
欧米のSNS上で2月からヴァイラルになったのが ”アルパイン・ディヴォース(アルプス離婚)”。
この語源は作家ロバート・バーが1893年に出版した同名の短編小説に由来するもので、ストーリーは夫が登山中に妻をアルプスの崖から突き落とすことで婚姻関係を終わらせようとするもの。
以来アルプス地方では”アルパイン・ディヴォース”は、登山中の事故や遭難を装って妻を殺害する犯罪を意味する言葉として知られてきたとのこと。
それが2月以降、Reddit、Instagram、TikTokといったソーシャルメディアで突然ヴァイラルになったのは、
オーストリアで起こったアルパイン・ディヴォースに有罪判決が下ったため。この事件は37歳の男性被告が、オーストリアの最高峰 グロースグロックナー山頂で
33歳のガールフレンドを低体温症による死に追い込んだというもので、これが登山中の事故ではなく、重過失致死罪の刑事責任を問われたのだった。
SNSではこの判決を受けて、多くの女性達がそれぞれの同様の体験をシェアしており、
いずれもハイキング、サイクリング、登山中に夫やパートナーに置き去りにされたストーリー。
アウトドア・アクティビティでは、それを計画する男性側に体力的優位性、経験、知識、土地勘があるケースが殆ど。
加えて山岳地帯では天候の急変は当たり前で、そこに男性より体力が劣り、低体温症になり易く、サバイバル知識が無い女性を
装備不十分で置き去りにすればどうなるかは明白。たとえ男性側に悪意が無かったとしても、常識が備わっていれば起こらないのがアルパイン・ディヴォースなのだった。
男性をアルパイン・ディヴォースに導く要因には、3つの可能性があり、
1つ目は、最初から相手との関係を終わらせる目的、すなわち事故死、行方不明に追い込むためにアウトドアに連れて行くケース。
この場合、「久々に一緒にアウトドアを楽しむ」、もしくは「その体験を通じてお互いの関係修復を試みる」と装って相手を連れ出すケースが多く、
男性側の意図とは正反対に、女性側は相手と穏便にアウトドアを楽しむために、体力的な無理をしがち。
男性側にしてみればアウトドアでの事故死や行方不明は、武器、指紋、DNA、アリバイなど、殺人事件で加害者が特定される要因を
一切心配する必要が無く、しかもパートナーを失って自分を責める男性像を演じれば 周囲が同情し、新しい出会いも期待出来ると
短絡的に考えるケースは決して少なくないとのこと。
2つ目の可能性は、登山やハイキングの最中に自分より経験や体力が劣る女性パートナーが足手まといに感じられ、
自分のペースで進めないフラストレーションを、そのまま自分の人生に置き換えて、苛立ちの高まりから女性を置き去りにするケース。
そんな男性の多くはアウトドア・アクティビティを通じて、日常生活では味わえない自分の優位性を感じ、それを誇示する目的や、
日頃自分を立てないパートナーへの罰や報復の意味を込めて置き去りにしており、
特に殺意や別れる意志が無くても、女性が自分無しでは如何に無力な存在であるかを思い知らせる目的意識があるケースが殆ど。
しかし総じて「女性が自分の弱さを思い知った時には命を落としているかもしれない」とは考えない稚拙な思考の持主、
もしくは利己的で自分を抑えられないのがこのパターンの男性。
女性が無事に自力生還、もしくは救出された際には、自分の力を示せたことに満足するタイプ、少しやり過ぎたかと反省するタイプ、
日頃から自分の重荷になる女性の弱さやだらしなさを責めて、更なる力を示すタイプなどリアクションは様々なのだった。
3つめの可能性は、男性が単にパートナーと少し距離を置いて1人でアウトドア・アクティビティを楽しみたいと考えて歩いているうちに、女性とはぐれてしまうケース。
登山経験が無い女性が、人影を見失えば、登山道を示すサインをチェックしながら歩くことが如何に難しいか、男性が自分のペースで歩き始めれば、
よほど体力に自信がある女性でない限り、男性が頭で思い描く以上に距離が離れてしまうことを深く考えず、女性が陥落や遭難に見舞われてしまうのがこの状況。
しかし、それに気づいた途端に必死で女性を探すのがこのタイプの男性で、一度パートナーと永遠に失うかもしれない経験をすると、
その後はアウトドア以外のオケージョンでも、パートナーのリスクを考えて行動するように学習能力は持ち合わせているよう。
とはいっても女性側の恐怖経験の度合いによっては、男性が考えを改めたところで関係修復は不可能なのだった。
もちろん世の中にはまともなアウトドア愛好家の男性は沢山居る訳で、
そんな男性はサイクリングでも登山でも、女性ペースに合わせて女性と並んで進み、それが出来ないオケージョンでは女性を先に行かせて、必要があれば後ろからサポートし、
相手から目を離さないという基本常識を心得ているもの。そしてアウトドアの専門家、恋愛の専門家は共に、
そうした基本常識が無い男性には、「これから変わってくれる」というようなあり得ない妄想を描かずに、きっぱり別れるべきとアドバイスしているのだった。
アメリカで昨年起こったのが、妻の誕生日にホノルルでハイキングを楽しんでいたカップルが、崖に差し掛かったところで麻酔科医の夫が注射器を取り出し、
それを払いのけた妻を石で殴りつける事件。夫は「こんなところで悲鳴を上げても誰にも聞こえないし、誰も来ない」と言いながら妻の頭部を殴打し続けたものの、たまたま通りがかった女性
ハイカーが警察に通報。妻は血だらけであったものの 命に別状はなく、逮捕された夫の裁判が始まったのが今年3月のこと。
夫は犯行動機を「妻が職場でプラトニックな不倫をしていることに絶望した」と語ったものの有罪判決が下され、刑の言い渡しは8月。しかしそれを待たずして夫側は控訴を決めているのだった。
またつい最近には春休みでバハマに旅行したアメリカ人夫婦が、ディンギー(小型ヨット)で沖に出た際、波と風に煽られて妻が海に転落。
そのまま行方不明になる事件が起こっており、現地警察に逮捕された夫は証拠不十分で4月3週目に釈放。身柄拘束時には「バハマに残って妻の捜索を続ける」と語っていたものの、
釈放された途端にアメリカに帰国。これも「海バージョンのアルパイン・ディヴォースか?」との憶測を呼んだばかり。
山岳救助や国立公園自然保護区の管理員によれば、アルパイン・ディヴォースは世間で人々が認識するより
遥かに頻繁に起こっているとのことで、多くの場合、女性が置き去りにされる前に起こるのが男性との口論。
口論の原因は往々にして、男性が女性の体力を顧みずに自分のペースで進んでしまうこと、
休憩を望む女性を無視し、体力の無さを蔑むこと。
前述のように男性の脳内ではそれが自分の優位性の誇示であり、女性の脳内では「日頃から自分が訴える問題に全く耳を貸さない」、「いつも相手のペースで相手がやりたい事だけをやる」
という日常と結びついて、かなり感情的な口論に発展するとのこと。
マリッジ・カウンセラーによれば、このように「一方が自分の欲求やニーズだけを優先し、それによって相手に不利、不遇、不満、危険をもたらしても仕方がない、我慢するのは当たり前」という身勝手な考えを持ち、
それを共依存的に受け入れ、不満を感じながらも関係を続けるカップルは、本人がそれを自覚していないケースも含めて非常に多いようで、
そんなカップルがアウトドアに出掛ければ、アルパイン・ディヴォースは意図せずして起こり得る状況。
アルパイン・ディヴォースについては、NYタイムズ紙でも記事として取り上げられ、NYの臨床心理学者が「非日常的な、厳しい自然環境に置かれると、カップルが互いの力関係、共感、責任、お互いの存在をどう捉えているかが明らかになる」と分析していたけれど、私が記事より興味深く読んだのは それに寄せられた500以上のリアクション。
経験談を明かす女性達は判でついたように、口論がきっかけで体力的余力や装備が無い状態で、馴染みのない自然環境に1人置きざりにされており、
そこからは夢中で救けを求めたり、自力で下山したり、通り掛かりのハイカーや山岳救助隊に救助されたり、置き去りにしたパートナーによって連れ戻されるケースもあり、
異口同音に語っていたのが、「パートナーの裏切りと命の危険を同時に感じて、トラウマ的な経験になった」ということ。
「以来アウトドアには出掛けないと決心した」と投稿する女性は少なくなかったのだった。
最も印象に残ったのは、自分より若いパートナーが早いペースで先に下山してしまって取り残された女性のストーリー。
体力を消耗し、装備も無く、天候も悪くなってきたことから、通りがかりの登山グループが「安全のために自分達と一緒に山頂の休憩所に戻ろう」と説得したにも関わらず、
女性は 「若いパートナーに自分の存在感と愛情の強さを証明するために、自力で下山した姿を見せる」と言い張り、先を急ごうとしたとのこと。
しかし女性は程無く体力的限界や自分の力量、知識不足、そして悪天候の危険を痛感して諦め、グループに合流して難を免れたとのこと。
こうした女性達の経験談に混じって、ごく僅かながら見られたのが「女性がアグレッシブに文句を言い出せば、男が黙ってその場を去るのは日常生活で頻繁に起こること。
それがアウトドアで行われただけで、”アルパイン・ディヴォース”などと騒ぎ立てる方がおかしい」という男性からの書き込み。
このように「日常生活で無害なことを、アウトドアでやってなぜ悪い」というセオリーがまかり通る男性が、女性をいとも簡単にアウトドアで置き去りにするのだろうと、妙に納得してしまったのだった。
Yoko Akiyama
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執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |


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