Nov. 26 〜 Dec. 2 2018

”Link Between Bush and Nazi”
ブッシュ元大統領死去で再び浮上した
ブッシュ家の富とナチス・ドイツの関わり



サイバー・マンデーで幕を開けた今週のアメリカでは、トランプ大統領がアルゼンチンで行われたG20サミットに飛び立つ直前に 彼の元弁護士であるマイケル・コーヘンが ロシア疑惑捜査に協力し、 トランプ陣営とプーチン大統領の関わりを裏付ける証言をしたことが 大きく報じられ、それが原因でトランプ氏がプーチン大統領との直接会談を、緊迫するクリミア情勢を言い訳にキャンセルしたと指摘されていたけれど、 11月30日 金曜日に第41代米国大統領、ジョージ・H・W・ブッシュ(享年94歳)死去のニュースが伝えられてからは、 その追悼報道一色になっているのだった。
ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領は近年車椅子生活を送っており、今年4月のバーバラ夫人(享年92歳)の死去以降、 体調の悪化が伝えられて久しかった状況。死の直前にはスピーカー・フォンで長男である第43代米国大統領、 ジョージ・W・ブッシュと会話をし「I love you」という息子の言葉に、「I love you, too」と返したのが最後の言葉と報じられているのだった。
ソーシャル・メディア上では死去報道の直後からブッシュ氏へ追悼メッセージが溢れ、 その中にはブッシュ氏からホワイトハウスを引き継いだビル・クリントン元大統領、オバマ前大統領、 そして2016年の共和党大統領予備選挙戦中にブッシュ氏の息子、ジェブ・ブッシュと争い、 ブッシュ家を猛烈に批判していたトランプ大統領のメッセージも見られていたけれど、 G20サミットでアメリカのプレスから 以前繰り広げたブッシュ家批判について尋ねられたトランプ大統領は 何も答えず質問を打ち切った様子がメインストリーム・メディアで報じられていたのだった。




メインストリーム・メディアが故ブッシュ氏の功績やパブリック・サービスにフォーカスして 賞賛の追悼報道をしていた一方で、徐々にソーシャル・メディア上で再び浮上してきたのが ブッシュ・ファミリーがナチス・ドイツへの投資で如何に大儲けをしたか、 そしてそれが第二次大戦にアメリカが参戦してからも続いていた疑惑についての指摘や批判。
その歴史を紐解く前に、故ブッシュ大統領がいかにエリートとしてキャリアを送ってきたかを説明しておくと、 ジョージ・H・W・ブッシュ氏が生まれたのは1924年6月12日、マサチューセッツ州。イエール大学卒業後、第二次大戦中に海軍パイロットを務めているけれど、 その操縦機が撃ち落された際、何故かその海上からの救出シーンがしっかりビデオ映像に収められていたことで 近年逆にそれを不思議がる声が聞かれていたのだった。やがてホームタウンに戻って、大戦中も文通を続けたバーバラ夫人と結婚。 6人の子供を設けたものの、そのうちの女児1人を白血病で失っているのだった。
その後テキサスに移住。父親で元上院議員かつビジネスマン、プレスコット・ブッシュのコネクションを利用して石油ビジネスを始め、 5年後には海洋掘削を専門とするザパタ石油株式会社を共同設立。設立から2年後の1954年に同社の社長に就任。 そこからの約10年で故ブッシュ氏はミリオネアになっているけれど、60年以上前のミリオネアが現在とは比べ物にならないのは言うまでもないこと。
やがて1964年、46歳で 父親のプレスコット・ブッシュ同様、上院議員選挙に立候補したものの落選。 2年後のテキサス州下院議員選挙で当選を果たしたことから、ザパタ石油株式会社の会長職を去っているのだった。 1970年にはニクソン元大統領に説得され、下院議員のポジションをギブアップしテイラー上院議員選に立候補。 ニクソン氏からの強力なサポートを得たにも関わらず落選したことから、ニクソン大統領は故ブッシュ氏を1971年に国連大使に任命。 その後、ニクソン大統領のウォーターゲート事件で揺れる時代に共和党全国委員会の会長を務めたブッシュ氏は、 1974年に中華人民共和国の米国連絡事務局長、1976年に第11代CIA長官に就任。 しかし1977年に民主党のカーター氏が大統領に就任したことから1年でそのポジションを去り、 ライス・ユニヴァーシティのパートタイム・プロフェッサーを務めるなど、暫し政界から遠ざかっていたのだった。
そして1980年の大統領選挙に出馬したブッシュ氏は、共和党の予備選挙でロナルド・レーガン元大統領に敗れ、 誰もがその政治生命の終焉を予測したのも束の間、レーガン氏によって副大統領候補にサプライズ指名され、 1981年〜1989年までのレーガン政権二期に渡って副大統領を務めるに至ったのだった。
1988年に再び大統領選挙に出馬した故ブッシュ氏は、当時の民主党候補デュカキス陣営の弱さと レーガン人気が手伝って見事当選。 1989年1月20日に大統領就任してからは、中国の天安門事件、ベルリンの壁の崩壊、ソビエト連邦崩壊といった 国外の時代の転換期への対応を迫られ、 1990年8月2日からはイラクによるクウェート侵略を受けて湾岸戦争がスタート。 アメリカ軍攻撃開始直前に全米ネットのTV生放送を通じて、ブッシュ氏が戦争への理解を求めるスピーチを行った様子は 多くのアメリカ国民の記憶に残っているのだった。
1991年2月28日に湾岸戦争終結を宣言したブッシュ政権の支持率は非常に高かったものの、 アメリカ国内の深刻なリセッションを受けて 選挙公約破りの増税を行ったことで国民が猛反発。 そして迎えた再選選挙では 当時46歳の若さとカリスマ性で選挙民にアピールしたクリントン氏に敗れ、 一期のみでその大統領任期を終えているのだった。 しかし、その後も政界に強い影響力を持ったブッシュ氏は、クリントン氏と一緒にチャリティ活動を行うなど、 党派を超えたパブリック・サービスで知られた存在。特に地元テキサスでは英雄的な存在で、 息子であるジョージ・W・ブッシュ大統領誕生にも陰で大きく貢献しているのだった。
政治家としての故ブッシュ氏の経歴は 「選挙によって勝ち取ってきた」というよりは、「そのコネクションが見込まれて 指名されてきた」というもので、それを可能にしていたのが父親プレスコット・ブッシュ、そして母方の祖父であるジョージ・ハーバート・ウォーカー。 故ブッシュ氏のフルネームはジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュで、ブッシュ家&ウォーカー家のダイナスティ(王朝)を 象徴する存在と言われたのが同氏なのだった。




故ブッシュ氏の父親、プレスコット・ブッシュは 鉄鋼業と第一次世界大戦中の武器のコントラクターで富を築いたサミュエル・プレスコット・ブッシュの息子として 1895年5月15日にオハイオ州に生まれ、大学はイエールに進学。卒業後、第一次大戦中のアメリカ遠征軍の船長を務めた彼が 1921年に結婚したのがドロシー・ウォーカー。彼女の父親ジョージ・ハーバート・ウォーカーは裕福なセントルイスのインヴェストメント・バンカーであり、 元USGA(USゴルフ・アソシエーション)のプレジデント。ちなみにUSGAウォーカー・カップは彼のラストネームからのネーミング。
それだけでなく現在も5.6兆ドルのアセットを擁する米国最大手のプライベート・バンクの1つで1931年に設立されたブラウン・ブラザース・ハリマン(BBH) の前身となる W.A. ハリマン&カンパニーの社長を務めたのがジョージ・ハーバート・ウォーカー。彼は長身でルックスが良く 野球やゴルフの達人で知られたプレスコット・ブッシュを大いに気に入り、 その娘婿のためにニューヨークでセットアップしたのが、鉄道王EHハリマンの息子でプレスコットのイエール時代からの友人である アヴェリル・ハリマンとの金融プロジェクト。 それがハリマン家とウォーカー家の財力で設立されたUBC(ユニオン・バンキング・コーポレーション)で、そのメイン業務は ドイツ最大のインダストリアル・ファミリー、ティッセン家の アメリカにおける資金調達。
ティッセンはドイツで鉄鋼業を営む大富豪ファミリーで、その息子のフランツ・ティッセンは第一次大戦後にヒットラーの演説を聞いて以来、 当時財政難だったヒットラーとナチスを支えてきたサポーター。 そのヒットラーによる大規模なドイツの軍備強化とオリンピック・スタジアムを含むナチス関連施設の建設ラッシュの恩恵を受けて、 ティッセン家は大儲けをしただけでなく、ナチス・ドイツがポーランドに侵略してからはアウシュヴィッツの捕虜を無給の労働力として利用していた シレジアンの鉄鋼業、CSSC(Consolidated Silesian Steel Company)でも膨大な利益を上げていたのだった。

プレスコット・ブッシュはUBCの役員を務めながらマネージメントを行っており、CSSCを含む ティッセンがオランダ、アメリカ、ポーランド等、 世界中で経営するバンクや企業の役員や株主として財産を築き上げる一方で、複数の国と企業が絡む 複雑な経路でナチス・ドイツのためにゴールド、石油、資金の調達をしてきた存在。 でもアメリカが旧日本軍によるパールハーバーの奇襲によって第二次大戦に参戦する以前は、 「ドイツの復興に寄与する」という名目で ヒットラー政権に投資をする米国企業は多く モラルという視点を除けば、ヒットラー&ナチス・ドイツへの投資は合法であったのが実際のところ。
しかしプレスコット・ブッシュはアメリカが第二次大戦に参戦した後もヒットラーの金策を担当したUBCのディレクターを務めていたことが問題視されており、 1942年にUBC及びプレスコット・ブッシュがアメリカでスタートしたベンチャー企業、 シレジアン・アメリカ・カンパニーが共にアメリカ政府によって押収されているのだった。 結局、プレスコット・ブッシュは罪に問われることは無かったものの、やがて彼が上院議員に立候補したのは 「この時に政治家の力を思い知ったから」という指摘があり、 ファミリーから政治家を生み出す伝統がこの時の教訓から生まれたという声も聞かれているのだった。
とは言ってもプレスコット・ブッシュが批判を浴びる理由は他にもあって、 それは1944年1月に当時のフランクリン・ルーズベルト大統領が、ヨーロッパのユダヤ人を救う目的で、 ハンガリーとアウシュヴィッツを結ぶ鉄橋のアメリカ軍による空爆を企てた際に、それが プレスコット・ブッシュが役員を務めていたBBHを含むアメリカの大企業による猛反対で潰され、 40万人と言われたハンガリーのホロコースト犠牲者の命を救うチャンスが奪われたこと。 これについてはホロコースト生存者が アメリカ政府とブッシュ・ファミリーに対して2001年に損害賠償訴訟を起こし、裁判所に棄却されているけれど、 アメリカのスーパーパワーが世界中で明確になったのが第二次世界大戦。 参戦国が多額の被害を被り 借金を重ねた中、唯一黒字に沸いて国力を大きく高めたのがアメリカで、 そうなるには それなりのプロセスがあったことを窺わせているのだった。




ブッシュ家とナチス・ドイツの資金面での繋がりは、2004年のジョージ・W・ブッシュ大統領再選選挙の際にも リベラル・メディアの間で浮上したものの、ブッシュ氏本人とは無関係であったことから、大きく取沙汰されることが無かったスキャンダル。 でもジョージ・H・W・ブッシュ氏死去報道の直後、再びその批判を繰り広げるツイートが 数多く見られたことから、突如グーグル検索のトレンディングに浮上したのが ”プレスコット・ブッシュ”の名前。
その中には、プレスコット・ブッシュがイエール大学在学当時、同校のエリート学生のシークレット・ソサエティとして知られるスカル・アンド・ボーンズに所属し、 1918年にオクラホマ州の墓場からジェロニモの頭蓋骨(スカル)を掘り出してスカル・アンド・ボーンズのトゥーム(写真上左) に持ち込んだという伝説のエピソードに着眼するツイートも見られたけれど、実際にはこれはジェロニモの頭蓋骨では無いというのが歴史学者のコメント。 でもスカル・アンド・ボーンズはこれを機会に知っておくとアメリカの歴史が面白くなる存在。
設立は1832年で、設立メンバーの1人は後の司法長官で、第27代米国大統領ウィリアム・ハワード・タフト・ジュニアの父親である ウィリアム・ハワード・タフト。その名の通り頭蓋骨と骨のマークと”322”の数字で知られるスカル・アンド・ボーンズには プレスコット・ブッシュの義父、ジョージ・ハーバート・ウォーカーやその息子でMLBニューヨーク・メッツの共同設立者であるジョージ・ハーバート・ウォーカー・ジュニア、 プレスコットのビジネス・パートナー兼友人であった鉄道富豪の息子、アヴェリル・ハリマン等が所属しており、 そしてもちろんジョージ・H・W・ブッシュ氏、ジョージ・W・ブッシュ氏もメンバー。加えてジョージ・W・ブッシュ氏と2004年の大統領選挙を争った ジョン・ケリー元国務長官、シアーズを買収し今年に入って倒産に追い込んだヘッジファンダーのラリー・ランパート、 彼とイエール在学中ルームメイトだった現財務長官で元ゴールドマン・サックスのスティーブン・ムニューチン、タイム誌を設立したヘンリー・ルース等、 政治家や実業家、政府官僚の名前がズラリと並んでいるのが ”ボーンズマン”と呼ばれる スカル・アンド・ボーンズのメンバー・リスト。 極めて意外な顔ぶれとしては俳優のポール・ジアマッティが挙げられるのだった。
スカル・アンド・ボーンズのメンバー以外にも イエール大学ではニクソン大統領の辞任後に大統領となった ジェラルド・フォード氏やクリントン政権時代のルービン財務長官が法学士、 ビル&ヒラリー・クリントン夫妻がともに法学博士号を取得。 この秋、最高裁判事に指名されて物議をかもしたブレット・キャバナー判事も その上院喚問の証言の中で 「I went to Yale!」と捲し立てたエリート校。司法の世界ではハーバードよりも力があると言われるのだった。
ジョージ・H・W・ブッシュ氏の死後には、今まであまり脚光を浴びてこなかった同氏の息子でインヴェスターのニール・ブッシュ(63歳)や、 ジェブ・ブッシュ氏の長男として政界立候補目前のジョージ・プレスコット・ブッシュ(42歳)等も グーグル検索でトレンディングになっているけれど、歴代大統領最長の73年の結婚生活を続けた ジョージ・H・W&バーバラ・ブッシュ夫妻には5人の子供、17人の孫がおり、現時点で曾孫も7人。 一族の総資産として発表されている数字は2017年の時点で420億円と意外に少なめであるけれど、 今後もブッシュ家から人々がグーグル検索をする存在が登場することは確実視されているのだった。


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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

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