今回はいつものご質問をお休みして、一時帰国中に感じた日本の印象について思うところを書かせて頂きます。
私は日本に一時帰国の際はホテル滞在をするけれど、東京の人気ホテルが 2月の時点で5月の連泊予約が出来なかったのが今年。
2025年の日本は、3月末の時点でインバウンド旅行者数が10万人を突破し、過去最速で旅行者数を増やし続けており、
4月は月間最多記録を塗り替える 391万人のインバウンド旅行者がやって来たとのこと。 (それまでの月間最多は378万人)。 その4月は前年同月比で28.5%増という驚異的な数字。
昨年1年間に日本を訪れたインバウンド旅行者数は3680万人に上っており、政府が掲げる目標「2030年までに年間6000万人の旅行者」を実現するペースになっているのだった。
そんな観光立国、日本に最も貢献するサイレント・パートナーと言われるのが円安。 しかも通貨が弱い後進国とは異なり、
日本が外国人旅行者に提供しているのは単なる安さではなく、食事、品質、サービス等の世界レベルのクォリティ。
それを治安の良さ、街の清潔さ、インフラ整備、時間に正確な公共交通機関、歴史に裏付けられたカルチャーなど、他の先進国でもなかなか実現できないクォリティ・オブ・ライフの中で、
楽しめるのが日本。
しかしその背景を考えると、日本は「安くて良い国」というよりも、「安すぎて疲弊している国」という見方が適切になっているのだった。
昨年日本に旅行した私の友人の米国人カップルは、「9日間の滞在で、5回もラーメンと餃子を食べた」、「本当に安くて、美味しい!毎日でも食べたい!」と言っていたけれど、
日本で美味しいと言われるラーメンは1杯が600〜1200円、それより味が劣るNYのラーメンは1杯15~20ドル。日本円に換算すると2174円~3623円。
日本人にとっては、たかだかラーメン1杯にそんな値段を支払うなんて馬鹿げたことに映るけれど、NYの高額レント、人件費を含む諸経費を支払って、利益を上げようと思ったら、これはボッタクリというよりサステイナブルなビジネスのための適正価格。
逆に日本のラーメン店は、お客が他に流れることを心配して、価格を最大限に抑える努力をするので、賃金は上がらず、設備投資が出来ないので労働環境は悪化の一途を辿るのが宿命。
したがってラーメンを600〜1200円で提供するのは、もはやビジネスという名の “自己犠牲”、 もしくは ”従業員犠牲に支えられた商業活動”。
この状況はレストラン業、観光業に限った話ではなく、
日本ではありとあらゆる産業で「価格を上げると客を失う」、「人件費や設備投資にコストをかけられない」というデフレ・マインドが蔓延し、
「利益を削ってでも 価格を維持する」のが失われた30年間に培われたビジネス体質になってしまっているのだった。
その体質が、外国人旅行者に過小な出費で上質な食事やサービス提供することから、日本は「世界一コスパの良い旅行ができる国」になっているけれど、
それは見方を変えれば、「国民の労力で海外旅行者に奉仕する国」とも言えるのだった。
「世界のために安さで尽くす」構造は、観光だけでなく、長く続いたゼロ金利政策による資金面においても同様。
日本のゼロ金利は、表向きには 国内企業が安価に資金を調達し、国内での設備投資や人材開発に活用することを目的とした政策。
しかし実際には、中小企業がゼロ金利の恩恵を受けることはなく、それをキャリー・トレードでフル活用していたのは海外投資家。
キャリー・トレードとは、低金利の通貨でお金を借りて、金利の高い通貨で運用して利益を得る投資手法のこと。
簡単に説明すると、例えば日本でほぼゼロ金利で1億円を借りて、米国債(利回り4.5%)を買った場合、米国債の利子が450万円、
借入金の金利はほぼゼロで、年間約450万円が儲けられるけれど、借りたお金で買っていたのがエヌビディア株であった場合、
2023年、2024年共に20%以上の値上がりをしているので、1年間投資をしただけで2000万円の利益が得られる計算。
すなわち日本がゼロ金利で供給した資金は、自国の成長ではなく、海外投資家を潤してきた訳で、
欧米の経済専門家はこぞって 「日本は自国の通貨の強みを犠牲にして、海外に奉仕している」と語って来たのだった。
要するに「インバウンドによる旅行者の流れ」と「ゼロ金利による資金の流れ」は、どちらも日本が自国の資源を “安価に提供する” ことで、外国に奉仕する図式。
この奉仕は 国内の経済構造をゆがめたまま継続しており、グローバル資本にとって好都合なだけで、日本国民にとっては、労働と通貨が“安売り”され続ける状況に他ならないのだった。
これによって自国民が勤勉に働いても、その生活や将来には豊かさがもたらせない、「稼げない国」に追い込まれているのが現状。
日本でYouTubeを観ていると、日本を訪れて、その優秀さを讃える外国人旅行者を描いたショート動画が沢山出て来るけれど、
一度このからくりを意識してしまうと、この類のビデオは 日本人の自己肯定感を高めながら、観光奉仕のためのメンタリティに洗脳するプロパガンダに見えてしまうのが正直なところ。
実際、これらの動画の多くはオリジナル・ソースが存在しない AI生成の画像とストーリー、すなわちフェイクと思しきもの。
そしてその動画を見ることで、日本が過剰な安さで提供するクォリティの高さが世界の称賛を集めることに気分を良くして、実態が伴わないプライドを高めているのが、
本来ならこの奉仕と搾取を問題視しなければいけない日本国民。
インバウンド旅行者によって外貨を稼ぐことは大切であるとは言え、グローバル経済においては 日本が自国の富と労力を格安セールで海外に提供する二重の“奉仕国家”になっている現状を自覚すべきだと思うのだった。
その日本は、2024年のGDPでカリフォルニア州に抜かれ、アメリカ、中国、ドイツ、そしてカリフォルニアに次ぐ世界5位の経済圏になってしまったけれど、
健全な経済活動が、「物やサービスが適正価格で取引される状態」であると定義した場合、上位4つの経済圏に比べて物やサービスに対する価格のバランスが著しく崩れているのが日本。
適正価格の取引よりも、目先の利益を追い掛けてバーゲンを優先するのは 倒産前の企業が行うことなのだった。
私は個人的には 日本を“良いものが格安バーゲンで買える国”から、“良いものが正当に評価される経済国家”に戻すには、大企業よりも、クォリティが信頼と評価を集める中小企業が、
SNSインフルエンサー等と一致団結して行う方が効果があるように考えるけれど、それは中小企業に体力があるうちに行うべきこと。
選挙で政権がどうなろうと、日本の適正価格是正はビジネスとそれを支える消費者が一緒に動かない限り、どうにもならないように思えるのだった。
Yoko Akiyama
![]() |
執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
当社に頂戴した商品のレビュー、コーナーへのご感想、Q&ADVへのご相談を含む 全てのEメールは、 匿名にて当社のコンテンツ(コラムや 当社が関わる雑誌記事等の出版物)として使用される場合がございます。 掲載をご希望でない場合は、メールにその旨ご記入をお願いいたします。 Q&ADVのご相談については掲載を前提に頂いたものと自動的に判断されます。 掲載されない形でのご相談はプライベート・セッションへのお申込みをお勧めいたします。 一度掲載されたコンテンツは、当社の編集作業を経た当社がコピーライトを所有するコンテンツと見なされますので、 その使用に関するクレームへの対応はご遠慮させて頂きます。
Copyright © Yoko Akiyama & Cube New York Inc. 2024.