Dec. 21 〜 Dec. 27 2015

” The Year 2015 Was... ”
アメリカの2015年を振り返って…


昨年とは打って変わって、記録的な暖かさでクリスマスを迎えたニューヨーク。
今年も残すところ あと数日になったけれど、誰もが2015年を象徴する出来事の1つに挙げていたのは、 年明けと11月に起こったパリのテロ。 いずれも、インターネットを通じてラディカライズされたイスラム教徒がシリアやアフガニスタンに渡り、ISISの施設で テロリストとしてのトレーニングを積み、その後母国に帰国して犯行に及ぶという ”ホーム・グロウン・テロリズム”。 アメリカでも12月にカリフォルニアのサン・ベルダルディーノで、 同様の銃撃テロが起こったばかり。
このため世界中でテロへの警戒が高まった一方で、 300万人を超えるシリアからの難民問題とその受け入れが大きな国際問題になっていたのが2015年。
これを受けて、アメリカの2016年の大統領選挙のフォーカスが移民問題とテロ対策に大きくシフトしたけれど、 共和党大統領候補の中で、メディアや政治関係者が「まさか!」と驚くセンセーションを巻き起こしていたのが ドナルド・トランプ。 当初優勢と思われたジェブ・ブッシュの支持率がどんどん下がり続けたのとは正反対に、 支持率を伸ばし続けたのが、ドナルド・トランプ、ベン・カーソンというワシントン政界のアウトサイダー。
特にドナルド・トランプは 女性やヒスパニックを蔑視する発言や、ヒットラーを思わせるような人種差別発言をしながらも、 それが支持率に響かないことから”テフロン”(悪い評価がくっつかないという意味)というニックネームが付いているほど。
でも果たしてその支持率が そのまま2016年からスタートする予備選挙の投票に結び付くかは、政界関係者さえ興味深く見守るところなのだった。


司法の世界で2015年最大のニュースと言えたのは6月に連邦最高裁が同性婚を合憲とする判断を下したこと。 この判決以前にも アメリカでは既に36州で同性婚が認められていたけれど、最高裁で合憲と見なしたことで、全米のどの州においても同性愛者が結婚する事が出来、 税金を夫婦として申告したり、養子縁組の際にカップル2人の名前を両親として登録することが出来るほか、国民年金の支給や健康保険においても 異性カップル同様の配偶者待遇が受けられることになり、 従来の同性婚のハンディキャップが全て排除されることになったのだった。

その一方で、2015年は”ドローンの年”と言われるほど、ドローンが普及しただけでなく、様々なビジネスで実用化された年。
今年のクリスマス・シーズンだけで、100万ユニットが販売されたドローンであるけれど、不動産の世界では広大な敷地の画像やビデオを撮影するために使用され、 スキー場ではリフトの点検、遊園地ではジェットコースターのレールの点検がドローンで行われ、ビルの外装や倉庫の屋根、橋やトンネルの傷み具合も 人を派遣する事無く、ドローンによる画像撮影で 遥かに低バジェットに、そして正確に行うことが可能になっているのだった。 またアマゾン・ドット・コムでは過疎地のデリバリーをドローンで行うトライアルがスタートしており、ドローンが世の中を大きく変えようとしているけれど、 飛行場の傍やホワイト・ハウス、国立公園等、飛行禁止区域でドローンを飛ばす人々が絶えないだけでなく、 テニスの全米オープンを始めとするスポーツ・イベントにドローンが墜落する事故も相次いでおり、 これを受けて アメリカでは重さ0.5キロ以上の全てのドローンに対して、登録を義務付ける法律が制定されたばかり。

逆に2015年に新たに登場したガジェットで期待外れに終わったのはアップル・ウォッチ。
2015年もソーシャル・メディアから、様々なヴァイラル・ビデオや、ヴァイラル映像が登場したけれど、 アメリカ人の記憶に最も鮮明なのは、写真上一番右のドレスの映像。 果たして このドレスが何色に見えるかについては、セレブリティまでもが加わって大論争を巻き起こしていたのだった。




2015年にはスキャンダルを通じて 様々な”悪役”が登場していたけれど、2月に大ニュースになっていたのが、 3大ネットワークNBCの年俸1300万ドル(約17億5000万円)のスーパースター・アンカー、ブライアン・ウィリアムスが 自らの勇敢なジャーナリストぶりをアピールするためにウソの報道をしていたというスキャンダル。 結局彼は NBCから半年間の謹慎処分を受けて、トップアンカーの座を明け渡すことになり、現在はNBC系列のケーブル局のポジションへと転落しているのだった。

2015年は、アメリカのガン・ヴァイオレンスに益々拍車が掛かった年。写真上左から2番目はノース・キャロライナの教会で行われていた 聖書の勉強会で突如銃を発砲し9人の死者を出したディラン・ルーフであるけれど、2015年に起こったガン・ヴァイオレンスの件数は12月27日までの段階で5万1657件。 1日平均36人の死者と、74人の負傷者を出すという、とんでもない件数を記録しているにも関わらず、 同様の事件が起こる度に銃規制に反対する人々が増えるのが銃社会 アメリカのパラドックスなのだった。

でも人間が銃で撃たれても文句を言わない人々までもが腹を立てたと同時に、世界中から顰蹙を買ったのが、 ミネソタ州の歯医者で、ハンティング愛好家のウォルター・パーマー(写真上中央)が 2015年7月にヴァケーションで出掛けたジンバブエで、 地元の人々に敬愛され保護対象になっていたライオン、セシルを殺害していたというニュース。 彼の自宅やクリニックには 連日抗議の人々が押し寄せ、一躍アメリカで最も嫌われる人物になっていたけれど、 その座を9月にあっさり奪ったのが エイズ処方箋薬、ダラプリムの製造販売権を買収し、その価格を1錠13.5ドルから750ドルへと 5000倍に引き上げた ターニング・ファーマスーティカル社の若きCEOで、元ヘッジファンド・マネージャーのマーティン・シュクレリ(写真上右から2番目)。
その彼は、年末になってファイナンスの詐欺容疑で逮捕され、約6億円を支払って保釈されており、 これを受けてターニング・ファーマスーティカル社のCEOを辞任しているのだった。

更に2016年にも尾を引くと見られるのが、シカゴで起こった警官による17歳の黒人少年の射殺事件。 同事件は現場のビデオ映像が非公開にされたり、警官が口裏を合わせたウソの証言をするなど、 警察ぐるみの揉み消し工作が問題となり、警察署長が辞任に追い込まれただけでなく、現在は市長の辞任を求めて、 クリスマス・シーズンも抗議活動が行われる有り様。 警官による黒人層に対する発砲やヴァイオレンスは、このシカゴの事件に限らず 2015年も全米で頻発しており、 ”Black Lives Matter (黒人の命は大切だ)”のムーブメントは、2016年の大統領選に少なからず影響を与えると見られているのだった。


2015年は女性エンターテイナーの活躍が目立った1年であったけれど、 音楽の世界で 2015年を象徴する存在になっていたのが、11月に発売されたニュー・アルバムが売上げ記録を更新したアデルと、 アルバム「1989」とそのワールド・ツアーで、そのスター・パワーを増したテイラー・スウィフトの2人。
TV界では ヒップホップの世界を描いた「エンパイア」がサプライズ・ヒットとなり、そこに登場する強烈なキャラクター、クッキーを演じて 一躍話題と人気を高めたのが、タラジ・P・ヘンソン(写真上一番左)。そのファッションでも大いに注目を集めていたのだった。
また異色のライジング・スターとなったのはアメリカン・バレエ・シアターで、黒人として初のプリンシパルに選ばれた ミスティ・コープランド(右から3番目)。 アンダー・アーマーのスポークス・モデルも務める彼女は バレエのオフシーズンには ブロードウェイにも登場。アスリートとしてのダンサーをアピールした 従来とは全く異なるバレリーナなのだった。

コメディの世界からブレークしたのはエイミー・シューマー(右から2番目)で、彼女が脚本主演を担当した映画「トレインレック」は ゴールデン・グローブ賞にノミネートされただけでなく、多くの映画評論家が2015年のトップ10ムービーに挙げた作品。 彼女は、NY州の上院議員、チャック・シューマーの従姉妹でもあり、「トレインレック」の上映劇場で銃乱射事件が起こったことを受けて、 銃規制を進める運動にも着手しているのだった。
でも 2015年に最もパブリシティと物議をかもした”女性”と言えるのは、カダーシアン・ファミリーの一員であり、 元オリンピック金メダリストのブルース・ジェナが性転換をした ケイトリン・ジェナ。 以前から女装癖があることが噂されてきたブルース・ジェナが、ケイトリンとしてデビューしたのは、ヴァニティフェア誌の7月号。 その後、自らの性転換後を描いたリアリティTV「アイ・アム・ケイト」も放映されていたけれど、 年末にケイトリンを某メディアが「ウーマン・オブ・ジ・イヤー」に選ぼうとした際には、 一部の女性たちから「ウーマン・オブ・ジ・イヤーと呼ぶからには、最低1年以上は女性であるべき」という反対意見も聞かれていたのだった。

アソシエーテッド・プレスが2015年のエンターテイメント・オブ・ジ・イヤーに選んだのは「スター・ウォーズ:フォースの覚醒」。 同作品は公開12日目にして全世界で10億ドル(1200億円)の興行売上げを記録。ありとあらゆる記録を塗り替える勢いで、 ボックスオフィスの成績を上げているのだった。




スポーツに着眼すれば、2015年は NFLニューイングランド・ペイトリオッツのクォーターバックで、スーパーモデル、ジゼル・ブンチェンの夫である トム・ブレイディがボールの気圧を落として試合を有利に運んだという ”デフレート・ゲート”疑惑で幕を開けたけれど、 2015年のスーパーボウル・チャンピオンに輝いたのもニューイングランド・ペイトリオッツ。
歴史的な快挙としては、1978年以来 37年ぶりにトリプル・クラウン、すなわち三冠王馬が誕生したことで、これを達成して、史上12頭目の トリプル・クラウン馬となったのがアメリカン・ファロア。
「スポーツ・イラストレーテッド」誌が 2015年の”スポーツパーソン・オブ・ジ・イヤー”に選んだのは、 女子テニスのセリーナ・ウィリアムスで、セリーナは カレンダー・イヤーにおける グランドスラム4大会を制するという27年ぶりの快挙を達成しようとしていたけれど、 USオープンの準決勝で 全く無名のイタリア人プレーヤー、ロベルタ・ヴィンチに敗北。
野球の世界ではニューヨーク・メッツが15年ぶりにワールドシリーズ出場し、29年ぶりのワールド・チャンピオンを目指したけれど、 勝利を収めたのは30年ぶりにワールド・シリーズに勝利したカンサスシティ・ロイヤルズ。
NBAでは、ゴールデンステート・ウォーリアーズが、ルブロン・ジェームス率いる クリーブランド・キャバリアーズを下して 40年ぶりのチャンピオンシップに輝いたのが2015年。 無冠が続くニューヨーク・ニックスでは、今年ドラフトで獲得したラトヴィアからのルーキー、 クリスタプス・ポルジンギスが予想以上の活躍を見せ、 一躍ニューヨークのライジング・スターになっているのだった。




ニューヨークの2015年について言えば、今年はあまり印象に残るレストラン・オープニングが無かったけれど、 2015年にオープンした中で、最もサクセスフルで、予約が困難なレストランになっているのが、 ラルフ・ローレンが5番街のフラッグシップの中にオープンしたポロ・バー(写真上、一番左)。 常に1ヶ月以上先まで予約で一杯の同店は、毎晩のようにセレブリティやソーシャライトが姿を見せたホットな社交場で、 予約が無ければバーにも入れないという敷居の高さになっているのだった。
2015年のニューヨークで最大のフード・トレンドになっていたのは、何と言ってもチキン・サンドウィッチ。 中でも写真上左から2番目、モモフク系列のFuku/フク のサンドウィッチは 行列が出来るほどの人気を誇ったアイテム。

ニューヨークの不動産ブームは 引き続きで、マンハッタン内にはどんどん高層ビル&高級コンドミニアムが増えて、 数年前のミッドタウンの夜景の写真がリサイクルできないほど、ビル群が変わりつつある状況。 貧富の差が開く状況を反映して大型物件が増えているだけに、その価格は上昇の一途。 加えてレントもどんどん上がっているけれど、それもそのはずで2015年のマンハッタンの居住用レンタル・ビルディングの占有率は99%を超えており、 アパート不足が伝えられる状況。
このため、学生時代に戻ったようにルームメイトと暮らすニューヨーカーが増えていることも伝えられているのだった。

2015年のニューヨークで最大のイベントの1つと言えたのは、9月にローマ法王フランシスが訪れて、 改築を終えた5番街のセント・パトリック寺院と、マディソン・スクエア・ガーデンでミサを行い、セントラル・パークでパレードが行われたこと。 法王滞在中は、厳重な警備だったこともあり、ニューヨークで殺人が1件も起こなかったけれど、モダンな思想で知られるフランシス法王なだけに、 カソリック教徒以外の人々からも大歓迎を受けていたのだった。

その一方で、1年間を通じてニューヨークにとって 深刻な問題になっていたのが増え続けるホームレス。 精神病を患ったホームレスも少なくないことが伝えられていたけれど、そうかと思えば 5番街に2時間座っただけで、400ドルを通行人や旅行者から 与えられるという 時給200ドルのホームレスも居る状況。 同問題深刻化の背景には、ホームレス対策に本腰を入れない デブラジオNY市長の政策に加えて、 彼が選挙時に公約していた低所得者住宅の建設がはかどっていない状況があるのだった。

私が次にこのコラムを書く時はもう2016年。 毎年振り返るたびに1年間はあっという間で、「一体何をしていたんだろう」と思えることもあるけれど、 何年かが経過してから2015年という年が意味を成してくるケースは少なくないもの。
確実に言えるのは、良いことでも、悪いことでも 記憶に残ることが多ければ多いほど、 将来に役立つ、実りある一年であるということなのだった。
Happy 2016!

Will New York 宿泊施設滞在



執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

Shopping

PAGE TOP