May 2 〜 May 8, 2022

"Roe v. Wade, Female Guard & Inmate"
人工中絶を違憲にしようとする連邦最高裁、囚人と逃亡する女性模範看守


今週の金曜にはアメリカの4月の雇用統計が発表されたけれど、それによれば4月に新たに生み出された仕事の数は42万8000。 これでバイデン政権が誕生してからの15ヵ月で830万の仕事が生み出された計算。失業率は先月から変わらず3.6%であったものの、これはパンデミック直前の2020年と同等の 1969年以来の低い水準。 平均的な時給は昨年同月に比べて5.5%アップしているけれど、これを帳消しにして余りあるのが前年比8.5%のインフレ。
そのインフレを抑制するために今週水曜には連邦準備制度理事会のジェローム・パウウェル議長が、事前に予測されていた通り0.5%の利上げを発表。 これは2002年以来の大きな上げ幅で、これを受けて水曜に900ポイント以上 値を上げたダウ工業平均株価は、木曜には1000ポイント以上暴落。 今年に入ってからダウ平均は9.46%下落、ナスダックは22.37%値を下げており、S&P500も5週連続の値下げを記録していたのが今週。 専門家の間では株価はまだまだ底を着けていないという見方が圧倒的で、今後利上げが段階的に続くに従って 経済のテキストブック通りに「失業率が上がるはず」との声も聞かれるけれど、 現時点のアメリカは引き続き労働者不足。失業者数の2倍以上のポジションが埋まっていない状態。 また現在のコストプッシュ・インフレは燃料費が安定するまで収まらないという声は多く、インフレは連銀の利上げでは抑制出来ないという見方も広まっているのだった。



囚人と逃亡する女性模範看守のストーリー


先週金曜から全米のメディアを賑わせていたのが、アラバマ州の刑務所から脱走した囚人、ケイシー・ホワイト(写真上右から2番目)と彼を逃がして一緒に逃亡中の女性看守のヴィッキー・ホワイト(写真上左から2番目)。 この2人はたまたま同じラストネームで 血縁関係は無く、先週金曜朝にヴィッキーが ケイシーを精神鑑定のために裁判所に護送すると言ってパトカーに乗せて走り去ったというシンプルな手口による脱走。 出発前にケイシーに本当に精神鑑定のスケジュールがあるかの確認は一切無く、加えて看守が1人で囚人を護送するのは規定違反。 脱走が明らかになったのは午後になってもヴィッキーが戻らず、連絡が途絶えたためというお粗末ぶりなのだった。
2人は近隣のパーキング・ロットでパトカーを乗り捨てて、そこに用意してあったヴィッキー所有のSUVに乗り換えて逃走を続けており、そのSUVは木曜に刑務所から100マイル離れたテネシー州で 発見されたものの、2人は引き続き行方不明。 ケイシー・ホワイトは殺人、強盗、窃盗、誘拐、動物虐待の罪で懲役75年の実刑判決を受けて服役していた38歳、身長2メートル5センチ、体重約150キロという大柄な凶悪犯。 ヴィッキー・ホワイトは今年1月に夫を亡くした56歳の未亡人で、過去に複数回「最も優秀な従業員」に選ばれた模範看守。
脱走後の調べで 密かにロマンスを続けてきたことが判明した2人は、少なくとも数ヵ月に渡る周到な準備をして脱走に及んだようで、 ヴィッキーは彼女の持ち家を市場価格の半分の9万5000ドルで売却したばかり。脱獄はその日を最後に彼女が仕事をリタイアするタイミングで決行され、 さらに彼女は数週間前からAR-15ライフルとショットガンを購入。それ以外にも9oハンドガン、0.45oカリバー・ハンドガンを所有しており、武装も万全に整えていたのだった。
歩いているだけで目立つほど大柄なケイシーに関する情報が寄せられないことから、警察では彼が車椅子を使って老人を装っている可能性を示唆。 また長年に渡ってタンニング・ベッドで肌を焼いてきたヴィッキーは そのせいで年齢よりもルックスが老け込んでおり、彼女も老人を装っている可能性が高いとして 警察は容姿を変えた2人の姿のシミュレーションを公開。市民の協力を仰いでいるのだった。

この報道を見て、多くのアメリカ人が思い出したのが2014年に起こった同様の事件。この時に2人の殺人犯の逃亡を手助けしたジョイス・ミッチェル(写真上右、55歳)は、刑務所で囚人たちに 縫製を教えていたインストラクター。殺人犯の1人と関係があった彼女は 手料理の差し入れの中に 脱獄に必要な道具を隠して2人に提供。 そして留置所から抜け出した2人を車で迎えに行く予定であったものの 結局は怖気づいて現場に現れず、自力で逃走した2人は 1人が射殺され、もう1人も撃たれて逮捕されているのだった。ジョイス・ミッチェルは裁判で2.5〜8年の実刑判決、及び8万ドルの賠償金の支払いを命じられ、 4年弱服役した後、2020年2月に出所が伝えられているのだった。
彼女のストーリーは、パトリシア・アークェット主演のドラマ 「エスケープ・アット・ダンネモラ」やドキュメンタリーになったほど有名なものであるけれど、 アメリカでは 囚人を更生させるための文通しているうちに 獄中の相手と結婚してしまうケースが決して少なくないのは事実。 しかし殺人犯のために 自宅を相場の半額で売却して 自らが護送の演技までして脱走させたヴィッキー・ホワイトは全く別のレベル。 一部では夫を亡くしたことが彼女を犯行に走らせたとの憶測が聞かれるものの、実際には彼女は夫とは離婚して久しく、 それでも夫の死去まで同居を続けていた不思議な関係。看守の同僚たちは こぞってヴィッキー・ホワイトについて「用心深く、策略家である」と証言しており、 逮捕に至った場合には、その全容をハリウッドがドラマ化するだろうと見込まれているのだった。



50年前の中絶合憲判決が覆される日


今週アメリカで最大の報道になっていたのが、1973年に連邦最高裁が合衆国憲法で人工中絶を合憲と認めた ロウ VS.ウェイドの判決を覆す方向で動いている意見書のドラフトがメディアに漏洩するという大スキャンダル。
人工中絶について最高裁で審議されるのは今年の秋以降で、最終決定を下す前に判事たちが何度か意見を交換し、プライベートに投票を行うことは 決して珍しくないと説明されてはいるものの、2月に行われた投票でそれが5-4で覆された98ページにも及ぶ意見書は、 ロバーツ主任判事も認めた実物の機密書類。最高裁の内部書類がメディアに漏れたのは現代史上初めてのこと。 これを月曜夜にポリティコ誌が報じた直後から、最高裁前では大々的な抗議活動が始まり、木曜には最高裁周囲が高さ約3メートルの金属フェンスで取り囲まれるほどに その抗議がエスカレートしていたのだった。

このドラフトは最終決定ではないとは言え、その内容は合衆国憲法で保障した人工中絶の合法性を覆し、中絶に関する決定権を各州の法律に委ねるというもの。 そのためNY、カリフォルニア、マサチューセッツ、コネチカットなどリベラル派が大多数を占める所謂ブルー・ステーツでは、女性が人工中絶を受ける権利は守られるけれど、 テキサス、ミシシッピー、オクラホマといった共和党保守派、及びキリスト教福音派が多いレッド・ステーツでは既に昨年から、 妊娠後6週間、もしくは妊娠後15週間が経過した場合の中絶禁止が可決されており、これは多くの女性が妊娠に気付く前に中絶の機会が奪われるということ。 中でもテキサス州では妊娠中絶に関わった人物に対して 一般市民がその罪を問い、損害賠償を請求する権利を認めており、 同様の条項は他のレッド・ステーツでも次々と導入されることになっているのだった。
この法律においては 中絶手術を行う医師やそれに立ち会うナースはもちろん、手術を受ける女性をクリニックまで車で連れて行く友人、旅行の準備を手伝う家族に至るまで、 ありとあらゆる形で中絶をサポートした人物に対して、赤の他人であっても最高1万ドルまでの賠償請求訴訟が起こせるという常軌を逸したもので、 昨年11月の審議で この法案を覆さず、事実上サポートしたのが現在の最高裁。 その直後から今年中に行われる人工中絶に関する最高裁審議で、ロウ VS.ウェイドの判例が覆されることが有力視されており、 以来、リベラル派と保守派が対立を続けて来たのが中絶を巡る論争。
保守メディアにおいては世論が真二に割れているように演出されているものの、実際には共和党支持者の一部さえも支持しているのが人工中絶。 左上のビジュアルは今年1月に行われた世論調査結果で、今週行われた調査でもその結果もほぼ同じ。 すなわち国民の半数以上が支持し、反対意見が3分の1以下に過ぎないのが人工中絶であるけれど、 保守勢力の方が その主張をマジョリティであるかのように見せる演出やネットワークに長けているのは銃規制を含むその他の問題においても同様に見られる様子。
また最高裁はトランプ氏を含む共和党大統領時代の指名判事が多いことから、世論のバランスとは無関係に6対3と圧倒的に保守勢力が強く、 人工中絶が合衆国憲法で保護されなくなるのは時間の問題と見込まれるのだった。



人工中絶に対する企業対応と、中絶禁止後の社会的インパクト


今週には、最高裁判事就任を審査する上院公聴会の席で「ロウVS.ウェイドの判決は50年近く前のもので、既に議論の余地がないアメリカの憲法」と 証言し、就任の賛成票を取り付けておきながら、ロウVS.ウェイド判決の覆しに票を投じたニール・ゴーセッジ、ブレット・キャバナーといった保守派判事の二枚舌を批判する声が 上院議員の間から聞かれていたけれど、実際に現在の最高裁は政治的アジェンダを持った判事で占められている印象。 そのため公正な法的機関というよりも 僅か9人で構成された議会のような性格を帯びてきたことは国民の誰もが感じており、そんな最高裁への不信感が高まっていた中で起こったのが今回の漏洩事件。
共和党が州知事を務める州では、既に多くの中絶クリニックが廃業に追い込まれ、一定期間を過ぎれば他州に行かなければ中絶手術が受けられなくなっていることから、 アマゾン等の複数の企業は中絶を受ける女性従業員に対して旅行費を負担すると声明を出し、中絶権利のサポートを見せている状況。 またテキサス州の企業からは、昨年 州政府が人工中絶への規制を強めてからというもの、それに反発する女性、及び「娘の将来を考えてテキサスには住めない」という男性が多く 「リモート・ワーク以外のポジションでの採用が出来ない」と嘆く声も聞かれる一方で、TV・映画製作会社に対しては 「人工中絶を禁止する州でのロケを行わないように」との署名運動が起こっていたのが今週。 更には中絶禁止を進める共和党政治家に献金する企業に対してのボイコット運動も始まる気配であるけれど、 共和党州政府への献金が集まるリパブリカン・ステート・リーダーシップ・コミッティーには 少なくともこれまではリベラル企業であるUberやグーグル等も多額の献金を行っており、今後企業は社のポジションに応じて政治献金の行方を見直す必要に迫られているのだった。

ところでアメリカで中絶が厳しく取り締まられるようになったのは、キリスト教の教えの影響と思われがちであるけれど 今週私が見ていた報道番組によれば、白人女性が中絶を受けて子供を産まなくなるのに対して、黒人を含む有色人種の母親が子沢山で、 人種構成が逆転することを危惧した人種差別的思想が強いようで、現在中絶に反対する保守派の多くが 今もそれを信じて疑わない状況。
しかし実際にアメリカ女性の1000人中4人の割合と言われる人工中絶の殆どを受けているのは貧困層のマイノリティ人種。 1990年代以降のアメリカでは 警察権力を高めることなく 治安が非常に良くなったけれど、それは1973年に中絶が合法化されて 貧困家庭を中心に 親が望まない子供が生まれなくなったためで、非行や犯罪に走るティーンエイジャーが激減したのが1990年代。
人工中絶が合法の現在でさえ、親に捨てられた子供達の行き場が無く、健康保険や教育を受けさせるシステムが整っていないのはもちろん、 パンク状態の里子システムでは虐待や性的暴行が起こっているのは現在の深刻な社会問題。 加えてアメリカは後進国並みに妊娠中の女性の死亡率が高い国。中絶を違法にすれば、妊娠中に死亡する女性が5%以上増えることが確実視されているのだった。

中絶を禁止する多くの保守派の州はレイプ、近親相姦による妊娠でも中絶を認めないという厳しい法律を定めており、 今週にはルイジアナ州が中絶手術を受けた女性に対して殺人罪を適用する法案を提出。 こんなエスカレート状態なので、妊娠中絶の合憲が覆されれば 次は同性婚の禁止、 LGBTQの権利剥奪、女性の社会進出を拒み 子育てに専念せざるを得ない社会システムに逆戻りすることが危惧されており、 中絶が違法になった国々で実際に起こってきたのがこれらのリバース現象。 そもそも中絶を禁止するということは「妊娠したら産まなければならない」と法の権限で女性の自由と権利を規制をすることで、これは 女性差別を意味するものなのだった。
今週の漏洩によって11月の中間選挙の最大の争点が経済よりも人工中絶にシフトしたという声も聞かれる中、現在最長任期の最高裁判事で 1990年代の就任時にセクハラで告発された超保守派のクラレンス・トーマスは、「抗議活動には屈しない。昨今の国民は特定の結果を望み過ぎている」とコメント。 すなわち自分の意に反する世論には一切耳を貸さないことを公言しており、いろいろな意味で最高裁判所制度の限界を感じさせているのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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