
私にとって、2025年最大の人生の教訓になったのが9月末の入院。僅か3日間、時間にして80時間であったけれど、
その間に私が闘っていたのが病状に加えて、米国病院システムと人間心理。
検査の結果、腸閉塞と診断された私は、イレウス管というチューブを鼻から挿入することになったけれど、
鼻の奥深くに管の先端が入った途端にチューブに流れ込んできたのが 詰まった腸に溜まっていたと思しき緑色の胆汁。
それで管を抜いてもらえるのかと思ったら、「手術は避けられると思うけれど、入院が必要」と言われ、そのまま運ばれたのが病室。
結局、その管から時間をかけて溜まった毒素を吸い出すのが治療法だと知ったのは、自分で行ったネット検索から。
チューブを挿入する際に 若いドクターが「もう1000回以上やっているけれど、1度も失敗したことが無いから安心して」と言っていたように、
腸閉塞は数多い症例。なので説明の必要が無いと思ったのか、説明したと勘違いしたのかは定かではないけれど、
こうした連絡不足、連携不足は入院中の私を苦しめることになったのだった。
”眠らない街 NY” とあって、入院中は夜中の1時でもやって来たのが血液採取と検温、血圧測定。
ナースは1人で平均7人の患者を抱えるオーバーワークで、12時間のロング・シフト。患者1人にメインとサブの2人のナースが付くけれど、
面倒を見てくれるのはもっぱらメインのナース。2日ごとに担当が変わるので、気心が知れる頃には 別のナースと入れ替わるシステム。
私にはIV(点滴)とイレウス菅が繋がれていたので、トイレに行くにもナースを呼んで2本チューブを外してもらい、戻ったら再び装着して貰う必要があり、
恐らく入院患者の殆どが同じような状態。なのでナース・コールをしても タイミングが悪ければ待たされるのは皆同様。
ナースに好かれようと思って 丁寧にお礼を言いすぎたり、下手に出てばかりだと、「あの患者は待たせても大丈夫」と後回しにされるのは、
病院だけでなく、アメリカ社会にありがちな傾向。
そのため闘病より厳しかったのが、嫌われずに優先順位を上げてもらうためのための ナースとの精神的駆け引きなのだった。
入院2日目の私は朝から脱水症状。喉が渇いただけでなく、唇や眼球まで乾いていたけれど、それより深刻だったのがポタシウムの欠乏。
そこで水分よりポタシウムの点滴が先に行われたけれど、通常1時間で終わるポタシウムの点滴が、恐らくマシンの設定ミスで2時間経っても終わらず、
「あと10分」と言われてから 水の点滴に替えて貰えたのはその約1時間後。
その間の私は ウォーター・トーチャー(水を飲ませない拷問)の状態で、そんな時に限って目の前のTVで映し出されるのが
水を飲むシーンや、コップの水を俳優の顔に掛けるシーン。 食べ物でも水でも、相手が渇望するものを目の前で味わったり、捨てたりすることが、
如何に精神的苦痛を高めるかを思い知ったのがこの時なのだった。
ようやくIVが水分に替わった際には、点滴スピードを速めて貰って かなり落ち着いたけれど、
その安堵感をナースに伝えてしまったのは大失敗。2袋目の水分点滴スピードをナースが緩めてしまったので、私は脱水症状に逆戻り。
ネット情報によれば、「イレウス菅による治療は、身体から出て行く毒素と補給される水分のバランスが大切」だそうで、
「水分が入って来なければ、毒素が出て行かない」と考えた私は、点滴のスピードを再び速めるようナースに頼んだけれど、
回復を焦っていると思われたのか、「腸閉塞の毒素はゆっくり出していくものなの」と意固地モードに入って、全く聞き入れない姿勢。
「これはもう相手が替わらない限りダメだ」と考えた私は、喋ると益々喉が渇くこともあり、交渉をギブアップ。
シフト交代を待って、出勤してきたばかりの夜勤ナースに頼んだところ、あっさり状況を改善してくれたのだった。
3日目からはナースが入れ替わり、ヒジャブをつけたモロッコ出身のイスラム教徒が私の担当。この日の午後にはレントゲン撮影に備えて
バリウムと思しき大瓶の液体を鼻のイレウス菅から投与されたけれど、この工程はかなりの不快感。
大量の水分が入って来たので 当然トイレに行きたくなったけれど、誰も教えてくれなかったのが レントゲン撮影の前に
トイレに行って検査液を出してしまっても良いのかということ。 結論としてはトイレに行くのは問題が無かったけれど、
鼻からのバリウム投与のリピートを何としても避けたかった私は、その回答が得られるまでの3時間、尿意を堪えなければならず、前日の脱水症状とは正反対の地獄を味わうことになったのだった。
その間、私のナースは別の患者に付きっ切り。サブのナースは行方不明。他のナースは自分の担当で忙しいとあって、誰に尋ねても適当に返事をするだけ。
痺れを切らした私は、クレームをする際の証拠にしようと 適切な対応がない様子をスマートフォンでビデオ撮影し始めたけれど、
それによって無対応や放置が続けば続くほど、自分に有利な証拠が確保出来ると考えられたので、精神的にかなり楽になったのは紛れもない事実。
結局、この日も午後7時のシフト交代で出勤してきたばかりのナースに「もう我慢出来ない!」と状況を訴えたところ、直ぐに連れて来てくれたのが若い女性外科医とフロア責任者。
2人に状況を説明して、「被害妄想だと思われないように、ビデオ撮影もしてある」と伝えたところ、
そこからは完全に状況が180度改善。女性外科医は私のレントゲンが時間通りに行われるよう配慮してくれただけでなく、結果を優先的にチェックしてくれて、腸の塞ぎが取れたのを確認すると、
即座に鼻のチューブを抜いてくれただけでなく、翌朝から流動食が取れるように手配してくれたのだった。
入院中の私にとって、唯一心強い存在だったのは、毎朝の回診を担当してくれた頭脳明晰な女性外科医。
コミュニケーションがし易いタイプだったので、イレウス菅が抜けた段階で彼女にストレートに伝えたのが、この段階からは自宅静養が最善だと思えること。
消化の良いリカバリー・フードも自分で準備できることを説明したところ、その場で「ランチに柔らかい固形物を食べてみて、それで問題が無ければ夕方に退院」を即決してくれたのだった。
この日の朝食はリンゴ・ジュース、ゼリー、チキン・ブロス(鶏ガラ・スープ)という流動食(写真上左)。そしてランチの柔らかい固形物として何が出て来るのかと思ったら、
運ばれてきたのが、写真上の右のディッシュ。
イスラム教のナースに「私、健康な時でもこういう物は食べないんだけれど…」と言ってしまったけれど、するとナースも「私だってこんなもの食べたくないわよ」と本音を言うので、
お互いに笑い出してしまったのだった。
彼女によれば「適当に食べたふりだけで大丈夫」とのことで、実際に私が何をどの程度食べたかなど一切チェックされることは無く、2時間後に出たのが退院許可。
その間、イスラム教のナースとは思いのほか話が弾んで、彼女にお薦めのモロッカン・レストランを教えて貰い、
イスラム教の当時市長候補、ゾーラン・マムダニについても話し、短いながらも興味深い時間をシェア。いざ退院する際にはハグで別れたけれど、
途中で何が起ころうと、最後には帳尻を合わせて、後味を良くするのは私がニューヨークで学んだ貴重なレッスンの1つ。
したがって今回の入院体験に悪感情は抱いていないとは言え、アメリカには "Hospital is Like Jungle"というフレーズが存在する通り、病院は本当にジャングルのようであり、
身柄を拘束され、看守に従う刑務所にも似た環境。
自分の中で常にサバイバル・モードが発動していたので、恐らくこれまでの生涯で最も精神的エネルギーを消耗したのが入院中の80時間。
同時に感じたのは、入院患者という他人に依存し、自分でコントロールできないことが沢山ある立場になった方が、
健康な時よりも的確に 自分を助けてくれる人と、そうでない人を本能的に嗅ぎ分けられたということ。
一度自宅に戻ると、自分でお茶を淹れても、お風呂に入っても、自分のパジャマやタオルを使って、自分のベッドで横になっても不思議な安堵感と幸福感が押し寄せて、
それは 旅先から戻った際の「やっぱり家が一番」という心情を遥かに超越したもの。
入院中は右腕にIVチューブが装着され、肘を曲げると点滴がストップしてしまうので、なるべく右肘を曲げないようにと言われ続けたけれど、
そのせいで退院後の約3日、無意識のうちに伸ばすように努めていたのが右腕。 特殊な環境下では人間が如何に短時間に精神的、肉体的に影響を受けるかを
改めて悟ったのだった。
Yoko Akiyama
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執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |


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