秋山曜子さま、
私はパンデミックの少し前にNYで留学生活をスタートしました。
まずは語学学校に通って、いずれは大学でクラスを取ろうと思っていましたが、コロナウィルスのせいで学校がクローズしたのをきっかけに日本に暫く戻ることにしました。
でも日本に暫く戻ることにした本当のきっかけは、デリバリーを装った男性にバッグを盗まれる経験をして それがトラウマになっていたからでした。
その日は小雨が降っていて、アパートの入口の2重扉の1枚目を開けると、中にアマゾンの箱を持った男性が立っていて2枚目の扉のロック解除を待っているデリバリー・マンのように見えましたが、
持っていた箱がボロボロで普通のデリバリー・マンには見えませんでした。
私はスーパーの買い出しから戻ったところで、荷物が重たく、早く家に戻りたかったので、鍵で扉を開けて中にいるとその男性も後からついて入ってきましたが、
それは決して珍しいことではないので、何となく嫌な感じはしましたが そのままアパートに向かって歩いていた時、凄い力で左手に持っていた小さな手提げスタイルのバックを引っ張られて取られてしまい、
そのまま男の人は走って逃げて行きました。
私は放心状態でその場にしゃがみ込んでしまって、暫く動けませんでした。幸い右手に鍵を握りしめたままだったので、家に戻ることは出来ました。
そして不幸中の幸いにも、アイフォンは充電中で持って出るのを忘れていたのでバッグと一緒に盗まれずに済みました。
棚の上のコードに繋がれたアイフォンを観た時には、涙が出るほどホッとしました。
盗まれたのはお財布と中のキャッシュとクレジット・カードで、IDはパスポートを使っていたのでバッグには入っていませんでした。
先ず電話をしたのは友達で、直ぐに駆けつけてくれて安心することが出来ましたし、怪我が無くてラッキーだとも言われました。
翌日近所の警察に被害届を出した時も、そういわれました。
でもそれ以来、怖くてアパートに入る時には顔見知りの住人以外が二重扉の間に居る時には入らないようにして、
2枚目の扉を開ける時も、背後に気を付けてビクビクするようになりました。
そんな怯える生活がストレスになってしまい、親にはそのことを内緒にしたまま日本に一時的に帰国して、またNYに戻った時には
別のアパートに誰かルームメイトと住もうと考えました。
日本に戻っての生活が始まってNYより安全な日本でリラックスできるかと思いましたが、どうしてもNYでの出来事が思った以上にトラウマになっていて、
暗い道を1人で歩いている時や、地下鉄の駅の通路の人が居ないところを歩く時は怯えてしまいますし、駅のホームでも傍に誰かが立っているとバッグを抱えてしまいます。
ニュースでいろいろな事件を見る度に、これが自分にも起こるかもしれないと思って怖くなります。
そして私からバッグを盗んだ男の人のことを配達の人を見る度に思い出します。
振り返ると、あの男性は小雨が降っていたとは言え、野球帽の上からフードを被っていて顔を隠しているように見えましたし、見るからに怪しい雰囲気でした。
アマゾンがUPSや郵便局以外からデリバリーされないことくらい分かっていたのに、どうしてあの人をデリバリー・マンだと思い込もうとして、
食材の袋が重たかったからというだけで、早く家に戻ることばかり考えていた自分が情けなくてたまりません。
パンデミックが一段落したら、また是非ともNYに戻って留学生活を続けたいと思っていますが、こういうトラウマはどうやったら乗り越えることが出来るでしょうか。
秋山さんご自身は、何か怖い経験をされたことはありますか。だとしたらそれをどうやって乗り越えられたでしょうか。
何かアドバイスやお知恵を頂きたいと思いました。
宜しくお願いします。
- E -
私がEさんのメールを拝読して最初に思い出したのは、1990年代に出版されたガヴィン・デュ・ベッカーの著書でベストセラー、「The Gift of Fear」の巻頭に登場したエピソードでした。
この本のサブタイトルは「Survival Signals That Protect Us from Violence」、すなわちヴァイオレンスから身を守るためのサバイバル・シグナルというものですが、
そのエピソードは後に犯罪被害者のカウンセラーになった女性が実際に体験したレイプ事件です。
この女性もEさん同様に食材の買い物を済ませて、両手一杯の荷物を抱えながらアパート・ビル入口のカギを開けて中に入ったところ、
袋から缶詰が転がり落ちてしまい、それを拾い上げて目の前に現れたのが後に彼女をレイプする犯人。
女性はいきなり階段の蔭から現れた男性を不審に思ったものの、エレベーターが無いビルの4階の自宅まで荷物を運んでくれるという男性の申し出を受けてしまい、
自分のアパート前で彼にお礼を言って帰らせようとしたものの、「中まで荷物を運ぶ」と言い張る男性をアパートに入れてしまったことから
レイプの被害者になってしまいました。
それまでのプロセスは、気乗りがしない女性が 親切を装うレイプ犯に説得される連続で、彼が言い続けていたのが「Trust Me」という言葉。
すなわち「信じて、荷物を運ぶだけだから」、「信じて、荷物を部屋の中に置いたら帰るから」と言いながら、女性のアパートに入り込んで
犯行に及んだ訳でしたが、彼女が唯一信じなかった「Trust Me」が レイプ後に犯人が冷蔵庫の中からドリンクを取り出して「信じて、これを飲んだら帰るから」と言った時。
帰ると言いながら 彼が部屋のエアコンを強くして、音楽のボリュームを上げたことから「自分は殺される」と察知した女性は、
犯人がバスルームに行った隙に部屋を飛び出し、隣人に助けを求めて命を取り留めたというのがそのエピソードでした。
この本のサブタイトルになっている「ヴァイオレンスから身を守るためのサバイバル・シグナル」とは、
結果的にレイプの被害者になってしまったものの、殺人の犠牲者にはならずに済んだ女性が、
犯人の姿を見た瞬間からずっと感じていた 虫の知らせと言える不吉な予感のことで、
アメリカでベストセラーとなり、世界14カ国語で出版された同書のメッセージは「人間には誰にでも 自分に危害を加える人物を察知する本能が備わっている」というものでした。
ですが犯罪の被害者になってしまう人は、往々にしてそのシグナルを見過ごしたり、あえて目を瞑るように努力してしまう傾向にあり、
中には危険を感じる相手に早く居なくなって欲しいがために、相手の言いなりになってしまうケースなどもあるようです。
Eさんの場合も小雨の降る天気の中、スーパーで買ってきた重たい荷物を抱えて「早く家に帰りたい」と思う気持ちが、
不審者を警戒する本能のシグナルを掻き消してしまった訳ですが、私は比較的軽い被害で自分の本能のシグナルに従う大切さを学ぶことが出来たことに感謝すべきだと考えます。
Eさんは「それ以来、怖くてアパートに入る時には顔見知りの住人以外が二重扉の間に居る時には入らないようにして、
2枚目の扉を開ける時も、背後に気を付けてビクビクするようになりました」とメールに書いて下さったのですが、
苦言を呈させて頂くと、こうしたことは被害を受けてからビクビクして行うのではなく、日頃から犯罪を防ぐために心掛けるべきだったと言えます。
私がNYに初めてやって来た1989年は NYの治安が未だ悪かったこともあり、私自身ひったくり事件を目撃したこともあれば、タイムズスクエアで交差点待ちをしていた時に、
私が斜め掛けにしていたバッグをクラッチバックだと思い込んだ若い黒人男性にバックを手から払い落とされそうになった経験があります。
そんなご時世だったので、私もNYに住み始めた当時は外を歩く時にはビクビクというよりカリカリしていました。
でも当時の私は 自分が気を付けることばかりを考えていて、今ほど周囲に関心を払っていなかったと思います。
ですから不必要に、意味の無い警戒をしていました。
自分を守るということは自分がしっかりすることは当然ですが、周囲に気を配って、何が起こっているかを察知することが大切な訳で、
それを行うようにすると「こちらの方が近道」という自分の都合よりも、「この道の照明は暗い」という状況から見込まれるリスクを考えるようになります。
そもそも人間は犯罪だけでなく、不便や不都合等、様々なリスクを避ける本能を持ち合わせている訳ですから、
過度にビクビクするよりも、その本能をフル活用することこそが大切なのです。
私自身も1999年か2000頃に自宅ビルで不審男性に遭遇した経験があります。
その男性は白人でピンクのシャツを着ていて、そのシャツが目立ったのと 彼が住人とは思えない様子でロビーでウロウロしていたので、何となく注意を払っていました。
そしてメールボックスから郵便物をピックアップした私がエレベーターに乗ろうとすると、地下から上がってきたエレベーターの中にその男性が乗っていて 行先のフロアのボタンが押されていませんでした。
不審に思った私は男性の様子を観察していましたが、彼は私と目を合わせないようにしていて、やがて私のフロアで一緒にエレベーターを降りました。
私は自分のアパートには向かわず エレベーターの前で彼の動向を見ていたところ、
男性は通路の左手に5メートルほど歩いてから戻って来て「XXXXっていう人のアパート何処だか分かる?」とフレンドリーな口調で白々しい質問をしてきました。
本当に知り合いの家を訪ねて来たのなら 入口でドアマンに尋ねているはずの質問ですし、ドアマンを通じて住人からの許可を得ていない訪問者がビル内に居るのもおかしな話です。
私が素っ気なく「知らない」と答えると、「今日アパートを見せてもらう約束をしていたんだけれど、居ないみたいなんだ。代わりに君のアパートを見せて貰える?」と言ってきました。
「冗談でしょ、ここはオクラホマやウィスコンシンじゃなくてニューヨークなんだから、知らない人間をアパートに入れる訳ないじゃない」という私に対して、
男性が訊ねたのが「僕が信じられないの? 僕が怪しい人間に見える?」という愚問。
「貴方が連続殺人犯でも驚かない」と彼を睨みつながら答えると 相手が苦笑いをしたので 間髪入れずに
「私が貴方だったら、私がセキュリティに電話する前にビルから出ていくことを考えるけど…」と言ったところ、彼は何も言わずに非常階段の扉から出て行きました。
当時は携帯電話が普及していない時代だったので、アパートに戻ってドアマンに連絡すると 私が電話する直前に彼がロビーのサイド・ドアから出て行ったとのこと。
どうやら非常階段で1~2階降りてからエレベーターを使ったようでしたが、
その逃げ方から以前ビルに来たことがあるという印象だったので、ビルのマネージメントにレポートしたのを覚えています。
私はこの時 既に「The Gift of Fear」のエピソードを読んでいたので、こういう知識が事前に入っていると、非常に役に立つことを実感したのを覚えています。
この私の経験談は これまで何度も友人、知人に話してきましたが、
その都度 よく尋ねられたのが「どうして怪しい人間と会話を続けたの?」、「相手は男性だから力で襲われると思わなかったの?」という質問。
私が会話を続けたのは暴力に及ばせないためで、普通に会話をしている相手にいきなり襲い掛かるというのは犯罪者でさえ難しいことです。
人に襲い掛かるにためには 勢いをつけたり、勢いが付くようなトリガーが必要です。
また私は会話を続ける以前に、エレベーターの中から男性のことを終始睨みつけていました。
そのことも至近距離に居る相手から身を守るには非常に有効な手段です。
格闘技でさえ お互いが睨み合う距離に居る時は まずお互いの出方を探り合う訳で、
人間というのは たとえ自分の方が力が強いと分かっていても、睨みつけられている時は驚くほど相手に襲い掛かれないものなのです。
相手の目を見据える行為は、会話や日常生活の中で欧米人に比べて遥かにアイコンタクトが少ない日本人には難しいことですが、
私はティーンエイジャーの時に あるきっかけで自分のアピールと護身術としてのアイコンタクトについて学ぶ機会があり、
それはいろいろな局面で役立ってきました。ほんの1~2秒のインテンスなアイコンタクトが
自分の芯の強さを示す凄まじい威力があることを 人生の早い段階で学べたのは私にとって非常にラッキーなことでした。
私は護身対策も、Eさんがお尋ねのトラウマの払拭も、大切なのは知識と 得た知恵を実践する意志と行動力だと思っています。
そしてそれは人生全般において心掛けるべきことです。人間は誰もが貪欲に知識を取り込んで、それを生かしながら強い意志を持って行動するべきなのです。
基本的に犯罪者というのは確実に自分より弱い相手、自分に不都合が生じない相手をターゲットにします。
例えばスリの常習犯に10人の写真を見せて「誰がターゲットになり易いか」のランク付けをさせてみると、ほぼ全員が順序には違いがあっても同じ人物をトップ3に選んだというデータがあります。
事実私のかつての知り合いはニューヨークに住み始めた最初の1年間にチャイナタウンで3回スリの被害に遭っていました。
そんな狙われ易さは身体のサイズや年齢、性別とは無関係です。
過度に用心するあまり、肝心な周囲への注意や関心を疎かにしていれば、どんなに自分が気を付けているつもりでも 犯罪者の目から見ればイージー・ターゲットなのです。
また身体のキレの悪さやそれを露呈するボディ・ランゲージも犯罪者の目に留まります。
世の中で犯罪のターゲットにならないのは、ゆったりしているのにスキが無い人で、そういう人物は不運や不幸にも見舞われ難いのです。
そもそも犯罪のターゲットになること自体が不運や不幸と言えますが、
それらを跳ね返すような活き活きとした強いオーラを放つ人間になることが 護身のためにも大切なのだと思います。
Yoko Akiyama
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執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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