったと記憶しているのである。
ところが、ニューヨークの場合、タクシー以外の公共の交通機関がゼロで、そのタクシーさえも捕まらない状態にも関わらず、 通常通り職場には行かなければならないという人が殆どで、公立学校も2時間遅れでスタートする以外は、通常と同じスケジュールだったのである。
もちろん、ニュー・ジャージーから通ってくる人は、パス・トレインが動いていたり、ロング・アイランドから通ってくる人ならば、ロングアイランド・エクスプレスが 動いていたりしたけれど、それでも一度マンハッタンに入れば、交通手段はゼロ。
だから、自家用車で職場に向かおうとする郊外の居住者も多かったけれど、これも乗り合いで4人以上が乗車していなければ マンハッタンに乗り入れをすることが出来ず、アップタウンの96丁目に設けられた検問ブロックでは、3人しか乗員が居ない車が、 足止めを食っていたし、この検問と、道路封鎖のために、スト期間中のマンハッタン内は 大交通渋滞となっていたのだった。
道路封鎖が行われていたのは、5番街、マディソン街というマンハッタンを縦に走るアベニューと、49丁目と50丁目を含む、マンハッタンを横断する ストリート計4本。どうしてタダでさえ 車が混み合うスト期間に これらの道を封鎖するかと言えば、緊急車両を通過させるためであると説明されていたけれど、 スト3日目にはこれを解除していたくらいだから、交通の混乱を招く以外、全く無意味だったのがこの道路封鎖だった。

さて、自家用車もなく、タクシーも捕まらない 多くのニューヨーカーは、徒歩、時にローラー・ブレードや自転車等で職場やその他の目的地に通うことになったけれど、 いくらマンハッタンが東京の世田谷区ほどの小さなエリアとは言え、ブルックリンやクイーンズから通って来る人も多いわけで、片道2、3時間歩いて 職場に通うというのは、全く珍しくもないケース。そして仕事が終われば、その疲れた体で 今度は家に帰らなければならない訳で、 スト期間は、仕事を4時頃に切り上げる人々も多かった。
ちなみに、CUBE New Yorkの仕事で一番困ったのは、一部のデリバリーが届かないこと、そして発送をする荷物のピックアップ・トラックが来てくれないことで、 前者については、UPSやFed Exなどを使っている場合は、ストにも関わらずオン・タイムで全ての荷物が届いていたにも関わらず、 マンハッタン内からのデリバリーのように、メッセンジャー・サービスを使うところは、メッセンジャーが足りないとして一切デリバリーをしてもらえなかったし、 発送荷物のピックアップにしても、ドライバーが通常通りの時間に出勤できない上に、交通大渋滞を理由に来てもらうことが出来ず、 こちらがカートを押して荷物を持って行くような状態になってしまったのである。

私はと言えば、最初の2日間は長距離の移動が無かったために、さして不便は感じずに過ごしたけれど、ストの3日目は60ブロック以上離れた場所で、 アポイントメントがあり、前日に「ストでも決行します」とコンファームされてしまったために、約束の時間の2時間半前に家を出て歩き始めることになった。 かなりスロー・ペースで予定を組んだのは、帰路の体力を温存するのに加え、せっかく遠くまで行くのだからと、他の用事も済ませようと思っていたからだった。 でも 昨今は滅多にマンハッタン内を時間を掛けて歩くことが無かっただけに、歩き始めると、街の光景がとても新鮮に思えて、 「何て沢山の表情があって、美しい街なんだろう」と改めて、ニューヨークに惚れ直してしまうような思いを抱いてしまったのだった。
目的地に着いて見ると、タクシーでやって来たというアメリカ人女性が居て、彼女によれば、「タクシー代の踏み倒しにあった」という。 事情を聞いてみると、見知らぬ3人とタクシーを乗り合いし、下りる段階になったら、1人の男性が、「キャッシュの持ち合わせが無いからATM(現金自動引出機)に 行って来る」と言ったきり、戻ってこなくなってしまったという。 タクシーの料金は、スト用の特別のブロック料金で、それが乗員1人ずつに掛かるので、1人10ドルの合計40ドル。
タクシーの運転手がシビレを切らす中、その場で数分待った挙句、彼女を含む残り3人の乗客は、どうやらタクシー代の踏み倒しにあったことを 悟り始めたとのことで、そこで、そのうちの1人が「私が彼の分の10ドルを払う」と申し出たという。 そうなると、そのアメリカ人女性も「別に少しくらい余分に払ってもい構わない」という気分になったそうで、「それだったら、私も半分払います」と言い、 すると、もう1人の男性も、「いや、自分が一番シートの場所をとっていたから、自分が一番多く払う」と言い出し、 3人は踏み倒しにあったにもかかわらず、被害額の10ドルをめぐって、「自分が払う!」と主張しあっていたという。 そうしたら今度は、それを見ていたタクシーの運転手が 「I Love those Holiday Spirits!」と、 痛くその様子に感激して、 全員のタクシー代を8ドルにしてくれた上に、踏み倒された10ドルもチャージしなかったのだそうで、 結局はハッピー・エンディングというか、いかにもニューヨーク!という感じのストーリーとなっていたのだった。

さて、ストの期間にニューヨーク市が被った経済的損失は現時点の見積もりで10億ドル、日本円で約1180億円といわれており、 レストランや小売店は軒並み、売り上げを30〜60%落としているそうで、こうした損害を受けたビジネス・オーナー達は、MTAとストを起こした 労組を相手取って、集団訴訟を起こす動きも見せているという。
でも、私の個人的な印象では、「ひょっとしたら ストの恩恵を受けたのでは?」と思われるビジネスが、スターバックスである。
というのも、アポイントメントのあった木曜に1日で150ブロックを歩くことになった私は、自宅への帰路の途中で休憩をしようと、 何度もスターバックスで足を止めかけたものの、どの店も一杯で、その都度 「次のスターバックスまで我慢」と思って、歩き続けることになってしまったのである。 やっと比較的空いている店を見つけて休憩をしていたところ、店内は私同様、歩き疲れてカフェイン・ブレイクを取っている人だらけで、 日頃の パソコンを持ち込んだり、友人と話し込む来店客の姿が見られない代わりに、足を荷物の上に乗せて休む人や、 ボーッとコーヒーだけを飲んでいる人達が目立っていたけれど、いずれにしても私の目から見れば、日頃通りに活気がある数少ないスポットが スターバックスだったのである。

ところで、前回の80年代のストの際には、スト期間に歩き続けたニューヨーカーが、ストが終わってからも歩いて出勤するようになり、 80年代最悪のファッションの1つに挙げられている 「スーツ姿にスニーカー」というトレンドを生み出したけれど、 今回のストは、さすがにその恥知らずのファッションのカムバックは無いにせよ、往復20〜40ブロック程度を歩いていたニューヨーカーの間では、 「健康のために徒歩通勤を続ける」と語っている人達が少なくないという。
事実、1時間の歩行は、その速度や個人の体重によって異なるものの約200〜500カロリーを燃やすのだそうで、日頃運動不足の人であればあるほど、 これによって体重を落とせる可能性は大であるという。早めの歩行はジョギングよりも体脂肪を燃やすのに適したエクササイズであることは、 既に立証済みの事実であり、加えて、歩行を始めとするエクササイズは、別名ハッピー・ホルモンと呼ばれるエンドーフィンを分泌させるため、 精神的にも、ポジティブな影響を及ぼすことも指摘されているのである。

その一方で、ストを行った労組やMTAへのニューヨーカーのリアクションは様々で、「コン・エディソン(ニューヨークの電力会社)がストをした時は、 電力が供給されていたのだから、MTAのストの際に地下鉄やバスが動かないのはおかしい」という声や、 ホリデイ・シーズンという最悪のタイミングでストを行ったという批判があったかと思えば、 「組合員達が自分達の収入と生活を守るために行ったストを支持する」と語る人も居たけれど、 誰にとっても共通の思いは、金曜にバスや地下鉄が動いているのを見て、 日頃は当たり前と思って気にも留めていなかったことが、 有り難く、嬉しく思えてしまったということ。
同じ思いは、2年前の大停電の時に、日頃あって当たり前と思っていた電力の大切さという形で味わったし、4年前にテロが起こった時には、 それまで気にも留めていなかった平和の有り難味をニューヨーカーは味わった訳である。 でも個人レベルならば、これよりずっと小さなインパクトで、体調を崩せば健康の有り難味を感じ、プリンターが壊れれば、まともに動くプリンターの有り難味を感じるようなことは、 誰にでも 日常茶飯事起こっているのである。
そう考えると、トラブルというのは、人に感謝の念を抱かせるために起こっているようにさえ思えてくるけれど、 それと同時に思い出すのが、母が小さい頃から私に言い続けてきた「何事にも感謝の気持を持って生きなさい」という言葉。
感謝の気持で ストやプリンターの故障が回避できるとは思えないけれど、 確かに日頃から いろいろな物や人に対して感謝の気持ちを抱くことは大切なことである。 でもそれをするには、精神的な豊かさ、余裕が必要になってくるわけで、これをどんな時にも持ち続けることがいかに難しいかは 今更説明する必要も無いかと思えるものである。
その意味では、ストが終わった金曜日、ニューヨーカーは それまでの徒歩通勤や乗り合い乗車の精神的、 肉体的な負担から解き放たれて、心にゆとりが生まれていたのは事実で、誰もがハッピーで、 口々に「こんなに地下鉄に乗るのが嬉しかったのは初めて!」といいながら、本来「 動いていて当たり前」の交通機関の存在に感謝していたのである。



Catch of the Week No.3 Dec. : 12月 第3週


Catch of the Week No.2 Dec. : 12月 第2週


Catch of the Week No.1 Dec. : 12月 第1週


Catch of the Week No.3 Nov. : 11月 第4週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。