Jan.31 〜 Feb. 6, 2022

"Spotify in Crisis, Meta Mega Trouble"
スポティファイ in クライシス、メタのメガ・トラブル


今週金曜に発表された1月の米国雇用統計によれば、オミクロン感染者が爆発的に増えたていた中で新たに増えた仕事の数はアナリストの予想の3倍に当たる46万7000。 バイデン政権発足から1年間で生み出された仕事の数は666万5000で、1年間に増えた仕事の数としてはアメリカの歴史上最多を記録しているのだった。
同じ金曜には北京オリンピックが開幕しているけれど、世論の73%がサポートしているのが ウィグル地区の人権問題を理由にしたアメリカのデュプロマティック・ボイコット。 その数字が示すように国民が冷ややかな目で見守っている、もしくは全く関心を払っていないのが今回のオリンピック。 放映局であるNBCは、開会式の最終聖火ランナーにウィグル人アスリートが起用されたことについて、アナウンサーが ”An in your face response to Western nations(西側諸国に対する強烈なレスポンス)” とコメントしたことが ソーシャル・メディアで大炎上したことから、この日の全米ネットのニュース番組で 開会式よりも 中国を取り巻く問題に長々と報道時間を割くダメージ・コントロールを強いられていた有り様。
加えてNBCは、 今回のオリンピックを「Genocide Games(大量虐殺ゲーム)」と呼んで中国政府、及びオリンピック・スポンサーになっているコカ・コーラ、VISAといった米国企業を批判するCMの放映を 拒否していたことが明らかになり、「Genocide Gamesの片棒担ぎ」と 再びソーシャル・メディア上でバッシングされる羽目になったのが今週末のこと。 北京オリンピックは、開催前からヒットラー政権下で行われた1939年のベルリン・オリンピックと比較する声が非常に多かっただけに、 NBCは多額の放映権料を支払いながらも 著しいイメージダウンを被っているのだった。
その一方で 開会式前日に米国選手団に対し「競技に集中し、抗議活動をしないように。中国政府の恐ろしさをしっかり認識するべき」と 異例の警告声明を行い、改めて選手の抗議活動がオリンピックの規約だけでなく、中国の法律に違反することを強調したのがナンシー・ペロッシ下院議長。 その背景には「万一米国選手団から逮捕者が出れば、その事態収拾に政府が大きな代償を支払わなければならない」というメッセージが込められているのだった。



スポティファイの深刻なクライシス


1月末からメディアとソーシャル・メディアを賑わせてきたのがスポティファイとその人気No.1ポッドキャスタ―、ジョー・ローガン(写真上左、54歳)を巡る物議。ジョー・ローガンは UFC(Ultimate Fighting Championship)のコメンテーターを長年務めたコメディアンで、スポティファイがそのエクスクルーシブ・ストリーミングに 1億ドルを支払ったことからも分かる通り、1エピソード当たりの視聴者が1000万人を超えるポッドキャスト界最大のインフルエンサー。その彼はアンチワクチン派で知られ、 コロナウィルスのワクチンに関して誤った情報を吹聴しているとして、1月には270人の医療関係者が連名でスポティファイに抗議のオープンレターを送りつけていたのだった。 しかしスポティファイが何の対応もしなかったことから、1月30日にベテラン・シンガーのニール・ヤングが「もしこのままジョー・ローガンのミスインフォメーションを放置するのなら、 自分の楽曲をストリーミング・リストから外してほしい」と申し出たのが現在の騒動の発端。
スポティファイを無料で利用する若い層には全く馴染みが無いニール・ヤングの音楽であるけれど、同社にとって大切な有料サブスクライバーの世代には大きくアピールするのが彼の1960〜70年代の楽曲。 スポティファイは年間250万ドル以上の収益を彼の音楽で上げていると言われるのだった。
ローガンをサポートするスポティファイ側は、「ニール・ヤングが何時か戻ってくれるものと信じている」と 彼の楽曲をリストから外したけれど、その後も ジョニ・ミッチェル、ニール・ヤングとかつてバンドを組んでいたグラハム・ナッシュ、インディ・アリーを含むミュージシャン、他のポッドキャスターが同様の抗議活動でスポティファイから外れる意向を示したのに加え、 同社で未だ1回しかコンテンツを発信していないものの 多額の契約を交わしているハリー王子&メーガン・マークル夫妻も懸念を表明。 これを受けてスポティファイが今週明けに発表したのが ローガンのポッドキャストに「コンテンツ・アドバイサリー」、すなわちポッドキャストで語られる内容の全てが真実や事実に基づくとは限らないという アナウンスメントを入れる意向。 ローガン自身も「今後は一方的な意見や見解に偏らないコンテンツを心掛ける」と語り、表面的な事態収拾を試みたのだった。

しかしその動きはスポティファイのアイデンティティ・クライシスと言われるもの。これまでスポティファイは楽曲の歌詞がオフェンシブでも、ポッドキャスターがどんなに無責任な情報を発信しても ”単なるストリーミング・プラットフォーム” の立場を取り続け、そのコンテンツ内容への責任回避を貫いてきた存在。 ところがローガンのポッドキャストに「コンテンツ・アドバイサリー」をつけたことにより、今後はコンテンツに目を光らせなければならない立場、 すなわちフェイスブックやYouTubeといったソーシャル・メディアと同等の責任を担う状況に自らを追い込んだことを意味するのだった。 コンテンツのモニタリングが企業にとって大きな負担と出費の要因になるのは言うまでも無いけれど、 それによって今後避けられないのが政治的確執に巻き込まれること。
既にソーシャル・メディア上にはスポティファイ・ボイコットを呼びかける声がリベラル派を中心に聞かれ、前述のアーティスト以外にもスポティファイから楽曲リストを外すことを望むアーティストが 少なくないのが現状。テイラー・スウィフトに至っては ファンが彼女の音楽をスポティファイから外すようにと働きかけをしているけれど、簡単にそれが出来ないのはスポティファイが レコード会社を絡めた契約段階でアーティストの権利を厳しく制限しているため。そのことはジョー・ローガンの問題以前に アーティスト達がスポティファイを嫌う大きな理由。
週開けにはアマゾン・ミュージックがニール・ヤングとのチームアップで、彼のファンに4ヵ月の無料メンバーシップ提供をプロモート。 その一方で俳優のドゥウェイン・ジョンソン、カスケード、90年代に活躍したシンガーのジュエルなど、一部のセレブがジョー・ローガンをサポートする様子も見られていたけれど、 どちら側が声を上げても騒ぎが大きくなることは、スポティファイにとってデメリット以外の何物でもないのだった。

そんな騒ぎの中、今週発表されたスポティファイの2021年の第4四半期業績によれば、同社は1年前よりも18%アクティブ・ユーザーを増やし、その数は4億600万人。 そのうち有料サブスクライバーは1億8000人で、広告収益は前年比で40%アップ。しかしこれはウォールストリートのアナリストの予測を下回るスローな成長ぶりであると同時に、 ニール・ヤングの抗議問題前の成績。 スウェーデンに本拠地を構えるスポティファイは 未だに一度も黒字経営になったことはなく、2020年には5億8100ユーロの損失を計上。しかし2021年には その損失額が3400万ユーロに抑えられ、2022年こそは初の黒字が見込めるかと思われた矢先のこの物議。
今やオバマ元大統領夫妻も新しいポッドキャストのプラットフォームを探している真っ最中とのことだけれど、 今週末には ジョー・ローガンが黒人差別用語である ”Nワード” を語っている過去のクリップが20本以上再浮上。ローガンは今週2度目の弁明ビデオで謝罪をしたものの、 2月はブラック・ヒストリー・マンスで黒人層に対する差別や蔑視に社会的フォーカスが更に集まる時期とあって、これは最悪のタイミング。当然のことながらスポティファイへの抗議の火に油を注いでおり、 これを受けて遂にスポティファイは 彼のポッドキャスト・エピソードの一部の削除に動いているのだった。
そのスポティファイは 近年ポッドキャストに力を入れており、2021年にはアップル・ポッドキャストと並ぶ2800万人の月間リスナーを擁するまでに成長。 TikTokでショートビデオがもてはやされる時代に 一体誰が1〜3時間のトークを聞くかと言えば やはり年上の層が多いよう。 2021年には55〜64歳のリスナーが57%、64歳以上のリスナーが53%増えたのに対して、18~24歳のリスナーの増加は27%に止まっているのだった。 男女比では男性が36%増、女性が35%増で、2021年に2736%も増えたのが車の運転中に聞くリスナー。すなわちラジオ替わりの役割を果たしているのだった。
ポッドキャストのビジネスは好調であっても ジョー・ローガンが物議をかもし、肝心のミュージック・ストリーミングはライバルとの競争が激化していることもあり、スポティファイ株価は今年1月に約18%下落。 そこからさらに17%ダウンを見せたのが今週の水曜から木曜にかけてで、 その引き金になったのが以下で触れるメタの2021年第4四半期の業績発表なのだった。



メタ・メガトラブル


今週水曜の株式取引終了後に発表されたのが 昨年”メタ”と社名を改めた フェイスブックの2021年第4四半期の業績。
それによれば同社は利益が前年比で8%ダウン、設立以来初めてフェイスブックのユーザー数が減少を見せ、デイリー・ログイン数は前年度より約50万人少ない19億3000万人。 ユーザーの減少傾向が顕著だったのはアフリカとラテン・アメリカで、フェイスブックというプラットフォームが既に世界的に飽和状態に入ったことが指摘されていたのだった。
でも水曜の時間外取引でメタの株価が20%下落した要因と言われるのは、アップル社がアイフォン・ユーザーのデジタル・ハビッツをメタのようなソーシャル・メディアにトラックし難く変更したことにより、 以前のような的確なユーザーデータ入手が不可能になることから、2022年の広告収入が100億ドル目減りする見込みを明らかにしたこと。 これを受けて水曜から木曜にかけては業績発表前のピンタレスト、スナップ、ツイッターといったソーシャル・メディアの株価がいずれも大きく値崩れを見せていた一方で、 その前日に業績を発表したグーグルは、2021年第4四半期に750億ドルの収益を上げ、そのうち612億ドルが広告収入という強さ見せつけており、 今後は企業がソーシャル・メディアよりも検索プラットフォームでの広告展開に益々シフト行くことを感じさせていたのだった。

結局メタの株価は木曜に26%下落、1日に2370億ドルの企業価値を失っており、これは証券取引史上最悪の数字。 メタの下落が 前述のように業績未発表のソーシャル・メディアの株価下落を招き、そのムードが市場全体の足を引っ張ったことから この日のNasdaqは3.74%の下落を見せていたのだった。 CEOのマーク・ザッカーバーグ (37歳) 自身も木曜1日だけで297億ドルの個人資産を失い、フォーブス誌の世界長者ランキングのトップ10から転落。 翌日金曜にも更に20億ドルを失っているけれど、それでも彼は未だ800億ドル以上の資産を擁しており、庶民が同情するには全く値しないのだった。
ザッカーバーグによれば この業績不振の原因はTikTokに若い世代のユーザーを奪われているためで、傘下のインスタグラムを従来のフォト・シェアリングから インスタグラム・リールスでのショートビデオ・フォーマットにフォーカスする意向を明らかにしているけれど、 そのショートビデオを好む若い層ほど フェイスブック/メタ を信頼していないのが実情。ティーンエイジャーがフェイスブックを 「噂やプロパガンダ、陰謀説等 信頼できない情報に満ちたソーシャル・メディア」という意味を込めて”ルーモアブック”と呼んで久しい状況なのだった。
そして奇しくもその世代は、フェイスブックが社名を変更してまで取り組むメタヴァースのビジネスを左右する重要なユーザー層。 この世代に嫌われているうちはショートビデオにフォーカスしても、メタヴァースの開発を急いでも未来の業績見通しは決して明るいとは言えないのだった。



メタヴァースでの性的暴行事件


2021年第4四半期にメタの減益要因となっていたのが、同社がメタヴァースのプロジェクトに巨額の費用を投じていること。 社名変更と共に毎年100億ドル ペースでメタヴァース開発に資金を投じる方針を発表したメタは、過去3年間にメタヴァース・プロジェクトで200億ドル以上の損失を計上。 VR、ARのハードウェア開発を含むメタヴァース・プロジェクトは 今や1万人の従業員を抱えており、その影響でメタの従業員数は2021年度に23%増加。現在は7万1,970人となっているのだった。
このアグレッシブな投資のお陰で、現在メタヴァース、特にハードウェア開発では他社より秀でているメタであるけれど、 その開発段階のヴァーチャル・リアリティ・ワールド ” Horizon / ホライゾン” で昨年11月26日に起こったのが、 ベータ・バージョンのテスト・グループの女性アヴァタが 男性アヴァタに痴漢行為を受ける事件。 ホライゾンはフェイスブック傘下の Oculus/オキュルス が運営しており、 快適で生産的なデジタル・エスケープであると同時に、アヴァタの友人達と共に貴重な体験がシェア出来るスペースとして開発され、 現時点で1つのヴァーチャル・セッションを 最高20人までのアヴァタがシェア出来るというもの。
被害を受けた女性によれば 一緒にセッションに参加していた他3人のアヴァタが痴漢行為を面白がっていた様子にもショックと孤独感を味わったとのことで、 加えて「痴漢行為があまりにもリアルで、脳裏に焼き付いてしまい トラウマになっている」ことを Mediumマガジンで告白。 メタ、及びオキュルスにとっては全く有難くない形で、ヴァーチャル・リアリティが如何にリアルな体験であるかが立証されているのだった。

でもそれより遥かに悪質だったのが2件目にレポートされたケースで、ホライゾンにアヴァタとして参加した43歳の女性が、60秒も経たないうちに3〜4人の男性アヴァタに襲われ、激しく抵抗したものの 口汚く罵られながらギャング・レイプされた上に、その現場を写真撮影されたという信じられない出来事。 もちろんどちらのケースも女性側は実際に肉体的な被害を受けてはいないけれど、その恐怖やトラウマ、怒りや失望といった感情は 実際に性的暴行を受けた場合と全く同じであることが 双方の被害者によって証言されているのだった。
これらの事件を受けて「シリコンヴァレーのセクハラ、女性蔑視カルチャーが ヴァーチャル・リアリティの世界にも反映されている」と冷ややかに捉える声も聞かれていたけれど、 ヴァーチャル・リアリティの世界には法規制が及ばないことから、青少年や女性をプロテクトするのは最優先課題。 同じメタヴァース・プロジェクトでもディセンタランドには 嫌いな相手をブロックする機能が加わっているのだった。
メタは前述の痴漢行為を受けて、アヴァタが痴漢行為をした場合にはその手が消え失せるという機能を加えていたけれど、 株価が大暴落した翌日の金曜に発表したのが ”パーソナル・バンダリ―” という新機能。 これはアヴァタを中心に周囲2フィートをパーソナル・バブルのセイフティ・ゾーンとしてデフォルト・セッティングするもの。 でもユーザーは本人の意志で引き続きアヴァタの友人と ハイファイブ等のコンタクトは出来るようになっているのだった。

こうした性的暴行事件を受けて メタのプロジェクト自体は進化を遂げたとは言え、 「たとえヴァーチャル・リアリティの世界で起こった事件でも 心理的なインパクトやダメージはリアリティ同様」という事実は、 被害者になり得る人々を恐れさせる反面、加害者側に回るであろう人々をエキサイトさせるもの。「現実世界では世間の目や警察、法の裁きを恐れて出来ないことを ヴァーチャル・ワールドでなら行ってみたい」という願望を持つ人々は 決して少なくないと言われるのだった。
メタはメタヴァース・プロジェクトの先陣を切る存在であるけれど、それだけに 新たな問題が起こる度にその矢面に立たされて、解決策と対応を迫られる立場に置かれてしまうのは必至。 それには膨大なコストが掛かることが確実視されているのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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