Apr 19 〜 Apr 25 2021

"The Verdict was In, But…"
諸手を挙げて喜べないデレク・ショーヴィン有罪判決


今週のアメリカで最大の報道となったのは4月20日火曜日に 2020年のブラック・ライブス・マター(以下BLM)の抗議活動の中心的存在となった ジョージ・フロイド事件で、手錠を掛けられてうつ伏せになった彼の首の上に9分以上に渡って膝を押し付け、死に至らしめた ミネアポリスの警官、デレク・ショーヴィン(45歳)に対して有罪判決が下ったニュース。
14日間に渡る裁判では、目撃者や検死を担当した医師を含む45人が証言を行い、 陪審員は結審から10時間後に 第二級殺人罪、第三級殺人罪、第二級過失致死罪というショーヴィンが問われていた3つの容疑、全てに有罪という 米国史上極めて画期的な判決を下したのだった。 世界一般の常識では「ショーヴィン有罪は当然」と判断されるものの それが通用しないのがアメリカ。そもそもアメリカの法律では警官を訴えること自体が極めて難しいのに加えて、 警官は職務遂行中である限りは例え人を殺害しても 裁判に行きつく以前に不起訴処分になるケースが殆ど。
裁判になったとしても 判決は陪審員の多数決で決まるのではなく、全員一致の判決を下さなければならないことから 1人でも考えを曲げない陪審員が居ればミストライアル、すなわち裁判が無効になるのがシナリオ。 アメリカでは年間に約1000人が警官によって殺害されているものの、訴追されるのはそのうちの5%。
そのため現地ミネアポリスでは、黒人層を中心にジョージ・フロイドに対するジャスティスを強く求めながらも、 それが裁判というシステムによって裏切られることを覚悟しており、 地元ビジネスはショーヴィンに無罪判決が出た場合の暴動に備えてウィンドウをボードで覆って判決を待っていたのだった。



検察側完全勝利の要因


火曜日の判決はメディアが注目する事件で警官が有罪判決を受けたのもさることながら、訴追された全ての罪で有罪になったことが極めて画期的で、 これまでは警官に有罪判決が下る場合、問われている複数の容疑のうち最も軽い罪だけで有罪というのがお決まりのパターン。
検察側がこの完全勝利を勝ち取った要因と言われるのは、弁護側が死因であると主張した ジョージ・フロイドが所持し、彼の体内からも検出されたドラッグの接取について、 彼が数年前の怪我が原因で痛み止め薬の中毒になったというアメリカ人の多くが経験し、社会問題にさえなっている経緯を説明し 陪審員の同情を得たのに加えて、 署長を含むミネアポリス警察内の複数の証人が逮捕時のショーヴィンの行為を「行き過ぎ」と証言したこと、 さらには目撃者達が 事件時に傍に居ながらジョージ・フロイドを救えなかった無念や後悔をそれぞれに涙ながらに訴えた証言が陪審員にパワフルにアピールしたため。
裁判中には、初公開のボディカム映像や未公開のアングルからの事件全容のビデオも公開されたけれど、これに対して弁護側の言い分は 「ジョージ・フロイドの直接の死因は薬物と既往症」、「ショーヴィンが9分間も膝で首を絞めつけたのは周囲の目撃者の敵対的な言動に気を散らされたため」、 「パトカーのエンジンが掛かっていて、排気ガスを吸ったのが死因」と、ショーヴィンの行為以外のありとあらゆるものを死因としてこじつけるもの。 また裁判中、検察側が厳しい指摘をする度に ショーヴィンがメモを取る姿がソーシャル・メディア上で話題になっていたけれど、 これは「検察の指摘が間違っている」、もしくは「それに対して反論がある」かのように陪審員に見せかけるためのジェスチャーで、アメリカでは弁護士が被告人に対して 服装、仕草、顔の表情、目線などに至るまでをアドバイスするのが通常なのだった。
メディアや法律の専門家は一様にこの裁判における検察側の周到な準備と、事実をアピールしながら陪審員の感情に訴える手法を評価していたけれど、 実際の刑が確定するのは8週間後。 3つの罪で全て有罪になったことからショーヴィンには最高で40年の刑期が言い渡される可能性があるものの、 初犯で警察官の任務遂行中ということもあり 見込まれているのは12年前後の刑期。 模範囚であれば更にそれが短くなるのだった。



ショーヴィン有罪でも揺るがない反改革意見


逮捕時にショーヴィンの手助けをした3人の警官については8月に全員一緒の裁判で裁かれることになっているけれど、 判決後にメディアが着眼したのが 手錠を掛けられて法廷を去るショーヴィンの手に弁護士の電話番号が書かれていたこと。 これは判決までの保釈の手続きと控訴のための連絡を弁護士とするためと言われ、 こんな事件であってもアメリカにはショーヴィン有罪を不服として、控訴による逆転を望む声が聞かれるのが実情。
支持政党や政治思想で国が真二つに割れて久しいアメリカでは、 バイデン大統領が判決後にジョージ・フロイドの家族を電話で祝福した一方で、 トランプ/共和党メディアであるFOXニュースは「デレク・ショーヴィン有罪判決はアメリカがBLMの運動に屈した証拠」と痛烈に批判。 「裁判自体も判事も公正さを欠いていた」として、ショーヴィンの控訴を強く後押ししており、 一部の共和党議員も同様の意見。 加えてバイデン政権が進めようとしている警察改正法案についても、共和党は極めて消極的、もしくは反対の立場を取っているのだった。 ちなみにこの改正法案は、全米の警察で逮捕時に容疑者の首を絞めつける行為を禁止する他、トレーニングの徹底、 任務遂行中の警官の不正行為に対して一般市民が訴訟を起こすことが出来る等の要綱を盛り込んだもの。
オバマ前大統領を始めとする民主党支持者やリベラル派、及びBLMの抗議グループがショーヴィン有罪判決を歓迎しながらも、「本当の改革はこれから」と慎重なコメントをしていたのも、 警察自体の体制が改められなければ この判決だけでは何も変わらないことを熟知してのことなのだった。



BLM暴走のリスク


実際にショービンの裁判期間中だけでも 複数の黒人層が警官によって射殺される事件が起こっており、 2021年に警察によって殺害された市民の数は 今週までで既に319人。 黒人層が殺害される確率は白人の3倍で、システマティックな人種差別が警察、そして社会に根付いているというのがBLM抗議者達が訴えてきた主張。
そもそも歴史を遡れば アメリカの警察の前身は逃げ出した奴隷を捉える警備隊。 アメリカという国は建国から245年が経過しても、内陸部に行けば行くほど当時と考えや世界観が全く変わっていない様子はとても先進国とは思えないほど。 ダーウィンの進化論を教科書から削除することを求め、「人間は神の創造、地球は平ら」と真剣に信じている人々が決して少なくないのに加えて、 市民戦争(日本で言う南北戦争)で南軍が敗れたことを知らないアメリカ人が南部の州を中心に多数存在するのが実情。 ここ数年で撤去が進んだアメリカ国内の南軍の英雄像の殆どは 市民戦争からから80年が経過した1940年代に右寄りの保守派勢力によって設置されたものであったけれど、 その目的は国民意識の中で歴史や正義を書き換えるため。 それが見事に功を奏してきたのは周知の事実で、同時に人種差別意識の存続にも大きく寄与しているのだった。

今週のアメリカではショーヴィンが有罪になっても、全米各地で盛んに行われていたのが 先週から立て続けに起こっている警官による黒人射殺事件に抗議するデモ。 しかしその中に含まれているのが 殴り合いをしていた相手をナイフで刺そうとした瞬間に、通報を受けて駆け付けた警官に射殺された16歳のマキア・ブライアントの事件。 これについては警官の発砲の正当性をサポートする声も多く、「黒人が射殺されれば 全て警察が悪い」というのはBLM抗議グループの危険な思想。 そのマキア・ブライアントは死亡時に里親に育てられており、アメリカでそれが意味するのは実の親がドラッグ中毒であったり、虐待をするなどして、 法的に子供から引き離されたということ。週末にはその実母が早速 我が子の死の賠償金獲得の訴訟に動いていることが伝えられるのだった。
またBLM抗議グループの設立者、パトリース・カーン・カロースにしても、活動を始めてから4軒の不動産を総額320万ドルで購入しており、 そのうちの1軒はマリブにほど近い白人住民が88%を占めるロサンジェルスの140万ドルの物件。そのため今週にはNYのBLMグループが それらの購入に寄付金が使われていないかの 会計捜査を依頼しているのだった。
その一方で ショーヴィン有罪判決の直後にはブルックリンの白人オーナーのレストランをBLM抗議デモの人々が取り囲み、 アウトドア・テーブルで食事をしていた人々に対して「お前ら白人の金など要らない。NYから出て行け」という過激なチャンティングが行われていたことが報じられていたけれど、 こうしたことはようやく改革に動こうという段階に漕ぎつけた人種差別や警察の問題を逆戻りさせかねないもの。 少なくともアメリカのこれまでの歴史では、マーティン・ルーサー・キングのような偉大な人物が登場しようと、どんな事件が起ころうと 「結局のところ、根本は何も変わっていない」という状況が 延々とリピートされているのだった。


執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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