Sep 14 ~ Sep 20 2025

More Terrifying Than Propaganda
プロパガンダより恐ろしいものが広まっているアメリカ


今週のアメリカも引き続きチャーリー・カーク暗殺とその容疑者に関するニュースが大きく報じられていたけれど、このタイミングでメディア業界が改めて悟ったのが、 かつてはリベラル派だったシリコンヴァレーのITビリオネアが今やこぞって保守に寝返っただけでなく、それぞれにメインストリート・メディアを買収した結果、 今やメディア業界が完全にMAGA勢力に牛耳られた実態。
アマゾンのジェフ・ベゾスはワシントン・ポスト紙を買収し、かつてはトランプ叩きを行っていたものの、今やそれを抑える側。 かつてリベラル派高学歴のユーザーが最も多かったツイッターは、イーロン・マスクの買収でXとなり、フリースピーチと称した保守派の無法地帯となり、広告主が離れたのは周知の事実。 2021年1月6日の議会乱入直後に、世論の猛批判を受けてトランプ氏のフェイスブック・アカウントを閉鎖したたことでトランプ氏の天敵扱いだったマーク・ザッカーバーグは、現時点ではトランプ氏と一番懇意のITエグゼクティブ。 さらに今週報じられたのが、アメリカで最大の影響力を持つSNSで、中国のバイトダンス社が所有するTikTokの米国事業買収を、 トランプ氏の盟友、ラリー・エリソン率いるオラクルが プライベート・エクイティのシルバーレイク、 ヴェンチャー・キャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツと共に進め、中国政府の承認待ちであること。 先週マスクに代わって世界一の富豪になったエリソンの息子、デヴィッドはスカイダンス社による パラマウント買収により 3大ネットワークの1つ、CBSの経営権を掌握。現在エリソン家はリベラル系ケーブル・ニュース CNNを所有するワーナー・ブラザース・ディスカバリーの買収も進めている真最中。 (週末にはトランプ氏がFOXを買収に絡めたい意向を持って居るとも伝えられています。)
そしてトランプ氏は今週、残されたリベラル・メディアの旗印、ニューヨーク・タイムズ紙を相手取り、「同紙は民主党の代弁者」と主張し、名誉棄損としては史上最高額の 150億ドルの賠償金を求める訴訟を起こしたけれど、訴えは共和党判事により、訴訟内容の不明確を指摘されて棄却されたのだった。



司法省のヘイトスピーチ取り締まりにMAGAが反発


MAGAインフルエンサー、チャーリー・カークが暗殺された9月10日と翌日の2日間で、アメリカ国内ではXアプリの初回ダウンロード数が、Twitter時代から通算して過去最高を記録したけれど、 理由はXが一早くカーク暗殺の瞬間を捉えた動画をプラットフォーム上で拡散し、ユーザーが凄まじいリアクションを示したため。 その過激なリアクションを扇動したのが Xのオーナーであるイーロン・マスクで、容疑者逮捕前から暗殺者を左翼と決めつけたマスクは、 左上のようなツイートを連発。MAGAインフルエンサーは、カークの死を歓迎、もしくはカークを中傷する投稿を行ったリベラル派をオンラインで告発し、 雇用主に解雇を要求。それによって防衛省職員から、ワシントン・ポスト紙のコラムニスト、医師、学校教師、オフィス従業員等が、停職、解雇処分になるケースが相次いだけれど、 暗殺までカークの存在を知らなかった人々を中心に、これを過剰反応と批判するリアクションも多々見られたのだった。
そんな過剰反応を極めたのが米国司法のトップ、パム・ボンディ連邦司法長官。 ボンディはカークに対する批判コメントを「へイト・スピーチ」と一括りにして、 「憲法修正第一条(言論の自由)の境界線を越えて 犯罪(ヘイトスピーチ)に手を染めた場合は起訴します」と発言。
しかしこれにはリベラル派だけでなく、保守MAGA勢力も猛反発。 保守系ラジオ・ホスト、エリック・エリクソンは Xにボンディの言動を引用し、「我が国の司法長官はどうやら馬鹿だ。ヘイトスピーチは言論の自由で保証された権利だ」とツイート。 これはまさにその通りで、合衆国憲法修正第一条で保証された言論の自由、思想や表現の自由、宗教や結社の自由の定義について司法省のトップが理解していないのは驚くべきこと。 加えて一国の司法省がオンライン上の悪口取り締まりに動くというのは前代未聞の話で、保守系コメンテーターのマット・ウォルシュも 「今すぐボンディを解任すべき」とSNSに投稿していたのだった。
ボンディはそれに止まらず、カークの追悼集会のポスター印刷を拒否した大手文具チェーン、オフィス・デポに対しても起訴を警告。「企業は差別をしてはならない。追悼集会のポスター印刷を依頼されたなら、しなければならない。 司法省はその罪を問うことが出来る」と、またしても法律の素人のような見解を披露。しかしアメリカで最も有名な連邦最高裁の判例の1つが、「敬虔なキリスト教徒のベーカリーが、ゲイカップルのためのウェディング・ケーキ製作を拒んでも、それは差別ではなく 宗教思想の自由」というもの。店側にはそのポリシーや置かれた状況で客を選ぶ権利が認められており、その程度のことは法の知識が無くても認識していること。
ボンディがここまで脱線した理由は、彼女がエプスティーン捜査ファイル公開に際して、隠蔽を匂わせる不透明な態度を続け、 MAGA勢力の中で著しく支持率を落としていたためで、カーク暗殺で感情が高ぶっている MAGA勢力の意向に沿ったリーダーシップを示すことで、支持挽回を狙っての失策と指摘されていたのだった。



カーク暗殺に便乗した恐怖政治!?


先週のアメリカで、チャーリー・カーク暗殺映像と共にSNSで拡散されていたのがノースカロライナ州シャーロットの列車内で、いきなり後ろの座席にいた男性に 理由もなく刺殺されたウクライナ難民、イリーナ・ザルツカの生々しい映像。 この事件は容疑者が14の前科と精神疾患を持つホームレスの黒人男性、犠牲者がブロンド白人美女という保守メディアが最も飛びつく要因を満たしていたとあって、 ウクライナ難民の滞在許可取り消しを宣言したトランプ大統領も、「ラディカル・レフト(過激な左派)の犯行」として事件を猛批判。 FOXニュースはカーク暗殺が起こるまでは、この事件報道に集中し、「リベラル・メディアは何故これをもっと大きく報じない?」と攻撃していたのだった。
しかしカーク暗殺と同じ日の同じ時間帯にデンバーのエヴァ―グリーン・ハイスクールで起こった銃乱射事件については、 現場で自殺を遂げた16歳の容疑者が、ネオナチ極右勢力に洗脳されていたため、こぞって報道を避けていたのが保守メディア。
カーク暗殺の容疑者、タイラー・ロビンソンについては、彼がモルモン教の保守ファミリー出身で幼い頃からガンカルチャーにドップリ浸かっていたことが明らかになった途端、 保守メディアが報じたのが 銃弾に刻まれたTRNの文字がトランスの略で 彼がトランスジェンダーであること、そして別の弾丸に刻まれていた “Hey fascist! Catch! ↑ → ↓↓↓,” という文字で 彼を左翼と決めつけたけれど、前者はメーカーの生産時の刻印、後者はビデオ・ゲームのフレーズと判明。 その後FBIに情報提供したロビンソンのルームメートがトランスジェンダーで、ロビンソンの恋人と発表されると、「トランスジェンダーと交際するロビンソンが、トランスジェンダーを否定するカークを恨んでの犯行」 という動機を書き立てたけれど、ロビンソン本人がメッセージで明かした暗殺動機は、「I had enough of his hatred. Some hate can't be negotiated out.(アイツのへイトにはウンザリだ。どうにもならない嫌悪もある。)」というもの。事件が起こったユタ州は伝統的な共和党保守のレッドステーツ。彼のイベントに3000人が集ったものの、7000人が事前に開催反対署名をしており、 ロビンソンは1週間ほど前から暗殺を考えるようになったことをメッセージで明かしていたのだった。
こうした事件報道によって民主党リベラル派に非難と怒りの矛先を向ける手法は、MAGA勢力には極めて効果的で、今週SNSに溢れ続けたのが MAGAがリベラル派を口汚く罵るショートビデオや投稿。しかし冷静なインフルエンサーやメディア関係者を中心に危惧されていたのは、それより ずっと恐ろしい動きがアメリカで進行している危機感。

そもそもITビリオネア達が第二次トランプ政権側についたのは、キリスト教極右勢力が大統領選挙前から巧妙に描いてきた 「安定した封建社会のスピード実現」のシナリオに賛同したためと言われ、そのブループリントが ”プロジェクト2025”。 「政府機関の骨抜きと企業に対する大幅な規制緩和」、「反対勢力の弾圧」、「カウンター・ヴァイオレンスや内戦突入を煽りながら、国内での軍事力行使を肯定、もしくは日常化」 し、政権が司法、行政、立法を統合した絶対権力を掌握し、デジタル・テクノロジーで国民の監視とコントロールを行い、主従と搾取の関係が決して揺らぐことが無い 「安定したキリスト教封建社会」を 構築しようとしているのが 「かつての自由の国、アメリカ」。 そのプロセスで 「人類最悪の側面が増幅されていく」 というのが冷静なインフルエンサーやメディア関係者の危惧なのだった。
今週にはFOXニュースのキャスター、ブライアン・キルミードが前述のウクライナ女性を刺殺した黒人容疑者を批判しながら、 「政府はホームレスに強制的な致死注射を行うべき」と語ったことが大炎上したけれど、キャスターがTVでこんな発言が出来るのも、反対勢力や社会悪と見なす存在に対する 迫害や暴力を煽る報道姿勢が肯定され、ここまで酷くないレベルの言動が日常化しているからこそ。ブライアン・キルミードが謝罪によってお咎め無しで済んだのに対し、 カーク暗殺について特に過激な発言をした訳でもないのに 番組が放送停止になってしまったのがABCのリベラル派トークショー・ホストで、頻繁にトランプ批判をジョークにしていたジミー・キンメル。
第二次トランプ政権下で番組がキャンセルされたトークショー・ホストは、先週エミー賞を受賞したCBSのスティーブン・コーベルに次いで2人目。キンメルの処分については、ABCの親会社 ディズニーの複数のエグゼクティブが、「キンメルは問題発言をした訳ではない」との見解を示したものの、ABCは年明けにニュースキャスターのミスをトランプ氏に責められ、多額の賠償金を支払ったばかり。 加えてABCのシンジケートは合併を控えて、連邦通信委員会の承認が必要とあって、キンメルの番組放映を拒否。トランプ氏自身もディズニーとABCに直接圧力を掛けたことを 英国から戻るエアフォース・ワンの中で認めており、事実上、政権からの報復を恐れて番組停止処分。
トランプ氏は 自分を批判、もしくはジョークのネタにする全てのプログラムを連邦通信委員会によって取り締まる意向を明確にしており、 カーク暗殺は 既に始まっていた封建社会設立のシナリオに弾みを付けただけでなく、恐怖政治とメディアの言論統制をもたらした印象なのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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