Tribute to Karl Lagerfeld, His Golden Era

スーパーモデル画像で振り返るカール・ラガーフェルドの黄金時代、
今尚 パワフルかつ新鮮な 80年代〜90年代のシャネル

Published on 2/21/2019


2月19日にすい臓がんでこの世を去ったデザイナーのカール・ラガーフェルド(享年83歳)。
ドイツ人の母親、スウェーデン人の父親の間に生まれた彼は、1983年からシャネルのクリエイティブ・ディレクターとなり、 それまでの古臭いコンサバなシャネルにモダンで若々しい息吹を吹き込み、瞬く間に トップ・ファッション・ブランドへの返り咲きを実現した立役者。 やがて90年代には自らの名前のブランド、フェンディ、クロエのクリエイティブ・ディレクターを同時に務めるという偉業も成し遂げていますが、 この時代に限らず ファッションの歴史に最も大きな影響を及ぼしたのがカール・ラガーフェルド。
そんな彼の多大な影響力の1つに挙げられるのが ”It モデルの起用”。 自分の作品に命を吹き込むのが それを着用する モデルであることを熟知していた彼は、 シャネルのクリエイティブ・ディレクターに就任した直後に 当時の人気モデル、イネス・デ・ラ・フレサンジュをシャネルの専属モデルに抜擢して契約。 その後 イネス人気と シャネルの復活が大きな相乗効果をもたらしたのはファッション・フリークなら誰もが知る通り。
以来、旬のモデルをキャンペーンやランウェイに起用して、自らの作品の最高のプレゼンテーションを行ってきたカール・ラガーフェルドは、 ジャン二・ヴェルサーチと並んで90年代のスーパーモデル・ブームの立役者となったデザイナーであり、 80年代、90年代はカール・ラガーフェルドの輝かしいキャリアの中でも まさに黄金時代。
ここでは 偉大なデザイナーへの敬意を込めて、その時代のクリエーション、および広告キャンペーンをスーパーモデル画像で振り返ります。








80年代のシャネルの大復活=イネスの時代






前述のように1983年に史上初めてシャネルとのエクスクルーシブ契約を結んだのが イネス・デ・ラ・フレサンジュ。 長身でスリムなボディ、ランウェイを滑るように歩く見事な身のこなし、豊かな表情とユーモアのセンスを持ち合わせた彼女は カール・ラガーフェルドの才能を大きく開花させたミューズとも言われる存在。 カール・ラガーフェルドとは個人的に親しく、彼女自身のファッション・センスも 彼に多大な影響を与えており、 ラガーフェルドに「No one can be chic like Ines」すなわち「誰もイネスのようにシックにはなれない」と言わせたほど。
彼女が専属モデルになって以来、各段に垢抜けたのがシャネルの広告で 雑誌広告がファッション・グラビア並みのスタイリッシュなものに変わったのがこの時代。 また当時、シャネルが数十年ぶりに手掛けたフレグランス”Coco” の発売と同時に 以下のTVコマーシャルを放映。未だ一流ブランドがTVCMを放映するなど論外だった時代に一大センセーションを巻き起こしています。


しかしながらカール・ラガーフェルドとイネスのワーク・リレーションシップが終焉を迎えたのは、1989年に イネスがフランスの象徴である「マリアンヌ」像のモデルに選ばれて それに応じたため。 カール・ラガーフェルドは トリコロールのサッシュが掛かった彼女の顔のマリアンヌ像を観て興醒めし、「彼女を見ても何のイマジネーションも沸かなくなった」と語って、 一方的に専属契約を打ち切ったのは当時有名な話。 その後イネスは暫し彼に対して腹を立てていたものの、やがて2人は以前の友情を取り戻し、2017年にはシャネルのランウェイに イネスがカムバックして大きな話題を集めていました。







リンダ、クリスティ、クラウディア、スーパーモデルの時代






89年にイネスを失ったカール・ラガーフェルドが真っ先に行ったのがイネスの後釜のリクルート。 その結果、無名の6人のモデルをグループとしてプロモートしたものの、それが難航する間に メキメキ人気と名声を高めてきたのが リンダ・エヴァンジェリスタ、クリスティ・トゥーリントン、シンディ・クロフォードといった初代スーパーモデル達。 中でもリンダ・エヴァンジェリスタとクリスティ・トゥーリントンは、元ルームメートであったことから仲が良く、 共にスター・フォトグラファー、スティーブン・マイゼルのお気に入りであったことから、ファッション・グラビアや広告の世界でスーパースター・モデルの地位を確立。 ”スーパーモデル”という言葉が登場したのは彼女らの出現がきっかけで、 それと同時にファッション・メディアのグラビアを飾るモデルが ファッションショーのランウェイに登場するようになったのもこの時代。
カール・ラガーフェルドは、広告やグラビアで見慣れたモデルがランウェイに登場することが、ショーの観客にエキサイトメントをもたらすことに いち早く着眼したデザイナーで、 特にリンダとクリスティの2人が一緒に登場することによる相乗効果は、シャネルの90年代の前半のキャンペーンが立証していたもの。




彼女らと共にカール・ラガーフェルドのお気に入りになったのがクラウディア・シファー。 ブリジット・バルドーの若い頃に瓜二つと言われた彼女を最初に発掘したのは、ゲス・ジーンズのディレクター、ポール・マルシアーノ。 でも彼女を最初に一流ブランドで起用したのは カール・ラガーフェルド。
自らドイツ人であるラガーフェルドは 同じくドイツ人のクラウディアを直ぐに気に入ったものの、当時の彼女はアヒルのような歩き方で その様子を見て笑い出すエディターも居たほど。そんな指摘にも「あの容姿であれば、完璧に歩く必要など無い」と擁護したのがラガーフェルドで、 クラウディアは彼の死後に「カールの魔法が私をシャイなドイツ人少女からスーパーモデルにしてくれた」という追悼メッセージを真っ先に発信したほど。
クラウディアはリンダ、クリスティと共に90年代半ばまでに最もシャネルの広告に起用されたモデルで、 特にオートクチュール・コレクションでは何度もフィナーレのマリエを着用してランウェイに登場していました。







カール・ラガーフェルドが好んだ90年代のスーパーモデル達


前述のようにリンダ、クリスティ、クラウディアは、シャネルの広告に数多くフィーチャーされたモデルですが、 それ以外に起用が多かったのがヤスミン・ゴーリ。へレーナ・クリスチャンセン、カレン・マルダーも時折起用されたモデルで、 知名度の割に一度もシャネルの広告に起用されていないのはシンディ・クロフォードとナオミ・キャンベル。 彼女らに比べて後発のケイト・モスもラガーフェルドの長年のお気に入りでランウェイにも広告にも頻繁に登場していました。
ジジ&ベラ・ハディドやケンドール・ジェナといった 今どきのスーパーモデルとは役者が違うのが90年代のスーパーモデル。 今のモデルが全く普通に見えるだけでなく、彼女らがランウェイやグラビアで着用するアウトフィットもそに伴って退屈に見えてしまうのが 現在のファッションの寂しいところ。
今振り返れば モデルも服やアクセサリーもメガワットの輝きを発していた90年代は ファッションが最もエキサイティングだった時代。 そしてその時代を築いたことが デザイナー、カール・ラガーフェルドの生涯最大の功績と言えるでしょう。

リンダ・エヴァンジェリスタ





クリスティ・トゥーリントン





クラウディア・シファー







ヤスミン・ゴーリ





カレン・マルダー





ナオミ・キャンベル



へレーナ・クリスチャンセン



ケイト・モス





エヴァ・ヘルツェゴビナ、シンディ・クロフォード、シャロン・ハーロー




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