` CUBE New York Catch of the Week




Jan. 27 〜 Feb. 2 2003




リアリティTVでニューヨーカーが痛感したリアリティ

メディア&アドのセクションでも、今アメリカでリアリティTVが大人気を博していることをお伝えしているけれど、 中でも「ジョー・ミリオネア」、「バチェロレット」(番組の詳細はメディア&アドのセクションを参照のこと)は 毎週その放映の翌日には、オフィスが番組の話題で持ちきりになる程のセンセーションとなっている。
この2つの番組は基本的にはどちらも大勢の候補者の中から、自分の将来のハズバンドや真剣に交際していける女性を探し出す というものであるが、そのうちの「バチェロレット」は今週、特にニューヨークでかなりの話題を醸すことになった。
先週までにバチェロレット(独身女性という意味)、トリスタ嬢は当初25人いた男性の中から 候補者を既に4人に絞っており、今週のエピソードではトリスタ嬢が4人の男性の家族を訪ね、 彼らの家に出掛けて、実際に4人の男性がどんな生活をしているのかを見極めるというものだった。 その4人の候補者は2人がカリフォルニア、1人がコロラド在住で、もう1人のグレッグ(写真右)が ニューヨーカーであった。
グレッグはブライアント・パーク近くで彼を待っていたトリスタ嬢をバイクで迎えに行き、 セントラル・パークのグレート・ローンでピクニック気分を味わったところまでは良かったが、 他の3人の候補者男性が、家族の家でトリスタ嬢を自分の家族に引き合わせ、一緒にディナーを楽しんだのに対して、 彼は大衆的なイタリアン・レストランをその場所に選んでおり、この時点で次に訪れる悲劇を直感したニューヨーカーは多かったという。
食事の後、男性達はそれぞれ自分が暮らす家やアパートにトリスタ嬢を連れて行ったが、 グレッグがTV局が用意したストレッチ・リムジンで彼女を連れて行ったのは イースト・ヴィレッジ、アベニューAにある彼の小さなストゥーディオ・アパートメントであった。
ストゥーディオとはご存知の通り、一部屋プラス、キッチンとバスルームというもので、 アベニューAというロケーションを考慮すれば、パーク・アベニューとか マディソン・アベニューという訳には行かない建物の作りとアパートの広さであるのは ニューヨーカーなら誰でも理解するところである。
あらかじめ「自分のアパートは汚いから…」と警告していたグレッグであったが、 トリスタ嬢が部屋に入った途端にビックリしたのは何よりその狭さだった。 「べッドルームは何処?」とヘッドボードの無いベッドに気が付かずに訪ねたトリスタに対して、 部屋の半分を占めているベッドを指差して「そこだよ。これが典型的なニューヨークのストゥディオ・アパートメントなんだ」と 明らかにナーバスになって答えるグレッグの姿は、ニューヨーカーが見せ付けられたニューヨークの不動産事情のリアリティであった。
困惑と不快感を顔に出しながらも、グレッグに悟られないように彼とのアイ・コンタクトを避けていたトリスタ嬢であるが、 「ワインでも飲む」と訊かれ、「水でいいわ」と答えた声には、ロマンスのかけらも感じられなくなっていた。 その後、カメラはキッチンに行ったグレッグの姿を追っていたが、そのキッチンも とてもキレイとは言えるものではなく、棚からグラスが出せずに奮闘していたグレッグが立てた物音に対して トリスタ嬢は「ネズミでも居るの?」と冗談めかしに聞くような状態。 「ネズミならもうとっくに退治したよ」と笑いながら答えていたグレッグだが、その顔は明らかに引きつっていた。
番組ではその後トリスタ嬢のコメントがカットインしてきて、「別に表面的なものにこだわる訳ではないけれど、 自分がグレッグのアパートに居るところは想像できないわ」と明らかに彼のアパートに対して問題を感じていることをはっきり述べていたのは、 一部のニューヨーカーには非常に評判が悪く、ニューヨーク以外に暮らすアメリカ人にとっては心から納得するものであったようである。
というのも、他3人の男性がトリスタを連れて行ったのは、 アメリカのスタンダードではミドル・クラス的な家ではあるものの、リビングだけでもグレッグのアパートの3倍はあり、 高い天井、ダイニング・ルーム、家族の人数分の寝室と、ゲスト・ルームがあるような家で、 室内も一定のテイストの家具や調度品でデコレートされており、超リッチとは言いがたいものの、「まともな家、まともな家庭」という印象を十分に与えるものであった。
結局、今週のエピソードで グレッグはトリスタ嬢に追放されてしまうことになったけれど、 翌日のトークショーや芸能番組はこの話題で持ちきりで、「トリスタは1番アパートが小さかった男性を 追放した」とトークショー・ホストが指摘したかと思えば、芸能番組では「何あのアパート!冗談でしょ!」と サンフランコの視聴者がグレッグのアパートをバカにしたコメントをし、その一方で ニューヨークで収録されているトークショーでは「ニューヨークのアパートは高くて、小さいんだから仕方ない」と グレッグに同情的であった。
当然、ニューヨーク中のオフィスでも番組の翌日は、グレッグのアパートの話題で持ちきりだったようであるが、 私がこれまで聞いた話を総合すると、ニューヨークの若い女性達はグレッグにはあまり同情的ではないようで、 「今まで見た中で1番ひどいアパート」、「いくら狭くてももう少し住み方ってものがあるでしょう?」、 「NYUの大学生でももっとマシなアパートに住んでいる」等、 かなり手厳しい評価を受けている。
ことに番組ではそれまで、グレッグについて「28歳の輸入業を営むニューヨーカー」というプロフィールで紹介していただけに、 例えマンハッタンの住宅事情を理解しているニューヨークの女性でも、そのアパートを見せられて「こんなところに住んでるの?」という リアクションになってしまったのは無理からぬものがあったのは事実である。 加えてニューヨーカーは通常、水道水を飲まない、あるいは人には出さないものであるが、彼はトリスタ嬢に 水道の蛇口から汲んだ水を出していたのに呆れた女性も少なくなかったし、トリスタ嬢とのディナーにやって来たグレッグの家族が、 彼の子供の頃の写真をアルバムに貼った状態ではなく、写真のまま持参したのを減点要因に加える女性もいた。
でも1つ確実に言えるのは、グレッグとて デンバーやカリフォルニアに暮らしていれば、少なくとも 彼のイースト・ヴィレッジのアパートよりは遥かにマシなアパートに住んでいたであろうことで、 例を挙げておくならば、カリフォルニアからニューヨークに来た女性キャスターによれば、 彼女のマンハッタンのウェスト・ヴィレッジのワン・ベッドルームのアパートのレントは、 彼女がかつてカリフォルニアで暮らしていたプール付き、ガレージ付きの2ベッドルームの家の レントより高いそうである。
でも、こうした小さなアパートでもレントが非常に高いというのは、実際にニューヨークでアパート探しを 試みた人でないと分からないし、逆に言えばニューヨーク以外に暮らすアメリカ人は、 どうしてニューヨーカーが好き好んで 税金も生活費も高いニューヨークの 狭いアパートに住みたがるのかが 理解出来なかったりするのである。
いずれにしても今回の「バチェロレット」を見て、ニューヨーク外に住む女性を 自宅に招待するのを躊躇するようになったニューヨークの男性は多かったのではないかと思う。

さて、このグレッグであるが全米ネットの番組で、その狭いアパートが公開された上に すっかり笑い者にされて気の毒だと思うのも束の間、 今週金曜日にはジョン・F・ケネディ空港でドラッグ不法所持で逮捕されるというアクシデントが起こっている。
この日の午後4時にロスに向けて発つことになっていた彼は、セキュリティ・チェックで 少量ながらもドラッグを所持していたことで逮捕されたが、本人は ワイノナ・ライダーのようにそれが処方箋薬であったことを強調しているという。
彼は取り調べに当たった空港のセキュリティ・スタッフに、自分は「バチェロレット」に出ているんだと 語ったというが、そのスタッフは番組を見ていなかったこともあり全く効果は無かったとのこと。
しかしながら彼が「バチェロレット」に出ているというのはメディアにはアピールしたようで、 通常、この程度の逮捕が報道されるということはまずありえないにも関わらず、 しっかりニュースになってしまっていた。
通常、リアリティTVに一般人が登場すると、一時的にもセレブリティのような扱いを受けるようになり、 こうした一時的なスターダムのことをアメリカでは「フィフティーン・ミニッツ・オブ・フェイム」、 すなわち「15分間だけの有名人」と表現するけれど、グレッグに関して言えば、アパートの件と言い、 ドラッグ所持の逮捕の件と言い、かなり不名誉な有名人になってしまったと言えるだろう。





スペース・シャトルの惨劇のインパクト

今アメリカは当然のことながらスペース・シャトル、コロンビアの惨事の報道がニュースのトップとなっているけれど、 こうした報道を見ていてつくづく感じたのは、「宇宙開発はもちろんのこと、人が宇宙へ行くということに対して アメリカが本当に無関心になってしまっていた」ということである。
今回のような惨劇が起こらなければ、アメリカ人の殆どはスペース・シャトルが打ち上げられていたことも知らなければ、 そこに何人が乗船していたか、そのうちの何人がアメリカ人で、外国人は何処の国の人間か、女性宇宙飛行士が何人含まれていたか等は 一切知らずにいたのである。しかし、皮肉なことにその全てについてアメリカ人が新聞の第一面の写真入りの記事で読んだ時には、 7人の宇宙飛行士達はこの世に存在していなかったのである。
NASAへの予算は、過去10年間で$40ビリオン、日本円にして4兆8000億円もが削られており、 このことは92年からアメリカが好況に転じていたことを考えると、予算の上で手を抜かれていたとしか考えられないことである。
この予算カットのせいで、テクノロジーの中枢を担当するキー・スタッフがどんどん削られていたことが 今回の惨劇の間接的な要因として指摘されていたけれど、ここ数年 NASAが今回犠牲となったイスラエル人の飛行士や日本の向井千秋さんのように、諸外国からのスタッフを起用していたのも、 参加各国からの資金調達が目的であった訳であるから、NASAの台所が苦しいというのは容易に想像がつくものである。
前回NASAがこうした惨事に見舞われたのは86年1月28日に打ち上げられたチャレンジャーで、 離陸直後に大爆発を起こした様子は、当時アメリカで生中継されていただけに、当時のアメリカに大変な衝撃を与えたと言われている。 加えて、チャレンジャーは初めて民間人飛行士として小学校の教師が乗り組むという話題性のあるものであったし、 当時のアメリカにとってスペース・シャトルの打ち上げというのは アポロほどではないにしても、 かなりの大イベントという意識があったのも事実である。
その17年後に起こった今回の事故は、惨事としてのインパクトが大きいのは言うまでも無いものの、 当時と明らかに異なる点は、「NASAの将来はどうなるのか?」とチャレンジャーが爆発を起こした当時では 絶対に聞かれなかったような疑問が専門家の口から飛び出していることである。
NASAのコンサルタントによれば「NASAの開発費は税金でまかなわれているが、 アメリカ国民は宇宙開発を止めて欲しいとは思っていないものの、以前ほどの大金をつぎ込む必要も感じていない」とのことで、 NASAが宇宙開発の必要性やメリットをもっと積極的にアピールする必要があることを強調している。 また、今回の一連の報道でインタビューを受けた政治家や専門家の一部が 「今や宇宙開発を熱心に行なう必要性はそれほど無くなってしまった」とはっきり言っていたのも非常に印象的であったし、 「NASAがこんなことを続けていたら、そのうちアメリカ国民が、どうして優秀なアメリカ人を殺すためにロケットを飛ばすのか?などと 言い出しかねない」というコメントも聞かれていた。
実際、今回の事故はアメリカ人にとって、宇宙開発が数歩後退した惨事としてよりも、 7人の尊い命が失われた悲劇として捉えられており、ありとあらゆるメディアで写真入りで紹介されていた 宇宙飛行士達のプロフィールを聞いたり、読んだりすれば、その気持ちは益々つのるというものである。
今週火曜日のブッシュ大統領の一般教書演説で、アメリカ国内では戦争を支持する人々が増えたというけれど、 そんなアメリカ人には、もし戦争が始まったら失われる命は7人どころでは済まないであろうことをよく考えて欲しいと思う。






Catch of the Week No.4 Jan.: 1月 第4週


Catch of the Week No.3 Jan.: 1月 第3週


Catch of the Week No.2 Jan.: 1月 第2週


Catch of the Week No.1 Jan.: 1月 第1週