Yoko Akiyamaさま、
アメリカに暮らして3年ほどになります。
数ヵ月前のことですが ストアのレジに行列していた時、スマホに気を取られて前の人との距離が空いてしまい、慌てて動こうとしたらカートから物が落ちてしまい、それを拾っていたら
後ろに並んでいた男の人に「Move, Asian whore! (動け、アジアの売春婦!)」と怒鳴られました。
私は周囲から視線が注がれているのを感じて、それが恥ずかしくて 会計を終えて逃げ出すように帰ってきました。
それが起こった時には、既にアジア人へのヘイトクライムが増えたことがニュースになっていて、友達と「トランプの”チャイナ・ウィルス” 発言のせいで、
日本人もとばっちりを受けるかもしれない」などと話していた矢先でした。
アメリカに来て初めて受けた人種差別だったので本当にショックで、友達には「何人に言われたの? 白人、黒人? 周りの人は何も言ってくれなかったの?」と訊かれましたが、
その時は怖くて後ろを振り向くことさえ出来ませんでした。周囲はザワザワしていましたが、私は誰が何を言っても耳に入らないくらいパニックになっていました。
自分がこんな経験をするまでは、日本に住む友達が「アジア人差別は大丈夫?」と訊いてきてきても、「チャイナタウンとかでは中国人が大変見たいだけれど、全然大丈夫」と返事をして
半分他人事でした。でもちょっとレジで動くのが遅れただけで「Asian whore」などと罵られたのには傷つきましたし、腹も立ってきて、アメリカで生きていく自信が揺らぐほどトラウマになっています。
今年に入ってからはアジア人に対するヘイトクライムが益々増えましたが、数日前にアトランタでアジア人女性が6人も殺される事件が起こったのはとてもショックでした。それに警察署長が
アジア人へのヘイトクライムとは認めずに、「He's having a bad day」と動機を説明していたのにも頭に来ました。
嫌な一日の腹いせにアジア人が経営するマッサージ・パーラを立て続けに3件襲って、どうしてそれがアジア人に対するヘイトクライムに当たらないのかと思うと悔しさが込み上げて来て、落ち込む毎日です。
秋山さんは私よりずっとアメリカ生活が長いですが、人種差別を受けたことはありますか。
アトランタの事件がヘイトクライムだと見なされないというのをどう思いますか。
お考えや経験を聞かせて頂けたら幸いです。
- N -
私は過去約1ヵ月間 日本に一時帰国していましたが、その時に久々に会った日本の友達との会話でも現在のアメリカでのアジア人差別が話題になりました。
「今まで人種差別されたことはある?」と友人に尋ねられて考えるうちに、ふと思い出したのが 1990年代、未だ私がNYに住み始めて3~4年目頃に当時のアメリカ人ボーイフレンドに言われた2つのセンテンスでした。
1つ目は12月7日にパールハーバー・アニヴァーサリーのニュースを観ていた時、冗談と分かる口調ではあったものの「Shame on you」と言われました。当時のアメリカはジャパン・バッシングの真っ最中。
パールハーバー・アニヴァーサリーの報道も今よりも大きく、日本に対して遥かにネガティブなもので、1990年代は毎年12月7日が来る度に日本人として後ろめたい気持ちを味わっていました。
それだけに私はその一言に腹を立ててしまい、「I have nothing to do with it!」と反論をしたのを覚えていますが、この時はそれが人種差別に当たるという考えには及んでいませんでした。
2つ目は、その彼が嫌っている親族の集まりに欠席するために私の存在を利用した時のことで、彼の親族はブルックリンに暮らすオーソドックス・ジューイッシュでした。
アメリカ人の中にはオーソドックス・ジュ―イッシュを「最悪のレイシスト」と考える人は少なくありませんが、当時の私はそれがどういう人々なのかも知りませんでした。
ボーイフレンドは父親がユダヤ学の教授で、子供の頃からユダヤ教の学校に通っていましたが、反動で宗教、及び敬虔なユダヤ教の親族を毛嫌いしており、
その集まりに行きたくないので、親族が断わるのを承知で「日本人のガールフレンドを連れていきたい」と電話で言ったとのこと。
すると案の定「I'm sorry, it's family only event」と言われたので、「それなら行かない」と言って済ませた話を私に自慢気に語りました。
それを聞いて気分が良くなかった私が 「そんな話は私にフィードバックするべきじゃない」と言ったところ、返ってきたのが
「あんなレイシストの集まりに行きたかったの? もし一緒に来たら いろんな人から頼まれ事をして忙しい思いをするよ。
うちの親族はアジア人と見たら使用人だと思うから」という台詞。この時も「親族をレイシスト扱いしている彼自身もレイシストだ」と抗議したのを覚えていますが、
当時のアメリカは今とは比較にならないほど人種問題へのセンシティビティが欠落した社会で、
高視聴率のトークショーで毎晩のように人種差別ジョークを耳にするような有様でした。
Nさんが言われた「Whore」や「Bitch」、アメリカ女性が最も嫌う”C ワード(女性の性器を意味するCで始まる4文字の言葉)” は女性をなじる言葉の定番ですが、
アメリカでWhoreという言葉が 頻繁に人種と結び付けられる傾向にあるのがアジア人女性とロシア人女性です。
私のロシア系移民の友人は弁護士で、時々民選弁護士(弁護料が払えない市民に市政府があてがう弁護士)を務めていますが、彼女がロシア人と知った途端に
弁護を担当する容疑者に「Russian Whore」と言われることは珍しくないと言っていました。
私が個人的に忘れられないのは、やはり何年も前のことですが ウクライナ人のブロンド美女の友達をある集まりに連れて行った時のこと。その場に居た男性陣の関心が一気に彼女に集中してしまったことから、
日頃は彼らにチヤホヤされていた日本人女性の知り合いが 「さすがにRussian Whoreは違うわ」と言ったことでした。
この時は人種差別発言よりも 私の友達のことを私に向かって侮辱したことに腹が立ちましたが、競争心の強い彼女の人柄を考えると、よほどその状況が悔しかったのだと思います。
この言動からも分かる通り、レイシズムというのは怒りやフラストレーションの憂さ晴らしであるケースが多く、時に退屈や心の衝動を紛らす虐めの手段でもあります。
人間は相手を批判、罵倒する際には、必ずその人間に関する何等かのIDを加えるのもので、
それは外観や経済状態、学歴を含む知的レベル、ジェンダー・アイデンティティであるケースもありますが、アメリカ社会でまず持ち出してくるのが人種です。
そして「貧乏でろくに教育も受けていないゲイのヒスパニック」というように 相手を知ればしるほど差別要素が批判に加わるものですが、
それはどの国のどの言語においても共通の傾向です。
Nさんもご指摘の通り、3月半ばに起こったジョージア州アトランタ銃撃事件では 距離が離れたアジアン・マッサージ・パーラーが3軒連続でターゲットとなり、
被害者8人のうちの6人がアジア人女性であったにも関わらず、「ヘイト・クライムとして立件するには証拠不十分」という信じ難い見解が発表されて、
アジア人コミュニティに波紋を広げています。
そのアジア人コミュニティの中には、「アメリカ社会、特にトランプ支持者が アジア人をパンデミックのスケープゴートにしている」と反発する声が非常に多いのですが、
もっと学識があるアジア人団体はアジア人差別は決してパンデミックがきっかけのインスタントなものではなく、アメリカの歴史に根付いたものであると訴えています。アメリカでは
歴史や人種、宗教についてはある程度の知識がなければ まともな論議さえ出来ないので 私もアメリカに来てからかなり個人的にそれらを勉強しましたが、
確かに歴史を学べば学ぶほど、アジア人差別がアメリカ社会に歴史的に根深いというのは紛れもない事実だと思います。
その一方で、共和党政治家が下院で行われた聴聞会で 「事件が起こる度に人種と結びつけるのは間違っている」、「中国から来たウィルスをチャイナ・ウィルスと呼ぶのは言論の自由」と
問題を軽視するのは、パンデミック以降のアジア人に対するヘイトクライム激増のトリガーになったのがトランプ氏によるアジア人蔑視発言であることを理解しているためで、
こうした発言は今も党の中心的存在であるトランプ氏を人種差別批判からプロテクトする姿に他なりません。
アトランタの事件をヘイトクライムと認めないジョージア州の警察にしても、現地で権力を握るのが白人保守層で、
これまでに何度となく ジョージア州の警察がマイノリティに対する不当な扱いで問題になってきたことを思うと不思議ではないのも事実です。
私が個人的に現在高まっているアジア人に対するヘイトクライムを危惧するのは、
暴力事件の犯人の多くが黒人やヒスパニック等、マイノリティ人種であることです。
例えば週末にNYでは37歳のアジア人女性が地下鉄の駅で黒人男性に追いかけられ、アジア人蔑視言葉でなじられて後頭部を殴られるという被害を受けています。
アメリカ国内には ユダヤ系VS.黒人層、アジア系VS.黒人層等、様々な人種対立があるのは事実ですが、
政治的に真二つに分断された現在のアメリカの白人保守層を中心とする共和党側がアジア人に対してネガティブな現在、
リベラル派が多いマイノリティ人種の一部がヘイト・クライムに大きく加担しているのはアジア人コミュニティにとっては深刻と言える状況です。
これまで権利を主張するより人種問題を避けて、白人社会から ”モデル・マイノリティ”などと呼ばれてきたのがアメリカにおけるアジア人ですが、
現在の状況は 「そんな事なかれ主義のつけが回ってきた」とも言われるものです。
私はアジア人有識者が現在呼び掛け始めたように アジア人が”モデル・マイノリティ”を褒め言葉だと解釈するような勝手な思い込みを止めて、
もっと歴史を勉強してアメリカ社会におけるアジア人のポジションを理解するべきだと思っていますし、
問題が起こった時だけに自分の権利を主張するのではなく、日ごろからもっとアジア人が意見や存在をアピールするべきだとも考えます。
その上で、アメリカというのはユーモアやパーソナリティが時に正当な主張よりも物をいう社会でもあるので、
正攻法ではない武器を身に着けることも人種問題に限らず、世の中を渡って行く上で大切なことだと思う次第です。
Yoko Akiyama
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執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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