Jan. 14 〜 Jan. 20 2019

”Toxic Masculinity is...”
今週アメリカで物議を醸したトキシック・マスキュリニティはマーケティング戦略か?


今週のアメリカでも最大の報道になっていたのが、私がこのコラムを書いている1月20日の時点で30日目に突入した 政府のシャットダウンのニュース。 国民の40%が400ドルの緊急時の貯金さえ持ち合わせていないアメリカ社会は、 英語で「Paycheck to Paycheck」と表現されるように、給与が入るたびにそれを使い果たす生活をしている人々が非常に多いのが実情。 そんな状況の80万人に給与が支払われないのは危機的と言える状況で、来月の給与支給準備の締め切りである1月22日火曜日までに シャットダウンが解除されなければ 政府職員はまたしても無給の1カ月を迎える運命。
そのため職員の多くが低所得者向けのフードバンクで食料を無料で調達し、 持ち物を質入れし、失業保険を申請しており、その申請者数は先週の2倍にアップ。 またアメリカには「フード・スタンプ」と呼ばれる低所得者補助のための食材購入金券制度があるけれど、 政府のシャットダウン以来、そのスマートフォン・アプリのダウンロードが激増。 新たに65万人がアプリを使用し始めたことが伝えられているのだった。
深刻なのは家族が病気であったり、子供に生まれながらの障害があるために 薬代や治療費を支払わなければならない政府職員で、 そうした人々はGoFundMeなどのクラウド・ファンディングで寄付を募っている状況。 とは言ってもアメリカ社会は その前から既に多くの低所得者層を抱えて チャリティや政府補助が間に合っていなかった訳で、 それに新たな80万人の政府職員とその家族が加わるのは 貧困層にとっては自分達への補助がさらに減ることを意味するもの。
ニューヨーク市では政府のシャットダウンがこのまま続いた場合、国からの毎月5億ドルの援助金が支給されないことから 3月1日以降は160万人の低所得者が受け取るフードスタンプの支給がストップ。4月1日以降は学校給食の停止を余儀なくされ、 5月1日以降は健康障害を持つ市民に対する住宅補助が出来なくなるとのこと。 すなわち政府のシャットダウンは、長引けば政府職員だけでなく低所得者層や社会補助を受ける人々にも深刻な問題になるのだった。




そんな今週のアメリカで最大の物議をかもしたのが、プロクター&ギャンブル社傘下のジレットが1月14日から公開した上のビデオのTVCM。 「We Believe: The Best Men Can Be」というタイトルのこのCMは1分48秒のショート・フィルム仕立てで、 ジレットの商品は全く登場せず、アメリカ社会で昨今取り沙汰されている”トキシック・マスキュリニティ”にフォーカス。 世の中の一般の ”マスキュリニティ(男性らしさ)” の解釈の誤りを正し、本来あるべき”マスキュリニティ”を次世代に示す意義を謳ったもの。
では”トキシック・マスキュリニティ”とは何かと言えば、CMの中にも登場した「Boys will be boys (少年は何時までも少年のまま)」という台詞通り、 男性が幾つになっても 成長しきらない様子を肯定するもので、 具体的には暴力やいじめの肯定や放置、セクハラ&女性蔑視に加えて、男性が泣いたり、落ち込むなどの感情を見せることを否定し、 虐待の犠牲者になったり、それを公に訴えることを恥とするメンタリティ。さらに 「女性やゲイが行うもの」と見なされる行為を嫌ったり、それを行う男性を攻撃することも含まれるのだった。 加えてこれらを「強い男性像」として信仰すること、父親が息子にこうした男性像を押し付けたり、教え込むことも”トキシック・マスキュリニティ”の一部で、 「Be a man!(男になれ!)」といって暴力やセックスを奨励する父親像はハリウッド映画やドラマには珍しくないキャラクター。
事実、多くの男性が ”トキシック・マスキュリニティ”に洗脳される要因は父親にあると言われるけれど、心理学者によれば”トキシック・マスキュリニティ”を持つ男性は セクハラやドメスティック・ヴァイオレンスの問題が多いの加え、人種差別&性差別主義者になる傾向が強く、 暴力的かつアグレッシブで保守的な人格になると分析されているのだった。




ジレット社の広告は”トキシック・マスキュリニティ”の例を挙げながら 「男性が本来の正当なマスキュリニティを取り戻すべき」というメッセージを打ち出すものだけれど、 デビュー以来あっという間にメディアで広まったのが その批判とバッシングのリアクション。
まず最もこの広告に腹を立てたと言われるのが共和党保守派、キリスト教右派の「トキシック・マスキュリニティ=自分達の信条」という人々で、 ジレットに謝罪を求めて ボイコットを訴えたり、ジレットのシェーバーを捨てる様子をソーシャル・メディアにポストしていたけれど、 その数や熱の入り具合は 昨年9月にナイキがコリン・カパーニックを広告に起用した時に比べると遥かに控えめ。
またリベラル派の間では 「CMのドラマ仕立てが白々しい」、「お仕着せがましい」、「世の中の風潮に乗っただけの空虚なメッセージ」 との声が多く、中にはジレットが男性用のシェーバーよりも女性用のシェーバーを割高にして 女性を差別してきた歴史を 指摘する声も聞かれていたのだった。 ちなみに女性用シャツの方が男性のシャツより布の使用や縫製が少ないにも関わらず値段が高いこと、クリーニングに出してもそのクリーニング代が高いなど、 女性用のプロダクトやサービスの方が割高であることは アメリカ社会では「ピンク・タックス」と呼ばれて女性から反感を買ってきたもの。 例えばクリニーク社は全く同じ洗顔料でも男性用にパッケージした商品は安価でチューブのサイズが大きくなることで長く批判を受けているのだった。
さらにこのCMが母親層に不評なのは「息子は父親の考えに従って育てるもの」とも受け取れる点。実際には強い母親像は 息子がトキシック・マスキュリニティを抱かない大きな要因になっているのだった。要するに全ての層に嫌われたのがこの広告であるけれど、 多大なパブリシティを獲得しており、今週はどのニュース・メディアもエンターテイメント・メディアもこのCMを大きく取り上げていたのだった。

その一方で今週には”トキシック・マスキュリニティ”のシンボルと言われるトランプ大統領が、 カレッジフットボールのチャンピオン・チームをホワイトハウスに招いた際に、 キッチンスタッフが政府のシャットダウンで不在であったことから 彼らをもてなすバンケットとなったのが大統領の好物でもあるファストフードのデリバリー。 そこで物議をかもしたのが 大統領が「ファースト・レディとセカンド・レディ(ペンス副大統領夫人)に サラダを作らせることも出来たけれど…」と語ったことで、「女性=料理をさせる」という概念が時代遅れの性差別だとして ソーシャル・メディア上で批判を集めていたのだった。その中には男性からの批判も多く 「我が家ではサラダを作るのは夫である自分の仕事です。大統領、作り方を教えましょうか?」というものもあったけれど、 こういうリアクションを見ていると、ジレットの広告はリベラル派の男性の意識には全く追い付いていないレべル。
そうかと思えば今週には、女性の首に犬のように首輪と鎖を付けて それを引いて歩くアメリカ人旅行者(写真上右)がコロンビアで話題を提供しており、 女性蔑視や虐待の意識がここまで鈍化している層にはジレット社の広告は「腹立たしい戯言」にしか受け取れないのは容易に想像がつくところなのだった。




しかしながらソーシャル・メディア上で 週の半ばから聞かれ始めたのが 「ジレット社の広告物議を煽っているは メインストリート・メディアだ」という指摘で、 同様のことはプロパガンダ・ニュースを得意とするニューヨーク・ポスト紙のオピニオン・コラムでも指摘されていたこと。 NYポスト紙のコラムニスト、カイル・スミスは1990年代から同紙の編集部で 「記事の関心を高めるには怒りを掻き立てろ」とプロパガンダ・メディアにありがちな指示を受けてきたとのことで、 自分の記事のサブジェクトに対して反発や怒り抱く人を探してはそのコメントを掲載していたという。 基本的にメディアというのは 表向きには事実しか伝えるべきではない存在。 そのためメディア側が意図した通りの記事を書くには、意図した通りの意見を持つ専門家や一般人にそれを代弁させる必要がある訳だけれど、 彼に言わせればそれは昔の話。ソーシャル・メディアが広まってからは、 メディアが意図する意見をソーシャル・メディア上のフェイク・パーソナリティにツイートさせるだけの話で、 カイル・スミスが読んだ BBCのジレット批判記事に登場したソーシャル・メディア・ポストや ツイートはフォロワー5人、フォロワー18人という 明らかなフェイク・アカウントであったとのこと。

そもそも一般の人々が今週ジレットのCMを見たのはもっぱらYouTubeや オンライン・メディアのストリーミング。 彼らの怒りのリアクションはTV番組の合間に放映されたCMを見てのものではなく、そのCMを批判したり、 物議を盛り立てるメディアの報道を見てのリアクション。 何の先入観も無しに一般人がジレットのCMを見た場合、メディアが大騒ぎするようなリアクションは起こらなかったとさえ言えるのだった。
カイル・スミスは 「メディアが取材費や手間をカットするためにソーシャル・メディアのフェイク・オピニオンを使ったり、 作ったりしている」と指摘していたけれど、実際にはそれらのネガティブ・リアクションまでもが ジレット社のマーケティングの一環としてデザインされていても不思議ではないのだった。 何故ジレットが自社広告であえて批判を浴びるように仕向けるかと言えば、ジレットという企業自体の影がどんどん世の中で薄くなっているためで、 逆にアメリカで大きくシェアを伸ばしてるのが全米に400万人以上のメンバーを抱えるダラー・シェイブ・クラブ(写真上右側)。 激安で上質なシェーバー・セットがスタイリッシュなパッケージで毎月送られてくるダラー・シェイブ・クラブのせいで、 かつて「カミソリの歴史はジレットの歴史」とまで言わせた市場独占ブランドから 多くの男性が 「ジレット離れ」をするようになったのは 社会現象とまで言われる規模になっているのだった。
したがって現在のジレット社にとっては、シェーバーを売るよりも 「ブランドの存在を再び世の中にアピールすること」の方が 遥かに大切かつ必要なタスク。 それだけに、「We Believe: The Best Men Can Be」というタイトルの広告が、何故かメディアで直ぐに、そしてこぞって 「トキシック・マスキュリニティ」と結びつけられて物議を醸すというのは、最初からそこまでがデザインされて マーケティング戦略が組まれ、ジレットが多額の広告費を支払うメディアへの根回しと共に 反発世論のツイートまでがタイミング良く発信されるようプランされていたという方が理にかなったストーリー。 そうでなければフォロワーが18人しかいない身元不明の人物のツイートがBBCやニューヨーク・タイムズの記者の目に偶然留まることなどあり得ないのだった。
しかもこうした長編のCMはスーパーボウルの際にデビューするのが常であるものの、 1月半ばのマーティン・ルーサー・キングデイの連休前、一年中で最もニュースが少ない時期にデビューしているのも図ったようなタイミング。 政府のシャットダウン以外の物議を醸すニュースが必要なメディアに格好のネタを提供しているのだった。
とは言っても こうしたガイダンスによって煽られた反発世論というのは、自主的に湧き上がるオーガニックな反発とは異なり あっという間に萎えるもの。したがって来週には誰もこのCMについて話題にしなくても全く不思議ではないし、 その段階には次なるディストラクション(気を散らせるもの)が用意されて、それに報道時間や紙面が割かれるのがメディアの世界。 これだけメディアが発達しているように見えるアメリカでも、 メインストリート・メディアほど 本当に報じられるべきニュースが報じられず、作られたムーブメントに一般大衆の関心が向けられているのが実情なのだった。


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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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