Nov. 29 〜 Dec. 5, 2021

"Trials, Exoneration, Shooting & Charges "
裁判、免罪、銃乱射事件、異例の訴追…


今週金曜にはアメリカの11月の雇用統計が発表されているけれど、それによれば11月にアメリカで生まれた仕事の数は予想であった54万を大きく下回る21万。 しかし失業率は4.2%に下落し、パンデミック以降最低の水準。 労働者不足は引き続き深刻で、アメリカ国内の埋まらない仕事の数は104万。全米商工会議所によるアンケート調査によればパンデミック中に 解雇、辞職した人々の53%が、あと6ヵ月は働く意思が無いことを明らかにしているのだった。
今週のアメリカで最大の報道になっていたのはオミクロン変異種の感染についてであるけれど、「感染力は強くても症状はマイルド」と言われるこの変異種は、 土曜日の段階で38カ国で感染が記録され、デルタ株を上回るスピードで感染が広がっているとは言え 死者数はゼロ。 アメリカでもウィルスの死者のほぼ全てが今もデルタ変異種によるもので、死者及び入院患者の90%以上がワクチン未接種者。 オミクロン報道は アメリカ国内のワクチン普及には効果があったようで、今週木曜1日だけで過去最高の220万人がワクチン接種を受けたことが伝えられるのだった。



ベストセラー作家が招いたえん罪が遂に…


NYでは今週月曜から「世紀の裁判」と言われるギレーン・マックスウェルのセックス・トラフィッキング容疑に対する裁判がスタート。 セックス・トラフィッカーとして少女達をVIPにあてがい、トランプ、クリントン元大統領や英国王室アンドリュー王子と親しかったジェフリー・エプスティーンが 刑務所で自殺と言われる謎の死を遂げたことから、事件の全容を知る唯一の存在になったのがギレーン・マックスウェルで、その裁判にはメディアも一般人も大きな関心を寄せているのだった。
また今週には連邦最高裁判所で ミシガン州の「妊娠後15週間以降の人工中絶を禁止する」法案と共に、アメリカで ”Roe vs Wade”として知られる人工中絶合法の是非を問う裁判がスタート。 そんな中、同じ裁判絡みのニュースでも朗報として先週末から大きく報じられていたのが、ベストセラー作家、アリス・シーボルド(写真上左)が大学在学中の1981年に見舞われたレイプ事件で、 無実の罪で16年間服役したアンソニー・ブロードウォーター(61歳写真上、書籍の右側)の無実が40年ぶりに立証されたニュース。当時19歳だったアリス・シーボルドは、自らのレイプ体験を「Lucky / ラッキー」という小説で1999年に出版。 その3年後に出版した少女のレイプと殺害事件を描いた「Lovely Bones / ラヴリー・ボーンズ」がベストセラーになったのを受けて「ラッキー」への注目が高まり、この2冊の評価と大成功でベストセラー作家の地位と財産を築いたのがアリス・シーボルド。
しかしアンソニー・ブロードウォーターを有罪にしたのは 今となってはジャンク・サイエンスと言われ、当時も証拠としては極めて弱かった頭髪一致のデータ、そしてアリス・シーボルド自身の証言。 シーボルドは警察署での容疑者ラインナップの際、写真上右の一番右側の男性を犯人としてピックアップしており、その直後に刑事に「右側の2人は友達同士で、容疑者を正確に識別したかをチェックするためにあえて2人を並べて見て貰った」という 誘導的な説明を受けたことから「自分が間違った方の容疑者を選んだ」と悟り、改めて犯人としてピックアップしたのが 事件当時のアリバイが無く、警察が犯人に仕立て上げたかったアンソニー・ブロードウォーター。 そんな曖昧さにもかかわらず、彼女は裁判の証言台で「ブロードウォーターが犯人で間違いない」と断言。彼を有罪に導いているのだった。

このえん罪が晴れたきっかけは、3年前からネットフリックスが進めていた「ラッキー」の映画化。スクリプト・ライターがリサーチをして仕上がった脚本と「ラッキー」の内容が あまりに異なることから不審に思ったエグゼクティブ・プロデューサーがプロジェクトから手を引き、代わりに自費で私立探偵を雇って行わせたのが事件捜査のやり直し。その結果2年前からアンソニー・ブロードウォーターの無罪証明のための法的手続きがスタートしており、 それが進むに連れて「ラッキー」映画化のプロジェクトは 徐々に空中分解状態になっていったとのこと。
1990代後半には16年の刑期を終えて出所していたアンソニー・ブロードウォーターであるけれど、性犯罪者の前科は彼の就職から人間関係にまで影を落とし、彼を信じてくれる女性と結婚はしたものの、 「自分の罪への偏見で子供を不幸にしたくない」と 子供を作ることを拒み続けたことは、彼の妻を深く傷つけているのだった。その彼がようやく無罪を勝ちとったのが先週のことで、 涙ながらに安堵と喜びを語った彼は、アリス・シーボルドについては「彼女には同情しているけれど、彼女の証言は間違っていた。これまでずっと、いつの日か彼女が自分の間違いに気付いて自分に謝罪してくれる日が来るように祈り続けていた」と 恨みがましさなど微塵も感じられないコメントをしていたのだった。
それでも これが大きく報じられてメディア記者に追い掛けられるまで謝罪声明を出さなかったのがシーボルドで、こうした「自分が犯人だと思った人間が犯人でいて欲しい」と思う被害者や遺族の 真実から目を背ける心理は、 アメリカでは 様々なえん罪ケースで極めて顕著に見られるものなのだった。
実は私は2002年か2003年に当時大きな話題になっていた「ラッキー」を購入しており、NYタイムズ紙やヴォーグ誌を含むメディアで絶賛されていたことから期待して読み始めたけれど、 シーボルドの小説兼メモアール(自叙伝)として書かれた「ラッキー」を途中で読むのを止めたのは、「つまらない」とか題材の重さではなく 「書いている人間の心根が嫌い」と感じたため。 現在の英語力で読んだら違う印象を持つかもしれないけれど、アリス・シーボルドは私が文章を読んで嫌いになった唯一の作家。 それもあって ネットフリックスによる映画化という本来ならシーボルドに多額の利益をもたらすはずのプロジェクトが、 正義感のあるプロデューサーによって全く異なる展開になったことは とても興味深く感じられるのが正直なところ。
ちなみにプロデューサーが雇った私立探偵は、事件の真犯人を突き止めているとのことだけれど、既に時効が成立しているのは言うまでも無いこと。 今は、ネットフリックスがこのえん罪が晴れたプロセスをドキュメンタリーで製作するかが見守られるのだった。



ミシガン州ハイスクール銃撃事件、15歳の容疑者の行動、そのタイムライン


今週のアメリカで オミクロン感染と報道時間を二分する大報道になっていたのが、11月30日火曜日にデトロイトにほど近いミシガン州オックスフォード・ハイスクールで起こった4人の学生が射殺され、 教員を含む7人が怪我を負った銃撃事件。
容疑者は同ハイスクールに通う15歳のイーサン・クランブリーで、彼は15発入りの弾倉を2つ空にする30発を発砲。3つ目の弾倉に手を掛けたところで学生達の通報で駆け付けた警官に逮捕されており、 ポケットには更に複数の弾倉が入っていたとのこと。凶器は9oシグソーヤーの半自動拳銃で、当初は父親の所持品と見られていたものの、後にこの銃はサンクスギヴィング・ウィークエンドに父親が 彼へのクリスマス・プレゼントとして買い与えたものであったことが判明しているのだった。
以下がその銃購入から事件までのタイムライン。

11月26日: 父親がイーサンを連れて銃砲店を訪れ、クリスマス・プレゼントとして9oシグソーヤーを買い与える。
11月27日: 母親がSNSで「プレゼントの銃を試すための母&息子の外出」というキャプションでシューティング・レンジに出掛けた様子をポスト。
11月29日-1: イーサンが授業中に銃弾購入のウェブサーチを行っていたことから、学校側が両親&イーサンとの面談の必要性を通知。
11月29日-2: 学校側はイーサンのウェブサーチについてフォローアップのEメールを出すものの、母親はそれを無視。
11月29日-3: 母親はイーサンに「LOL(”笑”を意味する言葉)怒ってはいないけれど、今後は見つからないようにしなさい」とテキスト・メッセージを送付。
11月30日-1: 教師がイーサンの机から射殺された人間、飛び散る鮮血、笑顔の絵文字を描いたイラストを発見。
11月30日-2: さらにイーサンが書いた「思いが止められない。助けてくれ」、「自分の命は無駄、世界は死んだ」というノートが見つかる。
11月30日-3: 学校側はすぐさま両親とイーサンとの面会を行い、イーサンは教室に戻ることが許されるが、学校側は面談中に彼の銃が何処に保存されているか、 イーサンが所持していないかという基本的なチェックを怠る。両親も程なく帰宅。
11月30日-12:51 pm: 教室に戻ったイーサンが発砲を始め、4人を殺害、7人に怪我を負わせる。
11月30日-1:22 pm: 既に事件が起こっているとは知らない母親がイーサンに「Ethan, don't do it」とテキスト・メッセージを送付。
11月30日-1:37 pm: 家に銃が無いことに気付いた父親が警察に通報。この段階では既にイーサンは警察により逮捕。
12月1日:イーサンは未成年ながら、ドメスティック・テロ、殺人を含む12の容疑で成人として訴追される。両親はイーサンのために弁護士を依頼。
12月2日:検察官が両親の刑事責任を問う可能性を示唆。
12月3日:検察官が両親を正式に”Involuntary manslaughter/非故意過失致死”で訴追。
12月3日-4 pm:この時間までに警察に出頭するはずの両親が姿を見せず、ATMから現金4000ドルを引き出したことが報じられる。両親の弁護士は逃亡説を否定。
12月3日-6 pm:両親が指名手配される。
12月4日-3 am:デトロイトの倉庫に隠れていた両親が逮捕される。

容疑者のイーサン・クランブリーは事件の捜査に極めて非協力的で、その動機は虐めが原因という説と 銃を手にしたティーンエイジャーの ヴァイオレンス・ファンタジーという憶測が飛び交う中、罪状認否で彼は無罪を主張するふてぶてしさ。
アメリカでは2週間前に ウィスコンシン州ケノーシャで行われていたブラック・ライブス・マター抗議デモに 用もないのに新品のAR-15スタイルの半自動小銃持参で現れ、 武器を持たない2人のデモ参加者を射殺したカイル・リッテンハウス(18歳、事件当時は17歳)が無罪になったばかりなだけに、 この事件が衝撃と波紋を広げていたのだった。



何故銃を買い与えた両親に罪が問えるのか?


この事件は 止まることを知らないスクール・シューティングの恐怖、ティーンエイジャーの子供に銃を買い与える親、 銃を子供とのコミュニケーション・ツールと考える親の心理、 パンデミック以降2020年に500万人以上、2021年上半期に300万人というファーストタイム・ガンオーナーの増加、 それに伴う銃の売上の急増、銃の氾濫といった アメリカの様々な銃社会問題と深く関わるもの。 今週には全米の学校で同様の銃乱射事件の脅迫が寄せられたために、多くの学校が一時閉鎖を強いられており、 事件が起こったミシガン州だけでもその数は60件。
その一方で子供に銃を買い与える親達の責任について一石を投じたのがイーサン・クランブリーの両親に対する”非故意過失致死”容疑の訴追。 銃乱射事件容疑者の親に対して責任が問われたのはこれが初めてのことで、合衆国憲法第二条で武器の所持と自衛権が認められているアメリカでは、 その権利行使のための銃を買い与えることが罪になるという解釈は従来では考えられなかったもの。
しかしイーサン・クランブリーのケースでは、事件前のソーシャル・メディア・ポストや教室の机に残されていたスケッチやメッセージで 彼にスクール・シューティングの願望が極めて強かったことは明らか。 そのため検察側が持ち出してきたのが、飲酒やドラッグの影響で運転能力が無い人間に車のキーを渡し、その結果DUI(Dribe Under the Influence)による死亡事故が起こった場合、 キーを渡した人物に対して問われる”Involuntary manslaughter/非故意過失致死”の容疑。 すなわち「殺意や銃乱射の願望がある人間に銃を買い与え、その銃の管理を怠ること」が、DUIで死亡事故を起こした人間に車のキーを渡していた行為に等しいというのがその主張。
DUIの事故死においては 過去に非故意過失致死が認められた判例が多いだけに、それが銃撃事件にも適用されるかが見守られるのが今後。 もしイーサン・クランブリーの両親が有罪になった場合は「親達が子供に買い与えた銃について責任を負わなければならない」という 半ば当たり前のことが、初めて法の見地から明確にされることを意味するのだった。

ふと考えれば、2012年にコネチカット州のサンデイフック小学校で20人の子供達と6人の学校関係者を殺害したアダム・ランザ(当時20歳)も、 自閉症気味の彼が唯一興味を示した半自動小銃を母親が買い与えており、日頃会話も無い親子の間で銃が果たしていたのが「共通の趣味によって結ばれる親子の絆」の役割。 その母親は事件当日、ランザの最初の犠牲者になっているのだった。
例えイーサン・クランブリーの両親に有罪判決が下っても、2週間前に無罪になったカイル・リッテンハウスに半自動小銃を買い与えた彼のシングル・マザーへの 訴追は不可能であるけれど、クランブリー、リッテンハウスの親側の共通点は 我が子が人の命を奪う可能性がある銃を持つことに極めて寛容かつ肯定的で、 その武器を行使して人を殺害した後でも息子たちの正当性を信じていること、そして共に熱烈なトランプ支持者であるという点。
無罪判決を受けたカイル・リッテンハウスは、在学していたアリゾナ州立大学で 「殺人者をキャンパスから追放すべき」というリベラル派を中心とした学生達の抗議活動が繰り広げられた結果、 大学を中退したことが伝えられるけれど、現在トランプ派の共和党議員たちが検討しているのが「誰が彼をインターンとして雇うか」。 これが実現すれば カイル・リッテンハウスは米国議会にフリー・アクセスが可能になるため、民主党はもちろんのこと 共和党議員でさえもモラルの見地だけでなく、 命の危険を感じて異論を唱えていることが伝えられるのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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