Jan. Week 4 2018
★ "Cring for Cry Baby"
"毎朝の子供との別れが辛くて、仕事を辞めてしまいそうです"



秋山曜子さま
大学時代からのキューブ・ニューヨークのファンです。 15年以上、サイトにアクセスしてきました。 その間、学校を卒業し、就職し、結婚し、今は子供の母になりました。今から振り返るとあっという間です。
私が今日メールをお送りしたのは、その子供と仕事のことです。

産休を終えて仕事に戻りました。これは事前に周囲にも言われていたことなのですが、 朝仕事に出かける時に、子供に泣かれるのが辛くてたまりません。 最初のうちは子供が眠っている間に家が出られたので、さほど苦にならなかったのですが、 今は私が出かける時間に子供が目を覚ましているので、毎朝のようにもう会えないかのような別れをして仕事に行かなければなりません。 時々、子供の手を振り切って出掛けた後、私も泣いてしまうことがあります。 昼休みも子供の様子が気になって仕方ありません。

この話をすると、職場の仲間には 「それが辛くて仕事を辞めた母親もいる」と言われましたが、 私もそうなってしまいそうで、毎朝どうしたものかと思っています。 子育てに専念している友達は、「母親がずっと家に居たって子供は泣くし、だんだんと泣かれるとイライラしてくるから」 と言うのですが、そんなことが耳に入らないほど子供と一番一緒に居たい時期に 子供と離れて仕事をしなければならないのが辛くて仕方ありません。
早朝に子供がグズッていると様子を見に行って、  睡眠時間が足りていないのを承知で、そのまま子供の可愛い寝顔に見入ってしまって、ベッドに戻れないこともしばしばです。 でも、子供が目覚めて私の顔を見てニッコリした笑顔を見せると疲れなど吹き飛んでしまいます。 ずっと欲しかった子供なので、子供の成長の全てを見届けたい気持ちが強くなっていますが、 仕事も好きですし、今辞めたら もう同じポジションには戻れないのが分かっています。 だから辞めたくないのですが、今は子供がとにかく可愛くて、子供中心でしか物事が考えられなくなっている自分に気付きます。

そこで秋山さんにアドバイスをお願いしたいのは、朝仕事に出かける時の気持ちを軽くするような お知恵はないものかということです。 子供が生まれてから、しばらくバタバタしてキューブ・ニューヨークにアクセスするのを忘れていたのですが、 先日久しぶりにこのコーナーを読んで、是非秋山さんにアドバイスをして頂きたいと思いつきました。
何か精神的に楽に割り切れる方法があったら、是非教えて下さい。よろしくお願いします。
これからも子育てに忙しくてもサイトにアクセスさせて頂きます。 頑張って下さい。

-M -





私が住むビルの同じフロアに、少し前まで小さな子供が居るファミリーが暮らしていましたが、 私がランニングに出かける時間に出勤する父親が ナニー(子供の世話役)に抱っこされた子供と エレベーターの前で、Mさんがなさっているような ”涙の別れ” をするシーンを何度か見かけたことがあります。 最初にそのシーンに出くわした時は、エレベーターの扉が閉まってから 父親に「これ、毎日やっているの?」と 思わず尋ねてしまいましたが、 父親は苦笑いしながら頷いていました。
でも子供というのは大人よりも気が散り易い生き物なので、私がランニングから戻ってくる頃には 泣いていた子供が 満面の笑顔で愛嬌を振り撒きながら、ナニーが押すストローラー(ベビーカー)に乗せられて出掛けて行く様子を何度も目撃しました。 ですので職場に行ってからも子供のことを気に掛ける親よりも、 子供のハートブレイクの方がずっと軽症だと私は判断しています。

私自身は母がステイホーム・マザーだったこともあり、仕事に行く母と涙の別れをした経験はありませんが、 類似した経験を幼稚園に通い始めた姉でしたことがあります。 いつも一緒に遊んでいたはずの姉が、私を置いて幼稚園に出かけて、少なくとも午前中一杯居なくなってしまう状態が続いたので、 私は毎朝のように大泣きしただけでなく、当時から体力だけはあったようで、とにかく泣き止まなかったそうです。 親の解釈では 私は「当時から何でもお姉ちゃんと一緒にしないと気が済まなかった」と捉えられていましたが、 私が覚えている限りは 自分だけ取り残されるのが嫌だったのと、 やはり寂しかったのだと思っています。

そこで幼稚園までの姉の送り迎えに 毎日私が同行することになりました。 さすがにその場は知らない人が沢山いたので、姉が幼稚園に入って行く姿を見て泣くことはありませんでしたし、 おそらく周囲も同じようにその場で子供達を送り出していたので抵抗が無かったのだと思います。 今でもその幼稚園の門の前の光景が頭に描けるほどに記憶に残っていて、当時姉は4歳、私は2歳でした。
その幼稚園は毎朝、門の前で女性の園長先生が園児と送り迎えの母親に挨拶をするのが習わしで、 姉を送りに行った私は 毎朝のように園長先生に挨拶をしていましたが、その甲斐あって私は3歳にして姉と同じ幼稚園に通うことが特別に許されました。 3歳児として入園した日の記憶はないのですが、他の園児と同じ年齢になった4歳の時の入園日のことは今でも凄く良く覚えています。
というのは私を除く、ほぼ全員の園児達が母親と引き離されて 泣いていたためで、私には何が一体そんなに悲しいのか分かりませんでしたし、 それは私の母にとっても同様でした。母によれば、窓ガラスを隔てて 廊下に立って部屋の中の様子を見ていた母親たちは、 私のことをとんでもなくしっかりした子供だと思ったようでしたが、私が特に自立した子供だった訳ではなく、幼稚園に通うのに慣れていただけでした。 実際のところ私は 小学校低学年の時でさえ、母と歩く時は母の手を握りしめていないと気が済まないような子供で、 母がどんなに手を振りほどいても気が付くと 私が手を握っていたと今でも話しているほどです。 したがって決して自分は精神的に 自立した子供ではなかったと自覚しています。

こんな自分の経験から言えるのは、まず例え親が毎日自分を残して何処へ行こうと、物心がついて そんなことを憶えている赤ん坊など居ないということ、 そして別れる時は大泣きしていても、1時間もしないうちにケロッと忘れて 別のことに関心が移るのが子供のメンタリティで、大人のようにいつまでも感情を引きずったりしないという事です。 もちろん赤ん坊を野放しで育てれば、母親の抱擁が与える精神の安定などが得られず、成長期に問題をきたすケース等があると思いますが、 Mさんのように既に赤ちゃんを大切にしている母親の場合、それを心配する必要はないかと思います。 また児童心理学上でも、たとえ幼い子供であっても 親と離れる時間があった方がお互いの愛情が高まることが認められているので、 母親が子供を置いて働きに行くことで罪悪感を覚える必要はありません。
親と子供は違う人間で、年齢も経験も違うのですから、子供、それも赤ん坊が親と同じように考えているはずはありません。 脳の発達レベルも違うのですから 同じように記憶しているはずもありません。 子供は自分が置いて行かれるなど、環境が変わることを察知して、それを嫌って泣くことはありますが それ以上深く考えを及ばせるのは親の方だけです。

こうしたことから親が子離れを出来ない習慣を身に着けてしまうと、その過保護のせいで将来的に子供を不幸にしてしまいますし、 意図する、しないは別として、親が子供の将来をコントロールしようとするケースにも繋がります。 親は子供の人生を生きられませんし、子供も親の人生が生きられる訳ではないのですから、 親は自分の人生を生きながら子育てをするべきで、子育てのために生きるべきではありません。
私は親が子供に出来る最高の教育は、親本人が生き生きと、精一杯に、ポジティブで前向きに人生を生きる姿を見せることだと思っています。 「子供は親の背中を見て育つ」というのはそういう意味なのです。そうすることによって子供は親が教えようと意図している以上のことを学ぶのです。
また、この先どんな時代になっても立派に生きて行く子供を育てようと思ったら、 Mさんご自身の弱さが そのまま子供の弱さだという解釈もこれを機会に捨てるべきだと思います。 「子供と一緒に居たい」、「子供を甘えさせてあげたい」という気持ちは、 ご自身の弱さや甘えであって、子供が抱いているものではありません。 Mさんが守ろうとすればするほど、子供は弱く、依頼心の強い人間に育ちます。 そうなった段階で、何時までもMさんが子供を守ることなど不可能なのですから、早くから子供に自分で自分を守る術を身に着ける機会を与えてあげるべきなのです。

私が見ている限り、子供の頃から親に厳しく育てられた人ほど親を尊敬して感謝しているものですが、 親に甘やかされて育った人、もしくは全く親に愛情を掛けられずに育った人というのは、 親に感謝や愛情の念を抱かないだけでなく、何等かの怒りや侮蔑の感情を抱いているケースが多いのです。
ですから大人になっても良好な親子関係を築くためにも、Mさんには 親としてしっかり自立して、何が本当の愛情であるかをしっかり見極めながら 子育てをしていって頂きたいと思います。

Yoko Akiyama


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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

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