11月からTikTokを始めとするSNS上で大きく拡散され始めたのが、テキサス州で ドリンクを手に持って歩道を歩いていた20代の男性が、
地上5階の窓から落下してきたベイビーを両手で受け止め、一命を取りとめる様子。
ビデオの解説によれば、男性は持っていたドリンクを手放し、落下してきたベイビーを受け止め、本人も両手を骨折したものの、赤ん坊を手放すことは無く、付近の人が通報した救急車が来るまで赤ん坊に付き添ったとのこと。赤ん坊は命こそは救われたものの、彼が受け止めた際のショックが大きかったことから その後も入院が必要となり、
母親が男性に対し「正しい救出をしなかった」ことを理由に 40万ドルの損害賠償を請求する訴訟を起こしたというのが動画内容なのだった。
主にTikTokやYouTubeのショートビデオで拡散されたこの動画には、赤ん坊が死亡して 民事訴訟で男性に40万ドルの支払いを求める判決が下ったバージョン、
子供が救われたのに感謝さえせずに男性を訴えた母親を判事が叱責し、訴訟が棄却されるバージョン等、
複数のバリエーションがあり、いずれの画像も赤ん坊の写真は同じ、救済する男性の画像には2~3種類のバリエーションがあり、
裁判で被害を訴える母親にはさらに多くのバリエーションがあるものの、訴える内容は同じ。しかし声のトーンはルックスに合わせて変えてあるのだった。
上はそのうちの2バージョン。いずれのショート動画でも、殺到していたのが善意で赤ん坊を救おうとした男性を訴えた母親を批判し、罵倒するコメント。
ところが専門機関がこの事件についてデータベースを調べたところ、全米50州で赤ん坊の転落を男性が救った、もしくは救おうとした事件、及びそのために出動した救急隊員の記録は無く、更に
民事裁判の記録も無かったことから、これが完全なフェイク・ニュースであったことが判明。
しかもこの動画はアメリカ向けの英語版だけでなく、スペイン語圏版など、世界各国向けに登場人物の画像を替えたバージョンが出回っており、
ストーリーにも若干の差異はあるものの、見る側の怒りやフラストレーションを掻き立てる演出は全く同じ。
人々がこれを信じてしまう要因は、何と言っても偶然の撮影を装った粗い画像のビデオで、これはもちろん生成AIによるクリエーション。
赤ん坊を受け止めた画像に登場する男性と 裁判に登場した男性像と全く違っていても誰も疑わず、
地上5階から落下した赤ん坊を受け止める腕力が男性にあると見る側を信じさせてしまったのがこの画像。
しかし実際には地上2~3階であればまだしも、5階から落下してきた3~4キロの物体に気付くことが難しいだけでなく、頭を冷やせば物理の専門家でなくても、
ビデオ画像のような受け止めが出来ないのは容易に想像がつくこと。
加えて法律の専門家でなくても 米国人であれば多くの人々が知っているのが 俗にいう ”グッド・サマーシャン法”。アメリカでは事件現場を立ち去るのが犯罪である一方で、
事件や事故に巻き込まれた人々への救済行為は、刑事でも、民事でもその責任は問えないことになっており、ビデオに描かれたような裁判は
法廷で争われる以前に棄却されるべきもの。 したがってこのビデオは、リアリティの見地からは極めて稚拙と言えるのだった。
同様のビデオはSNS上に溢れていて、左上は燃えている車の中から6歳児を救い出した男性が、「息子の身体にこの男が不適切に触れたせいで、今も息子は夜眠れずに泣いている」と母親に訴えられたフェイク・ストーリー。判事の名前をフルネームで語ってリアリティを演出しているのがこのビデオ。
右上は、EVのチャージング・ステーションから銅線を盗もうとして感電死したティーンエイジャーの母親が、「息子はただ盗みを働こうとしただけなのに、感電死させられた」とチャージング・ステーションの管理会社を訴えたというストーリー。これも複数の窃盗シーンがAIによってクリエイトされているのだった。
何故このようなフェイク動画がSNS上に蔓延しているかと言えば、正義が理不尽にやり込められる様子に腹を立てた人々が動画に大きく反応するので、クリエーターにとって収益が得易いというのは
大きな理由の1つ。
しかし、その背景にはもっと深い大衆心理操作があるようで、比較的単純な人々は こうしたビデオを観る度に怒りやフラストレーションを高め、益々熱し易く、煽られ易くなっていく一方で、
「どうせまたAIでしょ」という冷めたリアクションを示す人々は、いざ真実を見せられても徐々に反応を示さなくなるようで、大衆が事実や真実というものからどんどん引き離される要因になるのがこうしたフェイク動画のサイド・エフェクト。
加えてこれらの動画投稿の背景にあるのは、現在保守右派の間で益々高まっている男尊女卑思考の拡散。
これらのヴァイラル・ビデオの多くは、男性の正義感溢れる救出劇を 理不尽で愚かな母親(女性)が訴えて、損害賠償を要求する姿。
昨年あたりから、保守右派、特にキリスト教福音派の間では、リベラル派が多い女性から投票権を奪い、家長(夫)が代表して投票を行うハウスホールド・ヴォ―ティングを求める声が高まっており、
これはトランプ氏に気に入られてFOXニュースのキャスターから防衛長官に大抜擢されたピート・へグゼス等が、保守派を前にしたスピーチでも訴えてきた案件。
これらのフェイク・ビデオは、「女性が如何に感情的で、正当な判断力に乏しいか」を男性心理だけでなく、
女性の心理にも植え付けることに成功していると言われ、今後もSNS上では益々こうしたマインド・コントロールを目的としたフェイク・ニュースが増えると見込まれるのだった。


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