Oct. 14 〜 Oct. 20 2019

”Amazon Can't Win Against Grocery Giants”
ホールフーズ買収から2年、
アマゾンが唯一苦戦を強いられる食材市場



今週のアメリカでもトランプ大統領の弾劾のカギを握るウクライナ疑惑にメディアの報道時間が割かれていたけれど、 その中に登場する言葉で グーグル検索で調べる人が過去2週間で激増したのが 「quid pro quo / クイッド・プロ・クォ」。 アメリカに30年近く暮らす私もウクライナ疑惑の報道で初めて聞いたのがこの言葉で、意味は相手の立場の弱さを利用して 見返りを要求すること。ウクライナ疑惑の場合、軍事援助と引き換えにトランプ氏が2016年の大統領選挙、およびジョー・バイデン元副大統領の息子の 不正疑惑の捜査を要求したのが事実であれば、それがクイッド・プロ・クォ。もちろんトランプ氏は「There is no quid pro quo」と弁明しているのだった。
でもウクライナ疑惑よりも民主・共和両党内が問題視しているのがトランプ氏が独断で決定したシリア北部からのアメリカ軍撤退。 現地からは連日のように過去5年に渡ってISIS撲滅のためにアメリカ軍と共に戦ったクルド人に対する トルコ軍の非道とも言える攻撃ぶりが伝えられ、 その中には怪我を負って倒れていた老女が トルコ兵に顔を何発も殴られ、髪の毛を引っ張って引き回された上に至近距離から銃で何発も撃たれて死に至ったという残虐な様子も含まれているのだった。
今週末にはペンス副大統領とポンぺオ国務長官がトルコを訪問し、120時間に渡る停戦協定を取り付けたとして「これで数百万人の命を救った」と 勝利宣言をしたのがトランプ氏。しかしトルコのエルドアン大統領は「クルド人兵士の撤退時間を与えただけで、停戦協定ではない」と アメリカ側の発表を覆しただけでなく、トランプ氏からの親書をゴミ箱に捨てた様子も伝えられ、 国際政治におけるアメリカの影響力の低下を世界に印象付けていたのだった。




さてマンハッタンの家賃や物価が高いのは今に始まった話ではないけれど、少し前に友達との会話で話題になったのが アマゾンがホールフーズを買収してからの方が食材費が安くなったということ。
2017年8月にアマゾンが137億ドルで高級食材チェーンのホールフーズを買収した際には、 ソーシャル・メディア上で「自分も同じ金額をホールフーズのアボカドに払ってきた」というような嫌味のコメントが ホールフーズ・カスタマーから聞かれていたけれど、それほど食材のボッタクリ価格で知られていたのがホールフーズ。 一方のアマゾンは買収時には既にアマゾン・フレッシュ、アマゾン・パントリーという食材&日用品のデリバリーに参入して久しい状況で、 当時はアマゾンがホールフーズを通じてアマゾン・フレッシュのビジネスを強化すると見る声が多かったのだった。
でもその予測を裏切って登場したのが ”プライム・ナウ”。この新アプリの登場によって オーダーから2時間以内に食材はもちろんウォーター、 サプリメント、キッチンペーパーやシャンプー等、ホールフーズで扱われている全商品がデリバリーされ、しかもデリバリーのチップは必要ナシ。 加えて食材価格は以前のホールフーズよりも安く、その質も変わっていないとあって、 かつてはフレッシュ・ダイレクト等の別の食材デリバリーを使っていた友達が、今ではこぞってプライム・ナウに切り替えているのだった。

価格が安くなった理由の1つは、アマゾンがホールフーズとは比べ物にならない財力に物を言わせた食材調達ネットワークを持つためで、 ホールフーズの店内に増えたのがオーガニックの缶詰、クッキー、パスタ、冷凍食品等 それまでアマゾン・パントリーを通じて販売されていたアマゾンのプライベート・ブランド”365” の食材。 代わりに締め出されたのが一般の人々が聞いたことが無いようなマイクロ・ブランドの高額食材のうち、売上が悪かったアイテム。すなわちホールフーズを 高級食材店に見せるのには役立っても、実際には売り上げの足を引っ張ってきたアイテム。
それと共にアマゾンが力を入れたのがホールフーズでアマゾン・プライムのメンバーを優遇するディスカウント。 2019年にアメリカ国内だけで1億人を超え、現在1億150万人に迫るアマゾン・プライムのメンバーは年間119ドルを支払うと アマゾン・ドットコムからの送料が無料となり、プライム・ビデオ、プライム・ミュージックを含む様々な特典があるのは全世界共通。 そのアマゾン・プライムのメンバーに対しては、既にセール対象になっているホールフーズの食材に更なるディスカウントが加わることから、 ホールフーズ・カストマーの間で着実に増えたのがプライム・メンバーになる人達。
しかもアマゾンとVISAの提携によるプライム・ストア・カードで支払いをすると、 アマゾン・ドットコムとホールフーズでの支払い総額から5%のキャッシュバックがあるため、ホールフーズでの食材ショッピングが非常に安くなるのだった。 そのためニューヨーク市内に14店舗あるホールフーズが、食材デリバリー・サービスだけでなく近隣の食材店からも 徐々に来店客を奪っていることが伝えられて久しい状況。
私自身もオーガニックの肉や野菜がホール・フーズの方が他より安いので、コーヒーとチーズを除く殆どの食材を調達するようになったけれど、 未だにストアに出掛けて実際に食材を眺めてから購入するのを好む私はマイノリティ。 アメリカ人の友達は「わざわざ店に出掛けて、店内を歩き回って買い物をして、 それを持ち帰る時間と手間なんて無駄以外の何物でもない」という意見が圧倒的。
そんな徹底したオンラインショッパーにとって、食材より店に出掛けて買うのが論外なのが 衣類やシューズ。「色やサイズ、スタイルが全て揃っているはずがない店に出掛けて、自分が欲しいものを短時間で探し出すなんて不可能」というのがその考えで、 さすがに私の友達はアマゾン・ドットコムでは衣類やシューズは買っていないようだけれど、 アマゾン自体は既に4年前にウォルマートを抜いて世界最大のアパレル小売業になっているのだった。




そのアマゾンは2018年の段階で全米のオンライン・ショッピング売り上げの50%を占める独占状態。それに次ぐオンライン・ショッピングのシェアを持つのは Eベイで僅か6%。如何にアマゾンが1人勝ちしているかが窺い知れるのだった。
そのため数年前からは多くのメーカーや小売業がアマゾン・ドット・コムを通じて製品の販売に乗り出しているけれど、 昨年から指摘され始めたのが「アマゾンがその売り上げデータから有望な商品をピックアップしては、独自に大量に仕入れることによって価格を抑え、 それを自社サイトで販売するので、アマゾンに出店した小売業がアイデアやヒット商品だけを盗まれてアマゾンとの価格競争に負けて経営難に陥っている」というシナリオ。
またアマゾンほどの財力があれば、自社のプライベート・ブランドで様々な製品を独自に生産することが可能な訳で CUBE New Yorkでも取り扱っているシリコンバレーのIt スニーカー、オールバーズはアマゾンでは販売はしたことはないものの、 全く同じようなスニーカーをアマゾンがコピー生産し、オールバーズの半額以下て売り出しているのだった。

アマゾンが自社サイトの売り上げデータから拾うことが出来ない 世の中のヒット商品の情報を的確にピックアップ出来るのは、 目下アマゾン傘下のビジネスで最も大きく売り上げを伸ばしているAWSこと、アマゾン・ウェブ・サービスのお陰。 アマゾン・ウェブ・サービスは全米のストリーミングの15%を占めるネットフリックスに始まり、ダウジョーンズ、エアbnb、GE、アドビ、ケロッグ、国防省 までもがそのウェブとクラウドを利用するサービス。 アマゾンがAWSを通じて ありとあらゆる検索データやトレンディング・トピック等の情報収集が出来るのはグーグルやフェイスブックと同様であるけれど、 グーグルやフェイスブックがその収集データを広告主を始めとする企業に売ることによって利益を上げているのに対して、 アマゾンはそのデータを自社、および傘下企業のビジネスに有益に利用しているという効率の良さ。 アマゾンはホールフーズ以外にもIMDB、オーディブル、トゥイッチ等100社以上を買収、もしくは出資しているけれど、 アマゾンが関わるビジネスの急速かつ、確実な拡大の要因を担っているのがAWSなのだった。

そのアマゾンが何故独占禁止法に引っかからないかと言えば、市場を独占しても 消費者に安価なプロダクトやサービスを提供している限りは ”コンシューマー・ウェルフェア”、すなわち消費者福利に貢献しているという理由で 独禁法の対象にならないため。すなわち”コンシューマー・ウェルフェア”は独禁法から企業を守る魔法のシールドのようなもの。
実際にアマゾンの拡大と市場独占までのプロセスで主要な戦略となってきたのが赤字覚悟の安価な製品や ユーザーフレンドリーなサービスの提供。それによってことごとく競合を排除してきたのがアマゾンのビジネス。 資金力に溢れるアマゾンのような企業が 時に100億円単位の赤字を被っても安価な製品やサービスを提供すれば、 中小企業が潰れるだけでなく、大企業でさえ経営難に陥るのは当然のこと。
そして一度アマゾンが市場シェアを拡大すれば、その段階からはアマゾンが仕入れや生産コストの削減を有利に行い、 消費者価格を上げなくても たっぷり利益が上げられるのだった。 そんな戦略を幅広い分野の製品で実践することにより、ワンストップ・ショッピングのウェブサイトになってきたのがアマゾン・ドットコム。 したがってアメリカという膨大な市場のオンライン・ショッピングでアマゾンが50%のシェアを占めるのには、 単に商品を手広く手掛ける以外の理由とビジネス戦略が存在しているのだった。




そんなアマゾンのビジネス拡大のしわ寄せが何処に行くかと言えば、ウェアハウスでパッキングや発送を担当する従業員やパートタイムでデリバリーをする人々。 アマゾンは2018年にアメリカの従業員の最低時給を15ドルに引き上げたけれど、その代わりにボーナスや株分け制度を排除しており、表面の体裁は整えても 裏でしっかり採算を合わせているしたたかさ。
フランスのウェアハウスではトイレに行く時間も無い従業員がコーラの缶で用を足している様子が伝えられた一方で、 2018年には倉庫内を走り回る運送用ロボットが クマ避けのスプレーを轢いてしまったため、従業員がそのスプレーの悪臭に耐えかねてウェアハウスから 避難したエピソードも聞かれるけれど、人間が避難しても働き続けていたのがロボット。なので アマゾンがいずれ人間のスタッフと人件費をどんどん減らしていくのは確実視されるところ。
そのアマゾンはUPSやFedExに対抗して自社機による空輸まで行うようになっており、 ドローン配達についても今週アメリカ初の商業用ドローン・デリバリーを実施したグーグル傘下の”Wing / ウィング”に次いで、現在2番目の認可を待っている真っ最中。
ウェアハウスや配達コストを落とす一方で 家の軒先に配達された商品が盗まれる被害を防ぐため、 2018年からは配達員が一回限り有効のコードで家の扉を解錠し、部屋の中まで商品を運び込む ”アマゾン・キー”というサービスもプライム・メンバーを対象に提供。 このサービスでは配達員の行動が終始モニターされるのはもちろん、 家主もオフィスなどからその配達の様子をライブのカメラ映像でチェックできるようになっているのだった。

あらゆるビジネスを急速に拡大してきたアマゾンであるものの、唯一苦戦を強いられているのがホールフーズを含む食材市場。 そもそもホールフーズの店舗数は食材市場最大の26%のシェアを握るウォルマートの約10分の1に過ぎない500店舗。 その仕入れ規模が価格に反映されるとあって、ホールフーズの食材価格はアマゾンによる買収後も マンハッタンほど物価が高くない地方や郊外では決して安いとは言えないお値段。
事実、ホールフーズで購入する1週間分の食材価格は 郊外を中心にウォルマートに次ぐ11%の食材市場シェアを持つ スーパーマーケット・チェーン、クロガーに比べると 40ドルも高いというデータがあるほど。 そのためホールフーズの食材市場シェアは現在3.5%で第9位。都市部での売り上げは伸びても、全体売り上げはアマゾン買収後も横ばい状態。 アマゾンがウォルマートを抜いて世界最大の小売業になって久しいものの、食材市場では全くウォルマートに太刀打ち出来ないのだった。
とは言ってもアマゾンが脅威なのはウォルマートとて同様で、今年に入ってからウォルマートが試験的にスタートしたのが アマゾン・キー同様に配達先の家の中にまでデリバリーするサービス。ウォルマートの場合、生鮮食料品を冷蔵庫に入れるところまでを行うというもの。
ウォルマートでさえ そんなサービスをしなければならないので、アマゾンにこれ以上シェアを奪われたくない通販業者の発送を担当するウェアハウスは アマゾン・ウェアハウスの激務を更に上回る過酷な労働条件。 冷房代を節約した空気が悪い高温のウェアハウスで休み無しに肉体労働を強いられるため、ある日従業員の1人が倒れてその場で死亡が確認されたというけれど、 死体を運び出していたら業務の遅れに繋がるということで、従業員が数時間も死体が横たわる状況のまま労働を強いられたというエピソードが報道される有り様。
そんな過酷な実態が報道されてからは、「たとえホームレスになっても、ウェアハウスでは働くべきではない」といったシニカルなジョークまで聞かれるほどで、 非人道的なビジネス競争を招くアマゾンをボイコットする人々、アマゾンを利用しても送付を急がないオプションを選ぶ人々は増えているのだった。 でもそんな人々は1億人を超えるプライム・メンバーのうちの焼石に水程度のレベルで 便利さ、速さ、簡単さに安さが加わると人間はそこから抜け出せないもの。 アマゾンの市場独占を嫌うニューヨーカーでも、ホールフーズの食材が更に安くなることを望んでいるのが本音なのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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