Mar. 4 〜 Mar. 10 2019

”The Documentary Scares People the Most”
空前のドキュメンタリー・ブームの中、最も人々を恐れさせる意外なフィルムとは?


今週のアメリカで最も報道時間が割かれていたのが 2つのドキュメンタリー・フィルムに関連するニュース。
1つめは 青少年性的虐待、監禁等の容疑で再び逮捕された R. ケリーこと ロバート・シルヴェスター・ケリーが CBSとのインタビューに応えている最中に 取り乱し、 放送禁止用語を連発して怒鳴り続けた様子。 R.ケリーは過去2回に渡って青少年性的虐待の罪で無罪判決を勝ち取っており、 その都度 ファンやレコード会社、ツアー関連企業のサポートを得てきたものの、 2017年から始まったMeTooムーブメントを受けて 新たに製作されたのが 6エピソードから成るドキュシリーズ「サバイヴィング R.ケリー」。
これが今年1月に放映され、被害者女性が明らかにした監禁や食事を与えないといったセックスに止まらない虐待、および洗脳の実態を 多くの人々がビンジ・ウオッチングをしたことから、再び彼の立件に動かざるを得ない状況となったのがシカゴ警察。 今回は時代背景を受けて、それまでR.ケリーをサポートして彼によって多大な利益を上げてきた企業が どんどん離れたことで彼の経済状態も苦しくなっているようで、 これまでに見せたことが無い焦りや怒りを露わにしていたのが今週のインタビューなのだった。




もう1つ報道時間が割かれていたのは、 先週日曜日にHBOが放映したマイケル・ジャクソンの児童性的虐待の実態を描いたドキュメンタリー 「リーヴィング・ネバーランド」に対するリアクション。 このドキュメンタリーは2人の虐待被害者にフォーカスし 彼らがその経験の一部始終を語るもので、1人はマイケル・ジャクソンとペプシのCMで共演した ジェームス・セーフチャック(写真上中央、左側)、もう1人は子供時代にマイケル・ジャクソンのツアーでパフォーマンスをし、やがて16歳にしてブリットニー・スピアーズやインシンクの コレオグラファーになったセレブ・ダンサーのウェイド・ロブソン(写真上中央、右側)。どちらもマイケル・ジャクソンの児童性的虐待容疑の裁判で 彼を無罪に導く証言を行い、今もマイケル・ジャクソンを”メンター”、”自分に最も親切にしてくれた人物の1人” と仰ぎながらも、 彼にマスターベーションを教えられ、ポルノを見せられ、何年にも渡って「愛情」と称した性的虐待を受けた様子や、 マイケル・ジャクソンが他の白人少年にも同様の行為をしていた様子を生々しく、詳細に語っているのが パート1&2 の4時間に渡るこのドキュメンタリー。
その公開に際してはジャクソン・ファミリーが100億円の損害賠償訴訟を起こし、ファンが猛反発をしていたことが伝えられるけれど、 同映画がプレミアを迎えたサンダンス映画祭においては予測された抗議活動が殆ど起こらず、警備のために待機した警察が引き上げていた有り様。 しかしながら今後もマイケル・ジャクソンのミュージカルを始めとする彼の関連プロジェクトを幾つも控えていることから、 それに投資をしている企業がソーシャル・メディア等を通じて、ファンの反感を煽っているのは紛れもない事実なのだった。 でも自ら少年時代に性的虐待を経験し長年それを誰にも言わずに来た人々は このドキュメンタリーの被害者の言い分を圧倒的に支持しており、その数はアメリカ国内で成人男性の6人に1人以上と見積もられるもの。 それほど被害者が多いにも関わらず野放しになってきたのが青少年に対する性的虐待行為で、 ドキュメンタリーに登場した被害者にしても 「自分に子供が出来て、同じ状況を自分の子供で考えてみるまで 虐待という行為の意味と それが自分にもたらしたネガティブ・インパクトがしっかり自覚出来なかった」と語っているのだった。
なので既に死去したマイケル・ジャクソンの名声が今後どうなるかは別として、「リーヴィング・ネバーランド」に描かれている 性的虐待者の巧妙なアプローチや、何十年にも渡って虐待を否定する被害者心理、虐待が家族にもたらす様々なインパクトは 親達が子供を守るためにも理解しておくべきだと思うのだった。

「サバイヴィング R.ケリー」、「リーヴィング・ネバーランド」に止まらず、過去2年ほどの間にオーディエンスを急増させているのが ドキュメンタリー映画。 エンターテイメントでありながら 世論を動かすパワーが認められ、従来なら報道番組に止まっていたようなサブジェクトが さらにその内容と背景を掘り下げたドキュメンタリーとして製作される傾向が顕著になっているのだった。
特にその製作に積極的に動いて高い評価を得ているのが 今や TVドラマ製作のお株をネットフリックスに奪われたHBO。 3月半ばには 血液検査の医療ベンチャー「セラノス」の創業者で、 若くして第二のスティーブ・ジョブスとまで言われたエリザベス・ホルムズ(写真上右)が演じた一大詐欺事件を描いた 「The Inventor: Out for Blood in Silicon Valley」が放映されることになっているけれど、 この作品も今年のサンダンス映画祭でお披露目となった話題作。 ハリウッド映画ヴァージョンはジェニファー・ローレンスが主演で製作されるとのことなのだった。




そんなドキュメンタリー・ブームの中で大きな評価を獲得していると共に、 観た人々を最も恐れさせているのが、実話の三つ子を描いた「スリー・アイデンティカル・ストレンジャー」。
このフィルムは、大学時代にひょんなことから自分に双子の兄弟が居る事を知った男性同士が 生後初めて出会い、 その奇遇なエピソードが全米で報じられたのがきっかけで、 実は彼らにはもう1人の兄弟が居て 三つ子であったことが判明したところからスタート。 3人はそれぞれ裕福な家庭、ミドルクラス、ブルーカラー・ファミリーに養子縁組され、異なる経済環境で 離れ離れに育ったにも関わらず仕草や表情、食の好みや女性の趣味に至るまでがそっくり。また3人とも養子縁組の姉が居た偶然等が 当時のアメリカのメディアで大センセーションを巻き起こし、一躍メディアで引っ張りダコになった彼らは、 写真上左のようにマドンナの無名時代の映画「スーザンを探して(Desperately Seeking Susan)」を含むハリウッド映画にも キャミオ出演。 その一方で3人は自分達の産みの母親を探すものの、母親はアルコール中毒で精神が極めて不安定。 彼女が一晩の遊びのセックスで妊娠し、 出産後に養子縁組に出したことが分かっただけという、素っ気ないその場限りの出会いを果たしていたのだった。
やがて3人がそれぞれに結婚して、ニューヨークに ”トリプレッツ” というレストランをオープン。サクセスを収めるけれど、 彼らの親達にとって長く疑問だったのは「何故三つ子なのに3人一緒に養子縁組をしてくれなかったのか?」と言う疑問。 というのも3人は それぞれに兄弟と引き離されたための心身不安定と思しき症状を子供時代に見せており、 「どうして子供をあえて精神不安定に陥らせる形で養子縁組をしたのか?」については親達が不満と不信感を抱いていたという。 そこで親達は養子縁組のエージェンシーと真実を問いただすミーティングをしたものの何の成果も得られず、 代わりに忘れ物をしてその場に戻った親の1人が目撃したのが、エージェンシーのエグゼクティブ達が リラックスしながら シャンパンで乾杯するという何とも異様な光景なのだった。




そこから徐々に明らかになってくるのが、この養子縁組が最初から実験として行われたものであったということ。 3人は偶然ではなく あえて経済レベルの異なる家庭に養子縁組され、それぞれに養子縁組の姉が居たというのも最初からデザインされた家族構成。 これは人間のDNAと 生後の環境がDNAに与える影響を調べるトライアルであったものの、 その本当の目的は精神病の遺伝に関する調査。 精神病を患わない親に育てられてても やがては精神病を患うか、それに経済状態が影響するかというケースバイケースの実験。
3人の成長過程では養子縁組のフォローアップとして 頻繁に実験関係者が訪問しては 行われていたのがデータ収集。映画では実験を指揮していた科学者の存在も明らかにされるけれど、 その結果が示していたのが 精神病が遺伝し、そのDNAが育った環境や経済レベルの影響を受けないということ。 三つ子の男性の1人は高校時代に殺人事件容疑で立件された過去があり、3人は成人してからそれぞれにうつ病を患って、 そのうちの1人は自殺を遂げていたことが明らかになるのがこのドキュメンタリーなのだった。

「スリー・アイデンティカル・ストレンジャー」が人々を恐れさせているのは、冷酷なまでにデザインされた実験自体もさることながら、 同様の実験が過去何十年にも渡って 他でも行われていること、 そしてそのデータが世の中にどう反映されるかを危惧するため。 すなわち人間の運命がDNAで決まることという実験結果が エリートDNA を集結させた”デザイナー・ベイビー”の誕生や DNA差別に繋がることを恐れているのだった。 事実、ヒットラー政権下のナチス・ドイツではユダヤ人をガス室に送り込む以前に、まずは精神病や不治の病を患う自国民の 抹殺が行われれ、同様のことが他国でも行われていたのは歴史が証明する通り。 また90年代のハリウッド映画「ガタカ」の中では DNAが人間のIDになった未来社会が描かれているけれど、 いつの時代でも理想社会の構築と弱者抹殺のシナリオは常に背中合わせ。
「スリー・アイデンティカル・ストレンジャー」のような実験が50年以上も前に行われていた事実を思うと、 昨今のDNA鑑定キットのブームで アメリカ国民のDNAデータ・ベースがどんどん膨れ上がり、 それが未解決事件の犯人逮捕に繋がっているという状況も、どこまで歓迎すべきかは微妙なところなのだった。


執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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