スチューベン・ニューヨーク店コンサルタント

斎藤 緑さん




アメリカ東部生え抜きの高級クリスタルのブランド、スチューベンといっても、あまり馴染みがないかもしれない。
木村拓也と松たか子主演のドラマ「ラブ・ジェネレーション」のタイトル・バックに使われていたクリスタルのリンゴのメーカーといえば、 思い出す人も多いだろう。
斎藤緑さんが働いているのは、欧米の高級ブランド店が軒を連ねるマディソン・アベニューにあるスチューベン本店。 職人芸の極致を見せる高価な作品がディスプレイされた店内は、ちょっとしたミュージアムのようだ。
「入社した時にまず工房の見学に行ったんですが、アメリカ人があまりに細かい 器用な作業をしてることに驚きました」。
緑さんは、ニューヨーク生活11年目。昨年の夏まではメッシュのレザー・バッグで有名なボッテガ・ヴェネタのソーホー店で 店長として勤めていた。ニューヨークで働くようになったきっかけは運命のいたずらとしか言い様がない。
11年前、旅行でNYを訪れた緑さんは 当時友人が勤めていたボッテガ・ヴェネタのブティックを訪れた。そして たまたまそこに居合わせた社長に「ワーキング・ビザを出すから働いてみないか?」と唐突に言われたのだ。 仕事を探しに行った訳でもなければ、もちろん履歴書など見せた訳でもない。 緑さん自身、今もなぜ誘われたのか不思議だという。
当時の緑さんは日本の子供服メーカーに勤めて12年目。 女性初の営業職から、デコレーター、マーチャンダイザーへと着実にキャリアを積み上げてきていた。 一方、ビザのサポートはしてもらえるとはいえ、ニューヨークでの仕事は時給10ドルのヒラの販売職。 周囲は反対したが、緑さんは新しいチャンスに思い切って飛び込むことにした。1992年のことだ。

そうしてニューヨークには来たものの、先ず簡単に取れそうに思えたビザでつまづいた。
「会社が紹介してくれた弁護士にだまされて、1年近く待った挙げ句に ワーキング・ビザが取れないことが分かったんです」。デザイン専攻短大卒の緑さんの場合、 販売員職でHビザ(一般にワーキング・ビザといわれるビザ)を取るのは不可能なのだが、 そんなことは全く知らされず 料金だけを騙し取られた。
「でも、社長がもう一度やってみようと言ってくれて、今度は他の弁護士を通じて永住権(グリーン・カード)を申請して、3年掛かりで取得しました」。 (注*移民法が改正された現在では、ビザ無しで仕事をしながら永住権の取得を待つのは ほぼ不可能です。)
グリーン・カードを取得する頃には、緑さんは英語にも仕事にも慣れ、売り上げトップの成績を上げるようになっていた。 どこの世界でも一番物を言うのはレジュメの肩書きよりも実績。会社が費用を負担してビザや永住権の申請をサポートするのも、 そんな彼女の実力を認めていたからこそと言える。
「在庫の状態を常に頭に入れておいて、お客様を待たせないように商品は走って取りに行く」フットワークと熱意で勝ち取った成績が認められ、 1997年には店長に就任することになる。 しかし、他の販売員を抜いて売り上げトップになることよりも、彼らを管理する立場になった方がずっと苦労が多かったと緑さんは語る。
「何度も同じことを言わされるし、自分で問題を解決しようとしないんです。何か起こると、すぐ マネージャーを呼べ ですからね」。
アメリカの移民の間では永住権が取れると、もっと有利な職場に転職するというのが半ば常識のようになっているが、 緑さんは勤め続けた。そして昨年、9年目にして辞めるきっかけとなったのは、グッチによるボッテガ・ヴェネタの買収だった。
こうしたブランドの買収があると、遅かれ早かれ店長を含むほぼ全スタッフの解雇、入れ替えがある。 緑さんは、これが転職の良い機会だと考えたのだ。「これまで、社長に義理を感じて勤め続けていたのですが、 もうファッション業界にうんざりしている部分もありましたし、違った事をしてみようと思ったんです」。

ニューヨークの小売業界は広いようで狭い。有名ブランド店の販売職は業界内で絶えず動いており、 優秀な販売員の引き抜きも多い。「新しい職はすぐに見つかるだろう」と思い、とりあえず仕事を辞めて、 骨休みの休暇を日本で過ごしている最中に起こったのが9・11のテロ事件だった。 「とにかくニューヨークに帰らなきゃと思って・・・」周囲の反対にも耳をかさず、 飛行機の運行が再開されたのと同時にNYに戻ってきた。
しかし、その頃のニューヨークの小売業界は本腰を入れて職探しができる状況ではない。 とりあえず つなぎのアルバイトとして勤めたのがミート・マーケット・ディストリクトの 高級ブランド・セレクト・ショップ、ジェフリーだった。
ジェフリーは、高級ブランド品ばかりを幅広く取り扱って人気を得た店で、それだけに販売競争も激しい。 一般にファッション・ブランドの小売店では基本給に、数%の売り上げ歩合給が加わるのが普通だか、 ジェフリーのシステムは「ストレート・コミッション」と言われる完全歩合制。 売れなければ収入はゼロであるが、その分コミッション率は6〜10%と非常に高く、 成績の良い販売員なら年収10万ドル(約1200万円)以上を稼ぎ出すことも可能だった。 店側は何人販売員を雇ってもリスクはないので、販売員の数は多く、当然 「唖然とするようなえげつない」客の取り合いが 販売員の間で繰り広げられる。 そうした中、ここでも緑さんは2週間で売り上げトップに踊り出た。
「収入は今の2倍はありましたけど、ずっとやっていこうと思える仕事ではなかったですね」。

そうこうしているうちに、今年3月に友人の紹介でスチューベンへの就職が決まった。
スチューベンの商品は、安いもので数百ドル、中心になるのが数千ドルの商品。 車や家が買えるような値段の商品も少なくなく、顧客は6割が企業。 1回の購入金額が数万ドルになることもある。 同じ販売職といっても、ファッション・ブランド品とはかなり性質が違う仕事だ。 店頭の販売員というより、メーカーの営業に近い仕事と言える。
給与はコミッションなしの完全給料制で、各自が目標を設定し、定例ミーティングで結果が評価される。 「教育レベルも、常識レベルも、販売スタッフの質の高さは ファッション業界とは比べ物になりません」。
それだけに雇用には慎重で、緑さんの販売能力を買ってのリクルートだったにも関わらず 正式に採用が決まるまで、審査には4ヶ月も掛かった。
「一番のネックになったのは 私がアメリカ人並みに英語をが話せないということだったようです」。
緑さんのポジションは日本企業顧客への販売促進が中心だが、アメリカ企業の中では、そうした言い訳は通じない。 日本語なまりがあるだけで 言っていることを信用してくれない顧客もいるという。 ファッション・ブランドの仕事に比べ、電話でのセールスも多く、顔の見えない電話では日本語なまりのある英語は 特に不利だ。
「英語の話せる者に代われ」と相手にもしてもらえない屈辱を味わったこともあるが、 そうした差別的な客に腹を立ててはいけない。そういう客から信頼を勝ち取るまでにしていくのが営業の腕の見せ所だという。
最初は緑さんの英語能力に懐疑的だったスチューベンのセールス・マネージャーも、緑さんの販売実績が上がるにつれて信用してくれるようになった。 ここでも物を言うのはひたすら実績だ。販売現場というのは扱う商品の種類に関わらず、 いくら売り上げたかの販売実績優先の平等な職場だと言うこともできる。
スチューベン・ニューヨーク店といっても在ニューヨークの顧客だけを相手にしている訳ではない。
これからは日本や香港を中心にアジアにもビジネスを広げていくのが緑さんの目標だ。
「品質は最高なのに、日本での知名度が今ひとつのスチューベンのブランドをアピールする」のが当面の課題だそうだ。