Aug Week 1 2018
★ " Social Media Trauma "
SNS正統派バッシングへの対処法


秋山曜子さま はじめまして、このたびは曜子さまにご相談があってメールをお送りしています。
10代の頃に出会って以来約10年、このサイトはわたしの憧れの存在となっています。 特にこのコーナーは曜子さまの前向きで客観的で合理的で愛情に溢れた回答を読むたびに、 質問者さまのお悩みのような経験をしたことがなくても、どこかでわたしの中の弱かったり未熟だったりする部分に気づかされ正していただいております。

さて、このたびわたしがご相談させていただきたいのは、SNSにおける不特定多数からの批判コメントへの心の対処法です。
現在 私は とあるSNSでフォロワーを数千人抱えるアカウントを持っています。そこで私が悪意のある いわゆる”アンチ・コメント”というものに大人気ない反応をしてしまったことで、小さいコミュニティの中で炎上してしまいました。 私自身そのコメントに対して 「ちょっと面倒だな」 と思いつつ ユーモアのつもりでコメントを返したのですが、 それが多くのフォロワーには ただの幼稚な反論に思われたようです。(実際にコメントの内容は幼稚そのものでした。) そこで私が目の当たりにしたのは、悪意の全くない純真無垢な善意から私を批判するコメントでした。 もしかしたらそれまでに私の発信するものに対して何か思いを抱えていたのを、 ここぞとばかりに発散している方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、半数以上のコメントは純粋な正義感から私の失敗を批判しているように感じました。 その方たちはきっとご自身のことを「紛れもない善意で世の中の悪を切る正義」と思っているのだと考えますが、 その言葉はかなり過剰で過激で、悪意のある言葉よりも善意そのものの言葉のほうが私には怖く、疲弊してしまいました。 もちろん私自身の失言については心から謝罪をし、それを理解して下さる方もいますが、このような善意からの攻撃が止みません。 自身で蒔いた種ですし仕方ないとは思いますが、他人の善意や正義感が怖くて、食欲も睡眠欲も湧かない状態です。

SNSはいつも通り発信していますが、”正直コメント”の通知が来るたびに またこのようなコメントが来たんじゃないかと びくびくしながら確認しています。(実際は通常通りのコメントが大半で、そのような批判的な内容は全体の5%にも満たないです。) SNSでは 今までに出会ったことのない人間性をお持ちの方々と接点を持つことになるとは分かっていましたし、 実際に悪いことばかりではなく、とても素敵な方々に出会えた感謝もあります。 ですが今回 想定外の人間性をお持ちの方々の存在を知り、とてもショッキングで心を立ち直ることができません。
このような事態でどうやって心を落ち着かせたらよいのでしょうか。どういう形でこのような善意の方々の存在を理解し認めていったらよいのでしょうか。 今後もSNSでの発信は続けていくつもりですが、先々でまたこのようなコメントをいただく機会にも巡り合うかもしれません。 その際に、どうやって心の対処をしていけばいいのかお知恵を拝借したいです。
あまりにもつまらない相談で、曜子さまのお忙しく貴重なお時間を頂戴するのは申し訳ないのですが、 この気持ちを救って下さるのは曜子さましかいないと思いメールを送らせていただきました。 お知恵を拝借させていただけるとありがたいです。
これからもCUBE NYの大ファンの1人としてサイトをたのしみにいています。

- K -



SNSで数千人のフォロワーを擁していらっしゃるKさんは、きっと魅力的で素敵なキャラクターでいらっしゃることと思います。
SNSというのは 言うまでも無く そんなKさんの存在がインターネットを介して 直接会ったことが無い人々にまで広がるものですが、 フォロワーにとって Kさんはエンターテイメントや情報源であると同時に、憧れや妬みの対象でもあります。 それはSNSで自分をアピールする上で織り込み済みであることは Kさん自身が一番良く理解していらっしゃることと思います。

SNSというのは、ポジティブでもネガティブでも人間のリアクションを煽るようにアルゴリズムがデザインされていますし、 スマートフォンを通じて どんなメディアよりも頻繁に人々がアクセスするものなので、チャリティの募金を募ればあっという間にお金が集まりますし、 セレブリティの失言や暴言に対するバッシングも直ぐに大規模になって ボイコットや 引きずり下ろしの署名運動が起こることは珍しくありません。
そのSNSは 人間本来の心理や感情の動きを分析した結果 デザインされているものなので、 そこで起こるリアクションは 基本的に通常の交友関係で起こる状況と大差が無いのが実情です。

世の中においては まともな精神状態の大人である限りは ネガティブ・リアクションを抱いた時には よほど目に余るケースを除いて それを言わないようにする反面、 ポジティブ感情を抱いた場合は それを口に出して言う傾向にあります。 友達の新しいヘア・カットやその日の服装が似合っていれば褒めますし、そうでない場合は当たり障りのないことを言うようにします。 わざわざ言うほどでない場合は よほど話題に困った時でない限りはそれを持ち出すことはありません。 もちろん中には他人に対する評価、批評を徹底的に避ける人も居れば、悪意の有無に関わらず思った通りのことを言う人もます。 でも人間というのは 他の人間が絡む ありとあらゆるオケージョンで、大体同じような態度を取るものです。

それを念頭において、人が誰かの悪口を言う様子を考えてみて下さい。 自分が嫌いな人間、腹を立てている人間の悪口を言う時に、大人げない 感情に任せた批判をするケースは非常に稀です。 誰もが その人間を嫌う正当な理由を挙げて、批判をしている自分が正しいという立場を取るのです。 でも傍で聞いている側にしてみれば、それは単なる悪口と全く同じなのです。 言っていることは正しく、事実であっても、それを特定の人間が悪く見えるように発言、もしくは文章にするのは 悪口に過ぎません。
そうした自分の正義や正当性を掲げながら、特定の人間を責める行為は 小学生や幼稚園児でさえ 仲間外れやいじめの中で行っています。「遊びのルール違反をした」、「貸したオモチャを失くした」など、 大人から見れば その理由や内容は他愛のないものですが、やっていることは大人と大差はありません。
Kさんは「純粋な正義感から私の失敗を批判しているように感じました」とおっしゃっていましたが、 人の悪口や批判というのは自分の正当化や 正義と抱き合わせになっているものです。 本当に正義感がある人であれば、既に謝罪をして、他の人からも批判されている人物の傷をえぐるような批判をするでしょうか? 正義を振りかざしている人も、悪意をむき出しにする人も 結局は同じ目的、すなわちKさんをやり込めたいという気持ちでやっているのです。

SNSの場合、その匿名性や 人間の感情を煽り易いフォーマットのせいで 人間の醜悪な部分が更に強く現れるのが通常です。 したがって 「その言葉はかなり過剰で過激で、悪意のある言葉よりも善意そのものの言葉のほうが私には怖く、疲弊してしまいました」と Kさんが書いていらっしゃる状況は手に取るように分かります。
往々にして厳しい批判をわざわざ文章にして寄せて来る人というのは 自覚の有無に関わらず 不幸な思いをしている人、心が貧しい状態の人で、 自分の生活の中の 様々なフラストレーションや怒りのはけ口を求めている人です。 Kさんの失言は たまたま そのトリガーになってしまっただけで、批判する人々にしてみれば そのターゲットはKさんで無くても、誰でも良かったのです。 人生が上手く行っていない時ほど 人間は否定的かつ感情的で攻撃的になりますし、被害妄想にもなります。 そんな感情を巧みに引き出してしまうのがSNSの恐ろしさなのです。

世の中には自分の憧れるライフスタイルや幸せそうな様子を見せられて 妬んだり ひがんだりする人も居れば、純粋に憧れたり、祝福する人も居る訳ですが、 それは殆どの場合 同じ人物です。 SNSのポストを見て 妬ましく思うか、下らなく感じるか、好感を抱いたり キュートだと感じるかは フォロワーの心理状態や その時々幸福度に寄るもので、Kさんの努力で変わるものではありません。 フォロワーが抱くジェラシー、好感度、思い入れのバロメーターは Kさんがコントロールできないところで常に動いているものなのです。
それは自分の周囲の人間のステータスが人生の様々な局面で替わり続けるのと同様です。 親友だと思っていた女友達が 同じ男性を好きになった途端に 敵対心をむき出してくるケースは珍しくありません。そうかと思えば、 自分に対して必要以上に批判的で 冷たく振る舞っていた男性と突然意気投合して、交際に発展することもあります。 敵だと思っていた人間に助けられて驚くこともあれば、面倒を見続けてきた部下や後輩に裏切られて失望することもある訳で、 自分が常に同じように振る舞っても、その時々の状況や、相手を取り囲む環境で 自分と関わる人間のステータスというのは生きている限り 変わり続けるのです。
見方を替えれば、どんな人間関係や人間の感情も永続的なものではなく その時々のものなのですから、 良い関係を持続するには常に努力や思いやりが必要である反面、自分にとって悪い関係や悪意を抱く人々は 継続して関わらない限りは 離れて行くのです。 自分に対して抱かれた悪意というのは野良犬と一緒で、振り向く限りは付いて来ますし、 走って逃げれば 走って追いかけてきます。でも毅然と 前だけを見て 歩き続ければ 気付いた時には居なくなっているものです。

ご相談の文面からKさんは思いやりのある優しい方とお見受けしましたし、その魅力も文章から十分伝わってきます。 人に好かれる努力など無しに 自然に人を惹きつける魅力がある方なのだと思います。 それはKさんが授かったギフトですので、今後はそれをSNS上でアピールするだけでなく、 それを使って 何か人のためにポジティブなことをするように心掛けてみて下さい。
人間なのですから どんなに気を付けても失言をしたり、意図した通りに言葉が伝わらないことは これからも起こるかもしれません。 ですが、そんな時にKさんの思いやり溢れる人柄を これまでとは違う形で周囲や SNSのフォロワーが理解していてくれれば、 例え誤解や間違いが起こっても「Kさんはそんな人ではない」と考えて、サポートしてくれるはずです。 心無い中傷や正義を振りかざした批判等に余計なエネルギーや精神力を使わなければ、 私はKさんが何かもっと素晴らしいことが出来るように思います。
どんなにフォロワーが多くてもSNSの中で生きるのは間違っています。 SNSは道具であって ライフスタイルやライフワークではありません。 SNSという枠を外してみたら、Kさんの世界も 人間性やその可能性も大きく広がるものと私は信じています。
Kさんの将来はこれから始まるのですから、授かった魅力を武器に 夢を大きく持って生きて行くべきだと思います。

Yoko Akiyama



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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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