June 7 〜 June 13 2004




天中殺の誤算

私は、母親が占いのエキスパートであるため、幼い頃から占いと 馴染みの深い生活をしてきたけれど、そんな私が最も意識しているのが天中殺である。
天中殺は四柱推命における要注意期で、運勢が弱くなる上に、判断や価値観が狂ったり、 些細なことが大事(おおごと)になったり、大事に思えたりてしまう時期でもある。 世の中にはいろいろな占いが氾濫していて、それぞれに要注意の凶運期にいろいろな名前を付けているけれど、 それらは 基本的には四柱推命における天中殺を叩き台にして、こじつけているものであったりもする。

天中殺というのは、誰にでも干支が一回りする12年中 2年間巡ってくるもので、 1年のうちには天中月というものが2ヶ月存在することになる。 また2ヶ月毎に、10日間の天中旬間というものが巡ってくるので、 単純計算すれば、1年のうちの3分の1が天中殺ということになるのである。
天中殺の間にしてはいけないことというのは、主に新しく始めることや、 人生のターニング・ポイントになるような大切なことで、例えば会社の設立や結婚、出産、就職に不向きなのはもちろん、 契約を交わしたり、手術を受けたり、家の新築、改築、購入等にも不向きである。

このような人生の大きなイベントをしなかったとしても、天中殺というのは、 どうしても心配事が出来たり、物事がスムーズに行かなかったり、 他人の失策が自分に降りかかってきたりと、いわゆる「ツイテいない」という思いをさせられる時期である。 しかも天中殺の時というのは、既に落ち込んでいる時に、さらに追い討ちを掛けられるような出来事が起こるもので、 心労や金銭的なダメージ、あてにしていた物事がダメになるといった期待外れもこの時期は起こり易くなる。
私の友人の中には、「そういう事が起こる時期を予め知らされると、気持ちが落ち込むから 知りたくない」という人も居るけれど、 私にとって自分の天中殺を知るということは、「転ばぬ先の杖」であると同時に、 転んだとしても、「天中殺なのだから仕方が無い」と割り切れるという点で非常に大切な事であったりする。

そもそも人間というのは、運が良い時には天中殺の存在を知らずに、大切な事を行っても、 上手く天中殺を避けて通れる場合が多いけれど、 運が弱くなっている時は、不思議と大切な行事を 天中殺にせざるを得ない状況になっていたりする。
例を挙げれば、私は数年前に、生涯で初めての入院、手術を経験することになったけれど、 この時は、病気になるくらいだから、当然 私の運気はかなり弱っていたのだと思う。 その際、医師が手術の日として選んだのが、2ヶ月に10日巡ってくる天中旬間に当たり、 私はそれを後から調べて、慌てて日程の変更を申し出ることになってしまった。
幸い医師は中国人の女性ドクターで、「天中殺だから、この日に手術をしたくない」という 私の意思を尊重してくれたけれど、結局その変更のせいでオペレーション・ルームが取れず、 手術は1ヵ月以上先送りになってしまった。 それでも、この時は「遅れついでに…」と、手術に適した日を選んだお陰で、 手術も術後の経過も良好で、金曜に手術をして、月曜には自分の荷物を持って、歩いて退院し、翌日から仕事に戻れる程の回復ぶりだった。

だから、自分の天中殺を知るということは、自分の身を守ることにも繋がると私は思っているけれど、 それと同時に大切なのは、自分にとって大切な人間の天中殺を知ることである。
もう何年も前のことになるけれど、私の友人が離婚のため、ご主人と別居し、 荷物のうちの半分を運び出したところで、ご主人がアパートのカギを替えたため、 荷物が「人質」 ならぬ 「物質」に取られてしまい、荷物を取り戻したい友人と 大揉めに揉めていた時期があった。 私が友人から相談を受けた時点で、彼女は「もう夫と話もしたくない。 いくら支払っても良いから、あとは弁護士に任せたい」と言っていたけれど、 たまたま以前、彼女の夫の天中殺を調べていたので、 私は彼の運が弱っている天中殺の時点での交渉を薦めたところ、なんと夫は、 「荷物の運び出しを承諾しただけでなく、その手伝いまでしてくれた」と友人は驚いていた。
夫側は、彼女とは離婚をしたくなかったので、荷物の運び出しを拒んだのはそのためであったけれど、 天中殺の時というのは、日頃考えていることとは異なることをしてしまったり、 物の価値観が変わってしまう時期なので、彼の行動はまさに天中殺そのものと言えるものだった。

では、そんな天中殺の間、一体何をしていれば良いかといえば、向いているのは外国旅行や、 人のための奉仕、人のためにお金を使うこと等で、言わば厄落としのような事である。 また天中殺の時期は、期待をしないで、物事に慎重に取り組むことが必要で、 そうすることによって、「事故に遭っても怪我はしないで済む」とか、 「大事な書類が紛失したけれど、コピーを取っておいた」程度のことで済む場合も多いのである。

さて、今回私が何故いきなりこんな天中殺の話を持ち出してきたかといえば、 私が自分の天中旬間に第4回目のネットワーク・パーティーをセットしてしまったからで、 この日は今までのパーティーの中で、最も運に味方されていない日になってしまった。
何しろ、間際になって送付したはずのご案内Eメールが届かないという方が何人もいらした上に、 当日になっての病欠が4人も出てしまい、そのうちの1名は救急治療室から律儀にも欠席のご連絡を下さった状態。 しかも、この日はニューヨーク最大のパレードである、プエルトリカン・パレードの日で、 5番街が42丁目から95丁目まで閉鎖されており、出席してくれた方もバスやタクシーの中で、 缶詰状態になってしまったし、渋滞に2時間巻き込まれて、途中で出席を諦めた方も居らした状態で、 36名の主席者予定が27名になってしまったのは、残念な限りでした。
もちろん、私はこの日にパレード、それも最悪の交通渋滞を引き起こす プエルトリカン・パレードがあることは、企画段階では全く知らず、「天中旬間ではあるけれど、 ネットワーク・パーティーは新しく行うことではないし、自分のためではなくて、 来てくださる方たちのためのパーティーだから…」と、たかをくくっていた部分があったかと思い、 少々反省していたりもする。
でも、会そのものは、皆さんがお手伝いをして下さったお陰で、スムースに運営が出来て、 いつものように参加者の皆さんの間で会話も弾んでいたし、 私自身も天中殺をすっかり忘れて楽しませて頂きました。 やっぱりこれだけ個性的で快活な女性が集ると、それだけでも凄く楽しいし、 1度にこれだけの人数の方とお会い出来るチャンスというのは、それほど無いので、 天中旬間でも会を行ったことは後悔はしていないけれど、 今後はプエルトリカン・パレードと天中殺を避けたパーティーの開催がマスト!だとも思ってしまった。

そもそも、私は2000年以来、プエルトリカン・パレードがトラウマになっており、 この年は、暑さとアルコールのために暴徒と化したパレード見物の男性達が、セントラル・パークを走り回り、 何十人もの女性の衣類を引きちぎったり、水を掛けるなど、 大暴れをして、後に数十人が逮捕される大問題になっており、 私にとって、この日の異様な街中の空気と、想像を絶する交通渋滞は、今でも脳裏に焼き付いて離れないものであったりする。
あれから4年たった今年も、5番街の高級アパートや、ショップが、パレード見物の人々を警戒して、 ウィンドウや植え込みの木々を木製パネルで被って、プロテクトする様子が見られたけれど、 年間に大小含めて300以上のパレードが行われるニューヨークで、こんなプロテクションが見られるのは プエルトリカン・パレードだけである。
ブルームバーグ市長は、これに対して「過剰反応」と批難していたけれど、 私にとっても、プエルトリカン・パレードは、天中殺と同じくらい警戒しなければならないものに なってしまったと言っても過言ではないと思う。



Catch of the Week No.2 June : 6月 第1週


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