` CUBE New York Catch of the Week




Mar. 2 〜 Mar. 8 2003




NYと東京はどちらが住み易いか?

私はニューヨークに暮らしてもう直ぐ14年になろうとしているけれど、 NYと東京とどちらが住み易いかと訊かれれば、答えはもちろんNYである。
アメリカと日本とせず、あえてNYと東京としたのは、私はアメリカではNYにしか暮らしたことが無いし、 日本では東京にしか暮らしたことが無いので、これ以外は比較ができないからである。
私がNYへ来たばかりの1989年は、今とは全く状況が違っていて、 日本人としてこの街に暮らす不便は非常に多かったと言える。 まずEメールというものが存在しなかったし、国際電話料金も現在の8倍くらいで、 ファックスの普及率も低かったから、日本の家族や友達への通信が非常に不便だった。 NYで購入出来る日本の雑貨や食料も、今とは比べ物にならないくらい種類が少なかった上に、 値段も高かった。
私は渡米の際に日本からご飯用のしゃもじやお菜箸、ふきんに至るまでを持参したけれど、 日本の友達には「後進国に行くんじゃないんだから…」と随分冷やかされたのを覚えている。 でもこちらに来てみると、日本人の友達は大きなスプーンでご飯をよそって、小さなタオルを台拭きにして、 「お菜箸が無いので、調理中手が熱い」とこぼしていた。
そんな時代に比べれば今のニューヨークはしゃもじでもお菜箸でも手に入るし、 日本食料品店に出掛けなくても、普通の食料品店でも冷凍の枝豆から、のり、 そばやうどん、インスタントの味噌汁までが買えてしまう。 また、かつては日本からの「あらたまったお土産No.1」だった 虎屋の羊羹もNYにある虎屋で買える時代になってしまった。
だからNYに暮らしながら、日本と同じような食生活をすることはそれほど難しくなくなったし、 必要なものは食べ物に限らず何でも手に入る訳で、日本から来る友人に「何か持ってきて欲しいものない?」と 訊かれると答えに困るほどである。
したがって昨今NYに暮らし始めたという日本人は、私が来た頃の不便さというのは殆ど味わっていないと思うし、 治安にしても、私が来た当時に比べて 今では遥かに良いし、地下鉄の駅にしても見違えるほど きれいになっている。だから、もしつい最近NYに住み始めた日本人が「NYは住み難い」と言うのであれば、 90年代前半のNYからは3日も経たないうちに逃げ出していたのでは?とさえ思えてしまう。
でもこんな良いご時世になる以前から、私にとってNYという街は、高い家賃を除けば かなり住み易い所であったと自覚している。
NYはマンハッタン島という世田谷区ほどの大きさのエリアに全てが集中しているわけで、 何処へ出掛けるにも時間が非常に読み易いし、 ことにマンハッタン内に暮らしていれば、仕事から戻って、シャワーを浴びて、服を着替えてデートや 食事に出掛けるという余裕のあるライフスタイルは当たり前のことである。
マンハッタン内の移動であれば、タクシーに乗っても10ドルあれば大体何処にでも行けるし、 車の渋滞にしても東京の都心に比べれば何でもない。
さらに日本から来た家族や友人が羨ましがるのはゴミが何時でも捨てられるという点である。 もちろんこれはNYでも暮らしている建物によりけりだけれど、多くの建物にはダスター・シュートがあって、 週7日、24時間何時でもゴミを好きなだけ捨てることが出来るのである。 このことはNYに暮らして日本に帰国した人が、先ず最初にNY生活をありがたく思う点である。
またNYの冬は寒いけれど、部屋の中はTシャツ1枚で居られるほど暖かいので、 「ババシャツ」等というものとは全く縁が無く、常に薄着をしていられるというのも非常に快適だし、 電気代や電話代にしても日本に比べてずっと安いので、基本的な生活費は非常に安く済ませることが出来る。 地下鉄やバスは何処まで乗っても同じ料金だし、日本のようにいちいち切符を買って、それを降りるときまでなくさずに持っている 必要はない。着るものにしても、ここNYでは黒さえ着ていれば時代遅れに見えることはない。
ではどうしてそんな住み易いNYに暮らしていて ストレスが貯まるのかと言えば、 それはもっぱら人から来るものであると言える。
郵便局に行けば 窓口の人間がカメよりもゆっくりと郵便物をプロセスしていて、 どんなに行列が長くても少しも急ごうとはしない。サービスが悪いことで知られるメーシーズに行けば、 レジの担当者がいなくなって、それが戻ってくるまで20分待たされたとしても 決して珍しいことではない。
先日CUBE New Yorkは一時メール・サーバーが使えなくなったことをHPでお伝えしたけれど、 この時にしても 複数あるメール・アカウントのうちの1つのパスワードを変えるように依頼したところ、 ケーブル会社の人間がその作業と一緒に 他のメールアカウントを誤って全てキャンセルしてしまったから起こったトラブルだった。 CUBEのお客様からはお気遣いのメールを何通も頂戴したけれど、 こうした日本では考えられないミスというのは、ニューヨークでは月に1度くらいは起こるものと言わなければならない。
さらに「送る」と言われたものが届かない、もしくは時間通り届かないことは多いし、 アポイントメントを入れて、出かけてみたら相手が来ていないということも珍しくない。
だからこの街でこうした人々と関わりながら 物事をきちんと、時間どおりにしようと思うと、 膨大なストレスを抱え込むことになるのは言うまでもない。
でも人が常にストレスの原因になるかといえばそうでもない。 ニューヨーカーに限らず、アメリカ人というのは物をはっきり言う人々であるから、 「人の言葉の裏を読む」といったまどろっこしい事をしないで済むし、 お互いに言いたいことを言い合って口論をすることがあっても、その後は非常に人間関係がスムースにいったりする。
私自身、日本に居た時は仕事関係の人と口論したことは殆どなかったけれど、 NYでは取引先との口論は決して珍しい事ではない。 でも口論をしながらも一緒に仕事をしている人たちのことは、「お互いに気心が知れている」という感じで、 口論をしなかった日本の仕事関係の人たちよりもずっと信頼しているし、 日頃から言いたいことを言い合っているせいか、相手に対して何のストレスも感じていなかったりする。
これは私に限ったことではなく、私の知人でレストランを経営している人も、 「アメリカ人は喧嘩したお客さんほど お得意様になってくれる」と言っていたし、 別の知人もアメリカ人の工場オーナーと怒鳴りあって、仲直りしてから、 初めてビジネスがスムーズに行くようになったと話していた。
だからニューヨークに暮らしていると「物言わずして相手が察してくれる」とか「何も言わなくても気を利かせてくれる」ことは望めないけれど、 「自分の意思表示をはっきりさせることによって、相手に受け入れてもらえる」ため、 それによる充足感が得られることになるし、自分の考えにも自信が持てるようになってくる。
特に日本で、人間関係をスムーズにするために 言いたいことを言わずに我慢していた人が、 こうした環境に暮らし始めると すごく自由になった気持ちがするし、 自分らしくいられることを非常に快適に思うようになるのは当然のことだと思う。 そして言いたいことを言わずにいる人に対してジレンマを感じるようになってくるし、 面と向かっては言えないことを陰でこそこそ言っているような人々がアンフェアに感じられるようになってくる。
でも、アメリカでは正しいとされるこうしたマナーを、所変わって日本でやってしまうと 「出る杭は打たれる」という ことわざを身を持って実感させられることになる。 アメリカ、ことにニューヨークに長く暮らした人が日本に帰国してぶつかる 最も大きな壁と言われるのがこの点である。
確かに周囲がそれほど自己主張をしない日本で、アメリカに居た時と同じように振る舞ってしまえば、 ことに女性の場合、「生意気」とか「扱い難い」と思われてしまうし、 かと言って周囲に合わせて 言いたいことを我慢していると、非常にストレスが貯まってしまうことになる。
私の知り合いでも、何人かが日本に帰国しては NYに戻って来ているけれど、 そのほぼ全員が女性である。
これに対して男性は、日本においても自己主張が比較的許されることや、 「外国帰り=生意気、気が強い」というフォーミュラから外して考えてもらえる傾向があるので、 3ヶ月も頑張れば だんだんと日本に馴染めるようになってくるようである。
でも女性の場合は、一度ニューヨークに暮らしてその気分的な開放感や、 自分らしく振る舞える快適さを味わってしまうと、 帰国して、それをもとに戻すのはかなり難しいと思う。
私は個人的に、日本人女性がニューヨークに10年暮らしたら、もう日本には戻れなくなると考えているけれど、 人によってはそれが5年という人もいるし、3年という人もいる。 でもその理由は決して生活のし易さではなく、こうした精神的な部分が非常に大きいからだと思う。






ミニ・スカート・ディベート

今回の2月に行なわれたNYのファッション・ウィークで、 プレス、バイヤー、会場に来ていたソーシャリート達が何度となくアンケート調査をされていたのが、 「ミニを着るか?」、「ミニを仕入れるか?」ということだった。
今回のファッション・ウィークは2003年秋冬のコレクションであったけれど、 「ミニを着るか?」は秋冬シーズンへの質問というよりも むしろこの春夏シーズンに関する質問と解した方が正しいと言える。
というのも既にミニのトレンドは今年の春夏シーズンからスタートしている訳で、 春夏シーズンは、気候的に 秋冬よりも遥かにミニを着用する意味のあるシーズンである。 逆に言えば、春夏でさえもミニを着用しなかった女性が、寒い冬に脚を出してミニを着用するといったことは、 よほどの心境の変化でもない限りはあり得ない訳で、 ここ数年、ローライダーのジーンズやパンツを着用してきた女性達が、 果たしてミニを着用するか?というのはバイヤー達にとっては自分の成績を左右する賭けであったりもする。
WWDがファッション・ウィークの会場で行なったアンケートによれば、「ミニを文句なしに着用する」と答えたのは約40%であったが、 ここでアンケートに答えたバイヤーやプレスの意見が一般消費者の意見とは程遠いものであることは言うまでも無い。 世の中にはファッション・プレスやバイヤーだけが喜んで取り入れるトレンドというものが数知れず存在するけれど、 一般の人々はそんなトレンドがあったことさえ認知していなかったりする訳で、 実際に売れている服を作っている某メーカーのデザイナーは、 「ヴォーグ」誌を「ファッションのフィクション」などと呼んでいたりもするのである。
だからこの春夏シーズンに街を歩く女性の10人に4人がミニを着用するというのは先ずあり得ない数字であるとして、 逆に「絶対にミニを着用しない」と答えたバイヤーやプレスは5%であったが、これが一般の女性になると この数字が大きくアップすることになる。
バイヤーやプレスの中には「ミニを履くには歳を取り過ぎた」と答えていた女性もいたけれど、 ふと考えると90年代前半には、50代のソーシャリートや40代後半のバイヤーが皆オペークのストッキングを履いて ミニ・スカートを着用していた訳で、この回答はやはり90年代後半から続く生脚ブームで ストッキングに頼らず脚を見せなければならない厳しさを反映させたものと言える。
昨今は例え若い女性であっても生脚でミニを履くのを躊躇する訳で、 その理由の1つにはセルライト(太腿のデコボコ)の問題がある。 ことにコケイジャン(白人)はセルライトが出来易いから、20代後半くらいで もうセルライトの心配を始めることになる。 セルライトが最も目立つのは、何と言ってもミニスカートで脚を組んで座った際で、 これは昨年マライア・キャリーがトークショーに出演した際、ミニスカートにロング・ブーツという出で立ちで登場し、 脚を組んで座ったところ、テレビのライティングで そのセルライトがくっきりと見えてしまったというエピソードでも立証されている。
セルライト以外に女性達がミニを躊躇する理由としては、 脚がきれいに日焼していなければならないとか、階段の上がり降りに気を使う等、 様々な理由が挙げられる。 でもそんな問題があっても 90年代前半には若い女性達たちが ミニを履いて脚を見せていた訳で、現在若い女性達がミニスカートに積極的ではない理由は、 むしろボディ・イメージの変化に因る部分が大きいようである。
90年代までは男性が女性を見る順番は顔、脚、胸、身体全体というほど 脚にメジャーなセックス・アピールがあったけれど、 ブリットニー・スピアーズの登場を前後して、ことに若い男性の間では 女性のボディ・パーツで最もセックス・アピールを感じるのは「引き締まって、日に焼けた腹部」ということになってしまった。
ホーム・フィットネス市場での腹筋マシンの売れ行きを見れば分かるように、 女性の場合は、ブリットニーのような腹部、男性の場合はシックス・パックと呼ばれる、 ゴツゴツした腹筋がボディを語る上でのステイタス・シンボルになってしまったから、 男性も女性も自慢の腹部を見せて異性にアピールするというのが、ここ数年では言わばトレンドとなっている。
現在ネーベル・ピアス(おへそのピアス)を着けている女性の多さを考えれば、 彼女らがいかに腹部コンシャスになっているかが窺い知れるけれど、 それだけ腹部に関心が行っているこのご時世に、ミニを履いて脚まで見せていたら クリスティーナ・アギュレラの真似事をしているのかと思われて、途端に売春婦扱いされてしまうのは目に見えているというものである。
もちろん夏というのはジーンズを履くには暑過ぎる日が多いわけで、 そんな日にスカートを着用する女性は多いと思われるけれど、 果たしてそれが膝丈ではなく、ミニ丈になるか?、ミニ丈にする必要があるのか?はやはり微妙なところである。
私はFITに通っていた頃、「ファッションは時代を映すもので、時代がトレンドを生み出すのであり、 ファッション・デザイナーやファッション・メディアがトレンドを生み出す訳ではない」と 学んだことがある。 だからファッション・ビジネスはまず時代を読むことから始まるということであったけれど、 その意味ではここ数年、ファッション・ショーを行なうようなデザイナーよりも、 ジューシー・クチュールやセブンのようなカジュアル・ブランドの方が、 時代や、時代が求めるボディ・イメージを的確に読んだマーチャンダイジングを展開していると思うし、 その結果、ビジネス的にも成功を収めていると思う。






Catch of the Week No.1 Mar.: 3月 第1週


Catch of the Week No.4 Feb.: 2月 第4週


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Catch of the Week No.2 Feb.: 2月 第2週