Aug. 19 〜 Aug. 25 2019

”Dress Like A Valley Billionaire?”
シリコンバレーのビリオネア・ファッションがメインストリームになる日


今週のアメリカでは、先週のNYダウ工業平均株価の800ポイント下落を受けて、リセッションの懸念が高まってきたことが 徐々にメディアの報道に反映されてきていたけれど、 そんな中大きく報じられたのがコック・インダストリーの経営者で、兄のチャールズと共にコック・ブラザースとして政財界で知られたと同時に、 アメリカの政治を裏から牛耳ってきたデヴィッド・コック(78歳) 死去のニュース。
石油、石炭などのエネルギー業界への投資で知られたコック・ブラザースは環境問題や地方都市の公共交通機関整備への取り組みを阻み、 グラスルーツ・ムーブメントを装った右翼グループの活動に資金を提供。 過去約30年に渡って地方政治から大統領選挙にまで影響を及ぼしてきた共和党支持母体と言える存在。
デヴィッド・コックはNYのシアター・プロジェクトに大金の寄付をしていたことから、 劇場関係者の間で一部彼の死を悼む声が聞かれていたものの、リベラル派を中心に 多くのアメリカ国民から危険視されていた彼の死去のニュースは ソーシャル・メディア上では セレブレーション扱いになっていたのだった。




話は替わって、先日リサーチを兼ねて日本からNYにやってきた知り合いに尋ねられたのが、「今ニューヨーカーは何処で、どんな服を買っているか?」という質問。 数年ぶりにNYにやってきたその人物は、「多くのストアがガラガラ、もしくは旅行者しかいないのに驚いた」と言っていたけれど、 実際に ニューヨーカーはストアに行く手間や時間を省いて、オンラインでオーダーするようになって久しい状況。 春先にハドソン・ヤーズ内に NY初進出店舗をオープンした高級デパート、ニーマン・マーカスは、 そのオンラインストアのNY市だけの年間売上が110億円を超えているとのことで、 私自身も最後にストアに出向いて服を購入したのが 果たして何時だったか思い出せない状況なのだった。
どんな服を買っているかについては、トレンドへの影響が顕著になってきているのは驚くなかれ、シリコンバレーのドレスコード。 シリコンバレーと言えば、フーディー、Tシャツ、ジーンズというナード(日本語で言うオタク)の定番スタイルが長く根付いていたファッションの不毛地帯。 しかしながら若いビリオネアがどんどん誕生し、お金を湯水のように使えるようになると不動産、車、時計に次いでお金を掛けるのがファッション。
とは言ってもシリコンバレーのパワープレーヤーの殆どはエンジニア。 そのためドレスダウン&着心地優先のコンセプトは変わることはないけれど、 過去数年のアスリージャー・トレンドを反映して、メインストリーム・ファッションが ”バレー・コード”に近づいてきたのに加え、 最もファッションに敏感な若い世代が今の世の中で 安定した高額給与の仕事を得られるのはもっぱらIT業界。 そのため過去5年ほどの間に シリコンバレー全体のファッション・レベルが大きく向上する現象が起こっているのだった。

写真上は左から、マイクロソフト社CEO サティア・ナデラ(52歳)、グーグルCEO サンダー・ピチャイ(47歳)、フェイスブックCOO シェリル・サンドバーグ(49歳)、 スナップ社CEO イヴァン・スピーゲル(29歳)、、ツイッターCEO ジャック・ドーシー(42歳)、インスタグラムのCEO ケヴィン・シストロム(35歳)、 フェイスブックCEO マーク・ザッカーバーグ(35歳)。 この中で”シリコンバレーのベストドレッサー”で知られるのはインスタグラムのケヴィン・シストロムで、 彼はグッチのシャツ&パンツにコモンプロジェクトのホワイト・スニーカー、パネライの時計をコーディネートするようなファッショニスタぶり。
シリコンバレーのファッション企業の中には、アルゴリズムを用いてユーザーの好みのスタイリングを 毎月送付するスティッチ・フィックス、トレンド・バトラー等があるけれど、シリコンバレーのCEOやエグゼクティブが全く興味を示さないのが そんなアルゴリズムを用いたスタイリング。 その代わりに彼らが高額フィーを払って雇うのがプロのスタイリストで、目下シリコンバレーで最も有名なスタイリストと言えばヴィクトリア・ヒッチコック(写真下左)。 彼女はHBOのコメディ「シリコンバレー」(写真下中央) のスタイリストも務めており、 シリコンバレーの20代〜50代のエグゼクティブのスタイリングを担当しているとのことなのだった。






シリコンバレーのベストドレッサーがケヴィン・シストロムであるならば、”モースト・インプルーブド・ドレッサー”、すなわち最もスタイルが向上したと言われるのが アマゾンのCEO、ジェフ・ベゾス。 彼とテスラのCEO、イーロン・マスクは”最もルックスが向上したCEO” とも言われるけれど、写真上左側のように同じような頭髪からスタートした2人が 正反対の髪型になっているのは、それぞれのキャラクターを反映しているようにも見受けられるもの。 ジェフ・ベゾスについてはアマゾン傘下のブルー・オリジンのプロジェクトで火星への宇宙旅行に備えていることもあり、ワークアウトで身体を鍛え、ハイテク栄養士を雇ったダイエットで 若返りを図っていると言われて久しい状況なのだった。
逆にシリコンバレーでワースト・ドレッサーと言われるのがフェイスブックのマーク・ザッカーバーグであるけれど、 シリコンバレーで長きに渡ってエンジニアがフーディーを着用し続けてきたのは彼の初期のシグニチャー・スタイルの影響。 そのマーク・ザッカーバーグは「CEOとして毎日様々な決断に迫られるので、着る服にその決断のエネルギーを使いたくない」として 毎日同じグレーのTシャツにジーンズを着用することで知られているけれど、 そんなユニフォーム・ドレッシングをシリコンバレーで最初に実践したのは故スティーブ・ジョブス。 彼のトレードマーク・ユニフォームと言えばイッセイ・ミヤケのブラック・タートルネックにリーバイスのジーンズで、 イッセイ・ミヤケがその復刻版を2017年に220ドルで発売するほど、シンプルながらもアイコニックだったのがスティーブ・ジョブスのブラック・タートルネック。
インヴェスターから90億ドルの資金を集めた血液検査のスタートアップ、セラノスのCEOで、 現在詐欺罪に問われているエリザベス・ホルムズ(写真下右)は、”女性版スティーブ・ジョブス”のイメージを植え付けるために 毎日のようにブラック・タートルネックを着用していたことで知られるけれど、本人がインタビューで語ったその所有枚数は150。 中でも熱心に買い漁っていたと言われるのがイッセイ・ミヤケのブラック・タートルネックなのだった。

一方のマーク・ザッカーバーグの何の変哲もないように見えるTシャツを2015年から手掛けているのはイタリア人デザイナーのブルネロ・クチネリ(写真上右)。 彼は奇しくもジェフ・ベゾスの一番のお気に入りデザイナーで、彼の現在のガールフレンド、ローレン・サンチェスが ベゾスと共に今年7月のウィンブルドン決勝に姿を見せた際に着用していたのもブルネロ・クチネリ。(写真上中央は ブルネロ・クチネリを着用したジェフ・ベゾス)。
ブルネロ・クチネリはいかにもイタリアの高級ブランドらしく、素材と縫製に徹底的にこだわるので、 着心地優先のシリコンバレーのエンジニアが惚れ込むのは容易に想像がつくところ。 そのTシャツも抜群の肌ざわりと着心地で高く評価されていて、価格は課税前で約300ドル。 でもマーク・ザッカーバーグが着用しているのは彼のためのカスタム・メイドで、その分100ドル近く値段がアップしていると噂されるのだった。
ザッカーバーグやベゾスに限らず、目下シリコンバレーのエグゼクティブがこのところこぞって着用するのがブルネロ・クチネリで、 2019年5月にはシリコンバレーのエグゼクティブ、十数人をブルネロ・クチネリがイタリアの自宅に招待するイベントを行ったほど。

そのブルネロ・クチネリと言えば5〜6年ほど前までは、コケイジャンのアッパー・イーストサイドのマダムがランチやバーグドルフ・グッドマンでのショッピングに着用する ベージュ〜グレーのカラーパレットのブランドというイメージだったけれど、 その抜群の素材と着心地、シンプルかつファッショナブル過ぎないスタイルが 今やシリコンバレーのエグゼクティブ達に猛然とアピールしているのだった。






ブルネロ・クチネリのラインの中で、特に人気が高いのがディコンストラクティブ・ジャケット(写真上右側2枚)。 これはカチッとしたテーラードではなく、シルエットを柔らかくしたジャケットで、前述のスタイリスト、ヴィクトリア・ヒッチコックによれば 彼女のクライアントは色と素材を替えて、これを何着も購入しているとのこと。 バレー・フォーマル(シリコンバレーのカジュアル系フォーマル)の必須アイテムになっているのだった。
それ以外にシリコンバレーが好むブランドとしてヴィクトリア・ヒッチコックが挙げていたのはスニーカーならば前述のケヴィン・シストロムも愛用するコモンプロジェクト、 ゴールデン・グース、ランバンで、これらは価格にして600ドル前後。 服ではブルネロ・クチネリ同様に素材が抜群のイタリアン・ブランド、ロロ・ピアーナが30代Upに好まれ、20代にアピールするのはラグ&ボーン。 エッジー系にはツイッターのジャック・ドルセーも愛用のリック・オーウェン、スポーティー系にはY3の人気が高く、 バックパックならTumiのアリヴェ・バーカーで、価格はモデルにより900〜1100ドル程度。逆にヴィクトリア・ヒッチコックがクライアントに身につけさせないと語っているのが アメリカではテックサポートのユニフォーム代わりになっているチノパンツとゴルフウェアに見えるポロシャツ。そしてビーチサンダル、Gショックの時計で、 時計に関してはパテック・フィリップやパネライなど高額品でステータスを演出することが奨励されているのだった。

一方、女性はと言えば写真上中央はシリコンバレーで行われた女性のイベントでのスナップであるけれど、シンプルなドレスを着用するシェリル・サンドバーグ タイプはマイノリティ。 圧倒的に多いのがパンツルック。またTシャツの着用を好む女性ほどお金を掛けているのがジャケットで、 Tシャツは40ドルでも、ジャケットはアレクザンダー・マックィーンで2800ドルという投資ぶり。 20代はカシミアのフーディーにスニーカーといったカジュアルを着用するものの、体型をスリムに保って、ある程度身体にフィットした服を着用すること、 ブーツでもパンプスでも 足元は若干でもヒールが高めのシューズを履くことがシリコンバレーに限らず ありとあらゆるビジネスにおけるパワードレッシングなのだった。

ニューヨークではIT企業が集まるエリアが”シリコンアレー” と呼ばれ、 伝統的にイーストコーストの方が気候の影響も手伝って ファッションがコンサバ。 しかしここ2年ほどの間に、従来のビジネス・ドレスコードよりも遥かにカジュアルで、若さや独自のスタイルが求められるバレー・コードが 幅を利かせてきたために、シリコンアレーに就職&転職をしたり、IT業界がクライアントになった途端に、 若い世代でも 頭を悩ませると言われるのが仕事に何を着て行くか。 その結果 ”自分の定番を見つけて、そればかりを着用する” ユニフォーム・ドレッシングの傾向が顕著になっているのだった。
ところであまり知られていないものの、 シリコンバレーにも存在するのがファッション・ウィーク。 これはテクノロジーとファッションの融合をアピールするイベントであるけれど、 ここで発表される作品は 少なくとも現時点では後進国のファッション・ショーのようなレベル。 そのためか一流デザイナー物を着用するシリコンバレーのメジャープレーヤーからは 全く見向きもされないイベントに止まっているのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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