July 28 〜 Aug 3 2003




Very ゲイ・ウィーク

今週のニューヨークはゲイの話題に終始していたと言わなければならない。
先ず、先週日曜日のNYポストで、先日シティ・ホールで市議会議員、ジェームス・デイビスを 射殺したオスニアル・アスキューが、かつてはゲイ・モデルをしていたことがその写真と共に報じられたと思ったら、 週明けには、マンハッタンにゲイ専門のハイスクールがオープンするというニュースが報じらていれた。 その翌日には、「こんなハイスクールを作ってゲイを差別するべきではない」と、 ハイスクールの閉鎖を求める訴訟の動きが報じられ、この問題はその後アメリカ全土での論争となっていった。
そして火曜日には、アメリカのTV史上初のゲイによるデート番組、「ボーイ・ミーツ・ボーイ」が ケーブル局でスタートし、メイン・キャラクターのゲイ男性、ジェームスがプロモーションのために多数のバラエティ番組、トーク・ショーにゲスト出演していたため、 また違った形のゲイの話題を提供していた。
このゲイ・デート番組についてはメディア&アドのセクションでもご説明しているけれど、 メイン・キャラクターのジェームスが その相手を選ぶ候補者男性15人のうちの 5人はストレート男性が混じっているという設定で、 話題になっていたのは「今の世の中、如何にストレート男性とゲイ男性が見分け難いか」ということだった。
実際にジェームスも、この企画を知らされるまで、候補者の3分の1がストレート男性だとは 思いもしなかったというし、通常ゲイを見分けることに絶対の自信を見せるニューヨークのシングル女性達も、 番組を見て、「絶対にゲイ」と確信が持てる男性が数人居るとしながらも、残りの殆どの男性はゲイなのか、ストレートなのか、 識別不可能であると白旗を揚げていた。
最初は、自分に知らされずにストレート男性が候補者に混じっているという企画にショックを受けたという ジェームスであるが、番組の収録が終わった今では、「番組を通じて、ゲイ男性が(ストレート男性と見分けがつかないほど) 社会の中で特別な存在ではないことが立証できた点では意義があったと思う」とコメントしている。
さて水曜日になると、ゲイの話題が政治的なレベルで取り沙汰されることになったけれど、 これは水曜午前に行なわれたブッシュ大統領のプレス・カンファレンスでの発言によるもの。
ブッシュ大統領は、イラク問題についての記者会見の最後に、ゲイ同士の結婚の合法化について 質問され、「結婚は男女間で行なわれるべきもの」として、 事実上、これに反対する立場を示すコメントを行なったのである。
どうして突然ブッシュ大統領にこうした質問がなされたかと言えば、 現在マサチューセッツ州の最高裁が、ゲイの結婚の合法化を検討している真っ最中で、 同州がこれを合法とすれば、今後アメリカ全州でゲイの結婚を法的に認める動きに拍車が掛かることが 予測されていたためである。
ブッシュ大統領と言えば、コンサバティブな南部を支持基盤に妊娠中絶の廃止にもジワジワと プレッシャーを掛けているような状態であるから、ゲイ同士の婚姻を認めるような立場を取るはずが無いことは 折込済みではあったけれど、この大統領の発言はアメリカ国内でのゲイ論争に火を付けることとなり、 ゲイ・コミュニティを含む、都市部のリベラル派を大いに憤慨させることになった。
さて、アメリカが中絶やゲイについて論争を始めると、必ずと言って良いほど登場するのが、 その宗教的ポジションから、超コンサバティブな意見を 正義として語りかけるバチカンのローマ法皇である。 今回もご多分に漏れずで、木曜にはローマ法皇が、このアメリカでの論争を受けて、 「ゲイの婚姻は人道を逸脱した行為で、社会に対する脅威である」と 猛烈な否定をしたのに加えて、「ゲイ・カップルが養子を貰い受けることは、子供にとっての暴力である」とさえ コメントしている。
私が記憶する限り、12〜13年ほど前であれば、ローマ法皇が妊娠中絶はもちろんのこと、避妊にまで反対する 立場を明らかにすると、アメリカはカソリック教徒を中心に、少なくともこれを黙って聞いている社会であったけれど、 昨今ではアメリカ国内で教会関係者による幼児への性的虐待等の不祥事が続いていることや、 ローマ法皇の見解があまりに時代とのズレを見せ始めていることから、 ローマ法皇の発言とて、メディアがバッシングする時代になったし、 一般の人々も、一部の熱心なカソリック信者を除けば、そのバッシングに対して反感を抱かないどころか、 賛同をするようになってきているのは、私にとって時代の変化を感じる部分である。
もちろん今もバチカンの影響力はアメリカ政府や、コンサバティブな共和党支持層には 大きく残っており、ゲイの結婚に対してもアメリカ人の60%近くが 未だに反対のポジションを取っていることも伝えられてはいるけれど、 その反面、ゲイの婚姻を認める動きは世界各国で高まりを見せており、 時代の流れがその合法化に向っていることはひしひしと感じられるものである。
一方、今週の日曜日のニューヨーク・タイムズのスタイル・セクションには NY郊外の高級リゾート地、ハンプトンでのゲイ・コミュニティが変わりつつあることが 記事になっていた。この記事では、昨今、イースト・ハンプトンにサマー・ハウスを借りるゲイは、40歳以上のカップルが多く、 収入も学歴も高いことが伝えられており、かつてのハンプトンのように 20代の若いゲイが、パートナーとの出会いを求めて、パーティーやバー・ホッピングを楽しむのではなく、 もっと落ち着いたファミリーとしてのゲイ・ピープルの社交が繰り広げられていることがレポートされていた。
加えて、同じ日のニューヨーク・ポストの記事には、ニューヨーク市に暮らすゲイ男性の人口が1990年から2000年までの10年間に 3倍に膨れ上がったことも報じられていた。

今週ほどゲイについて、様々な話題が報道された週は近年には無かったと思えるほどであったけれど、 私は個人的に、ゲイの結婚については何の異論もないけれど、ゲイのハイスクールの存在については 何とも言えない立場である。
アメリカのハイスクールでのゲイ・バッシングは、常識や想像を超えるもので、 ゲイ学生は階段から突き落とされたり、毎日のように殴られるなど、身の危険を感じて高校を中退する ケースも少なくない訳で、この現状を考慮するとゲイのハイスクールは必要に思えるけれど、 だからと言ってゲイを特別扱いするのは、せっかくゲイ・ピープルが一般社会で、理解と市民権を確立しつつある現状と 逆行するようにも思えるのである。そもそもアメリカのハイ・スクールでは ゲイでなくても「ゲイに見える」というだけでいじめに合う学生も居るし、 ゲイ以外にも肥満だの、見た目に気持ちが悪い等、分別の無い学生達は 理由をつけては誰かをいじめるものであるから、ゲイの学生を隔離することに果たして大きな意味があるかも疑問視されるところであったりする。
これに対して、ゲイの結婚については誰の迷惑にもなる訳でもないし、 彼らが税金を支払っている以上、結婚という法的システムの恩恵やプロテクションを受ける権利は保証されるべきだと思う。 それに職場を始めとする社会全般でゲイへの差別撤廃を謳っておきながら、 彼らに結婚の権利は認めないというのは、明らかに矛盾する行為である。
今週のNYポストには、先週このコーナーでご紹介したNY市の女性を対象とした調査の 男性版が掲載されていたけれど、それによれば女性同様、昨今は男性側もシングル・ライフを楽しむ傾向にあり、 離婚、未婚を含むシングル男性が10年前よりも32.6%も増えているという結果が出ていた。 ふと考えてみると、今の世の中で熱心に結婚したがるのはゲイ・ピープルくらいなものな訳で、 結婚という伝統的な社会システムを守っていこうとするのであれば、 結婚したいカップルは、ゲイだろうが、ストレートだろうが、結婚させてあげるべきだというのが 私の考えである。




ハッピー 7th!

人間は30年以上生きていると、毎月何かしらのアニヴァーサリーがあると言われているけれど、 私にとっての8月のアニヴァーサリーは、CUBE New York設立のアニヴァーサリーで、 96年にスタートしたCUBE New Yorkは、お蔭様で今年で7周年を迎えたことになる。
7年という月日はこれまで私が勤めたどの仕事より長いもので、今ではスタート当時のことが 物凄く昔のことのように思えるけれど、辛い事と楽しい事がギッシリ詰った、毎日のように学ぶことがあり、 学ばされることが起こる、あっという間の7年間だった。
この仕事を始めてからよく友人に言われるのは「良く働くね」ということと、「雇われている方が絶対に楽!」ということで、 私も全くその通りだと思っている。自分のビジネスを始めてしまうと、良く働くというより、休めないのである。 CUBE New Yorkがスタートしてからというもの、2泊以上の旅行にノートブック・コンピューターを 持参しなかったことはないし、半年に1回くらいコンピューターに触らない日というのがあるけれど、 そんな日でも少なくとも新聞を読んで、必要な記事は切り抜くし、じっと座っていてもネタを考えたりするから、 仕事と全く無縁の日というのは実現しないことになる。
こうして毎日働くことになってしまうのは、常にやらなければならない事が山積しているからでもあるけれど、 会社を経営するということは、自分の分だけでなく、会社を維持する分も稼がなければならないためで、 当然のことながら、余分に働かなければならないことになる。
もしこれがフリーランスとしてライター兼リサーチャーをしていた時代だったら、最低自分1人が食べていけるだけを稼げば良かった訳である。 でも、会社という形でビジネスを始めてしまうと、身体1つで出来たフリーランスとは異なり、 スタート時点で既に会社への資本投資というお金が掛かってくるし、 給与、税金、会社維持費用、ビジネス運営の資金、レントや様々な手数料等、 自分の食いぶちを遥かに上回る金額を稼がなければならないことになる。
だから、どんなにハードに働いても、9時〜5時まで週5日働き、年間3週間のバケーションが取れる 大会社勤めの人より、稼ぎが少ないことは多いし、その反面、精神的プレッシャーは計り知れないほど大きなものになってしまう。
もちろんプレッシャーが大きくても、自分のビジネスというのは仕事から得られる満足感という点では、 雇われているのとは比較にならないから、この満足感とプレッシャーが相殺されることによって 続けていられるのだと思うことは多かったりする。
でも、こうしたこととは別に、私がハードに働くことを厭わない理由の1つには、 「手を抜けば、ビジネスがやがて潰れてしまうかもしれない」というフォビア(恐怖症)があるのも事実である。
私がこの思いを強くすることになったのは、過去7年間に知人や取引先のビジネスが クローズしていくのを目の当たりにして来たためで、ことに私にとって非常にショックだったのは 2001年9月11日のテロの1ヶ月後に友人のビジネスがクローズしたことだった。
実家が非常にリッチだったこともあり、そのファミリー・マネーでスタートした友人のビジネスは、 当時のアメリカの好況の波に乗って大きく伸び、そのオフィスも、 ビルのワン・フロアを占めるほどに拡大した。 中でも私が羨ましく思っていたのが、彼女が決してがむしゃらに働いていないことで、 就業時間内にネール・サロンや、ボクシングのトレーニングに出掛けたり、 4つ星レストラン、ジャン・ジョルジュで2時間もランチ・ミーティングをしていたり、 エルメスのバーキンに愛犬の子犬を入れてオフィスに現れたりと、 まるで映画のヒロインのような、余裕に満ち溢れた仕事ぶりだった。
私は何度となく彼女に「貴女は働き過ぎ。1番大切なのは人生のクォリティよ」とお説教をされていて、 実際「いつか彼女みたいに余裕のあるビジネスが出来るようになりたい」と真剣に思っていたものだった。 でも、2001年に入ってから 彼女のビジネスは急速に悪化していたそうで、 収入が激減し、出費は増える一方であったという。
そして9月11日のテロが起こり、オーダーのキャンセルが相次いだために、 経営の見込みが立たなくなってしまい、彼女は 借金をして会社を続けるか、 負債を抱える前にビジネスをクローズするかの決断を迫られ、結局 後者を選択することになった。 後から聞いた話では、彼女は経営が完全に行き詰まるまで、 自分の会社の経営が如何に悪化していたかを、深刻に捕えてはいなかったという。
彼女は決して無責任でもないし、いい加減な性格でもなかっただけに、 彼女の会社がクローズした事には、当時 非常に驚かされたけれど、 それと同時に、「私も仕事中にネールサロンに出かけるような仕事ぶりをしていたら、 会社が潰れてしまうかもしれない」という気持ちを強く抱くようになった。

私は子供を産んだことも、育てたことも無いけれど、「自分の会社を経営することは子育てと一緒、もしくは非常に似ている」と考えていたりする。 愛情と手を掛けて守ったり、育てたりして、そのために自分の時間を犠牲にしなければならないのも一緒ならば、 ちょっと目を離したり、安心していたりすると、直ぐに悪い方に行ってしまうという点も共通しているし、 育った姿を眺めて幸福感や満足感が得られるのも子供と同じであると思っている。
だから私にとって毎年8月を迎えることは、子供の誕生日を迎える親と同じような感慨深さがあるし、 飛びぬけて素晴らしい事は無くても、毎年確実に育って行って欲しいというのが、 会社を子供のように思う私の願いでもある。





Catch of the Week No.4 July : 7月 第4週


Catch of the Week No.3 July : 7月 第3週


Catch of the Week No.2 July : 7月 第2週


Catch of the Week No.2 July : 7月 第1週