June 28 〜 July 4 2004




離婚と結婚はどちらが難しいか?

今年に入ってから、私の友人が2人離婚をしているけれど、 私以外にも、「友達が離婚をする」、もしくは「離婚したばかり」と いう人は多かったりする。
でも昨今 聞いた数多くの離婚話は、「成田離婚」や「退職金離婚」のような一定のパターンが 存在する訳でなく、結婚生活の長さも様々であれば、そのスピードも「徐々に」から「突然」まで、様々で、 さらに離婚の理由にしても「夫の不倫」、「最初から結婚したのが間違いだった」、 「もう一緒に暮らしたくない」、「結婚していても、お互いに利点が無い」等 本当に様々である。

こうした離婚問題を抱える人たちが口を揃えて言うのは、離婚は「時間が掛かるし、 エネルギーを消耗して、疲れる」、「財産や法の手続きが大変」、 「早く終わらせて、すっきりしたい」ということである。

ところが、私は少し前に これと全く同じボヤきを友人の妹の口から聞くことになったけれど、 彼女は結婚式を2週間後に控えた花嫁だった。 彼女が「時間が掛かるし、エネルギーを消耗して、疲れる」と言っているのは式の準備のことで、 「財産や法の手続きが大変」と言っているのは、プリナプチャル・アグリーメント、 通称「プリナップ」と呼ばれる、結婚前に(離婚に備えて)お互いの財産分与を決める協約のことで、 彼女もこれらを「早く終わらせて、すっきりしたい」と、ウンザリしていたのである。
この話を離婚をしたばかりの友人に話したところ、「離婚に比べたら、結婚なんて簡単なものよ。 でも、簡単に結婚しちゃったから、別れることになったのかしら…」と言って笑っていたけれど、 彼女の説によれば、「離婚の方が、結婚より難しい」ということになる訳である。 確かに離婚というのは、先ずは結婚をしなければ出来ない訳であるし、 離婚に至るまでには、時に不幸な結婚生活や冷めた夫婦関係を体験することになり、 大変でエネルギーを消耗するのは 離婚手続きのプロセスだけではなかったりするのである。

でも、世間一般的には「既婚者なら誰でも1度は 結婚を後悔するもの」と言われ、 人によっては、「結婚生活は後悔との戦い」とまで言ったりするけれど、 その一方で、私の別の友人は、彼女の知る限り「離婚をして後悔をしている人は居ない」 とも語っていたりする。 すなわち、ここまで出て来た説を総合すると、「結婚は簡単に出来て後悔するもの」、 「離婚は難しいけれど、後悔しないもの」ということになる訳である。
でも、私の友人の説通り「離婚をして後悔をする人は居ない」かと言えば、 短期的にはそうかもしれないけれど、長期的には後悔する人もいる訳である。 離婚をする人というのは、結婚したことを後悔している訳であるから、 その後悔の要因を断ち切るための離婚をすれば、その後しばらくは後悔するはずはないのである。 でも離婚後、何年かが経過し、別れた相手よりももっと酷い相手ばかりに巡り会っていたら、 離婚を後悔して「どうしてもっとあの時に頑張らなかったんだろう」と考える人も出てくる訳である。

かく言う私は、決して強がりでなく、ハッピーなシングル・ライフを送ってきたと思っていて、 結婚していたら、絶対に自分でビジネスを始めることなんて出来なかったと思っていたりする。
そんな私が昨今日本人から訊かれる最も失礼だと思う質問は、「結婚していないんですか?、1度も?」 というもの。(「日本人から」とあえて書いたのは、これを訊ねるのがことごとく日本人であるためです。)
「結婚していないんですか?」と訊かれるのは、全く構わないけれど、これに「1度も?」という 念を押す質問が加わると、「結婚していないってことは、離婚したんですか?」と聞こえるからで、 私に言わせれば、そんな勘ぐりは大きなお世話である。
そして私が「1度も結婚したことが無い」と知ると、次に訊ねられるのは「どうして結婚しないんですか?」 という質問。私は以前、このコラムの「結婚は過大評価されている」でも書いた通り、 この手の質問を既婚者にされた場合は、嫌味でも何でもなく「どうして結婚したの?」と逆に訊き返す場合が多いけれど、 それほど私にとって、一般の人たちが、どうやって一生連れ添う(予定の)相手を選んでいるのか?は、未だに大きなミステリーであったりする。

でも自分が結婚しない理由は、自分では非常に良く熟知していて、 その理由というのは細かく列挙したら700項目くらいになると思うけれど、 メジャーな要因と言えるのは、
・結婚したいと思うような男性に出会った事が無いから
・離婚したくないから
の2点である。
世の中には「コミットメント・フォビア」、すなわち 結婚や同居等、 特定の相手との深い関係になることを恐れる男性が少なくないけれど、 私にフォビア(恐怖症)があるとすれば、それは「離婚恐怖症」で、 どうしてそんなものになってしまったかと言えば、これは占いが原因なのである。
3週間前の「天中殺」のコラムで書いた通り、私の母が占いをする関係で、私は小さい頃から 何人もの占い師に結婚運を占ってもらっているけれど、母を含む占い師全員が 口を揃えて言って来たのが「私の結婚は1回」ということなのである。 すなわち、その1回で失敗して離婚をすれば、再婚は有り得ない訳で、当然相手選びを慎重にならざるを得なくなる訳であるけれど、 例え占い師に何も言われなくても、結婚相手を慎重に選ぶというのは、 言ってみれば当たり前の事な訳である。
でも、「人には与えられるかもしれないセカンド・チャンスが私には無い!」という プレッシャーは、「離婚=後が無い」という恐怖心に繋がっており、 「先のことなんて分からない」程度の気持ちで、結婚する訳には行かないのである。

だから私にとって、結婚というのは非常に難しい問題であり、離婚というのは 恐怖の対象である訳であるけれど、そんな私でも容易に想像がつくのは、 「結婚よりも、離婚よりも難しいのは、結婚生活を続けること」だということである。
離婚率が50%に迫るアメリカでは、離婚が一般的になるに連れて、これに対する偏見がなくなる一方で、 長年結婚生活を続けていることは、「人格の高潔さ」や「自分の運命の相手に巡り会えた幸運さ」 を象徴するステイタス・シンボルになりつつあったりする。 だから、「セックス・アンド・ザ・シティ」を始めとするドラマで、 若い男性が自分が誠実であることを女性にアピールするために、 「僕の両親は、もう30年も連れ添っていて…」といった台詞を使うけれど、 例え自分の結婚でなくても、誰か長年結婚していることは、 賞賛や信頼に値することなのである。

でも、これだけ離婚率がアップすると、さすがに結婚の際に「絶対自分達は離婚しない」と 自信を持てるカップルは減っているようで、昨今の結婚式では 誓いの言葉から「死が2人を分かつまで」という文句が取り除かれる場合が多いのだという。
以前、このコラムの「Don't Lie」で、アメリカの方がウソをつくことに対して 非常に厳しい社会であることを書いたけれど、「離婚はしても、ウソはつきたくない」 というのは、いかにもアメリカらしいと思えてしまう部分である。







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