Real Real-Estate Story in Brooklyn, NY
by Keiko Matsumura


ブルックリンを舞台にした不動産の実話コラム by 松村 京子

Vo.8 July. 2015




前回の記事で、「ニューヨークの不動産は購入と賃貸ではどちらがお得?」について書いたけれど、 恐らくそれを読んでくださったニューヨーク在住の方は 「あっと言う間にニューヨークに長く暮らしてしまったけれど、 それなら不動産を買っておけば良かった!」とか、「もし今のお値段になるって分かっていたら、何年も前に買っていたと思う・・・」、 もしくは「不動産が買えるような経済状態なら、人に言われなくても とっくの昔に買っていた!」などと思った方が少なくないのでは?
多くの人は不動産購入というと、人生設計の重要な一部のように考えがちであるけれど、実際に不動産を買っている人、 特に比較的若い時点で1件目を購入している人というのは、私のコラムの第1話に登場したシャーロットのように、 成り行きや、勢い、運や縁で、買ってしまった、買えてしまったという人が非常に多いのが実情。 何故私がそう言い切れるかと言えば、私が実際にそうであったから…。
そこで今回は、不動産というものが実は深く考えたり、先の事を危惧しながら購入するものではなかったりする… というストーリーを 自らの経験からお話します。





今となっては不動産ブローカーをキャリアにしている私だけれど、私が最初に不動産を購入することになったのは、不動産エージェントにそそのかされたから。 というのは冗談だけど、不動産を買うということが、一体どういうことだから分かっていかなったから。 不動産屋さんが言うことに納得して、ハイハイと返事をしていたら 物件を買う状況になっていたというのが実情。
「不動産エージェントの言うとおりにしていたら、ニューヨークでも不動産が買えたりする訳?」、 「不動産に関してはエージェントはプロなはずだから、とりあえずは言う通りにしていれば大丈夫かなぁ…」程度の短絡的な考えしかなかったから、 「賃貸と購入はどちらが得か?」とか、「この物件は将来値上がりする?」というような コスト・パフォーマンス的なことは 一切考えていなかったどころか、 考える必要があることさえ 知らなかったのだった。(汗) 
今、当時の話をすると「まさかぁ!それは大袈裟に話してるだけでしょ?」とか、「大人として人生で大切な決断を下したんだから、 何か意図や目的があって購入に至ったんでしょ?」と言われるけれど、正直なところ 冗談抜きで、それまで不動産購入を 真剣に考えたことなど全く無かったのに 購入に至ってしまったのだった。

私が初めて不動産を購入したのは、社会人1年生の年。その時のことで記憶にあるのは、「会社って、どうしてこんなに辛いの?」、 「大学を卒業したら もう勉強しなくて良いと思っていたのに、何で毎日こんなに勉強する事ばかりなの?」、 「どうして 毎日が試験の連続みたいなの?」と、往復の通勤時間に仕事の辛さだけを痛感する涙の日々。 やがて入社から1年も経たないうちに、やっと落ち着いたと思っていた1人暮らしのアパートを出て行く羽目になったのだった。
というのも、オーナーの家族がNYに戻ってきて、私が借りていたアパートに住みたいのだそうで、立ち退きを言い渡されたけれど、 当時、とても素直な日本人だった私は、「出て行って欲しい」と言われて、 「ハイっ、すみません!直ぐに出て行きます」とあっさり返事をするような有り様。 当時の私は 会社の仕事以外の事を考える余裕など無かったので、リースが切れる前にアパートを出て行けと言われて、 「それは、困る」とか、「No」と言う権利があることは、全く頭に浮かばなかったのだった。



アパートを出て行くということは、次に住む場所を見つけなければいけないということ。 そこで、「不動産エージェントにお願いして、アパートを見つけてもらおう」と思ったけれど、どの不動産屋さんに連絡をしても全く拉致が開かない。 皆揃って、「何か良い物件があったら連絡しますね」と言ってくれるので、未だその頃、お人好しの日本人だった私は、 「きっと何か探して連絡してきてくれるに違いない」と信じていたのだった。(甘いっ!)
でも後から考えれば、不動産屋さんは私のレントのバジェットが安過ぎたので、誰も相手にしてなかったのだと思う。 私の希望は月$1100~1200程度のレントだったけれど、当時1994年のマンハッタンで、 そのお値段のまともなアパートを探すのは至難の業。
なので、マンハッタンのありとあらゆる不動産屋に連絡しても 全然ダメで、「ならば自分で…」と 何度も週末をアパート探しに費したけれど、気に入った物件を見つけて 申し込みをしようとすると、 必ず「既に借り手がつきました」と言われてしまう。 昨日見た物件を、今日申し込んでもダメ。午前中には賃貸可能だった物件も、仕事が終わってから申し込みに行くと、 やはり借り手が決まった後。
「嘘だ!嘘に決まってる!」と被害妄想になりかけたけれど、 同時に浮上したのが「ニューヨークで仕事をしているからニューヨークでアパートを必要としているのに、 仕事をしていてはアパートを見つけることができないの? 何ですか、それ?」という疑問。 「だったら住むところを探してから、仕事を探さなければならない訳?」と、 「卵が先か、鶏が先か?」のような押し問答をすることになったのだった。





当時の私は、その頃住んでいたマンハッタンのアッパー・イーストサイドにとてもこだわっていて、 それというのも、「日本人は安全の為にも、絶対にアッパーイーストに住むべき」と会社の日本人に口を揃えて言われていたため。 なので当時は、「アッパー・イーストに住んでるのは まともな日本人で、 チェルシーや、ユニオン・スクエアに住んでいるのは、わざわざ危険を選ぶ日本人」などと考えていたけれど、 今から思えば、それはとんでもなく おかしな話。
そんな時に、アメリカ人の友達が「会社がウォール街にあるなら、絶対にブルックリンが便利だよ」とアドバイスをしてくれた。 ふと気付くと、当時の私は入社から10ヶ月程度が経過していたけれど、マンハッタンの島から一歩も出ていない。 なので日本で80年代末に放映されていた「ニューヨーク恋物語」で、桜田淳子のキャラクターがブルックリンに住んでいたのを思い出して、 「だったらブルックリンにでも行ってみようか?」と考えて、 早速、マンハッタンに一番近い ブルックリン・ハイツに出向いたのだった。

そして、そのエリアで目に留まった不動産業者のオフィスに行き、 「$1200以下のレントで、一人暮らしがしたい」という希望を伝えたところ、カーボーイ・ハットにカウボーイ・ブーツ姿の オジサンが スタジオとワンベッドルームの2軒のアパートを見せてくれたのだった。

オジサンによれば 「買いたければこれ、購入も可能だよ」とのことだったけれど、 「いいえ、賃貸です」と断ったつもりだった私。 でも「ダウン・ペイメント(頭金)は20%で、あとはローンを組めばいいんだよ。仕事をしていたら誰でもローン組めるからさ、買ったらいいよ。 いい銀行の人を紹介するから!」というオジサンの説明を聞いて、 私は「う~ん、ローンね。それでダウン・ペイメントって何?」という程度の悪さ。不動産購入の知識以前に、 頭金という言葉が英語のボキャブラリーに無い情けなさなのだった。



でもオジサンの説得を聞いているうちに、「何だか分からないけど、買えば 住む場所が自分のものになる。 そうしたら、他人の都合で追い出されて、その度にアパート探しで苦しむ必要もない。だったら買ってしまった方が…」 という気になってきた。 そこで、オジサンに「今のアパートを2ヶ月後には出なければならないから、それまでに購入できるなら買います」って言ったはいいが、 その時の私にとっての最優先課題は賃貸&アパート探しの苦しみから逃れること。 「突然追い出されて、その度に引っ越すのだけはまっぴら!」と考えたからで、果たして自分が買おうとしているアパートが 相場と比較して高いか、安いかとか、一般的に広いと見なされるのか、 そうでもないのか、その立地が良いのかなど、物件に関する知識や考えはゼロ。

いざ購入の段階でも、頭金こそは親に借金をして用意したものの、その後も 不動産購入するのに弁護士が必要だとか、 ローンを組むのにモーゲージ・ブローカーが要るとか、 コープの購入にはコープの申請してから 面接があること、購入価格以外にも様々な費用がかかるということは、 実際にそれらをこなしながら学んだことばかり。
そして、ニューヨークで不動産の受け渡しの日を「クロージング」と呼ぶ事や、 クロージングが大体2時間程度で済んで、本人がその場に行かなくてはならないという事を知ったのは、クロージングの当日。
「クロージングに行くので、2時間くらい席を外す」ということを、職場の人にも伝えたところ 皆に「コングラチュレーションズ!」と言われることも初めて知ったのもその日。 その後、アパートの鍵を持ってオフィスに戻ると、皆が喜んで 握手を求めてきたり、「よくヤッタな~」みたいにハグをしてくれて、 「そうか、これっておめでたいことなんだ」と悟ったのもその時なのだった。
なので買った不動産の値段が上がることなど、私の脳裏をかすめさえしなかったのは言うまでもないこと。 まさかその物件が 数年後に4倍近くの価格で売れることなど、知る由も無かったのだった。





そんな私が今、みなさんの不動産賃貸、購入のお手伝いを職業にしてるのだから人生とは分からないもの。
でもこんな経験がある私だからこそ「本当に貧乏なんで、購入なんて無理ですよね?」という人や、 「不動産のことなんて、何も知らないんです。どんなのが良いかとか、欲しいかも分からない」と、 本当に予備知識ゼロの人がやって来ても、 「最初に不動産を買った時の私のよりも10倍まとも!」と思えてしまう。 加えて「恥かしいほど何も分からない、知らない」という人の気持もよく理解できるけれど、 私に言わせれば「分からないことを恥かしい」と考えているだけでも、恥かしいレベルではないのだった。

分からない事を一つずつクリアして購入に及んだ経験がある私だからこそ、 どんな人もその気になれば不動産の購入が可能だと考えているし、 買う気はあって何も知らない人や、直ぐに買う気が無くても「将来ひょっとしたら…」と考えている人が 来てくれれば、いつでも歓迎して相談に乗ったり、いろいろな説明を出来る限り分かり易くするように心掛けているのだった。
そうしながら、1人でも多くのニューヨーク在住の方、またはニューヨークに住まなくてもニューヨークで不動産投資をしたいという方たちのお手伝いをして、 クロージングの日に、弁護士やモーゲージ・ブローカー、コープの人、バイヤー、セラーと一緒に、「コングラチュレーションズ!」と 握手をしたり、ハグしたりして、喜びを分かち合って、 一つのことをやり遂げた達成感や感激、幸せを沢山の人とシェアできたら…と思っているのだった。


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Will New Yorkでは、不動産投資を学ぶニューヨーク1人旅パッケージをご用意しています。 Will New Yorkの宿泊施設にご滞在いただき5泊7日のご滞在スケジュールの中の1日をオープン・ハウス・ツアー、及び 松村京子さんとのレクチャー・ディナーで、ニューヨークの不動産投資について学んで頂くパッケージです。
フリー・タイムは、ディナーやエンターテイメントのアシストがありますが、デイタイムは 不動産投資に適したエリアを中心に見て回っていただいたり(ガイドが必要な場合は手配が可能)、 ディナーも新開発のビルが立ち並ぶエリアや、不動産価格が上昇しているエリアの ホットなレストランをチョイスしてお連れすることになります。
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★執筆者 プロフィール ★
松村京子 不動産ブローカー。
千葉県出身、1988年渡米。コネチカット州立大学のビジネス専攻、卒業後、ニューヨークにある日系証券会社に9年間勤務。 ニューヨークの不動産賃貸マーケットの値上がりを察知し、1993年に居住目的の不動産を購入。 その自身の不動産購入がきっかけで、ニューヨークの不動産マーケットに興味を持つようになる。
9・11のテロをきっかけに、オフィスと自宅の行き来だけでニューヨークに住むのではなく、もっとニューヨークらしさが満喫できる仕事がしたいと考え、 大手不動産会社、Corcoran Group / コーコラン・グループに入社。以来、日本人だけでなく、 諸外国のクライアントを抱え、不動産ブローカーとして活躍。
現在ブルックリンでセラピー犬と暮らし、動物保護のボランティアにも熱心な毎日を送っている。

松村京子さんへのお問い合わせ先: kei@corcoran.com


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