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ウェディング・ドレス・デザイナー
吉岡 順子さん
結婚が決まった女性が、先ず取り掛かるのがウエディング・ドレス選び。
レンタルが主流である日本とは異なり、アメリカではウェディング・ドレスと言えば、買い取りのオーダーメイドが基本となる。
だからこそ 花嫁のこだわりと思い入れが反映されたドレスになるのは 言うまでも無い。
今回紹介する吉岡順子さんは、ここニューヨークで 昨年ブライダル・ドレス・ブランド、「ボナパルト・ニューヨーク」を
立ち上げた、注目のウエディングドレス・デザイナーである。
念願のイタリア留学

ボナパルト・ニューヨークのショールームは、部屋の真ん中に、大きなアンティーク風の鏡があるだけの 飾り気の少ないロフトである。
その雰囲気は、順子さんのデザインする都会的で、モダンなドレスによくマッチしていると言える。
順子さんがニューヨークにやって来たのは、2年前のことだった。
それまでは、日本とイタリアでファッション・デザイナーとして活躍してきたが、
ブライダルを専門に絞ったのはニューヨークに来てからのことである。
「ウェディング・ドレスというのは、誰にとっても一生の記憶に残るものです。
どんな服でも、作る喜びは同じですが、やはり記憶に留めてもらえるドレスを作る満足感は特別なものがあるんです」。
そう語る順子さんがファッションに興味を持ったのは、子供の頃だったという。
「母が大のファッション好きで、よくファッション・ショーに連れて行かれていたんです。
自分でも母のスカーフを組み合わせて、ファッション・ショーごっこみたいなことをして遊んでいたようです。」
やがて、東京モード学園で学び、大手アパレル会社、イトキン東京のレディスウェア部門に就職した順子さんは、
パタンナーから始まり、イタリアン・ブランドのデザイナーとして仕事をするようになったが、
そうするうちに、「イタリアに行きたいと」思うようになった。
「人と違うところに行きたかったんです。その当時は、ファッションと言えばパリで、
イタリアに留学しようなんていう人は居なかったんです」。
そこで、まず始めたのが語学の勉強と資金稼ぎ。昼間はデザイナーの仕事を続けながら、
夜は日伊学院に通ってイタリア語を学び始め、さらにイタリアをよく知るために、
イタリア人スタッフのいるレストラン「サバティーニ」で接客のアルバイトも始めることにした。
そして、昼も夜も仕事と勉強に追われる忙しい日々を3年間続け後に、実現したのが念願のイタリア留学だった。
最初に向ったのは芸術の都、フィレンツェにある語学学校。
そこに6ヶ月通った後、ミラノのファッショ専門学校「マランゴーニ」に移った。
順子さんは、既にファッションの基本は日本で身につけていたため、
本来1年掛かるマスター・コースを7ヶ月で終了。その後は
現地のマックス・マーラ、アルベルタ・フェレッティ等を扱うスタジオでデザイナーとして1年間働くことになった。
次に順子さんが勤めたのは、日本の大手アパレル会社、ワールドが経営する
ワールド・イタリー。
そこでは、インディビ、アツロウ・タヤマ等のブランドのテクニカル・デザイナーとして、
企画や生産の仕事に2年間携わった。
「これまでのデザインやパターンの仕事とは、ちょっと違って、クォリティ・コントロールが中心だったんです。
お陰で、生産面のことをいろいろ学ぶ機会に恵まれました」。
次のステップはアメリカ
その後、再びデザイナーとして アンテプリマ等で、さらに2年の経験を積んだ順子さんは、
5年間のイタリアでの経験を生かした 「次のステップ」を考えるようになる。
「同じヨーロッパ内に居ては、恐らくミラノと変わらないだろうと思い、次はアメリカで、
クリエーターとしての自分を確認するためにも、クチュール・ドレスのビジネス
に取り組んで見ようと思うようになったんです」。
とりあえず、1度日本に帰国した順子さんは、1年間、母校の東京モード学園で講師として働くことになる。
「将来は自分のブランドを持って、自分でビジネスを始めるつもりでしたから、
そのためには人に教えるという経験は、役に立つと思ったのです。
自分のブランドを持てば、スタッフに自分の技術や考えを伝えることは欠かせない訳ですから」。
その後、ニューヨークに移った順子さんは、語学学校に通い始める傍ら、
某クチュール・ブランドで無給のインターンとして働いた。
これは順子さんにとっては、アメリカにおけるファッション・ビジネスの体験入学的なもので、
「年齢的にも、そろそろ自分のビジネスを始める時期」と考えていた順子さんは、
それ以上、どこかのブランドに勤めようという気持ちは無かったという。
そうするうちに、順子さんは旅行中に知り合ったアメリカ人男性と結婚。
今後の活動拠点をニューヨークに絞る決心を固め、自らのブランドも
ニューヨークで立ち上げることになった。
自らのビジネスをスタートするにあたり、「ウェディング・ドレス」を選んだのは、
様々な要素を考慮して辿り着いた 順子さんの決断であった。
先述のように、「買い手の心に一生残る特別なドレスを作りたい」というクリエーターとして
思いもさることながら、ウェディング・ドレスであればオーダーメイドなので、
「先行投資のリスクがない」というビジネス面での利点は非常に大きかった。
「注文を受けてから作りますから、在庫を持たずに済むんです。
在庫を抱えるというのはアパレル・メーカーにとっては大きなリスクな訳で、
そのために潰れた会社というのも沢山見てきました」。
アメリカでは、ウェディング・ドレス業界は1年が2シーズンに分かれており、
4月と10月のブライダル・フェアに合わせて、デザイナーは各シーズンの新作を発表する。
そこで小売店のバイヤーが売れそうなドレスのサンプルを購入し、
花嫁は、小売店でサンプルを試着して気に入ったドレスを注文するというのが
ウェエディング・ドレスの販売システムになっている。
これによって、ストア側も、デザイナー側も在庫を抱える必要が無くなる訳である。
しかし、ウェディング・ドレスは気軽に購入するものではないだけに、
「知名度ゼロ」からの参入が非常に難しいのも事実だった。
そこで、順子さんは、まずイヴニング・ドレスを手掛けることからスタートする。
アメリカでは、日本に比べて、一般の女性がイブニングを着る機会は遥かに多い。
そこで、先ず口コミでイヴニングの顧客を獲得し、
その顧客の紹介で徐々にウェディング・ドレスの注文が舞い込んでくるようになっていった。
順子さんがNYのブライダル・デザイナーと肩を並べて ドレスのコレクションを発表するようになったのは、
昨年の春からのこと。
「日常では、すっきりした大人のファッションを好むアメリカ人でも、
ウェディング・ドレスとなると、トラディショナルで、デコラティブなものが主流なんです。
だから、もっとシンプルでシックなラインでアピールしようと思いました」。

素材にこだわるモダンなドレス
順子さんは、今ではシーズン毎に 約25枚のコレクションを発表し、それ以外に数型のイヴニングを手掛けているという。
小売店を通じたオーダー以外に、順子さんのショールームを直接訪れてオーダーする女性も多く、
その場合、女性達は好みのドレスをコレクションの中から選び出し、自分のサイズでオーダーすることになるが、
時に希望に応じて 袖のデザインをアレンジする等、カスタムメイドのタッチを加えるケースもあるという。
多くのデザイナーが、先ずデザイン画を描いてから、パターンを起こすのに対し、
順子さんのクリエーション・プロセスは、素材をボディに当てて、ドレーピングをしていくことからスタートする。
そもそもドレーピングは、順子さんが最も得意とする分野で、自らのブランドをスタートする以前には、
FIT(ニューヨークのファッション工科大学)でドレーピングのクラスを教えていたほどである。
そんな順子さんにとって、ドレープのインスピレーションを与えてくれる素材のチョイスは非常に大切なものであるという。
化繊素材は使わず、使用するのはシルクのみ。それも通常ウェディング・ドレスには用いないようなユニークなシルク素材に加えて、
時にレザーやクロシェなど、従来のドレスの常識を打ち破るような素材を用いるのも順子さんの持ち味である。
シルエットはモディファイドAラインと呼ばれる、マーメイドとAラインの中間が多く、
これはウエストからヒップにかけてはボディ・ラインを強調するタイトなフィットで、
その下からスカートのフレアーが始まるというもの。
スタイルが良く見える上に、ボリュームのあるスカートが主流のアメリカのブライダル業界には
なかなか見られないシルエットであるため、
同ラインは順子さんのシグニチャーであると同時に ベスト・セラーでもある。
順子さんのクリエイトする都会的で洗練されたウェディング・ドレスは、
アメリカのブライダル・マガジン各誌やニューヨーク・マガジンのブライダル特集でも取り上げられる等、
既にメディアからの注目を集めているが、実際にそれらを見て、ドレスをオーダーしにショールームを訪れるのは、
デザイン関係の仕事をしている女性や、弁護士等、バリバリと仕事をこなしているキャリア・ウーマンが圧倒的に多いという。
また、こうした自立した女性達は、順子さんのショールームを訪れる時点で、「どんなドレスが着たいか?」について
クリアなビジョンを持っている場合が殆どであるという。
通常、ドレスの受注は式の5〜6ヶ月前。式の2ヶ月前を切った時点でのオーダーになると
ラッシュ・チャージとして追加料金が掛かるのが、アメリカのブライダル・ビジネスである。
ドレスの仕上げまでには、仮縫いと最終フィッティングをそれぞれ1回ずつ行い、
ドレスの引渡しは式の1週間前。最終フィッティングは式の2週間半前に行うのが普通である。
しかし、妊娠している女性については、短期間の体型の変化を考慮して、
1週間前に最終フィッティングを行うようにしているという。
次の目標は店舗開店
ブライダル市場に従来出回ってきたドレスでは満足できない女性達のニーズを満たす 順子さんドレスであるが、
ウェディング・ドレスとして着用した後は、スカート丈をカットしたり、ドレスを染めに出せば、
その後も長くカクテル・ドレス、イヴニング・ドレスとして着用出来ることも大きな魅力になっている。
これはファッション性が高く、モダンなデザインのドレスだからこそ可能なことである。
先述のように素材にこだわる順子さんであるが、彼女には同時に「全てを自社内で作る」というこだわりもある。
「自分が納得するクオリティをキープするには、それが一番良い方法なんです。
デザインはもちろん、受注、パターン・メイキング、縫製まで、全て私を含めて7人のスタッフでやっています。
いずれ、販売量が増えてくれば、全て社内で という訳には行かなくと思いますが、
とにかくやれるところまでは、社内でやって行こうと考えています。
イタリアで家族経営みたいな小さな会社運営を見てきたことが、今になって役立っています」。
ウェディング・ドレス・デザイナーとして快調なスタートを切った順子さんにとって、
次のステップはショールームに加えて、店舗を持つこと。
既に、ソーホーのスプリング・ストリートに店舗を見つけ、アポイントメント制のサロンとして、
9月のオープンを目途に準備をしている最中である。
さらに、もう1つの目標は、ドレスの取り扱い店を増やすこと。
ショールームにはアメリカ全土の地図が貼ってあり、ボナパルト・ニューヨークのドレスが販売されている都市には印が付けられている。
現時点で その印があるのはロサンゼルス、サンフラシスコ、マイアミ、ピッツバーグ、テキサス。
目標はもちろん全米制覇。そして、日本への逆進出も将来的には考えているという。
「日本に進出するとなると、デザインの面でも見直さなければならない部分も出てくると思います。
アメリカ人女性は『セクシー』なドレスを好みますが、日本の花嫁は今も『可愛い、清楚』が主流ですから…」。
とは言っても 日本でも適齢期がアップしている昨今、自立した日本のキャリア・ウーマンが
順子さんのドレスを着用する日も近いかもしれない。
ボナパルト・ニューヨークのウェブサイト:http://www.bonaparteny.com
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