Feb. 2 〜 Fab. 8 2004




ワードローブ・マルファンクション

今週のアメリカの話題と言えば、もうこれしかなかった!と言えるほどの大騒ぎになっていたのが、 今や「ワードローブ・マルファンクション」として知られるようになった、 先週日曜日のスーパーボウル・ハーフタイム・ショーにおける ジャネット・ジャクソンの胸露出スタントである。
スーパーボウルと言えば、アメリカでは毎年、年間最高視聴率を誇り、 そのCM放映料は日本円にして約2億円という破格値がつくほど、 アメリカ中の誰もが見ているプログラム。 今年も全米の8960万人がチャンネルを合わせたスーパーボウルは、諸外国でも放映されたのはもちろんのこと、 イラクやアフガニスタンに駐留するアメリカ軍兵士のためにも衛星生放送がされていたけれど、 試合自体は低スコアの退屈なゲームになるであろうという大方の予測を裏切り、 接戦の末、最後のフィールド・ゴールで試合が決まるという好ゲームであった。
しかし試合結果よりも、そして他のどんな事件よりも、 この1週間大きく報道されていたのが、ジャネット・ジャクソンの胸露出スタントについてであった。

ではこのスタントがどういうものであったかと言えば、 スーパーボウルのハーフタイム・ショーの最後の1曲である、ジャスティン・ティンバーレイクの 「ロック・ユア・ボディ」を彼と一緒にパフォームしていたのがジャネット・ジャクソンで、 曲のラストの「have you naked by end of this song」という部分をジャスティンが歌いながら、 ジャネットの胸元に手を這わせて行き、歌い終わったと同時に彼女の衣装の胸元を引き剥がして、 ニップル・ピアス(乳首につけるピアス)だけをつけたジャネットの右胸が露出するというのが そのサプライズ・エンディングであった。
その後ジャネットは、剥き出しになった自分の胸を見て、手で被うジェスチャーを見せたけれど、 あくまでこれはパフォーマンスの一部で、 誰がどう見ても このスタントはアクシデントではなく、 「最初から引き剥がそうとしていたものを引き剥がしただけ」というものだった。

さて、ここからの展開を述べる前に説明しておかなければならないのは、アメリカのTV業界の モラル・スタンダードである。 アメリカでは「セックス・アンド・ザ・シティ」を放映しているHBOのような プレミアム・チャンネルと呼ばれる有料のケーブル・ネットワーク以外は、 女性の裸の胸の映像を映し出すことは、禁じられているものである。 もちろんこれには例外があって、報道に必要な映像、もしくは 芸術目的の場合は、視聴者に警告をした上でこれを放映することは合法とされている。
例を挙げれば、過去にスティーブン・スピルバーグ監督の「シンドラーズ・リスト」がノーカットで 3大ネットワークの1つ、ABCのプライムタイム(英語で言うゴールデンアワー)に 放映されたことがあったけれど、この作品には女性の裸のシーンがフィーチャーされており、 ABCは番組の初めに「一部にTV放映に不適切な映像があるけれど、 それは映画のメッセージを伝える芸術目的で必要なもの」と、視聴者に理解を求めるスピルバーグ監督からのメッセージを 放映しなければなかった。にも関わらず番組が終わってみれば、 ABCには女性の裸の胸の映像に対する 多くの苦情が寄せられており、 いかなる理由であろうとも TVでタブーとされているものが放映されれば、 アメリカの一般視聴者が過剰なまでのアレルギー反応を見せることは数多くの前例によって 立証されているのである。

こうした背景を考慮すれば、アメリカの年間最高視聴率番組であり、子供から高年齢者までが チャンネルを合わせるスーパーボウルで、ジャネット・ジャクソンが胸を露出した場合、 これを放映したCBSやNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の電話回線がパンクする程に 苦情が寄せられたところで全く不思議は無いというものである。
スーパーボウルのポストゲーム・ショーの時点では既にNFLが、ハーフタイム・ショーを プロデュースしたMTVに対して、「ショーの内容に非常に失望した。MTVがスーパーボウルのハーフタイム・ショーを担当することは2度と無いだろう」という内容の コメントを発表。またCBSも、この1件を「CBSの放映モラルから 著しく外れたもの」として、「CBSは最終リハーサルにまで立ち会ったが、このような スタントをする気配は全く無かった」と局側との関わりを全面否定した上で、 視聴者に謝罪するコメントを発表した。
ジャネットのコスチュームを引き剥がしたジャスティン側も、ゲーム後に謝罪文を発表したけれど、 ここで使った言い訳の言葉が、今週の流行語となった「ワードローブ・マルファンクション」すなわち、「衣装の不具合」というものだった。
一方のジャネット・ジャクソンは、翌日の月曜になってからビデオ・メッセージで謝罪を行ない、 胸を露出するスタントは、最終リハーサルの後に自分が決めたもので、 CBSやNFLは知る由も無かったこと、リハーサル時間がなかったために、 結果的に、これが行き過ぎの行為となってしまったとして、 「自分のパフォーマンスで不愉快な思いをさせた人々全てに対して謝まりたい」と述べるに至っている。

FCC(連邦通信委員会)にスーパーボウル後に寄せられた苦情電話の数は、 それまでの最高記録8万件を大きく上回る20万件以上で、 FCCの会長であり、コリン・パウエル長官の息子としても知られる マイケル・パウエル氏は、このイベントを「品格に欠ける、愚かで、嘆くべきスタント」と 不快感を露わにし、徹底的な調査に乗り出すことを明らかにしている。
これを受けてCBSは今週日曜、2月8日に放映することになっていた グラミー賞授賞式に出演予定だったジャネット、ジャスティンに対して、 謝罪する意志がある場合のみ、出席を受け入れるという措置を取り、 結果的にジャネットは出席をキャンセル、ジャスティンは受賞スピーチで、 改めてこのスタントについての謝罪の言葉を述べることになった。

「ワードローブ・マルファンクション」のインパクトは グラミー賞に止まらず、サーチ・エンジンのライコスでは、翌日月曜に このスタントのサーチが、9・11のテロを抜いて史上トップとなり、 パリス・ヒルトン・セックス・ビデオの60倍もの検索リクエストが寄せられたという。 同じ現象はグーグルやヤフーでも顕著で、スーパーボウルを境に、 「ジャネット・ジャクソン」、「ハーフタイム・ショー」というサーチ・リクエストが 爆発的に寄せられたことが伝えられている。
他にも、このイベントが歴史的なものになったのは、デジタル録画システムとして知られるティーヴォ。 ティーヴォは、生放送を録画しながら再生したり、スローやストップ・モーションで観られるシステムであるけれど、 ジャネットの胸が露出されて、CM入りした直後、ティーボ利用者の巻き戻し再生が 史上最高を記録したことが伝えられている。

このスタントは、様々な番組放映にも影響を与えており、 2月29日に放映されるオスカーは、今回の事件を深く考慮して、映像を5秒遅らせて生放送をすることが決定。 これによって、不適切な映像や言語は 放映前にABCのセンサー部門によって 完璧にカットされることになった。ちなみに多くの生放送番組は、 放映を1〜2秒遅らせることによって 放送禁止用語のセンサーを行うのが常識であるけれど、 5秒ものギャップが設定されるのは、極めて異例なこと。
しかしながら、5秒で驚いていられないのは今週末のグラミー賞で、CBSが局の名誉にかけて、 同じようなトラブルの再発を防ぐ立場から、そのギャップが5分も設けられており、 アメリカ東部時間で8時から放映されたグラミー賞は、7時55分からライブ・パフォーマンスを スタートしなければならなかった。
その一方で、もう1つの3大ネットワーク、NBCは今週木曜に放映されることになっていた「ER」から 救急医療を受ける80歳の女性の裸の胸の映像を急遽カットすることを決定した。 NBCは、この映像がセックスを描写するものではなく、 ドラマの芸術表現としての正当なものであることを認めながらも、 「ジャネットの胸露出スタントで世間が大騒ぎをしているという状況で、 この映像を放映することはネットワークとしては極めて難しい」という見解を説明している。

このスタントの影響で最もとばっちりを受けたと言われるのは、ジャスティンと同じ インシンクのメンバーで、スーパーボウルの翌週にハワイで行われる NFLオールスター、プロボウルのハーフタイム・ショーでのパフォーマンスが 決定していたJ.C.シャゼス。
NFL側は今回の1件を受けて、J.C.にジャスティンの真似事をされては大変とばかりに、 そのハーフタイム・パフォーマンスのキャンセルを言い渡し、代わりに ゲーム前の国歌を歌うように依頼してきたという。 しかし、J.C.側は当然のことながら「自分がしてもいないパフォーマンスに対して、処罰されるのは道理にかなっていない」 とこれに反発し、一切の出演を拒否。結局、プロボウルのハーフタイムは、ハワイアン・フラダンスのショーが行われることになった。

今週のアメリカでは、この1件について様々な意見が聞かれたけれど、 私が個人的に面白いと思ったのは、多くの人々がこのイベントを不愉快に思っているものの、 人によって腹を立てる対象が異なるという事であった。
ジャネット・ジャクソンに対して腹を立てている人々は、 「どうしたら、こんな馬鹿げたことが出来るのか」と彼女の非常識ぶりを非難しているし、 ジャスティン・ティンバーレイクに腹を立てている人々は、 「大騒ぎになった途端に、衣装のせいにして責任転嫁をしたウソツキ」だと言っているし、 MTVに腹を立てている人々は「あんなセックスに溢れたプロダクションは自分の局の番組だけに止めるべきだ」と言うし、 CBSに腹を立てている人々は「スーパーボウルという大舞台で行われたスタントについて、 局の関わりを否定するなんて白々しい」と疑いの目を向けていたりする。 またジャネット・ジャクソンよりも、ハーフタイム・ショーで股間を掴むジェスチャーを見せたネリーや、 アメリカ国旗の中央を切り裂いて、ポンチョとして着用していたキッドロックの方が よほど問題があると指摘する声も多かったし、ハーフタイム・ショー全体がアダルト・エンターテイメント化されてしまって、 スーパーボウルというスポーツの祭典とはかけ離れたものになっているとの批判も聞かれていた。

私は、この問題のハーフタイム・ショーを 先週のこのコラムを書きながら見ていたけれど、 ジャスティンが衣装を剥ぎ取って、ジャネットの胸が露出したのは、本当に あっという間で、乳首の部分に赤っぽい飾りが付いていたという印象だけが残っているので、 ティーボの利用者が再生したくなる気持ちはよく理解出来たりする。
でもその直後、ジャネットはパフォーマンスの一部として驚いたふりをしていたものの、 衣装を剥ぎ取ったジャスティンは驚いても、慌ててもいなかったし、 タイミング良く、完璧に剥がされた衣装は「ワードローブ・マルファンクション」どころか 立派にファンクションしていたと見受けられるものだった。 実際に、パフォーマンス直後のインタビューに応えたジャスティンは ジャネットの胸を露わにしたスタントについて「All men's dream」などと、 自慢気に語っており、それが大騒ぎになった途端に、 「自分が剥ぎ取る予定だったのはレザーの衣装だけで、真っ赤なブラが露出する予定だった」 という話に摩り替わっていたのである。
でも服の上から引っ張っただけで ブラのカップがあんなにも形良く、しかも簡単に引きちぎれる筈が無いのは女性でも、男性でも分かりきっている話で、 このあまりに白々しい言い訳として語られた「ワードローブ・マルファンクション」という言葉が、 今週のアメリカで、皮肉交じりのジョークとして事あるごとに使われていたのは無理からぬことである。
ジャネット・ジャクソンにしてもニップル・ピアスをして、 乳首が見えないようにしていただけに、こんな大騒ぎになるとは思わず、 単にショッキングなエンディングを演出するために軽い気持ちでこれを行ったのではないかと私には思えるし、 事実、乳首の部分を花やステッカーで隠したトップレス姿は、お咎め無しにTVで放映されているのである。 でも、これがスーパーボウルという大舞台で、しかも人々が予期しないタイミングで露出され、 加えて乳首が最小限にしか覆われていなかったことが いやらしさと、ショッキングさを 高める結果になったというのが私が感じるところである。

私がこの1件について腹立たしく感じることがあるとすれば、 せっかくの好ゲームが、ハーフタイム・ショーの大騒ぎのせいですっかり霞んでしまったことで、 そもそもハーフタイム・ショーというのは、スタジアムで観戦している人にとっても、 自宅のTVを観ている人にとっても、トイレに出かけたり、食べ物を取りに行くための 休憩時間で、そんな時間に派手なパフォーマンスを企画する必要は無いのである。 かつてのスーパーボウルのハーフタイムといえば、マーチング・バンドが演奏しながら 行進する程度のもので、誰も関心を払わないイベントであったけれど、これを一変させたのが 1992年、ジャネットの兄である、マイケル・ジャクソンがスーパースターとして初めて ハーフタイム・ショーに出演し、ハーフタイム・ショーの視聴率が史上初めて ゲームを上回るという現象を見せたことだった。
以来、NFLはハーフタイムにも高額のスポンサーを付けるために、 ショーのグレードアップを図って来たけれど、今回については、ハーフタイム・ショーが スーパーボウルというイベントの本質を全く省みない状態でプロデュースされたのは 誰もが感じるところである。
ちなみに、今回のハーフタイム・ショーのスポンサーとなっていたのは、アメリカ・オンラインで、 昨年220万人もの利用者を失い、業績が悪化していた同社は 今年、広告費を倍に増やしており、 そのうちの$10ミリオン(約10億5千万円)をハーフタイム・ショーのスポンサーシップとして支払っていた。 AOL側も当然のことながら、今回のイベントに不快感を露わにしており、広告費の払い戻しをCBSに対して要求していることが伝えられている。
でもこれだけの物議を醸したイベントのスポンサーとして多大なパブリシティを獲得し、 しかも広告費を取り戻せるのであれば、AOLは今回のスタントで唯一得をした存在と言えるかもしれない。





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