おむすびカフェ、Oms/bマネージャー

泉 文乃 (いずみ あやの)さん




マンハッタンのミッドタウン、グランド・セントラル駅のすぐ傍に、昨年秋にオープンしたのが テイクアウト中心の小さなおむすびカフェ、oms/b (オムスビー)である。
今や日本食が一般的に親しまれて久しいニューヨークであるものの、 おむすびを知るアメリカ人は殆どいなかったこともあり、 Oms/b は、オープンと同時にニューヨーク・マガジン、ニューヨーク・ポスト紙を始めとする メジャーな雑誌や新聞で紹介され話題となってきたが、 この店のマネージャーとして開店準備から全てを取り仕切ってきたのが、今回紹介する泉 文乃さんである。


留学経験から生まれた おむすびカフェのアイデア

文乃さんがアメリカにやって来たのは大学留学のためだった。 そもそも帰国子女だった文乃さんにとってはアメリカ留学も、ニューヨークで仕事をすることも、ごく自然の成り行きだったという。
「小学校5年生でイタリアに2年、それからスイスに1年。日本に戻ってからもずっとインターナショナル・スクールに行っていましたから、 アメリカの大学に行くのが当たり前という感覚だったんです」。
ニューヨークのアップステートにある大学で文乃さんが専攻したのは心理学。 やがて産業心理学に興味を持つようになり、セカンド・メジャーとして経済学も専攻するようになった。
「最初はカウンセリングに興味があって、オーストラリアにワーキング・ホリデーで働きに行ったりもしていました。 産業心理学に興味が出てきてからは、マーケティングか広告が仕事になってくるので、 大学時代の夏休みには広告代理店でインターンとして働いたりもしていました」。

文乃さんは、大学卒業と同時に Oms/b のプロジェクトに関わるようになったが、 そもそもおむすびカフェというアイデアは、文乃さんから生まれたものだった。
「お寿司はニューヨーカーにあんなに好まれているのに、どういうわけかおむすびは全然見かけないんです。 それで、一時帰国した時に、日本で食品関係の会社をやっている叔母に、 ニューヨークでおむすびを売ったら面白そう、という話をしたんです。 まさか実際に店を出すことになるとは思ってもみませんでしたが、 前からニューヨークに店を出したいと思っていた叔母は、真剣に出店を考えるようになったようでした」。

その話が具体的になりかけた時に起こったのが 9/11 のテロ。ニューヨークは新しい店を出せるような状態ではなく、 当然、おむすびカフェの話は延期されることになった。
「でもその後、私が考えていたおむすびカフェと全く同じものが日本に出来て、もの凄く流行り始めたんです。 それで、立ち消えになりかけていたおむすびカフェ ニューヨーク出店が再び動き出すことになりました」。
丁度その頃、卒業を控えていた文乃さんは、ぜひ自分でおむすびカフェのプロジェクトをやってみたいと思うようになり、 自ら掛け合ってプロジェクトを任せてもらうことにしたのだった。


リサーチと店長教育の日々

卒業と同時に文乃さんが始めたのは、おむすびカフェの開店に向けたリサーチだった。 そこでまずは、あらゆるレストランやカフェに出掛けてニューヨーカーの味の好みや、ロケーションの雰囲気を掴むことに努めた。 その一方で、将来の顧客を知るために、昼間は何社もの日系企業で派遣社員として働いた。
「いろいろなサイズのオフィスで働いて、とても勉強になりました。 職場の人間関係から仕事の仕組みまで、学生では学べない事を教わりましたし、 オフィスに出入りしている弁当業者のこともリサーチしました。 何時ごろに来て、どんなものをどの程度の価格で売ってるか・・・という感じで。 大きなオフィスだと、どこも弁当業者が2店くらい入っているんですが、 かなり手頃な値段をつけているんです。そんなことも、 自分の店の商品価格を考える上で、とても参考になりました」。

とは言っても、文乃さんは、ピカピカの新卒で、ビジネス経験も外食産業での経験もゼロ。 ウエイトレスやレジといった仕事経験もなく、いきなり店1軒の運営が出来るはずもない。 そこで、Oms/b の内装やメニュー開発を依頼していたコンサルティング会社の紹介で、 日本の某大手外食チェーンに数ヶ月、店長育成教育に出向くことになった。
「ウエイトレスからキャッシャー、キッチン、事務、会計、すべてのポジションを経験させてもらいました。 そのときに教わったのが、マネージャーである以上、出来ないことがあってはいけないということでした」。
その他にも、日本人客とアメリカ人客への対応の違い、クレームや特別なリクエストにどこまで応えるべきかという基準など、 実践的なことを次々と学ぶことになった。
「例えば、日本人に比べるとアメリカ人は細かい注文が多いんです。 ソースはここにかけてくれとか、何を入れろとか、入れるなとか・・・。 それにどこまで応えるかということも決めておかなくてはいけないんです。 スタッフ採用の面接についても、実際に経験して学びましたが、 アメリカでは年齢等、法的に訊いてはいけないことがあるので、注意が必要なんです」。
また、ニューヨーク市で食品関係のビジネスをするには市のヘルス・デパートメントの 承認を取る必要があり、そのためには1週間の講座を受け、試験を受けなければならない。 試験そのものは簡単であったが、それを受けるために必要な講座を取る順番待ちが 約2ヶ月もあった。 これら以外にも帳簿がつけられるようにと、ニューヨーク大学の会計学の講座にも通い、 文乃さんは、Oms/b の開店準備が進むと同時に、着々と店長職がこなせるようになっていった。






アメリカ人にもウケるおむすび

そうして、無事開店にこぎつけた oms/b は、ニューヨーカーに大いにアピールすることになる。 開店当初は 日本人客とアメリカ人客は半々だったが、今では7割がアメリカ人客であるという。
Oms/bでは、シャケや梅干といった定番の他に 、スパイシー・ツナ、エビ天、ロブスター・サラダ、 サケ・フライ、ピリ辛エビの具をレタスで包んだシュリンプ・ポップコーン(写真上段中央)といった 10種類以上もの 日本では見かけない創作むすびも販売しており、バラエティに富んだラインナップとなっている。 特にシュリンプ・ポップコーンはOms/b のシグ二チャー・アイテムで、 日本人、アメリカ人を問わず大人気となっているという。
「事前のリサーチで、アメリカ人には見た目が大切ということが分かっていました。 例えば、お寿司がこれだけ流行した今でも、海苔の黒い色を嫌うアメリカ人は多いんです。 でも裏巻きになったお寿司の海苔は平気で食べるので、味が嫌いな訳ではないんです。 ですから、最初は見た目が派手なおむすびを食べていたアメリカ人も、 何回か通ううちに定番の海苔むすびを注文するようになってきます」。

Oms/b では、お米はコシヒカリ、塩は天然塩、海苔も一級品と素材にこだわっているため、 定番おむすびの美味しさは定評があり、日本人客に人気があるのはそうした定番ものになっている。
開店時のメニュー開発は、コンサルティング会社を通して、有名レストランの 日本人シェフに依頼したが、実際に客の反応を見て、メニューから消えたものも、新しく加 わったものも沢山あるという。
「予想に反して受けなかったのがパストラミ。日本人には受けないだろうとは思ってましたが、 アメリカ人も、おむすびを食べに来るのにパストラミを選ぼうとは思わないようです。 それからスパム。スパムを使ったお寿司とかおむすびとはハワイや日本で ちょっと流行していたのですが、ニューヨークではスパムはジャンク・フード扱いで、好まれないんですね」。

逆にちょっとしたアイディアから工夫をかさねて新たに誕生したものも数多くある。
例えば、意外に人気が高いのがベジタリアン向けのひじきのおむすびで、これは海苔の代わりに 黄色い大豆シートが巻かれたもの。また、アメリカ人客の度重なるリクエストから生まれたものには 「わさび ジンジャー」のおむすびがある。
「アメリカ人にはおむすびとお寿司の区別がつきにくいんですね。それで、よくリクエストされるのがお醤油、 お寿司についてくるわさびとショウガ(ジンジャー)なんです。 お寿司とは違うので、そういうものは使わないと説明していたのですが、 どうしてもという方には醤油はお出しするようにしていました。 でも、そんなにお客様のリクエストが多いなら・・・ ということで わさび ジンジャーのおむすびを作ってみたのですが、 人気メニューになっています」。

Oms/b では、毎週のように増えているおむすびの新メニューに加えて、 お惣菜、シュークリームやゴマ・パンナコッタ等の手作りの甘味メニューも増えており、 これからも商品のバラエティはどんどん増やして行く予定だという。 ビジネスも開店以来、順調に伸び続けており、 現在は他店への卸売りや、イギリスへのフランチャイズ計画も検討中。 さらに近い将来、ダウンタウンへの出店も考えているとのことで、 ダウンタウン店は、現在のようなテイクアウト中心のスペースではなく、 もっと席数を増やして、カフェとしての機能を充実させたいという。
「ニューヨーカーは好奇心が旺盛なんですよね。 一目見ただけでは おむすびが何だか分からないはずなのに、とりあえず試してみるんです。 それだけに、ニューヨークならダウンタウンでも、アップタウンでも、 同じように新しい味を受け入れるオープンさがあると思っています」。

Oms/b
156 East 45th Street, New york, NY 10017
Tel:(212)922-9788