Aug Week 2, 2025
Orb: On the Movements of the Earth
『チ。―地球の運動について―』、
米国人が現在との対比で驚愕と感動を覚える背景



少し前にアメリカ人の友人に薦められて観始めたのが、日本アニメの 『チ。―地球の運動について―』。
それまで日本アニメを観たことが無かった友達が「毎エピソードがそれぞれ奥が深くて、台詞が天からの啓示のように心に響く」と賞賛していたので興味をそそられたものの、 「中世のヨーロッパを舞台に、地動説を信じた人々と それを異端として弾圧する宗教権力との闘いについて描かれている」というテーマの重さを聞いて、 体力と精神力が伴った時に観ようと思って先送りにしてきたのがその視聴。 でも一度観始めたら、止まらくなり、友達が言っていた通り、感銘を受けて、考えさせられる台詞の連続。 ここまで人生、宇宙、神、人間の信念や人類の本質について 深く考えさせられたエンターテイメントは これまでに無かったと思ったのだった。




英語タイトルは「Orb: On the Movements of the Earth」であるけれど、日本語で観られるメリットは『チ。』が「地」であり、「知」、「血」でもあるタイトルの意味合いが 感じられることで、こればかりは翻訳では味わえない醍醐味。
でもアメリカに住みながら『チ。』を観る感慨深さは、これが中世を舞台にした地動説を巡るフィクションではなく、現代社会、もっとはっきり言えばトランプ政権下で どんどん力を増してきたキリスト教保守右派による、科学や教育、言論の自由への弾圧と極めて重なる部分が多いこと。 現在のトランプ政権を背後から牛耳るのは、キリスト教超保守右派勢力とその理想国家のブループリント、「プロジェクト2025」。 政府が公立校への補助を打ち切り、代わりに子供が居る世帯への補助金に切り換えることで、現在進んでいるのが公立校弱体化。貧困層への教育をサポートする教育省も閉鎖に向かっているけれど、 これらが意味するのは、子供達が多感な成長期を 寄付と補助金が集まる私立の宗教学校で学び、貧困層が教育機会を逃すということ。 加えて大学カリキュラムや運営、研究方針への政府介入も顕著になっており、これが進めば大学のレベルが低下し、研究に十分な政府補助金が与えられないことから、 『チ。』で描かれる世界同様、科学というものがキリスト教政治勢力に有利な学問に成り下がる社会が待っているのだった。
実際に、キリスト教保守右派が多いレッド・ステーツでは、全ての教室の壁にキリスト教の十戒を掲示し、それを毎日唱える法案が提出されており、教育や学問に宗教を持ち込むのは過去ではなく、現代の話。 2014年の全米科学財団の報告書によると、調査対象となったアメリカ人の26%が 天動説を信じており、「Flat Earh(地球は平ら)」と信じるアメリカ人は2018年の段階で4%。 宗教が科学より優先される思考は キリスト教保守右派の間では脈々と生きていて、レッドステーツでは竜巻、洪水等の自然災害が起こる度に、 敢えて危険が迫っているエリアの教会に人々が避難して命を落とすのは決して珍しくないこと。妻と子供を失い、唯一生き残った男性が「教会に居れば、神の力で奇跡的に助かると信じていた」と語る様子には、 信仰心という名の甘えと非現実的な楽観主義が垣間見れるのだった。




アメリカ人の中には、現在のICE(移民関税取締局)による移民拉致や強制送還、アメリカ国民やグリーンカード保持者でも 反政府勢力と見なせば身柄を拘束する様子を、『チ。』に登場する異端審問官に重ねる人々も多いよう。 その審問官に対して、12歳の天才少年ラファウが「貴方たちが相手にしているのは、単なる異端ではなく知性だ。一組織が手懐けられるものではない」と毅然と言い切った台詞は、政府権力に猛反発しながらも、成す術がない無力感を味わっていた人々にとって「勇気と希望を与えた」と言われるもの。 『チ。』について検索すると、「もっと多くのアメリカ人がこのアニメを観るべきだ」といった英語の書き込みや評価をかなり目にするのだった。
私自身、『チ。』を観ていろいろ考えを改めたけれど、そのきっかけの1つは第二話で語られた「人は この世が貪欲で汚れていて、あの世は美しいと信じている。だが神が作ったこの世界はきっと何よりも美しい」という台詞。 これを聞いて 「あの世」、「天国」とは人間の現実逃避と空虚な信仰心がもたらした偶像に過ぎないように思えて来たのだった。 それとともに今更のように思い出したのが、人間の本能的な欲求には、食欲、性欲、物質欲だけでなく、現代人が列挙することさえ忘れている”知識欲” というものが含まれていて、 それが如何にパワフルであるかということ。
さらに「自分がやるべきことをやり抜くのが人生であり、それによる死も 生きることの一部であって、決して無駄や無念ではない」という登場人物達の行動、言動は、 「どうして地動説のためにそこまで出来るのか?」を納得させるに余りあるもの。 そんなキャラクターを観ていると、人間を精神的に深く満たせる唯一の欲望が知識欲であることを改めて実感するのだった。




私が日本のアニメを少しずつ観るようになったのはパンデミックのロックダウンの最中で、当時欧米で日本アニメの人気が急上昇していたこともあって、 どんなものが欧米人ウケするのかをリサーチする目的で観始めたのだった。
『チ。』を観る前までで、私を最も感動させたのは 『ハンターxハンター』のラスト 148話で、 「目指すものは それを手に入れる過程でこそ得られる。だから沢山寄り道をしながら前に進むべき」という メッセージ。私はこれを「数字ばかりを結果として追いかけて、プロセスを軽視するアメリカン・スタイルのビジネス」と対比して語ることで、これまで何人ものアメリカ人を感動させ、時に涙させた経験があるのだった。
日本人の中にはグローバリズムを好まない人も少なくないようだけれど、日本のアニメのセンチメンタリズムがこれだけ欧米に通じることを思うと、 1970年代から2010年代までハリウッド映画が世界に与えたカルチャー・インフルーエンスと同等の影響力を この先発揮しても全く不思議ではないのが日本のアニメ。 実際私は、日本が世界を何等かの形で洗脳できるとしたら、それは日本のアニメを通じて行われるとさえ思っているのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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