Aug. 23 〜 Aug. 29 2021

"Doctors Fed Up, Nirvana Baby Sues, Etc."
医療従事者のフラストレーションが頂点に, クォモの弊害, ニルヴァーナ・ベイビー訴訟, Etc.


今週アメリカで引き続きトップニュースになっていたのがアフガン情勢。特に水曜にカブールの空港で起こった ISIS-Kによる自爆テロは、13人の米国兵を含む100人以上の死者を出す大惨事となったのは周知の通り。 これを受けてNYでは9.11テロ20周年を控えていたこともあり、特別なテロ予告は無かったものの NYPDが警戒体制を強めたことが報じられていたのだった。
ISISによるテロの可能性は現地で警告されていただけに、8月31日という無理なデッドラインでの撤退を急ぐバイデン政権に対しては内外から批判が集中していたけれど、 タリバン占拠後のアフガンでは刑務所から約5000人のISIS、アルカイダのメンバーが釈放されており、 彼らが早くも復帰しているのがタリバン対抗勢力の組織。 諸外国がテロリスト政権と見なすタリバンが、ISIS-Kというライバル・テロ組織の問題を抱えることになったのは皮肉な展開と言えるのだった。
一方国内では2021年は台風の当たり年とあって、ルイジアナ州に今週末から上陸しようとしているのが風速220キロ、カテゴリー4の超大型ハリケーン・アイダ。 16年前に同州を襲って壊滅的な被害をもたらしたカテリーナでさえカテゴリー3で、ルイジアナは昨年8月のローラ、昨年10月にカテゴリー3で上陸したジータの被害から 全く立ち直っていない状況。 現地では、物資の買い貯めよりもシェルター生活に備えてコロナウィルスのワクチン接種が呼び掛けられており、 もしシェルターからクラスターが発生した場合、既にパンク状態である医療施設では対応出来ないことが危惧されているのだった。



医療従事者のフラストレーションが頂点に!しかしメディアは…


今週もアメリカで増加傾向を見せていたのがデルタ変異種の感染者で、1日の死者数は今年春のピーク時に逆戻りして2000人を超える勢い。 例によって感染者の殆ど、入院患者と死者の90%以上がワクチン未接種の人々で、"パンデミック for People Unvaccinated"と言われるのが現在の状況。 そのため「胎児を守るため」とCDCの呼びかけを無視してワクチン接種を拒んでいた妊婦が 出産後に子供共々コロナウィルスで死去したニュース、 コロナとの闘病を終えた妻が 自宅に戻ってみると夫がCOVIDで死亡していたニュース等が報じられ、ワクチン接種が呼び掛けられていたのだった。
そんな中、1日の感染者数が2万1000人を超えて、デルタ変異種感染のエピセンターになっているのがフロリダ州で、今週パームビーチの病院で行われたのが 医療従事者75人が病院前に勢揃いをしてワクチン接種を呼び掛けるプレス・カンファレンス。既にパンデミックが始まって17ヵ月以上。その間一時的に感染者が減ったとは言え、 医療スタッフは 休暇も取れずに激務が続く状態。ワクチンが打てない年齢の子供が居るスタッフは、自分がワクチンを接種していてもウィルスに感染することから、 何カ月も子供とキスやハグが出来ないのは アメリカ社会では親にとっても子供にとっても極めて辛いこと。 患者達は判で押したように死の間際にワクチンを接種しなかったことを後悔するのだそうで、今や入院患者、死者の大半が40歳以下。 そんな若い層があっという間に死に至るのがデルタ変異種。1日に4人、5人の死を看取る側の精神的な落ち込みは、終わりの無い激務の疲労に追い打ちをかけており、 多くのナースがリタイアする傾向はフロリダ州だけでなく、全米レベルで顕著。医療システム崩壊を危惧する声まで聞かれるのが現在なのだった。

プレス・カンファレンスは15分ほどで、あくまでワクチン接種を呼び掛けるもの。しかし一部の右寄りメディアやソーシャル・メディア・ポストが伝えたのが 「フロリダ州のドクターがワクチン未接種者の治療をボイコットしてウォークオフ」というヘッドライン。 そのため不必要にアンチ・ワクチン派の怒りを買うことになってしまい、メディアの中には後日”ファクト・チェック”として真相を報じ直すものも見られていたのだった。 コロナウィルスの深刻さやワクチンについて正しい情報が伝わらないのは、そもそも こうしたポリティカル・バイアスによるものだけれど、 医療現場からの懇願と言えるメッセージが あっさり捻じ曲げられて、分断を煽る材料に使われるのはアメリカ社会の情けない状況。
そのフロリダ州で、現在アンチ・ワクチン派が大行列をしているのが トランプ大統領がコロナウィルスに感染した時に受けたアンチボディ・トリートメントを提供する臨時クリニック。 フロリダは次期大統領を狙う共和党のロン・デサンティスが州知事を務めるとあって、その支持基盤の保守派のニーズを満たすために 州内20ヵ所に設けられたのが臨時クリニック。アンチボディ・トリートメントは本来、感染直後の病状悪化前に行う治療法で IV(点滴)で投与を行うべきもの。 しかし医療設備が足りないことから 代わりに用いられているのが太い注射器4本に分けたアンチボディを腹部等、身体の4か所に注入する乱暴な手法。 しかも正確な情報が伝わっていないため、ウィルスに感染していないアンチ・ワクチン派が 予防のためにこれを受けており、無意味かつ 場合によってはリスキーな状態が野放しにされているのだった。



NY新女性州知事誕生と、クォモ辞任の思わぬ余波


今週火曜日、8月24日深夜零時直後に宣誓証言を行い、NYの57代目にして初の女性州知事に就任したのがキャサリン・ホークル。 彼女の就任演説は、彼女が州知事の業務を開始した15時間後の午後3時に行われ、その端的で簡潔なスピーチは僅か15分。 前日にクォモ前州知事が行った 宿敵デブラジオNY市長、自分を辞任に追いやったレティシア・ジェームスNY司法長官に対する恨みがましいコメントを含んだダラダラと長いスピーチとは 明らかなコントラスト。
ホークル州知事は、自らがドメスティック・ヴァイオレンスの被害者女性をサポートするチャリティを行っているとあって、 州政府の職員全員に対する性差別、人種差別に関するトレーニングの徹底を約束。これまでのマルバツ方式テストという手抜きトレーニングを廃止し、 一対一のライブ・トレーニングを全職員に対して義務付けた他、クォモ政権下でトキシックな職場環境を作ってきた人員の一掃に即座に着手する行動力を見せていたのだった。

逆に辞任に際してもトキシックな後味を残したのがクォモ。州知事としての最後の権限を行使して、警官3人を殺害する凶悪強盗事件で 終身刑を受けていた主犯格の保釈を認めたことから、この凶悪犯罪者の仮釈放は時間の問題。 これには遺族やNYPD関係者が猛反発を見せたけれど、同時にクォモがギャング団等、闇の世界との繋がりが深かった様子を改めて感じさせていたのだった。
その一方で今週 辞任に追い込まれたのがセクハラ犠牲者を救済するチャリティ団体、”Times Up / タイムズ・アップ”の共同設立者、ティナ・チェン(写真上右から2番目、上段)。 2018年のゴールデン・グローブ賞授賞式で 女優達がこぞってブラック・ドレスで登場するサポート・アクションを見せたことから一躍注目を浴びたのがこの団体。 しかし集まった多額の寄付の70%がスタッフの高額給与に当てられ、セクハラ犠牲者を救済する裁判費用として使われたのは僅か30%。 しかもそれがもう1人の共同設立者で 少し前に辞任したロベルタ・カプラン(写真上右から2番目、下段)が経営する法律事務所に弁護料として支払われていたことから大顰蹙を買っていたのだった。
ティナ・チェンが辞任に追い込まれた理由は、本来ならセクハラ被害者をサポートするはずのこの団体が セクハラで訴えられたクォモをサポートするコンサルテーションを行っていたことが明るみに出たため。 昨年12月に最初にクォモに対するセクハラを訴えた被害者、リンジー・ボイラン(写真上右、小枠写真)の粗さがしを請け負っていた本末転倒ぶりで、 前述のロベルタ・カプランの法律事務所は、クォモの長年の右腕で セクハラ被害者を陥れる画策をして訴えられたメリッサ・デローザの弁護を担当する有り様。 要するに被害者救済の寄付で私腹を肥やし、加害者をサポートして更に稼いでいた劣悪偽善団体であったのがタイムズ・アップ。 創設者、幹部に詐欺罪を問うべきとの声も多く、レティシア・ジェームス司法長官の仕事がまた増えそうな気配なのだった。



ニルヴァーナ・ベイビー、30年目の訴訟の行方は!?


今週はローリング・ストーンズのドラマー、チャーリー・ワッツが80歳でこの世を去ったニュースも大きく報じられていたけれど、 もう1つロック界からの大きなニュースになっていたのが、今は亡きカート・コベイン率いるニルヴァーナの1991年のデビュー・アルバム 「Nevermind/ネヴァーマインド」のカバーに乳児時代の写真をフィーチャーされたスペンサー・エルデン(写真上左、現在30歳)が 元バンド・メンバーとその関係者17人を相手取って チャイルド・ポルノグラフィ、及び写真無断使用に対する 総額250万ドルの損害賠償訴訟を起こしたニュース。
「ネヴァーマインド」は3000万枚の売上を記録したメガ・ヒットアルバムで、糸で吊るされた1ドル札に向かって泳ぐ 全裸のベイビーをフィーチャーしたカバーはアイコニックで知られるもの。 しかし彼の両親は1990年に撮影された写真の使用許可を与えておらず、一切の使用料も受け取っていないとのこと。 当時生後4ヵ月だったエルデンは「このカバーフォトのせいで、自分のイメージが永遠にチャイルド・ポルノグラフィに結び付けられてしまう」と被害を訴えているのだった。

同様の訴訟は2010年にリリースされたヴァンパイア・ウィークエンドのアルバム、「Contra / コントラ」(写真上右)のカバーでも起こっており、 ここにフィーチャーされているのは1983年にポラロイド撮影されたアン・クリスティン・ケニス。 アルバム発売当時53歳だった彼女が 写真の無断使用に気付いたのは、自分の娘がこのアルバムを買って来たためで、彼女はレコード会社、フォトグラファー、バンドを相手取り 200万ドルの損害賠償を請求。結果は示談で 果たして幾らが支払われたかは不明であるものの、以来レコード業界では 出所の分からない写真を使用するリスクが考慮されるようになったのだった。
しかし「ネヴァーマインド」のケースでは、エルデン本人が今から5年前の25歳の時に アルバム発売25周年を記念して カバーイメージを再現したフォト(写真中央下)を撮影してソーシャル・メディアで公開しており、 自ら ”かの有名なニルヴァーナ・ベイビー” であると名乗り出て その注目を楽しんでいた状況。 また法律上、セクシャライズされていない子供の裸の写真はチャイルド・ポルノグラフィとは見なされず、 もし見なされていた場合はアルバム自体が発売禁止になっていたはず。 したがって争点になるのは肖像権と写真無断使用の問題。
ちなみに「コントラ」のセールスは欧米で約80万枚で、「ネヴァーマインド」の3000万枚には遥かに及ばないもの。 通常、賠償金額は そのダメージが関わる利益額が大きく考慮されることから、もしエルデンが5年前にソーシャル・メディアで余計な事さえしていなければ、 その被害が正当化されて 請求額を遥かに上回る賠償金が得られたはずとの指摘が聞かれるのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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