Jan 25 〜 Jan 31 2021

"F@$k You, Wall Street?!"
目指すのは金融世直し!? GameStop暴騰の仕掛人集団、WallStreetBets


今週のアメリカでは、発足2週間目を迎えたバイデン政権が大統領令で環境、オバマケア、中絶等に関するトランプ政権下の様々な規制を覆していたニュースに加えて、 全米で不足するワクチンのニュースがメイン・ストリートメディアで大きく報じられていたけれど、最も報道時間が割かれていただけでなく、 ツイッター上で今週の話題を独占していたのがGemeStop/ゲームストップ株暴騰、その仕掛け人集団ウォールストリートベッツ、そしてGemeStop株に不当な 取引規制をした株式取引アプリ、ロビンフッド、及びそれに対する猛バッシングのニュース。
まずはウォールストリートベッツについて説明すると、これは かつてトレンディングだったスローガンYOLO(You Only Live Once/ヨーロー:人生は一度だけ)の思想を投資に持ち込み、 ややリスキーながらも理論には叶った投資、リスク以上の大きなリワード(この場合儲け)が狙える投資を具体的な銘柄を挙げて呼びかけてきたグループ。 ミレニアル世代、ジェネレーションZを中心に100万人以上のメンバーを要し、 複数のチェアマンと投資ストラトジーの解説をするオピニオン・リーダーが存在。そのコミュニケーションの場は もっぱらソーシャル・メディアのReddit上。 メンバーの多くは前述のロビンフッドのアプリを駆使してスマホで株式取引をするロビンフッダー。
パンデミックによるロックダウンの有り余る時間の中で、YouTubeを始めとするソーシャル・メディアを通じてどんどん投資の知識をつけた若い世代が、 景気刺激策の助成金や失業手当の上乗せ金等を元手にファーストタイム・インヴェスターになったのがロビンフッダー。 当初、ウォールストリートは「素人投資家の火遊び」と捉えて彼らをバカにしていたものの、 そのコミュニケーション力とモーメンタム投資で従来の一般投資家にはあり得なかった”マーケット・メーカー” にまでのし上がったのがロビンフッダー。 中でもウォールストリートベッツは、それまでアイヴィーリーグ大学卒のエリートでなければ理解できないと思われてきた金融市場の仕組みが、 実はさほど難解なものではなく、情報と知識、そしてツールさえあれば 一般投資家でもその波に乗ったり、裏をかいて利益が上げられることを実践取引で示してきたグループ。 アメリカの金融チャンネルで言われるような「何も知らない素人集団が面白半分でモブ買いをしている」訳では決してないのだった。



ネイキッド・ショート & ショート・スクイーズ、ヘッジファンドの大損害


今週世界中で報じられたゲームストップ株価大暴騰であるけれど、ゲームストップ自体は全米に5000店舗を擁するゲームショップ・チェーン。 オンライン・ショッピングに押されて過去数年業績が振るわなかった同社は、ヘッジファンドのショートセリング(空売り)の恰好のターゲットになってきた銘柄。
そもそも空売りとは投資家が株式を借りて、それを高値で売ったことにして価格が下がったところで購入することによって差額を儲ける手法。 ところがゲームストップに関しては極めてアグレッシブに空売りが行われた結果、ショート・セリングの数が出回っている株式数を40%も上回っていた状況。 こうした借りる株式が無い状態で空売りをすることは、”ネイキッド・ショート(裸の空売り)”と言われ、リスクが大きいだけでなく なりふり構わぬ貪欲ぶりが「えげつない」とさえ言われる手法。 ウォールストリートベッツが「違法であるべき」と批判したこの手口はヘッジファンドだけでなく、モルガン・スタンレーのような大手投資会社も行っているのだった。
一度ウォールストリートのショートセリングのターゲットにされた株式は、複数のヘッジ・ファンドが連携して株価下落を仕組む結果、一般投資家は投げ売りを強いられ、大幅に株価が下落したところでヘッジファンドが 買いを入れることによって大儲けをするのがシナリオ。 それを熟知するウォールストリートベッツが、そんなえげつない投資をするヘッジファンドを締め上げる目的と確固たる勝算を持って呼び掛けたのがゲームストップ株の購入。 しかも呼び掛けたのは俗に言う ”Pump & Dump / パンプ & ダンプ”のような価格を吊り上げて売り逃げるのではなく、買った株式を持ち続けることで、 これは空売りをしていたヘッジファンドを”ショート・スクイーズ”に追い込むため。 ショート・スクイーズとは、空売りしていた株式が暴騰した損失をカバーするために、その株を高値で購入しなければならない状況で、それによって株価が更に跳ね上がるのは言うまでもないこと。 ゲームストップの株価は、ウォールストリートベッツに便乗した機関投資家の買いも加わって今週に入ってから毎日のように100%以上アップし続け、1月に入ってからだけでも1800%の上昇という狂乱相場。 金融関係者がこぞって「こんな状況は生涯見たことが無い」と語る歴史的な相場を展開したのだった。

この大暴騰でゲームストップの主要株主3人はそれぞれ20億ドル資産を増やしたと言われる一方で、ショートスクイーズで大損を強いられたヘッジファンドの損失総額はオルテックス・データによれば200億ドル。 中でも大きな損失を記録したのがメルヴィン・キャピタルとシトロン・リサーチで、後者の設立者でウォールストリートで有名なショートセラー、アンドリュー・レフトは、金曜にメディアに登場し 過去20年間続けてきた同社のショート・レポート発行を止めて「これからはロング(空売りでない通常の取引)に専念する」と白旗を揚げたほど。 一方のメルヴィン・キャピタルには、ヘッジファンド最大手で共和党へのロビー活動で知られるシタデルとNYメッツの新ビリオネア・オーナー、スティーブ・コーヘンが経営する72ポイントという2つの 巨大ヘッジファンドがそれぞれ膨大な額の投資をしており、ゲームストップ暴騰の煽りを受けて倒産寸前に追い込まれたメルヴィン・キャピタルを通じて多額の損失を被ったのがこの2社。 シタデルについては新財務長官で元FRB議長のジャネット・イエレンに過去2年間に80万ドルのスピーチ代を支払ってきたことが明らかになっているけれど、 そのジャネット・イエレン、バイデン新大統領は共に金曜の段階でゲームストップに関する一切のコメントを避けているのだった。



ロビンフッドの取引停止の大波紋


今週のゲームストップのエピソードが違う方向に急展開をしたのは木曜のこと。 「リスキーな株価乱高下からユーザーを守る」という大義名分を掲げて、ロビンフッド、TDアメリトレードを含む複数の取引所がゲームストップ株の取引を停止。 中でもロビンフッドは、ゲームストップ以外にも株価の動きが激しかったアメリカン・エアライン、映画館チェーンで業績不振のAMC、ノキア、ブラックベリー等、13銘柄の購入をブロックして、売却の取引のみに制限。 その間に自由に取引が出来たヘッジファンドが損失を食い止め、逆に損失を被ったのがロビンフッダー。 そのため「ロビンフッド関係者は刑務所に行け!」といったツイートが溢れただけでなく、NYではその日のうちに裁判所に提出されたのがロビンフッドを相手取った抗議書。 ロビンフッドのヘッドクォーター前では抗議デモがスタートしていたけれど、それもそのはずでロビンフッドの1300万人のユーザーのうちの半分が購入していたのがゲームストップ株。 この取引停止については、過去数年間、何一つ同意したことが無かった民主・共和の政治家、保守派&リベラル派のYouTuberまでもがこぞって猛反発していたのだった。
さらにユーザーを怒らせたのはロビンフッドが単にゲームストップ株の購入を停止しただけでなく、ユーザーの許可なしにそれを売却していたこと。 それもそのはずでロビンフッドのインベスターであり、同社の取引のサポートをしているのが 前述の大手ヘッジファンド、シタデル。 もちろんロビンフッド側はヘッジファンドからの圧力を否定し、同社が行ったのは「ユーザーのリスク回避のための正しい判断」と主張したけれど、 アカウントをクローズするユーザーが続出。
翌日金曜にロビンフッドは条件付きで購入停止を解除。ゲームストップ株は再び一時100%を超える急上昇を見せたけれど、ロビンフッド側は購入規制をする銘柄の数を50にまで増やしており、 その中に新たに含まれたのがスターバックスやGMといった銘柄。 これを受けて下院議会はロビンフッドの公聴会での喚問を決定。ユーザーはロビンフッドを相手取って複数の集団訴訟を起こしているけれど、 ロビンフッドが行ったこと自体は ユーザーがアプリの使用を始める前に合意しなければならない規約で保障されたロビンフッド側の権利。 プリントアウトすると55ページにも渡るこの規約では、どんな状況でもロビンフッド側がプロテクトされるように定められているのだった。
その一方で、ロビンフッドが取引を停止してから24時間も経たないうちに、グーグル・プラスのアプリ・レビューに溢れたのが約10万のロビンフッド・アプリに対する1ツ星のレビュー。 それによって1つ星の評価に転落したロビンフッドであるけれど、その低評価を何の説明も無しに削除したのがグーグル。 ロビンフッドの評価は再び4ツ星に戻っており、ロビンフッダー達はここで再び規制とセンサーの対象になっているのだった。
しかし金曜になって英語で”リテール・インヴェスター”と呼ばれる一般投資家が驚いたのは、証券取引委員会が「今後この状況を慎重に見守る」とコメントしたのが ウォールストリートベッツが市場操作に当たるかではなく、ロビンフッドのような取引所が一般投資家の権利を侵害していないかについてであったこと。 そもそもウォールストリートに対して否定的な民主党上院議員のエリザベス・ウォーレンも 「ウォールストリートの投資銀行、ヘッジファンドは、長年に渡って悪質な市場操作で一般投資家から富を吸い上げてきたにも関わらず、 同じことをリテール投資家にされると取引所に保護される。一般投資家には与えられていない特権やプロテクションを使っているからこそ搾取が出来る」とコメント。 問題の本質は現在の金融システムそのものにあるとしているのだった。





富のリデストリビュ―ションが始まる?


キャピタリズムを掲げていかにも公正な競争を謳っているウォールストリートであるけれど、2008年のファイナンシャル・クライシス(日本で言うリーマンショック)の際には、 それまで散々サブプライム・ローンでリスクを冒して稼ぎまくった挙句、バブルがはじけた途端に政府によって救済され、 国民の多くが家や職を失ったにも関わらず、誰一人として責任を問われることが無かったのは周知の事実。その直後に一時的に規制が厳しくなったものの、今はまた元通りの状態。
また昨年9月には過去8年間に渡り Spoofing / スプーフィング(架空の大口オーダーを入れることによって価格を操作する手口)によって 貴金属市場を操作し続けてきたJ.P.モーガン・チェイスが9200万ドルの罰金処分を受けているけれど、この額は 不正によって同行が上げた利益と比べれば微々たる額。J.P.モーガン・チェイスは15人のトレーダーに責任を押し付けただけで、逮捕者が出た訳ではなく、 事実上 好き放題やった利益の一部を政府に罰金として還元しただけ。 その価格操作は貴金属市場ではまだまだ根強いのはアメリカの市場関係者の間では周知の事実。そのためウォールストリートベッツが次なるショートスクイーズのターゲットに掲げて動き始めたのが 最も価格操作が激しいシルバーのETF(右上のビジュアル)。 貴金属相場専門家の間でも「シルバーのETFを薦める投資アドバイザーは決して信じるな」と言われるほど、一部の大手に牛耳られているのが貴金属市場なのだった。

ウォールストリートベッツのムーブメントに脈々と生きていると言われるのは、2008年のファイナンシャル・クライシス直後に盛り上がったアンチ・ウォールストリート・ムーブメント、”オキュパイ・ウォールストリート”の思想。 オキュパイ・ウォールストリートは政府から不当な保護を受けながら、リスクを冒し、国民を犠牲にして稼ぎ続けるウォールストリートの金融企業に抗議するため、 ファイナンシャル・ディストリクトにあるズッコッティ・パークに居座り続けた集団。 しかし抗議デモではどうすることも出来なかったのが当時の状況で、そのアンチ・ウォールストリート・ムーブメントが 約12年の月日を経て金融企業を同じ金融のフィールドでやり込める形で生まれ変わったと言われるのがウォールストリートベッツ。
市場関係者はウォールストリートベッツのムーブメントはまだ続くと見ているものの、未だに金融業界で顕著なのがウォールストリートベッツを 「何も知らない素人投資家集団がRedditやツイッターに乗せられて株を買っているだけ」、「市場の法則を知らない素人はそのうち痛い目に遭う」と軽視する傾向。 ロビンフッドのインヴェスターであるビリオネア、ジェフリー・ガンドラックは「政府がコロナウィルスの助成金など払うから、余計なことをするリテール投資家が増えた」とまるで 投資が富裕層の特権であるような横柄なコメントさえしているのだった。 しかし同じビリオネアでも、ウォールストリートベッツのメッセージボードやこれまでの投資を分析したソーシャル・キャピタル CEOのチャマス・パリハピティヤは、 「ウォールストリートベッツは極めて頭脳明晰な若い世代のグループ。 きちんと情報収集や市場分析もしているし、相場の知識もある。今週彼らの一部が学生ローンや住宅ローンを返済したのを手始めに、 今後富のリデストリビュ―ション(=貧富の格差の是正)勢力になる可能性が高い」と主張。
その言葉通り ウォールストリートベッツのリーダーの1人で”ロアリング・キティ”を名乗るYouTuber、キース・パトリック・ギル(34歳)は、かつて一流金融会社に勤めていたプロのファイナンシャル・アドバイザー。 彼自身の約70万ドルのゲームストップ株への投資は今週3400万ドルになっているけれど、彼のような若い世代の金融ウィザード達が これまで一般投資家が単に知らなかっただけの金融のからくりをどんどん暴きながら、1人1人の投資額は少なくても それが纏まるとヘッジファンドのパワーを上回ることを立証したのが今週。 それを脅威に感じるヘッジファンドや金融大手が、ロビンフッドのような規制や根回しで封じ込めようとすればするほど、 如何に株式市場が最初からアンフェアなシステムで動いているかを露呈することになるのは言うまでもないこと。
そのため、このゲームストップ株に翻弄された1週間が 「Beginning of the End of Wall Street」 と考える人は決して少なくないのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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