Tribute to Heff, 
The Most Iconic Playboy Covers


男性誌の歴史を変えた故ヒュー・ヘフナーのビジョン、
プレイボーイ誌の最もアイコニックな36のセレブリティ・カバー

Published on 10/3/2017


9月27日に自宅であるプレイボーイ・マンションで息を引き取ったのがプレイボーイ誌の発行人で、Heff / へフの愛称で知られたヒュー・ヘフナー(91歳)。
3人のプレイメートと結婚し、TV版の「セックス・アンド・ザ・シティ」にも登場したプレイボーイ・マンションでのセレブリティを招いた派手なパーティーや、 プレイボーイ・クラブの経営で知られた彼は、アメリカの最もユニークなビジネスマンの1人。彼の生涯は既に映画化が決定し、 ジャレット・レトが彼を演じることが発表されていますが、 そんなヒュー・ヘフナーのトレードマーク・スタイルはパジャマにローブを羽織った姿。彼は若き時代はライター&イラストレーターで、 その彼が男性のためのエンターテイメント・マガジンとして 1953年に出版したのがプレイボーイ誌。
プレイメートと呼ばれるモデル達や女性セレブリティ達のセクシーかつ刺激的なフォトをフィーチャーしながらも、 政治、スポーツ、エンターテイメントの興味深い記事が掲載されることで知られた同誌ですが、 女性セレブリティをフィーチャーする際には、常にヒュー・ヘフナー自身がギャラや条件の交渉、および撮影の立ち合いをしていたことでも知られており、 彼の死に際しては、プレイボーイ誌にフィーチャーされた多くの女性セレブリティが追悼のメッセージを送っていたのは 彼女らが同誌とのフォトセッションを通じて、ヒュー・ヘフナーとフレンドリーな仲であったため。
そのヒュー・ヘフナーが、何としてでもプレイボーイ誌にフィーチャーしたいと切望して実現しなかったのは ブリットニー・スピアーズで、ダンスが上手いブロンドが好きな彼の好みを反映したチョイスと言えるものでした。

以下では、そのプレイボーイ誌の60年以上の歴史の中で 最もアイコニックなカバー、38点をご紹介します。





写真上、4枚はプレイボーイ史上、最もアイコニックと言われるカバー。
左上は、マリリン・モンローをフィーチャーしたプレイボーイ誌創刊号。50セントというお値段ですが、今ではプレミアムがついてオークションで落札されるような品物。
右上は、それよりお値段がアップして75セントになった1964年のプレイメイト・オブ・ジ・イヤーをフィーチャーしたもので、プレイボーイのウサギのロゴ・マークを表現したポーズ。 ちなみにプレイボーイがロゴにウサギを用いているのはウサギが常に発情しているためで、プレイボーイ・クラブの制服であり、アメリカで初めて特許を取得したユニフォームである バニーガールのアウトフィットもその発情したウサギのイメージから来ているもの。
左下は、1971年のカバーで当時のお値段は1ドル。ポーズに使われているプレイボーイのマークの椅子は、その後も様々なセレブのポーズに使われています。
写真右下は、カートゥーン・キャラクターとして初めてプレイボーイ誌の表紙を飾ったマージ・シンプソン。左側のアイコニックなカバーを再現したポーズで登場しています。




写真上はプレイボーイ誌の歴史上最多である14回カバーを飾っているパメラ・アンダーソン4枚の表紙。 今年50歳になるパメラ・アンダーソンはヒュー・へフナーとは個人的に親しく、彼の死を最も悼んだセレブリティの1人。




写真上はプレイボーイ誌のカバーを飾った意外な顔ぶれ。写真左上のブルック・シールズはヌードになった訳ではなく、この号のヌードの特集は表紙にロゴがフィーチャーされている通り、セブン・イレブンで働く女性達。 プレイボーイ誌は、過去にスターバックスで働く女性たちや、経営破たんした大企業のエンロン社で働く女性たちのヌードもフィーチャーしていました。
右上のマドンナの写真は、映画「スーザンを探して」のプロモ用の写真で、中にフィーチャーされているマドンナのヌードフォトは、彼女の無名時代に撮影されたものをプレイボーイ誌が買い取って出版したもの。 もちろん一躍スターダムに上り詰めようとしていた当時のマドンナは、その掲載に激怒したことが伝えられています。
写真左下は今や大統領となったドナルド・トランプ氏。かつてはヒュー・ヘフナーと友人同士であったトランプ氏は、プレイボーイ誌の表紙を飾った僅か6人の男性のうちの1人。 ヒュー・ヘフナー自身は、彼と仲たがいをした後は、この表紙を後悔していたことが伝えられています。
右下は、カントリー・シンガーのレジェンドで、マイリー・サイラスのゴッドマザーでもあるドリー・パートン。彼女以外にもバーバラ・ストライザンド、ジェーン・フォンダといった レジェンド系の女性がヌードにはならなくてもプレイボーイ誌の表紙に登場しています。





写真上は全てスーパーモデルをフィーチャーしたカバー。シンディ・クロフォードがファッション業界だけでなく、一躍知名度を上げたのは91年の最初のプレイボーイ誌のヌード。 ケイト・モスのカバーは40歳を迎えた彼女のプレイボーイ誌の60周年号でのフィーチャー。その他エヴァ・ヘルツィゴヴァ、エル・マクファーソン、ナオミ・キャンベルなどもヌードを披露。 ヌードにはならなくても、クラウディア・シファーらもカバーを飾っていました。



写真上は、いずれもプレイボーイ誌のヌードがきっかけでセレブリティをステータスを獲得した顔ぶれ。 左上、今は亡きアナ・ニコル・スミスは、グラマラスなボディと顔立ちでセクシーさをアピールして、その後ジーンズのGuessのモデルを務めるなど、 モデル兼タレントとしての地位を確立、右上はヒュー・ヘフナーの3人目の夫人であるクリスタル・ヘフナー。
左下は、やはりプレイボーイ誌でのヌードでタレント業のキャリアを花開かせたジェニー・マッカーシー。彼女はコメディ女優のメリッサ・マッカーシーとは親戚同士。
右下はプロテニス・プレーヤーとしては誰も知らないものの、プレイボーイ誌でヌードになった途端に男性の間で知名度がアップしたアシュレー・ハークルロード。 オリンピックを前後して女性アスリートがヌードになる傾向も見られましたが、今ではESPNマガジンのボディ・イッシューがそれに代わる存在になっています。




写真上、左上は、元祖チャーリーズ・エンジェルで70年代のセックス・シンボルであった故ファラー・フォーセット。彼女は2回プレイボーイ誌でヌードになっています。
写真上、右上は映画「ベーシック・インスティンクト(氷の微笑)」で90年代のセックス・シンボルとなったシャロン・ストーンのカバー。
写真上、左下はマライア・キャリーで、彼女もヌードになった訳では無いものの プレイボーイ誌の表紙にフィーチャーされたセレブリティの1人。
写真上、右下はジェシカ・アルバのカバーで、写真そのものは彼女が今は亡きポール・ウォーカーと共演した「イントゥ・ザ・ブルー」のプロモ・フォトのバックグラウンドを 消したもので、いわば写真の使い回し。





写真上はいずれも、プレイボーイ誌でヌードになる意外性で出版当時話題を醸したメンバー。
一番上左のドリュー・バリモアは、映画「ET」の子役イメージの脱皮のためにプレイボーイ誌でヌードになったけれど、当時はかなり驚きのリアクションが見られたもの。
そのお隣のシャリース・セロンはオスカーの主演女優賞受賞の4年前、カバー&ヌード。 2段目左のシャノン・ドハーティーは「ビバリーヒルズ青春白書」のブレンダ役を止めて数年後のヌード。
2段目右のデニース・リチャーズは、チャーリ・シーンと結婚していた最中の2004年のカバー&ヌードグラビアの掲載。
3段目左は2012年1月のリンジー・ローハンのカバーで、彼女はニューヨーク・マガジンでも一足先にトップレスフォトを公開。ここにもプレイボーイのロゴの椅子が登場。
3段目右側は「Xマン」シリーズに出演中のオリヴィア・マンで彼女は刺激的なポーズはとってもヌードにはならなかった存在。





写真上はリアリティTVスター&パフォーマーの顔ぶれ。左上はキム・カダーシアンで2007年12月号の表紙。自家製ポルノが公開されて、 知名度を上げていた時期のヌード。
右上はかつてそのキム・カダーシアンと仲良しとして知られたパリス・ヒルトン。パリスも自家製ポルノでスターダムにのし上がった存在で、キム・カダーシアンの2年前の 2005年にプレイボーイ誌にフィーチャーされています。
左下はバーレクス・パーフォーマーのディータ・フォン・ティーズ、右下はリアリティTV「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ」で知られるプロダンサーのカリーナ・スミアノフ。 ディータ・フォン・ティーズは日ごろのパフォーマンスでヌードになっているものの、プレイボーイの読者にはあまり馴染みの無い存在。 カリーナ・スミアノフは、「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ」に登場する女性プロダンサーの中でも抜群のボディで知られた存在です。


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