The Last Christmas for George Michael
53歳でクリスマスの日にこの世を去ったジョージ・マイケル、
ブリティッシュ・ポップスターのトラブル・ライフ

Published on 12/26/2016



2016年12月25日に心不全のため、この世を去ったのがブリティッシュ・ポップスターのジョージ・マイケル。
ベッドで眠ったまま死亡している彼を発見したのは、彼のボーイフレンドでありヘア・ドレッサーのフェイディ・ファワツで、 警察は彼の死に何ら不審な点は無いとして、自殺やドラッグのオーバードースなどの可能性を否定するコメントをしているのだった。
近隣の人々によれば、昨今の彼は体重が増え、常に疲れて見えたというものの、 90年代にダンスミュージックで一世を風靡したプロデューサー、ナイル・ロジャースによれば、 彼は2017年に公開予定のジョージ・マイケルのドキュメンタリーの製作中で、死去の2日前に彼の自宅を訪ねたばかりであったとのこと。
ジョージ・マイケルの早すぎる突然の死は、世界中のファンにショックを与えており、彼のファンはもとより、 マドンナ、エルトン・ジョン、マイリー・サイルスなど、世代の異なるミュージシャン達から追悼のメッセージや ツイートが寄せられていることが伝えられているのだった。


ポップ・スターとしての活躍



ポップ・アイドル・デュオ、Wham!/ワム!のメンバーとして、80年代にデビューしたジョージ・マイケルは、 当時のカルチャー・クラブ、デュラン・デュランなどと共に、一躍ブリティッシュ・ポップ・ブームを世界に巻き起こした存在。
MTVが若者の人気を集め、ヒット曲の誕生にミュージック・ビデオの存在が欠かせない時代に登場した ワム!は、その軽快なポップ・ミュージックとルックスで人気を集め、中でも 「ウェイクミーアップ・ビフォア・ユー・ゴーゴー」は、彼らにとって初めてビルボードのNo.1に輝いた大ヒット曲。
そして、彼らにとってもう1つの代表的なヒット曲「ケアレス・ウィスパー」のリリースを前後して、ワム!のパートナー、アンドリュー・リッチリーと別れ ソロとなった彼は、その後ネオ・アコースティックのヒット曲 「Faith / フェイス」とそのアルバムで 押しも押されもしないスーパースターとしての座を獲得。 その後も「ファーザー・フィギュア」、「アイ・ウォント・ユア・セックス」、「フリーダム 90」等 数々のヒット曲を飛ばし、 全世界で1億枚のアルバムを売り上げるヒット・メーカーになったのは80〜90年代の音楽シーンをフォローしていた人々には 周知の事実なのだった。



多難なプライベート・ライフ



しかしながら、ジョージ・マイケルの私生活は90年代前半から波乱に富んだもので、 デビュー以来ゲイであることを隠して音楽活動をしてきた彼は、 1993年に 彼が生涯で最も愛したと言われるブラジル人ボーイフレンド、アンセルモ・フェレッパを AIDSが原因の病で失い、その精神的なショックから立ち直るのに3年を要したとのこと。
次に彼を襲った不幸は1997年の母親の死去で、やっとボーイフレンドの死から立ち直った直後に母親を失った彼は、 「自分が呪われていると思った」と友人に語っており、再びうつ病状態に舞い戻ってしまったという。
やがてその翌年1998年には、ビバリーヒルズの公衆トイレで、覆面警官に対して淫らな行為をしたとして逮捕されており、それ以前から ゲイであることが噂されてきた彼が、初めて公にそれを認めたのがこの逮捕の直後。

その後の彼の人生は、ドラッグとの闘いの連続で、2006年にはドラッグの所持で逮捕され、2010年に自らが運転するレンジローバーで、 ストアに突っ込んだ際には刑務所に拘留され、その後14日のデトックス・トリートメントを受けた後にジョージ・マイケルが認めたのは、 睡眠薬の中毒になっていたということ。
2011年にはメディアを通じてクラック・コカインの中毒になっていたことも認めた彼は、一時は ドラッグから足を洗ったかのように思われていたものの、2015年に 親しい友人で、元スパイスガールズのメンバーであるジェリ・ハリウェルのウェディングに欠席したことから、 再びドラッグ使用が疑われ、それと時を同じくしてジョージ・マイケルはスイスのチューリッヒにある 超高額リハビリ施設に3か月滞在。
その滞在理由は一切明かさなかったものの、この施設は薬を使わないナチュラルな手法でアルコール、ドラッグはもちろん、ギャンブル、セックス中毒までもを治療すると謳うクリニックで、 その費用は1か月で約4000万円。目下メディアではクリニックでの3か月で 彼が一体何のリハビリを受けていたのかが憶測を呼んでいるものの、 彼の死因である心不全は、過剰なアルコールと喫煙といった彼のライフスタイルに加えて、彼が長年闘ってきたコカイン、睡眠薬をはじめとする処方箋薬などの ドラッグが彼の身体を痛めつけていた結果であるという説が有力となっているのだった。



死の直前とその後のリアクション



ジョージ・マイケルはその死の直前に、彼と11年間交際を続けた元ボーイフレンド、ケニー・グロスにコンタクトを取っていたとのこと。
また死後に明らかになったのは、彼が人工授精の費用、約220万円を必要としてクイズ番組に出演したものの、それが得られなかった女性をTVで観て同情し、 翌日TV局を電話をしてその費用を支払っていたという事実。 さらにイギリス人ジャーナリストは、彼は出かけたバーのウェイトレスが多額の借金を抱えた看護学生であることを知って、彼女のために約70万円のチップを支払ったという 出来事も死後の記事で明らかにしており、彼は優しい心を持ち合わせながらも、そうした善意でパブリシティを得ることを決して好まなかったとのこと。
また彼は1996年のヒット曲「ジーザス・トゥ・ア・チャイルド」のロイヤルティをすべてイギリスの児童チャリティに寄付していたことも、彼の死去後にチャリティのディレクターによって 明らかにされているのだった。

非常に残念なのは、彼が前述の2017年公開のドキュメンタリーに合わせて、カムバックを予定していたことで、 ソングライターの殿堂入りにノミネートされている彼は、久々の新曲の準備に入るところであったという。
彼の残した遺産は約140億円と言われ、彼の父親、姉、そして元ボーイフレンドがその相続人になるという説が彼の死の直後に伝えられている状況。
彼の死を受けて、12月26日には彼のヒット曲のストリーミングが3000%もアップ。 最も人気のヒット曲は、やはりクリスマス・シーズンとあって、「ラスト・クリスマス」、第2位が「ケアレス・ウィスパー」、3位が「フェイス」、 4位が「フリーダム 90」、そして5位が「ウェイクミーアップ・ビフォア・ユー・ゴーゴー」。

以下は、そのジョージ・マイケルのミュージック・ビデオの中で、最も話題を集めた「フリーダム 90」。
彼自身は出演していないものの、90年代のスーパーモデル、 リンダ・エヴァンジェリスタ、ナオミ・キャンベル、クリスティ・トゥーリントン、シンディ・クロフォー、タティアナ・パラッツィが出演。 スーパーモデルというものがこの世に誕生し、彼女らを初めてミュージック・ビデオにフィーチャーして大きな話題となったもので、 監督を務めたのは後に映画監督となり 「ソーシャル・ネットワーク」、「ゴーン・ガール」、 「ガール・ウィズ・ドラゴン・タトゥー」などを手掛けたデヴィッド・フィンチャー。
ポップカルチャー史上に残るミュージック・ビデオとなっています。


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