` CUBE New York Catch of the Week




Apr. 21 〜 Apr. 27 2003




私のNYアニヴァーサリー

4月という月は、日本でも新年度、新学年がスタートする時期だけれど、 ニューヨークに住み始めてからというもの、私にとってもこの月は新しい年の始まりを意味する意義深い月となっている。
というのも私がニューヨークに暮らし始めたのが4月であるため、毎年4月になると、 「ニューヨークに来てから何周年」というアニヴァーサリーを迎えるので、 過去1年のことだけでなく、ニューヨークに来てからの日々を振り返ることになるのである。
今年の4月18日で、私のニューヨーク生活は丸14年となり、その翌日からは15年目の生活が始まったことになるけれど、 思い返してみれば楽しい事、嬉しい事、感動する事に混じって、 悲しいことや悔しいこと、辛い事も沢山あったと思っている。
私は記憶力が良いことを自慢にしている程、物を良く覚えているけれど、 その上に、ごくたまに日記を書いているので(ごくたまにでは日記とは言えないけれど…)、 それを読むとさらにいろいろなことを思い出すことになる。 私が日記を書くのは、後からいろいろなことを思い出せるように、メモ程度のことを 走り書きする場合もあるけれど、絶対に日記に書こうと務めるのは、猛烈に嫌なことがあったり、物凄く落ち込んでいる時と、 人に多大な恩を受けた時である。
人に恩を受けた時は、それを決して忘れないように、その人に恩を返せるように努力するのはもちろんだけれど、 何時か別の誰かにも同じことをしてあげられるようにと思って書くようにしている。 知っている人が殆ど居ない外国で暮らして行くということは、自分だけの力では決してやって行けない訳で、 そんな困っていた時に私を助けてくれた人のことは、何年経っても心から感謝しているし、 「施される人間よりも、施せる人間になりたい」という私の目標もそれを読み返す度に 改めて思い直すことになる。
一方、猛烈に嫌なことがあったり、強烈に落ちこんでいる時というのは、日記を書くこと自体がとても辛かったりする。 ニューヨークに来て、本当に辛かった時の日記のページは涙で紙がクタクタになっているところがあるけれど、 そんな泣きながらでも日記を書いておいたお陰で、後からそれを読むことによって私が何度救われたかは 説明出来ないほどである。
私がニューヨークに来て最初に大きく落ち込んだのは3ヶ月目のことで、 英語が一向に上達しない焦りに加えて、そんな状態で一体ニューヨークで何が出来るのか?という先行きの不安、 親から仕送りを受けているという罪悪感で、精神的に本当に参ってしまったのがこの時期だった。 この時のニューヨークの友人と言えば、英会話学校の友達くらいしか居らず、 悩みを聞いてもらいたいとも思わなかったったので、とにかくその時の不安な気持ちやら、 情けない思いを日記に書きなぐることにして、その時は5ページくらいの大作になってしまった。
でも文章に書こうとすると、たとえそれが日記のようなパーソナルなものであっても、 ある程度、事実やその前後関係を客観的に頭の中で整理しないと書けないわけで、 これをすることが 精神的にはかなり助けになることを実感することになった。
そこで嫌なことや辛いことがあると 日記を書くように務めることになったけれど、 これには別の効用があることにも後から気が付くことになった。
先ず どんなに落ち込んでいても、以前もっと落ち込んでいた時のことを読むと「この時よりはマシ」と思ったり、 「これを乗り越えたんだから大丈夫」と思って、かえって元気が出るということ。 5年程前の日記を読むと「今日はXXXXという凄く嫌なことがあったけれど、X月X日の出来事に比べたら、 こんな事で落ち込むのも恥ずかしいくらいだと思った」等と書いてあったりするから、 書く時は辛くても、苦しかったり、悲しかったりする経験ほど書いておく甲斐はあると言える。
さらに、日記に書かれた自分に起こった悪い事を比較、分析すると、 やっても無駄なこと、トラブルの原因になりそうなことが分かってくるので、それに関わらない対策が得られるのも その重要な効用であると言える。
私はフリーランスをしていた時期があったけれど、この時期にお金をちらつかせて、結局はタダで仕事をさせる人というのは 皆 同じタイプの人だった。だから2回ほどタダ働きをして、その悔しさや、相手のずるさを日記に書いてからは、 「メモを取っている人には具体的な話をしない」、「詳しい企画書は出さない」、 「将来の大きなプロジェクトを餌にした、仕事は受けない」、「何が起こってもタダでは仕事をしない」ということを肝に命じるようになった。
アメリカのビジネス社会では1番大切なものは正確で迅速な情報であるけれど、 少なくとも私がフリーで仕事をしていた頃の日本企業は「情報なんて、お金を払わずに適当に集めるもの」というところが少なくなかったから、 食事1回のおごりで仕事のフィーをごまかそうという人でも こちらが考えているほど悪気は無かったのかもしれないけれど、 それでも私の知人には お金にならない仕事の連続で潰されてしまった人も居る訳で、 こうした人々はフリーランスにしてみれば「災いの原因」と見なすべき存在だったと思っている。
また私の場合、自分が嫌いだと思った人とは、どんなに努力しても仕事が成立しない反面、 人間的に好きな人とはごく自然にプロジェクトが成立するというジンクスがあり、 このことは薄々感じていたけれど、日記によってはっきり確信するようになった。 だからどんな良い話が来ても、それが人間的に信用出来ない人だったり、何となく嫌いな人であった場合は、 何をしても無駄な努力になるから、自分から関わらないようにして来たし、 自分が気持ち良く仕事が出来る人達のためには、お金以上の仕事をして来たと思っている。
CUBE New Yorkを自分の会社にしてからは特に 私が信頼出来て、人間的に好きな人たちとだけ仕事や取引をするようにしているけれど、 お陰で騙されたり、酷い目に合わされたことはないのはもちろん、親切にしてもらって、良好なビジネス関係を続けていられることを とてもラッキーだと思っている。
でも、最初は良好だった関係も、突然こじれて最悪になることもある訳で、 私にとってその激悪の例が、今の会社をCUBE New Yorkとしてスタートする以前、ショッピング・セクションを ヴァーチャル・ショッピング・ネットワークとして分けていた時代の2人のアメリカ人パートナーとの仲だった。
当初、このビジネスを「凄く良いアイデアだ」と喜んで協力してくれるはずだった2人とは、 とても親しい間柄だったし、だからこそ私もビジネスのアイデアを持ちかけたのである。 でも、結果的に会社のために働いているのは私だけ、会社の運営資金も私の持ち出しで、 利益が上がった時点でそれを払い戻してもらうのも、まるで私が会社のお金をネコババしているような扱いをされる始末だった。
最初の3年間はどんなに仕事をしても、私には一銭の収入もなく、 フリーの仕事の収入で食べて行かなければならなかったけれど、私はこれが自分のアイデアであるだけに、 どんなに忙しくても決して文句を言ったことは無かった。 でも2人のパートナーは仕事はしないし、かといって投資をしている訳でもないにも関わらず、 「こんなに手が掛かって儲からない仕事は馬鹿げてる」、「こんな馬鹿なビジネスに巻き込まれて、時間の無駄をさせられた」と 事あるごとにビジネスと、それを必死にやっている私を蔑むようになっていった。
この時のことも詳しく日記に書いてあるけれど、私にとっては 何よりも一度は信じていた人間がこんなに変貌してしまったのを目の当たりにしたのは 生まれて初めてのことだったので、とにかくそれが言葉にならないほどショックなことだった。 また「儲かったら利益を巻き上げて、儲からなかなければ馬鹿にするだけ」という 彼らの人間的な汚さに呆れたり、腹が立つと同時に、それまでこんな酷い人間に出会ったことがなかった自分の人生が いかに幸せだったかを痛感することになった。
今でも彼らの言葉は日記を読み返すまでもなく頭の中をグルグル回っているから、 仕事で精神的に参っている時に思い出しては「馬鹿なビジネスじゃなかったことを証明しなければ」と、 自分を奮い立たせる道具に使うことにしている。

こんな事を書いていると、私がニューヨークで随分悲惨な思いをして生きてきたと思われてしまうかもしれないけれど、 確かに私は良いことも、悪い事も、普通の人より沢山経験しているように思っている。
でもニューヨークに暮らしたこれまでの14年間、常に私の気持ちの根底にあったのは、 「例えどんなことが起こっても、自分はニューヨークという世界中で1番好きな街に暮らしているんだ」という幸福感と満足感であった。 私は今でもニューヨークの街を歩いているだけで「自分はこの街に暮らせて何てラッキーなんだろう」と しみじみ思うことがあるけれど、この街で生きていけるからこそ 辛いことも我慢できるし、 楽しいことはうんと楽しく思えるのだと思っている。
その意味で、私にとってニューヨークという街は家族同様に、私のニューヨーク生活を支えてきてくれた感謝すべき存在だと思っている。



サーズ関連、あれこれ

日本の友人から昨今来る問合せと言えば「ニューヨークってSARS/サーズはどうなの?」というもの。
これを書いている4月27日時点で、ニューヨーク州でサーズの疑いがあるとして病院に収容されているのはロング・アイランド等で18人居ると言われているけれど、 感染は未だ確認されていない。だからニューヨークではマスクをしている人など居ないのはもちろんであるけれど、 中国との物や人の行き来が多いチャイナタウンに出掛けようという人は明らかに減ってきているのは事実である。
チャイナタウンはただでさえ9/11のテロ以降、客足が減ったままのエリアであるだけに、 今回のサーズはそれに追い討ちを掛けるような災難となっている。
アメリカ国内では、アジアからの帰国者を中心に、やはりサーズの疑いのある人々が 各地で入院していることが報道されているけれど、未だ死者は出ていないので、米国内全体でも 非常に深刻な恐怖は感じられていないのが実情である。
でも日常生活の中でサーズが強く意識されているのは明らかで、 先日化粧品のNARS/ナーズのメイクアップ・アーティストをしている知人と話していたところ、 ナーズのチーフ・メイクアップ・アーティストの女性が香港での撮影から戻ってきたばかりだったので、 「もし彼女から感染するようなことがあったら、ナーズじゃなくて、 サーズって呼ばれようになるかも知れない!」等とサーズと1字違いのブランド名に引っ掛けた冗談を言っていたけれど、 世間話でも、夜のトーク・ショーでもサーズの話題は頻繁に登場しているし、ニュースでも毎日のようにサーズ関連の報道はされている。
アメリカ国内で、サーズに対する危機感が高まって最もダメージを受けているのはアジア&東南アジアを専門とする旅行会社で、 3月の時点で売り上げ前年比が70%も落ち込んでしまっているという。
また、アメリカでは中国から子供の養子縁組をするカップルは多いけれど、こうしたカップルも せっかく連れて来た子供のお披露目パーティーをしたくても、 友人がサーズを恐れてなかなか来てくれないと嘆いている。 もっと微妙な立場にあるのは、これから子供の養子縁組のために中国に向うことになっているカップルで、 自分達がマスクを着けて用心していても、既に子供がサーズに感染しているかもしれないことを理由に、 養子縁組を見合わせるように親戚から勧められる例が非常に多いという。
4月初旬頃までは、養子斡旋機関の代表がメディアに登場し、「サーズを恐れて、子供という貴重な 宝物を授かるせっかくのチャンスを棒に振るのではもったいない」と養子縁組希望者の中国行きを 強く勧めていたけれど、中国政府が感染者の数を修正してからというもの、 こうしたサーズ懸念を大袈裟扱いする声はマイナーなものになってきている。
今週のニューヨーク・タイムスでも週末版の「ウィーク・イン・レビュー」のセクションで、 サーズについて大きく取り上げていたけれど、記事に登場した医師の話では、 サーズはテロに使われるであろうと警戒されていた天然痘よりも感染者が見分け難く、 ワクチンも無い という点で、手ごわい病であると見なされているという。
アジア同様にサーズの感染者、死亡者が多いトロントは、 WHO(世界保健機関)から渡航規制対象とされているけれど、 さすがにカナダは隣国とあって、アメリカではトロントでのサーズの状況の方が 中国や香港の報道よりもずっと頻繁かつ具体的に報道される傾向にある。
トロントはめっきり観光客が減り、レストランやホテルもガラガラになってしまっただけに、 市長自らがマスクをせずに街中を歩いて、トロントの街が正常であることを 示そうとするキャンペーンを行なっているけれど、その効果は残念ながら上がっているとは言えない状況である。 病院では、看護婦を初めとするスタッフがマスクだけでなく、透明のフェイス・カバーを 着けて仕事をする姿が見られているけれど、サーズを懸念しながらの激務と身内への感染を恐れて、 病院を辞める看護婦もトロントでは増えているという。
WHOが渡航規制を打ち出していても、メジャーリーグはトロントでのゲームは 全て予定通り行なうこととしており、トロントを訪れるチームの選手は、 「ホテルから極力出ないように」、「人の集まるところに行かないように」と勧告を受けていることが伝えられている。
ちなみに写真左はニューヨーク・ポストの記事に掲載されたトロントでマスクを着用してプレーをするヤンキーズの松井の姿の シミュレーション画像だけれど、一瞬良く出来ていると思いきや、 トロントでヴィジターであるヤンキーズがホーム・ユニフォームのピン・ストライプを着用する訳は無いので、 ちょっと詰めが甘かったという印象。でもせっかく試合が行なわれても、トロントではサーズの感染を恐れて、人が集まるところを避ける傾向があるので、 チケットの売り上げもさっぱりとのことである。
この他、トロントではビリー・ジョエルとエルトン・ジョンのジョイント・コンサート等もキャンセルされたことが 伝えられているけれど、 それを対岸の火事のように捕えているように見えるアメリカでも、実際にはJFK空港で旅行者の男性が、 サーズの症状がある上に、香港に立ち寄っていたということで、そのまま病院送りになり(その男性は、入院に合意したので強制入院ではないとのこと)、 結局NY滞在を病院で過ごす羽目になったり、やはり空港でサーズの疑いがあるとされたNY市民が 「自分の意志に反して病院で隔離された」という報道などもされており、水際対策はかなり強化されてきていると言わなければならない。
さて、アメリカ国内でサーズの恩恵を受けているのは アパレル生産者で、今年はただでさえ戦争があって、アメリカ軍用のユニフォームが大量発注された ので(アメリカ軍のユニフォームは国内産でなければならないのは規定になっている)、 国内アパレルの売り上げの伸びが見込まれているところに来て、 通常、中国やフィリピンに大量発注されているアパレルの注文までが舞い込んでいるので、 大衆衣料を手掛ける工場を中心に大忙しのようである。
最後に、日本では未だSARSの感染者が出ていないと言われているようだけれど、 ニューヨーク・ポスト紙が4月22日に掲載した、世界各国の感染状況では、 日本は5人感染者がおり、死亡者はゼロとリストされていた。





Catch of the Week No.3 Apr.: 4月 第3週


Catch of the Week No.2 Apr.: 4月 第2週


Catch of the Week No.1 Apr.: 4月 第1週


Catch of the Week No.5 Mar.: 3月 第5週