Apr. Week 1, 2015
” Pharrell X Adidas “Supercolor”
ファーレル X アディダス ”スーパーカラー”


昨今、セレブリティとスポーツ・ブランドのコラボレーションが盛んに行われているけれど、 アディダスは言うまでも無く その先駆者的な存在。
昨年からは、セリーナ・ゴメスとのコラボレーションで ティーンエイジャーをターゲットにしたライフスタイル・アパレルを手がけたり、 アディダス・オリジナルのラインでは、ファーレル・ウィリアムス、リタ・オラとのコラボレーションで、 それぞれユニークなストリート・アスレティック・スタイルを打ち出しているのだった。
そのファーレル・ウィリアムスとアディダスのコラボレーションで、3月27日に発売になったのが、 ここにご紹介するスーパーカラー。
スーパーカラーは、アディダス・オリジナル・ラインのスニーカー、”スパー・スター”を 50色のモノトーンでクリエイトしたライン。 1つのスタイルのスニーカーを50色で展開した例は過去に前例を見ないだけに、かなり画期的なコレクションと言えるのだった。







スーパーカラーは、すべてのカラーを同じようにクリエイトすることによって、肌の色に関わらず平等であるべきことをアピールしたコンセプト。 でもそんな政治的なメッセージを抜きにしても、一目見ただけで私が気に入ってしまったのが このスーパーカラーのコレクション。
というのも、ブラック、ホワイト、レッドといった極めて定番的なカラー以外で、単色で展開されているスニーカーというのが非常に少ないのに加えて、 さすがに50色のカラーパレットとなると、微妙なカラーが沢山揃っているのも魅力。 そこでパープルが好きな私としては、 まず1足目はパープルを入手しようと張り切っていたのだった。

ところが ネット上でも、ストアでも 全く探せないのが私のサイズ。同コレクションは、メンズ・ラインとしてクリエイトされているけれど、 ファーレル・ウィリアムスはユニセックスとしてクリエイトしたというコメントをしていて、 私はのサイズは、メンズの5.5。 でもアディダスのウェブサイトの取り扱いは、最小サイズが7.5。エイソスのウェブサイトが唯一、5.5を扱っていたけれど、 アウト・オブ・ストック。
人気色は、発売と同時にアディダスのストアで完売しており、現在は殆どのカラーが メンズサイズの11、12といった かなり大きなサイズしか残っていない状況になっているのだった。






なので、インスタグラムでパープルのスーパーカラーを履いている人のスナップを見ると羨ましくてたまらない状況。 一体どうやったら、今から このコレクションのパープルが入手できるのか、頭を悩ませているのだった。
最低最悪の場合は、ボーイズのサイズを狙うという手も残されているけれど、ボーイズはメンズに比べてレースの穴の数が1つ少ないので、 何となくバランスが変わってしまうというのが私の本音。 それにしても、「人間というのはどうして手に入らないと分かると、今まで以上に欲しくなるんだろう?」と 改めて思ってしまったのだった。
ちなみにスーパーカラーのお値段は、1足90ドル。この価格はNYで買うと 税金が掛からないというのも魅力なのだった。

ところで、このコラボレーションを手がけたファーレル・ウィリアムは、 プロデューサーであり、シンガーであると同時に、目下アメリカで大人気のリアリティTV 「Voice / ヴォイス」のコーチも勤めているけれど、 その温厚そうな顔立ち同様、「ヴォイス」でも本当に性格の良さが手に取るように分かるキャラを打ち出していて、非常に好感が持てるセレブリティ。 事実、私の周囲にも彼のファンは沢山居るのだった。
その彼は、ユニークなパーソナル・スタイルでも知られる存在。 だからこそ、アディダスがコラボレーションの白羽の矢を立てた訳であるけれど、6月1日に行われる 2015年度 CFDA(米国ファッション・デザイナー評議会)アウォードでは、 彼がアイコン・アウォードを受賞することが2週間前に発表されたばかり。
同賞は 話題のベスト・ドレッサーに贈られるもので、過去の受賞者は、サラー・ジェシカ・パーカー、レディ・ガガ、ケイト・モス、そして 昨年の受賞者はリアーナ。 ファーレルは男性として 初めてこの賞を受賞することになっているのだった。

Will New York 宿泊施設滞在


執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


FaviruteOfTheWeek FaviruteOfTheWeek FaviruteOfTheWeek

PAGE TOP