Jun 29 〜 July 6 2003




スポーツにみる女性観

先週のニューヨーク・タイムズ紙に「何故女性は女性スポーツを見ないのか?」という記事が掲載されていた。
WNBA(女子プロバスケット・ボール)のフランチャイズは、経営難から徐々にクローズしているし、 女子プロサッカー・リーグにしても、アメリカはワールドカップ・チャンピオンに輝いたり、オリンピックでも 銀メダルを獲得しているにも関わらず、全く注目を浴びない存在である。 ゴルフのLPGAにしても然りで、これらの女子スポーツの視聴率をかろうじて支えているのは、 女性ではなく、男性視聴者であることが伝えられている。
アメリカでは、子供をサッカー場に連れて行って熱心に応援する母親達が非常に多いことは 周知の事実であるし、NFL、NBA、MLB、といったアメリカの男子プロ・スポーツでは、 女性ファンが男子ファンを上回る伸び率を見せ、ことにそのTV視聴率の約半分は 女性で占められるようになったことさえ伝えられている。 だから女性が女性のスポーツを見ないのは「スポーツに関心が無いから」という理論は成り立たないのである。
私自身を考えてみても、スポーツ観戦は好きだけれど、もし偶然、女子プロ・サッカーやWNBAの試合に TVのチャンネルを合わせたとしたら、そのまま試合を見ることはなく、チャンネルを変えてしまうことになる。 でも、それがNBAやメジャー・リーグの試合であれば、スコアくらいはチェックするだろうし、 そのまま見入ってしまう場合も少なくない。
この理由は、男性のスポーツの方がパワー、スピード、技という全ての点で女子スポーツに勝っていて、 試合自体が面白いこと、知っているプレーヤーが必ず試合に登場していること、 そして何より「女子スポーツは、マイナーでつまらない」という先入観が何処かに存在しているためであると言える。
でも、中には女性が見る女性スポーツも存在している訳で、 それはプロ・テニス、フィギュア・スケート、そしてジムナスティック(体操)であるという。 この3つの競技については、女性達が進んでチャンネルを合わせるだけでなく、 男子競技の視聴率を女子競技が上回る数少ないカテゴリーであるという。
ではテニス、フィギュア・スケート、ジムナスティックという3つのスポーツに共通するものは 何かと言えば、短いスカートやレオタードといったボディを強調したウェアを着用し、動きにも女性美を感じさせる競技であると言える。
もちろんこの3つの競技でも男性選手の方が、スピードやパワーがあり、 技術的にも高度ものを見せているのは言うまでも無いけれど、 それでも女性競技の方が男性競技よりも人気と注目を集めるのは、 見る側の目を楽しませてくれるからである。
この「目を楽しませてくれる効果」というのは、競技者のルックスそのものよりも、 ウェアから来ていることは言うまでも無い。 人々がフィギュア・スケートやテニス、ジムナスティックに期待するのは、 ミニ・スカートやレオタードを着用した鍛えられた美しいボディが、 女性ならではの、時に男性に負けない優れた演技や競技を見せることで、 人気や注目を集める選手が必ずしも美人であるとは限らない。
もちろん、テニスのアナ・クルニコヴァのような美女であれば、 実力以上の注目を集めることになるけれど、女子ホッケーや女子サッカー選手が どんなに美人であっても注目を浴びないのは、スポーツ自体がマイナーなこともあるけれど、 男子と同じようなユニフォームを着た美女に対しては、通常人々はそれほど関心を示さないのである。
ある意味でその好例と言えたのは、1999年の女子ワールドカップ・サッカーの決勝、アメリカ対中国戦での出来事。 PKで決勝ゴールを決めたアメリカ・チームのブランディ・チャステインが、 喜びのあまりユニフォームを脱ぎ捨てて、スポーツ・ブラ姿(写真右)で、ガッツ・ポーズを見せた様子は、 ありとあらゆるメディアにフィーチャーされ、女子サッカーが獲得した史上最大のパブリシティとなったのである。
だからU.S.女子チームがワールドカップで優勝したことを覚えている人々は少なくても、 彼女のスポーツ・ブラ姿を記憶しているアメリカ人は非常に多いし、 ワールドカップ後も、ブランディ・チャステインはチームのエースであるスター・プレーヤー、ミア・ハムよりも 多くのトークショーに出演し、多くのCMに登場することになった。
このシャツを脱ぎ捨てるパフォーマンスがもたらしたのは、 男性と同じユニフォームを着て、男性より劣るプレーを見せる女子サッカーにおける、 女子プレーヤーだけが見せられるスリルであり、女性美であったと言える。 そして結果的に、メディアや人々の関心がチームの優勝や女子サッカーというスポーツそのものよりも、 このパフォーマンスに集中したというのは、ある意味で 女子テニス、女子フィギュア・スケートが人気や注目を集めるのと 同じ方程式であると言うことが出来ると思う。
同様のことはスポーツの世界だけでなく、あらゆる分野で言える訳で、 女性は女性ならではのプレゼンテーションやパフォーマンスで、実力を発揮していく方が有利であると同時に、 そうすることを社会に要求されているとも考えられる。
どんなに美人でもブラック・タイのパーティーに、男性同様のタキシード姿で登場すれば、 期待外れという目で見られるし、マッチ・メイキングのパーティーでは パンツを着用している女性よりもスカートを着用している女性の方が、 アプローチする男性が多いという事実にもこうしたことは裏付けられていると言える。

私は個人的に、どんなに実力がある女性でも男性でも、着る物や容姿に気を配って 自分をベストに見せる努力をするべきだと思っている。 かつては、そうすることによって「あんな外観を気にしている人間に、本当に仕事が出来るのか?」という 疑問や偏見を抱かれる傾向もあったけれど、これは完全に時代遅れの思想である。
仕事をこなしながらも、外観に気を配るだけの時間やお金のやりくり、情報収集が出来る余裕や 好奇心が持てる人間の方が、仕事の能力もあれば、世渡りも上手いと判断されるのが21世紀である。
もちろん生まれつきの美人やハンサムは、特に努力をしなくてもルックスの恩恵を受けることは多いけれど、 かと言って その人がセンスの感じられない服装や髪型をしていれば、 そのルックスの良さが生かせない無能さを露呈することになる。
逆にさほど美人でもハンサムでもない人が、自らのセンスで洗練されたルックスや、 人に真似の出来ない個性を演出していると、非常に魅力的に見えると同時に、 年齢を重ねても磨きが掛かるであろうIQの高さを感じさせると思う。



Do It Now!!

7月は私の生まれ月なので、毎年、独立記念日の休暇を迎えると、 「あと2週間でまた歳を取る」と考える傾向にある。
私はよく「120歳まで生きたい」と宣言しているくらいだから、あと何十年も生きる予定ではいるけれど、 35歳を過ぎたあたりから真剣に考え出したのは、思い立ったら直ぐ行動を起こさないと 何も出来ないうちに人生が終わってしまうということである。
子供の頃は1年、365日がとても長く感じられたものだけれど、 大人になれば、誰だって1週間があっという間だし、1ヶ月、1年だってすぐに過ぎてしまう。 だから友達と「また皆で会おうね」と言っていても、そのまま1年以上経過してしまうことなど珍しくないし、 「今度xxxを始めようと思っているんだけれど、忙しくてなかなか出来なくて」と、 何年も同じことをぼやいている人は少なくない。
私は20代までは、「今年がダメでも来年がある」的な考えを持っていたけれど、 30代に入ってからは、その考えを改めるようになった。 確かに若いうちは「春が来て、夏が過ぎて、秋になって、冬が終わると、また春が来る」 と言うように同じ季節が何度も何度も巡ってくるような錯覚を起こしがちであったけれど、 例えば自分が20歳で迎えた春、24歳で迎えた秋、31歳で迎えた冬というのは、 人生でたった1度しか巡ってこない訳である。
そして年齢に応じて、好みや、周囲の環境、身体のコンディションも変わってくる訳で、 28歳の時に楽しかったことを、36歳になってからもやりたいか?、そしてそれが楽しめるか?と言えば、 必ずしもそうではないのである。
だから自分が今したい事、好きな事を、「何時でも出来る」とか 「時期を見て、いずれはやることにしよう」と考えて先送りにしたり、 「やるか?、やらないか?」と何時までも考えているだけの状況であっては、 振り返った時に「今年も同じことをしているうちに、あっという間に過ぎてしまった」という 1年になってしまうと思う。「今年もいろんな事をしたし、いろんな事があった」と振り返れるような 中身の濃い生活を送ろうと思ったら、迷っていないで行動を起こす方が、 例え失敗したり、酷い目にあったとしても、良い経験になったり、教訓を得たり出来るものだと私は考えている。
私が嫌いなものの1つに20代後半くらいの女性が、自分を年寄りのように扱って、 「でも今からじゃ遅いし…」と物事を始める以前に自分の可能性を閉ざすようなことをぼやいたり、 社会に出て何年も経っていないのにも関わらず「キャリアが煮詰まっちゃって…」等とこぼす姿があるけれど、 これらは行動を起こさずに、「あれをやっても、こうなるだけだし、これをするのは大変だし…」と、 頭で考えてばかりいる結果であると思っている。
もちろん誰にでも自分のやりたい事が分からなかったり、人生の方向性が見えない時があるもので、 そんな時に行動を起こしたり、元気に振る舞うのは難しいことだけれど、それをやらなければ ただ歳を取っていくだけだと思う。
冷たいようだけれど、私が先の女性達の相談には決して乗らないようにしているのは、 そういう時ほど、日頃から頭に詰っている愚痴や悩みを人に撒き散らすより、楽しい話をして、 自分に役に立つ情報やアイデアを仕入れたり、コネクションを模索する努力をするべきだと考えるからである。
私は幼い頃から、母親に「頑張っている人には必ず良い事が起こる」と言われて育ってきて、 今でもそれが本当だと信じているから、 頑張りもしないで良いことが起こるのだけを待っている人は虫が良いと思ってしまうし、 逆に頑張っている人を見ると、自分の信念を立証するためにも そういう人には幸せになって欲しいと思っていたりする。
ちなみに私が長生きしたいと考えているのも、長い間頑張っていれば、それだけ沢山良いことがあるに違いないという 単純計算に基づく希望的観測からである。
私は自分が頑張っていると思いたいこともあって、毎晩ベッドに入ってから、 その日1日にした事を思い返して、「今日も良く頑張った!」と自分を誉めてあげてから眠るのを日課にしているけれど、 私の友人によれば、これはストレス対策としても非常に良いことなのだそうである。
でもこれが唯一悪影響を及ぼすのは、ショッピングをしている時で、 「こんなにいつも頑張っているんだから、自分へのご褒美!」とつい財布の口が緩んでしまうことは、 自分でも非常にいけないことだと自覚している。





Catch of the Week No.5 June : 6月 第5週


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Catch of the Week No.2 June : 6月 第2週