ケーキ・デザイナー

小林未来さん 




アメリカの結婚式ではウェエディング・ドレスと同じくらい重要な位置を占めるのがウエディング・ケーキである。
アメリカでは結婚式の費用は伝統的に新婦側の負担になっていることもあり、フラワー・アレンジメントから ウェディング・ケーキに至るまで、結婚式の詳細を取り仕切るのは花嫁本人。 ことにウェエディング・ケーキは、パーティーのセンター・ピースになると同時に、 新郎新婦がケーキを互いに食べさせ合うセレモニーの後、デザートとしてゲストが味わうという大切なもの。
そのデザインも精巧なシュガー・クラフトで飾られたもの、花をちりばめたロマンティックなもの、 シャープでモダンなイメージのもの等、花嫁の個性とセンスが現れる重要なポイントになっている。
だから花嫁はドレスのイメージに合わせたり、会場のインテリアとテーマを揃えたデザインを選ぶなどして、 そのこだわりを見せると同時に、ゲストを楽しませることも考えてケーキのプランをすることになるが、 これは式場のお仕着せのウェディング・ケーキに、写真撮影のための入刀だけを行なう日本の結婚式とは全く異なる点である。
こうしたアメリカのウェディング・ケーキを作成するのは、シュガー・クラフトの技術をもつケーキ・デザイナーで、 花嫁と打ち合わせを重ねながらオリジナルなケーキを作り上げていくことになる。

小林未来さんは、そうしたケーキ・デザイナーの1人。
ウェディング・ドレスの色と質感に合わせたリボンのあめ細工、 ため息の出るような細かいレースを立体的に搾り出したクリームの装飾など、 いかにも花嫁が好みそうな繊細なデザインが未来さんのシグニチャー・スタイルとなっている。 「小さい頃から手先が器用で、高校生の頃は歯医者さんになろうと思っていたんです。」
ところが、歯科大の受験に失敗。滑り止め入った大学の数学科で4年間を漫然と過ごし、 卒業近くなってもやりたいことは一向に決まらなかった。銀行に就職が内定したものの、内定者の集いに出席しただけで 自分には生真面目な銀行の仕事は向かないと嫌になった。
「数学科というと教師になるケースが多いんですけど、教師にもなりたくなかったし、とりあえず いろんなところに行ける職業ならいいかもと思って…」と 彼女が受けたは日航の入社試験だった。本当はパイロットになりたいと思ったが、女性の採用はなかったので スチュワーデスに応募。何のコネもなく、ダメもとで受けた試験だったが 採用された。 「数学科卒っていうことが珍しくて覚えてもらえたみたいです」
その後国際線のスチュワーデスとして3年間、世界各地に飛んだが、花のスチュワーデスの仕事も面白いとは思えなかった。 「何だか違うなぁ」と思い続けていた頃、ニューヨークで現在のご主人と出会ったという。
翌年、ニューヨーク在住のご主人と結婚するためニューヨークに移住。 スチュワーデスの仕事を辞めるのには少しの未練もなく、結婚後はすぐに子供が出来た。 そして乳児を抱えて、マンハッタンのアパートにこもりがちな生活をしている頃に出会ったのがケーキ・デザインの世界だった。
「雑誌で見て、興味を持ち始めて、色々と読んでいるうちに今活躍している人達は、 ほとんどが独学で技術を学んだということが分かってきました」と未来さん。 シュガー・クラフトを用いたケーキ・デコレーティングはパティシェの領域と思われ勝ちだが、 有名なケーキ・デザイナーにはパティシェ出身の人は意外に少ない。それなら自分でも出来るのでは?と思い、 専門書や専門誌を頼りに自分でシュガー・クラフトの真似事を始めたが、もともと手先が器用だっただけに 見よう見まねでも それなりに形になり、子供のために作ったバースデー・ケーキは周囲の人々の絶賛を浴びることとなった。
「今思えば恥ずかしいようなものだったんですけれど、主婦って誉められることが少ないじゃないですか。 だからすごく嬉しくてその気になったんですよね」。

そこで本格的にケーキ・デザインを学ぼうと、当時 マンハッタンで唯一、 専門的なケーキ・デコレーティングのコースがあったピーター・カンプス料理学校に通い始めた。 「独学で学べないものではありませんけど、学校は技術を身につける近道です。例えば、1人でやっていたときは、 毎回試行錯誤していたアイシングの硬さを一瞬で決める方法が 呆気ないくらいに分かったりするんです。」
学校に通ったのは約2年。在学中からコンテストにも応募するようになり、1998年には ニューヨーク・エリアで開催されるシュガー・クラフトのコンテストとして最も権威のある サロン・オブ・カリナリーアート・ニューヨークのコンテストで優勝を果たした。
しかし、この世界は学校を卒業して コンテストでメダルを取ったからといって、 すぐにケーキ作成の注文が入るわけではない。 カスタムメイドの世界なので販促方法は口コミがすべて。 初めて売り物として注文を受けたのは、子供向けのバースデー・ケーキだった。
クライアントからのリクエストはポケモン。 ケーキ・デザイナーの出番は結婚式だけではない。バースデー、各種記念パーティーなど、あらゆる祝い事のオケージョンで、 子供から大人まで、アメリカ人は実にケーキのデザインにこだわる。
例えば、ゴルフ好きの男性の誕生日には その男性の愛用するゴルフ・シューズそっくりのものを シュガー・クラフトで作ってケーキのデザインに組み込んでほしい といったリクエストもある。 ミニチュア・モデル作成もシュガー・クラフトの技術のうちなのだ。
未来さんがポケモン・テーマで作成したケーキは、30体ものポケモン・キャラクターを シュガー・クラフトで本物そっくりに作り、ファンキーなデザインに仕上げたもの。 「最初は値段をつけるのがなんだか気後れして、いくらにしていい分からなくて…」価格は150ドル。 ケーキ1台に2万円近くと思うかもしれないが、デザイナーズ・ケーキとしては破格の安さで、 材料費と手間賃くらいにしかならない値段だ。
カスタムデザインのケーキの価格は、細工の凝らない、ごく安いもので1人前8ドルくらいからで、 ウエディング・ケーキなどは100人前以上分になることが多いので、 最低でも1台千ドル近くにはなる。バースデーなどの小ぶりなケーキでも 300ドルから500ドルになるのはごく普通のことである。
現在の未来さんのケーキの価格は、デザインにもよるものの 1人前当たり15ドル前後が中心。 有名なデザイナーになると1人前20ドルということもあるので、 ウエディング・ケーキとなると2千ドル、3千ドルを超えることも珍しくない。 芸能人など 招待客の多いパーティーともなれば1万ドルを超えるケーキがオーダーされることもあるのだ。
だが それだけに手間も掛かるのは言うまでも無いこと。ウエディング・ケーキのような大仕事になると 1台を仕上げるのに2週間は掛かる。しかも食べ物なので、どうしても納期直前に作業が集中し、 最後の2日は徹夜覚悟。かなり労働集約型の商品である。
「1つ1つデザインも、必要なパーツも全て違うので、人に任せたり下請けに出したりということができないんです。 アートは儲からないっていうことですよね」。

それでも、今、未来さんのビジネスは着実に伸びてきている。昨年からはセントラル・パーク・サウスの インターコンチネンタル・ホテルのウエディング・ケーキを担当するようになった。
「昨年の春、インターコンチネンタルのシェフから突然電話が掛かってきたんです。 ホテルで式を挙げるお客様が私のケーキをリクエストしてくれたということでした」。
その時に作ったケーキがホテル側に認められ、仕事を回してもらうようになったのである。 地道な努力による口コミが大きなチャンスを開いてくれた訳だ。
ウエディング・ケーキの注文が入ると、まずクライアントであるカップルと打ち合わせを重ね、 デザイン、ケーキの中身などを決めていく。 写真やドレスを見せながら具体的に注文を出すクライアントも居れば、漠然としたイメージだけを持っているクライアントも居る。 それを理想のケーキに仕上げていくのがケーキ・デザイナーの仕事だ。
作成は土台になるケーキ作りから細かいアイシングの装飾パーツまで全て手作り。 台になるケーキはイギリスではフルーツケーキ一辺倒だが、 アメリカではバター・ケーキ、チョコレート・ケーキ、キャロット・ケーキなどが多い。
「シュガー・クラフトはイギリスが本場なんですが、アメリカのシュガー・クラフトは独自に発展していて、 土台は日持よりも、食べて美味しいということに重点を置いています。 デザインもアメリカの方が自由でバラエティに富んでいて、シュガー・クラフト・ケーキとしては本場を凌いでいると思います」
細かいパーツを1つ1つ夜なべで仕上げ、組み立てて完成させたケーキを運搬するのも大仕事だ。 大きなウエディングケーキの搬送用の箱など存在しないので、ダンボール箱を利用して自分で箱を作成する。 デコレーションが安定するように重めに仕上げた土台をバタークリームやマジパン、 アイシングで覆ったケーキは軽やかな見かけとは裏腹に 腰が抜けるほど重い。 ケーキが傷つかないよう細心の注意を払って運搬するが、ホテルに納入するまで全く気が抜けないという。
運搬中に装飾パーツが壊れたり、落ちたりする事故に備えて、予備のパーツと糊の役割をするアイシングは必需品。 「この仕事って、ハンディマンみたいなところも多いんです」と未来さん。

食べてしまうことによって消え失せるアートであるケーキ・デザインを商売にしていくには、 それなりのビジネス・センスが必要とされる。
ケーキとはいえデザイン性の高い分野なので流行の先端を行くデザインに敏感であることも重要だ。
「一時期一世を風靡したパステル調の花を山盛りにしたタイプのデザインは今は完全にアウトです。 実はあれは作る側にとってはごまかしがきいて楽なんですけどね。 今はシンプルラインが主流です」。
形は丸よりも角。アシンメトリーな形も流行中。 ちなみに、まるでピサの斜塔のように傾いたバランスのケーキを「ウィムジーケーキ」と称してコピーライトを取っているケーキデザイナーもいるそうだ。
未来さんの将来の目標は自分のブランドとデザインを確立して、ある程度の量産を可能にすること。 「オーダーメードのケーキはやりがいはありますが、1つ1つに手間と時間が掛かり過ぎて どうしても高価になってしまいます。 ですから将来は、パターンを幾つか作って、もっと買いやすい価格のセミ・オーダー方式の商品も作りたいと思っています」。
さらには店舗をもつことも長期的な展望として考えている。
「ミニケーキとか、季節や行事にあわせてデコレートしたクッキーとかスタンダードな商品を、物凄くセンスの良いパッケージに入れて売りたいと思っています。 アメリカではお菓子そのもののデザインに加えて、パッケージがとても重要なんですよね」。