5月3週目からCatch of the Weekのコラムを御休みさせていただく 3週間、 2020年のパンデミック中の7人のニューヨーカーを描いたストーリー、「Covid 19 NY Dialy」を
2チャプターずつ公開させて頂くことにしました。既にプレビュー公開しているチャプター1~3は、及びプロローグは 以下のリンクからお読みくださいませ。
3月31日、 火曜日
今日から新しいルームメイトが入ることになった。とは言っても約2ヵ月間のサブレットらしい。
コロナのせいでブティック販売員の仕事をレイオフされたジェシカが、暫くの間ノース・キャロライナの両親の家で暮らすことにしたので、その間、彼女の友達が滞在する。
私が住んでいるのはブルックリンのクリントン・ヒル。3階建てのタウンハウス・アパートで、3階フロアを4人のルームメートとシェアしている。
一番大きな部屋に住んでいるエミリアは、家主のような存在。そもそもこのアパートは彼女と元夫が借りていたもので、夫が離婚して出て行った後、彼女がリースを引き継いだ。
エミリアはアクリル塗料を使ったペインティングやグラフィティも手掛けるアーティスト。でも最近ではタトゥー・アーティストとして収入を得ている。
夫と別れた半年後にカミングアウトした彼女は、このアパートでレズビアン・パートナーと一緒に暮らし始めたものの、御互いに上手く行かないことに気付いたらしい。
でもパートナーとは友達兼ルームメイトの関係を続けることなり、使っていなかった小さな部屋にもう1人ルームメイトを迎えて、まずは3人のシェア体制がスタートした。
やがてレントが上がったことから、リビングの一部を窓無しのベッドルームにコンバートし、そこを貸し出したのが今の4人シェア体制だ。
窓無しの部屋はルームDと呼ばれていて、家賃は一番安い月々700ドル。今は自称パフォーマンス・アーティストのアイーシャが住んでいる。
エミリアが住む部屋がルームA。私の部屋はエミリアの元パートナーが使っていたルームBで、2番目に広いスペース。
住み始めて1年2ヵ月になる。もう1つのルームCに暮らしていたのがジェシカで、サブレットのルームメイトが入るのがこの部屋だ。
アパート内では、「キッチンを使ったら必ずその日のうちに片付ける」、「音楽はヘッドフォンで聴く」、「電話の相手と大声で話す時は外に出る」、
「公共の場所には私物を置かない」、「ゲストは1晩1人まで」というルールがあり、
キッチン、リビング、バスルームなどの共有スペースにそのルールが張り付けてある。
バスルームは2つで、エミリアの部屋の隣のバスルームにはバスタブがついている。ここはもっぱらエミリアとアイーシャがシェアしている。
もう1つのバスルームはシャワーとトイレだけで、今まではジェシカと私がシェアしていたけれど、これからは新しいルームメイトとシェアすることになる。
新しいルームメイトのティナは、午前11時過ぎに引っ越してきた。カバン1つしか持っていないのでNYに来て間もないのかと思ったら、既に5年暮らしているという。
聞けば仕事は看護師。 それまで住んでいたアパートのリースが3月末に切れるので、新しいアパートを探そうと思っていた矢先に
コロナウィルスのせいで仕事が多忙になり、次のアパートが探せずに困っていたところ、ジェシカからサブレット・テナントを探しているというメールを受け取ったらしい。
彼女が務めるのはデカルブ・アヴェニューにあるザ・ブルックリン・ホスピタル・センター。「ここに引っ越したから、 職場の病院に近くなる」と話していたけれど、
私の脳裏をよぎったのは「彼女が病院からコロナウィルスを運んで来るのでは?」という不安。でも「看護師だったらバスルームは清潔に使ってくれるだろう」とも考えたのだった。
ティナのアクセントから「ひょっとして?」と思ったら、私と同じプエルトリコの血が入っていた。ファースト・ランゲージはスペイン語で、戸籍上の名前はヴァレンティーナ。
お互いにスペイン語の方が楽なので、アパートのルールや 他のルームメイトについてはスペイン語で説明。
その後、ティナは仮眠を取ってから夜のシフト勤務に出掛けて行ったけれど、出る前に丁度キッチンに居たエミリアとアイーシャに 自己紹介をしている様子が聞こえてきた。
ティナがアパートを出ると、私を含めた3人で「看護師がアパートに出入りしても大丈夫か」という不安について話し合った。
でもレントを払ってくれるテナントが必要なのと、ロックダウンのせいで全員がアパート内で1日中を過ごす今、誰か1人でも毎日働きに出て人口密度を下げてくれるのは有り難かった。
そもそも私達のアパートの4人シェアは、アウトゴーイングなブルックリナイト(Brooklynite:ブルックリン住人)のためにデザインされている。
誰もが異なる時間帯にアパートに戻って来ては、眠るだけの場所に使っていたから、狭くても生活に全く支障が無かった。
でもロックダウン以降、エミリアはタトゥー・パーラーが休業、私も務めていたブルックリンのイタリアン・レストランが休業になった途端にレイオフされた。
アイーシャはそもそも何をして、何で食べているのか分からない存在で、ロックダウンになるまでは殆どアパートに居ることが無かったけれど、今はずっとアパートに居る。
3月16日にロックダウンが始まって以降、私達3人とジェシカの4人がアパートの中でほぼ24時間を一緒に過ごすのは息苦しい生活だった。
友達の家にも、スターバックスにも逃げ込むことが出来ない。ジェシカがキッチンで肉を料理するとヴェジタリアンのエミリア、
ヴィーガンのアイーシャが肉の匂いを嫌って口論になった。 口論の終わりは何時も同じで、
自分の部屋に戻る時に思いきり扉を閉める。壁が薄いので私の部屋にも震動波が伝わってきて不愉快な気持ちになる。
ジェシカがアパートをサブレットして両親の家に戻ったのは、そんな状態が1週間続いた時点で耐えられなくなったからだ。
特にジェシカはアイーシャとは仲が悪く、彼女が連れ込むボーイフレンドのことも嫌っていた。
アイーシャのボーイフレンドは、ティンダーで出会ったデート相手なのでクルクル変わる。そのこともジェシカにとっては気に入らないことだった。
だからアイーシャも、自分を嫌っていたジェシカが暫しアパートを出ることを歓迎していた。
結局私達は、看護師のティナが咳をするなど、コロナウィルスと思しき症状を見せたら報告し合うということで話し合いを終えたのだった。
4月4日、 土曜日
私の生活は恐ろしいほど単調だ。夜遅くまでネットフリックスを観て、朝の10時前後に目を覚まして、
時々散歩を兼ねた買い物に行き、キッチンの空き具合を見計らって食事の準備をして、出来上がった料理を持って部屋にこもる。
今の予定と言えば、毎週土曜日の午後7時半からのZOOMを使ったヴァーチャル・ハッピー・アワーだけ。
これは友人グループ6人でワインやシャンパンを飲みながら、もっぱらネットフリックスの番組やルームメイトの悪口など、他愛の無いことを語り合う時間。
皆が変化の無い単調な生活をしているので、1週間を振り返ってもキャッチアップしあうような出来事は起こらない。
唯一起こるのはルームメイトやボーイフレンドとのイザコザ。ヴァーチャル・ハッピー・アワーはメンバーにとってストレス解消ができる唯一の時間になっている。
ZOOMチャットの問題は、全員が同じ話題について話さなければならないこと。レストランやカフェで会っている時のように、2~3人に分かれて別の会話をすることが出来ない。
誰かが喋っているとそれをずっと聞くことになるし、時々全員が譲り合って場がシラケることもある。だんだん慣れてきたけれどコミュニケーションが難しい。
それでも6人メンバーが居れば、気軽に中座してスナックやドリンクを取りに行くことが出来る。それに友達の話を聞きながら料理をしたり、ストレッチをしたり、皆思い思いのことが出来るので長く話していてもさほど疲れない。
ZOOMチャットの時はアパートのルールに従ってエアポッドを使うけれど、話す声が小さいと友達には聞き取り難い。先週、ネットフリックスの「タイガー・キング」について興奮して話していた時には、
「声を小さくするように」と書いたメモが扉の下から滑り込んできた。アイーシャだったらドアをノックして「Tone It Down!」と叫ぶはずなので、おそらくエミリアだと思う。
声が大きくなってしまうのは酔っぱらっていたせいもある。務めていたレストランが休業になってレイオフされた時、
スタッフは店にある安いワインを持ち帰ることを許された。その時に抱えてきた4本と、インターネットでオーダーしたハーフ・ケースのワインはあっという間に飲み終えてしまった。
今では部屋の中にワインの箱が2つ積んである。1ケースのオーダーで10%、2ケースをオーダーすると15%割引だったので纏めてオーダーした。
ロックダウン中は感染リスクがあるので、デリバリーマンはタウンハウスの中には入れない。外玄関で受け取るのがルールなので、ワイン2ケースを3階まで運ぶのはすごく大変だった。
2ケース全部をレッド・ワインにしたのは、ホワイトだと冷蔵庫で冷やす必要があるからだ。 レストランから貰ってきた白ワインの飲みかけを冷蔵庫に入れておいたら、
誰かに飲まれていて、アイーシャに尋ねると「自分で飲んだのを覚えていないだけじゃない?」と言われた。
確かにそうかもしれない。最近の私は飲み過ぎている。
アイーシャはDNAが北欧系で、肌が真っ白のブロンド。不健康なほど痩せている。その名前から書類の上ではアフリカ系アメリカ人だと思われることが多いそうで、
私も最初に彼女の名前だけを聞いた時は黒人女性だと思っていた。どうして両親が人種とかけ離れた名前をあえて選んだのかは分からないけれど、
アイーシャは名前のお陰で 学校やサマー・キャンプ等で、エリート・グループがアフリカ系アメリカ人をメンバーに加えて人種平等をアピールしようとするケースで
頻繁に選ばれてきたという。そういうグループでは、メンバー・リストにマイノリティ人種の名前さえ入っていれば、
肌の色など誰もチェックしないそうで、アイーシャは見た目と正反対の名前のお陰でかなり恩恵を受けたようだ。
アイーシャは、私がこのアパートに引っ越してきた直後には 「スターバックスのバリスタをしている」と話していた。本当だったかは定かでない。
ジェシカによればアイーシャはドラッグのデリバリーをしていた時期があって、ファッション・ウィークのアフター・パーティーや、音楽関連のイベントなどに
モデルを装って出掛けては、怪しまれることなくコカインやエクスタシーを届けていたらしい。
ジェシカはレイオフされたブティックに勤める前は、ストリート系の若手デザイナーのPRの仕事をしていた時期があって、その時の知り合いがアイーシャと顔見知りで、
良からぬ噂をいろいろ聞いたという。ジェシカがアイーシャを嫌っていたのは、彼女のせいで厄介に巻き込まれることを恐れていたこともあるようだ。
でもアパート内で最も権限があるエミリアは「犯罪に関わっている証拠や確証が無い限りは、テナントを追い出さない」という立場を取り続けていた。
今日も7時半からZOOMチャットが始まった。
ふと気づくと9時前にはワインを1本飲み干していた。
私だけでなく、ヴァーチャル・ハッピー・アワーのメンバーは最近ピッチが上がっている。
誰かのワイン・グラスが空になると、もっと飲むようにお互いに促すのでどうしても酒量が増えてしまう。
「お酒の量も増えているけれど、食べ過ぎも心配。COVID-15って知ってる?
COVID-19で家にこもって食べ続けているうちに15パウンド増えることだって。私も最近は怖くて体重計に乗っていない。絶対に太ったと思う。」
「どうせ暫く誰にも会えないから大丈夫でしょ。」
「うちには体重計が無いから、ジムに行けなくなった今では体重が測れない。」
「こんな時は体重計なんて持ってない方が心穏やかにいられるってば!」
「シャットダウンの解除の予定が立ったら、皆で一緒にダイエットをする?」
「ペロトンが売れているらしいけど、ビデオのスピニング・クラスでモチベーションって煽れるの?」
「私、スピニングのクラスは去年の夏にソウル・サイクルをボイコットして以来行ってない。知り合いがNoHoのソウル・サイクルにブラドリー・クーパーが来てたっていうから通い続けたのに、一度も見たことが無い」
「ヒュー・ジャックマンで良かったら、家の近所をしょっちゅう自転車で走ってる」
「セレブなのに未だマンハッタンに居るの? セレブは皆ハンプトンズに避難したのかと思ってた」
会話をするうちに、ポテトチップスを1袋食べ終えてしまった。皆も喋りながらワカモレとチップス、電子レンジで作るマカロニ&チーズ、アイスクリームなどを食べていて、
何を食べているかも話題になる。 誰もがコロナウィルス前のようにケール・チップスやノンファット・ヨーグルトのようなヘルシーなスナックは食べなくなったと言っている。
ヘルシー・フードはストレスが溜まっている時に食べようとすると、苦痛になるようだ。
この日はZOOM画面に映った友達2人のヘア・カラーがそれぞれピンクとパープルになっていた。
今はヘアサロンがクローズしているので、ヘアダイは自分でやることになる。
人に会う機会も無いので、あえて冒険的なカラーに染めるのがトレンディングだ。
ブルックリンでは頻繁に見かけるカラフルなヘア・カラーも、コンサバな雰囲気の友達がトライしているのはかなり新鮮だ。
4月14日、 火曜日
先週やっと失業保険が申請出来た。支払いは5月以降になるらしい。
支給が終わる頃までにコロナウィルスが一段落してくれれば、またレストランやラウンジで仕事が探せるだろう。暫くはゆっくり休みたい。
思えば暫くずっと働いてばかりだった。
一昨日、再オーダーしたワインが2ケース届いたから、暫くは心置きなくワインが飲める。
最近は午後5時くらいになるとワインが飲みたくなってきて、
ピスタチオやチップスを摘みながら飲むことが多くなった。
夜もネットフリックスを観ながら1人で飲んでしまう。
友達とのナイトアウトで、バーでカクテルやワインを飲んでいた時は、喋るのに忙しいから1晩に2杯、多い時で3杯だった。
それにブルックリンのバーやラウンジだとワインやカクテルは1杯12~16ドル、マンハッタンでは20ドルだから、その値段がブレーキになっていた。
アパートで1人で飲んでいる時は そのブレーキが無い。私が買っているのは1本8~12ドルの安ワイン。
税金は払っても、チップは要らないので、外で飲むよりずっと安上がりだ。
それに酔っぱらっても、そのまま自分のベッドで眠るだけ。タクシー代も掛からない。だからピッチが上がるし、ある程度酔いが回ると自制心が無くなるから更に飲み続けてしまう。
自分がアル中になるとは思わないけれど、最近飲み過ぎているのは絶対確かだ。
それを自覚していても、毎日夕方になると飲まずにはいられない衝動に駆られる。そして飲み始めると、そのまま寝るまで飲み続けてしまう。
飲んでいる時は楽しいし、アルコールでハイになると、この先の仕事や生活の不安も忘れられる。
不安の原因は、「暫く失業保険で食べていける」と自分に言い聞かせても、「もし何かの理由で下りなかったら」、「失業保険の支給期間が終わった時に仕事が無かったら」
と考えてしまうこともあるけれど、コロナウィルスに感染したら私は健康保険を持っていない。医療費を幾ら支払うことになるかを考えただけで怖くなる。
コロナウィルスの感染テストだってお金が掛かるから受けられない。インターネットのニュースには、無料だと思って受けた感染テストに900ドルをチャージされた人の話があった。
そうした不安を一時でも忘れたいから飲んでしまう。完全な現実逃避だ。
5月2日、 土曜日
日ごろはアパート内の扉を乱暴に閉めるアイーシャに文句を言う私が、この日は思い切り自室の扉を閉めることになった。
原因はキッチンでサンドウィッチを作っていた私の後ろを通りかかったアイーシャが 「Wooow Jen, you’re livin’ large」と言ったからだ。
「リヴィング・ラージ」はサクセスフルでラグジュアリーな人生を送っているという意味のスラングだ。
でも、こんなアパートに住んでいるルームメートに向かって言う場合は、私が太ったという意味だ。
「Thanks, Aisha!」と吐き捨てるように言って、サンドウィッチを持って部屋に戻る際に思いきり扉を閉めてしまった。
そんな態度を取ったのは、今自分が一番気にしていることを図星で指摘されたからだ。
私は太った。食べて、飲んで、寝るだけで、スウェット・パンツとフーディーを着用する毎日。
体重は測っていないけれど、身体が重たいし、ウエスト周りと太腿に肉がついたのが分かる。
2日前にスーパーに買い物に行った時、私に似た服装の太った女の人が居ると思ったら、それが鏡に反射した自分の後ろ姿だったのに愕然とした。
以前だったら それがウェイクアップ・コールになってダイエットを始めていたと思う。
でもアパートに戻った私がした事と言えば、ワインを開けて買ってきたチップスやドーナツを食べながら、
ダイエット法をグーグル検索することだった。
スーパーに行ったのも、今晩のZOOMチャットの最中に食べるスナックを調達するためで、
太ったのを自覚しているのに、今日もZOOMチャットで皆と一緒に罪悪感無しに飲んだり、食べたりするのを楽しみにしている。
それしか娯楽が無いからだ。
でも今日のZOOMチャットはちょっと違っていた。
最初に話題になったのは、少し前から始まった「We clap because we care (大切に思うから拍手を送る)」について。
これは毎日午後7時にニューヨーカーが外に出るか、もしくは窓を開けて、1分間拍手をしたり、鍋を叩いたり、歓声を上げるなどのノイズメーキングをして、
最前線でウィルス闘うと医療関係者に感謝とサポートを伝えるグラスルーツ・ムーブメント。
近隣の人達が始めたので、私も毎回窓を開けて空のワイン・ボトルをフォークで叩いているけれど、ZOOMのメンバーも思い思いの方法で参加していた。
看護師のティナが 「勇気付けられるし、嬉しい」と喜んでいたので、目的は達成しているようだ。
すると友達の1人が、「ボーイフレンドと一緒に買った自転車で、ただサイクリングをしているのに飽きて来たから、母子家庭に寄付の品を届けるボランティアに参加したら、
子供達が喜ぶ顔を見るのが嬉しくて、週に2回は彼とボランティアをするようになった」と語り出した。
ロックダウンが始まってからというもの、交通手段兼エクササイズのために自転車を買うニューヨーカーが増えた。
自転車店はパンデミックが幸いした数少ないビジネスの1つだ。そして買った自転車で、友達と同じような活動をするニューヨーカーは多いらしい。
それを聞いた別の友達が 「実は私も」と口を開き、高齢者の生活サポートをするボランティア・アプリを通じて、近隣のお年寄りのための食材買い出しサポートを始めたことを語り始めた。
高齢者はCOVID-19に感染した場合、最も致死率が高いことから、アプリを通じてボランティアをするには、まず自分の健康を証明しなければならない。
その上で、自己負担でマスク、手袋といったPPE(パーソナル・プロテクション・エクイプメント)の基準を満たして、ようやくボランティアをさせてもらえるハードルの高さだ。
にも関わらず大勢のニューヨーカーがそのアプリを通じてボランティア活動をしていると話す。
それを聞いた別の友達も、「私も同じビルに住むお祖母ちゃんの買い出しを手伝っている。いつも挨拶してくれる、ちっちゃくて可愛いお祖母ちゃん」と語り始めた。
知らなかった。 毎週末ZOOMチャットをしながら、飲んで、食べて、喋って、私と同じように無気力でメリハリが無い生活をしていると思い込んでいた友達が、
それぞれに自分が出来る人助けをしていた。 自分が小さく思えた瞬間だった。
そういえばニュースでも、レイオフや自宅勤務が増えて以来、NYでボランティアにサインアップする人が一気に増えたことを報じていた。
グーグル検索してみたら、3月だけで前年比288%アップの約6500人がボランティアに新登録したようだ。
引退した医療関係者のボランティアも加えるとかなりの数になるらしい。
最近街を歩くと、「We are all in this together / ウィ・アー・オール・イン・ディス・トゥゲザー」というポスターが目につくようになっていた。
これは良い意味でも、悪い意味でも的確な表現だと思う。経済レベルに関わらず、皆が同じようにCOVID-19の感染下で 不安に駆られながら、それに対応した生活をしなければならない。
経済レベルの高いニューヨーカーは市外、州外に逃れて、NY市の感染者数をチェックしては戦々恐々としている。
市内に残るニューヨーカーは助け合って、支え合って、一緒に闘っている。 NYのパワーを生み出しているのは、こういう時に団結して、共に闘うニューヨーカーだ。
私も何かをしなければ。
5月24日、 日曜日
今週までで、コロナウィルス感染者はアメリカ全体で160万人を超えて、死者数は約9万6000人。来週中には10万人を突破するらしい。
NY州は感染が広まったのが早かったので、今週は3月以来、初めて死者数が1日100人を下回った。
感染者数も確実に減ってきているし、救急車のサイレンの音が以前ほど頻繁に聞こえて来なくなった。
今コロナウィルスのホットスポットになりつつあるのは、ロサンジェルス、シカゴ、ワシントンDCらしい。
今まで空っぽだった街中にも、少しずつ人が戻り始めている。
NYでは一昨日から10人までの集まりが許可されるようになった。 州知事のクォモが今週末のメモリアル・デイ連休前に
これに踏み切らざるを得なかったのは、NY市民自由連合が クォモを相手取って訴訟を起こしたためだ。
クォモは、コロナウィルス感染拡大直後は、ロックダウンをいち早く進めるリーダーシップで支持率を伸ばした。
でも今では理不尽で不透明な締め付けで評判と支持率をガタ落ちさせた。
私も友達もクォモが大嫌いだ。
NY市民自由連合は、クォモが人の集まりを禁止するのは「感染防止目的ではなく、デモや集会を禁じる言論の自由の束縛だ」と主張して、裁判所がそれが認めた。
それまで 「ここでロックダウン解解除を急ぐと感染が逆戻りして、経済復興が遅れる」と脅しをかけて、ウィルス感染に支えられた独裁パワーを振りかざしていたクォモにとっては、
民主主義の痛い所を突かれた形になった。
クォモに限らず民主党政治家は 感染対策を厳しくし過ぎて、「自由を奪うな!」、「大袈裟だ!」という反発を買った。
でも共和党政治家は今も「ウィルス感染なんて陰謀説だ」、「コロナウィルスは詐欺だ」と言い続けているので感染対策が緩い。
だから持病を持つ人や幼い子供の親達を恐れさせている。
でも感染症対策に政党の方針が絡むこと自体がどうかしている。
このことは、サブレットの期間を終えてもうすぐ出て行く 看護師のティナとも話していた。
結局政治家は汚い。何が起こっても自分に有利に世論と世の中を動かそうとする。
ティナは明日から、感染が拡大しつつあるテキサスに応援要員として出向くらしい。
滞在中はあまり話す機会が無かったけれど、時折夜中に部屋からすすり泣く声が聞こえていたので、きっと彼女も辛かったのだろう。
NYでは、来週には屋外にサイドウォーク・カフェがオープンする。アウトドア・ダイニングからスタートして、
徐々にレストラン・ビジネスを再開させるようだ。少しずつ世の中が動き出した。
もうZOOMやリモートにはうんざりだ。友達とフェイス・トゥ・フェイスで会ってキャッチアップしたい。クラブで踊りたい。発散したい。
そして仕事を探そう。 働かなければ、食べていけないけれど、それ以前に働かなければニューヨーカーじゃない。
ダラダラした生活を続けてきた今だから言える。 働くって悪くない。
3月30日、 月曜日
僕が通うPS(Public School)154では、先週から学校がオンライン授業になった。
同じ学校で教師をしているママは、先週からオンライン授業を担当し始めて、僕より1年下の4年生のクラスを教えている。
パパが務めるUSPS(United States Postal Service/連邦郵便局)は、コロナウィルスのロックダウンの影響は受けないので、
いつも通りにアッパー・イーストサイドのヨークヴィル・ステーションへ仕事に出掛けている。
パパは「コロナウィルスがどんなに拡大しても、郵便局はクローズすることは無い」と言っている。
僕の両親は幸いどちらも失業の心配はないけれど、友達の親は仕事を解雇されて、先週末からフード・バンクに行列していると聞いた。
学校に行けないということは、友達と遊べないということだ。PS154には広いプレー・グラウンドがあるので、そこで友達と遊ぶのは毎日の楽しみだった。
学校はハーレム地区127丁目、フレデリック・ダグラス・ブルバードとアダム・クレイトン・パウウェル・ジュニア・ブルバードの間にある。
ハーレムでは、ストリートの一部に黒人の英雄の名前がついている。
フレデリック・ダグラスは、奴隷の身分から奴隷廃止論者になって、1880年代には米国23代大統領、ベンジャミン・ハリソン政権でハイチ大使に就任した。
黒人層だけでなく女性や移民の平等を訴えた社会改革論者だ。
近隣に住む黒人層の中にはフレデリック・ダグラスの功績を忘れている人は少なくないけれど、
ママは小さい頃からフレデリック・ダグラスをロールモデル(お手本)の1人にするように僕に言い聞かせてきた。
アダム・レイトン・パウウェル・ジュニアはハーレム地区から選出された初の黒人下院議員で、バプテスト教会の牧師でもあった。
そしてアダム・クレイトン・パウウェル・ジュニア・ブルバードの1本東側にあるのがマルコム X ブルバードだ。
ママとパパは同じ公民権運動家でも、物議を醸したマルコム X よりも圧倒的にマーティン・ルーサー・キング Jr.を尊敬している。僕も同じだ。
ママは息子が生まれたらマーティンと名付けたいと思っていた。でもパパが嫌っていた友達の名前だったので却下された。
僕の名前のマイケルは、マイケル・ジョーダンから来ている。 NBAが大好きなパパにとってマイケル・ジョーダンはNBAだけでなく、全てのスポーツにおけるGOAT(Greatest of All Time)だ。
ママの名前は Malaika/マライカ。 スワヒリ語で「Angel」を意味する。変わった名前なので、子供の頃には学校の先生に「マイラ」と呼ばれたり、
友達に「マラリア」と言ってからかわれたらしい。
3歳下の妹、マヤの名前はママが尊敬する詩人で、公民権運動家でもある Maya Angelou/マヤ・アンジェロウにちなんだものだ。
マヤ・アンジェロウは知的レベルの高い黒人層だけでなく、白人にも尊敬されているらしい。
オンラインの授業は退屈で、このまま学年末までオンライン授業が続くみたいだ。
コロナウィルスのせいでNBAシーズンも途中でストップしてしまったし、ベースボールも開幕がいつになるか分からなくて、パパとヤンキー・スタジアムに行くことも出来ない。
毎年夏休みにはクリーブランドの叔父さんの家に遊びに行っていたけれど、このままウィルス感染が収まらなかったら それも出来ないとママは言う。本当に最悪だ。
4月18日、 土曜日
ビデオゲームで遊んでいたら、知らない間に退屈したマヤが外に出て、アパート前の階段で転んで怪我をした。
僕が慌てて外に出た時に、丁度パトカーがゆっくり通り掛かった。中に居た警官が「You alright?」と声を掛けてきたので
「Yes Sir, 妹が転んで怪我をしたけれど、大丈夫です」と答えると、妹を見て「Be careful」と言って走り去った。
何も悪いことはしていなのに、身体が硬直する思いだった。
その事をママに話すと、マヤをちゃんと見ていなかったこと、マスクをせずに外に出たことで怒られた。
そうだ、忘れていた。 昨日の夜からNY市では外に出る時にマスクをするのが義務になっていた。
「大人だったら警察に言いがかりをつけられていたかもしれない」とママは言う。 黒人は警官に言いがかりをつけられて、挑発に乗って逆らうから逮捕される。
だから言いがかりをつけられる原因を作ってはいけないし、言いがかりをつけられても警官の言う通りにしなければいけない。
どんなに自分が正しくても、どんなに悔しくても、絶対我慢しろとママに何度言い聞かされたか分からない。
今日はマヤのせいでまたママに怒られる羽目になった。
ママはマヤよりもずっと僕に厳しい。確か5歳くらいの時、ママが電話で誰かに「2人目は女の子で本当に良かったと神に感謝した」と話していたのを聞いた。
僕はママに嫌われていると思って悩んだけれど、後からママがそう言ったのは、黒人男性の方が人種差別の対象になり易く、早死にする確率が高いからだと説明された。
黒人は道を歩いていても、車を運転していても、頻繁に警官に止められては嫌がらせや挑発を受ける。 不当に逮捕されたり、発砲事件に巻き込まれたりもする。
白人に濡れ衣を着せられて通報されることも多い。その確率は男に生まれた方が高くなる。
黒人の親だったら誰でも友達や親戚のティーンエイジャーや20代の息子の葬儀に参列したことがある。
母親たちは毎日息子を家から送り出す時に 「無事に戻ってきますように」と祈っているらしい。
そして夜になっても息子が戻らないと「どこかで警官に嫌がらせを受けて逮捕されたかもしれない」、「撃たれたかもしれない」と不安になるそうだ。
だから黒人の母親達は、自分の息子が白人層や警察にとって脅威になる年齢に達すると “Unwritten Rule/暗黙のルール” を教え込む。
僕の場合、このルールを叩きこまれたのは8歳の時だった。
ママと一緒にスーパーに出かけた時、僕のバックパックが白人の40歳くらいの女の人のお尻をかすったのが痴漢だと思われて、警察に通報されてしまった。
でもその時に現れた警官は、僕が痴漢をするに幼いと思ったのだろう。すぐに店の防犯カメラをチェックして、運良くそこには白人女性に触れたのが
僕のバックパックだった様子が映っていた。だからそのまま帰ることが出来たけれど、ママは震え上がってしまった。
「これで黒人として生きていくことが どんなことだか分かったでしょ」と言って、僕に暗黙のルールを厳しく教え込んだ。
今日もこの10箇条をママの前で暗唱させられた。今まで何度これをやらされたか分からない。
ママは僕の記憶力が良いことを知りながら、これだけは何度もチェックする。
車を運転する年齢になったら、この10のルールに加えて「常にIDを持ち歩く」、「警官に車を止められたら両手をダッシュボードの上に載せる」、
「免許証と車の証書を取り出す時には、必ず警官の許可を取る」の3つが加わる。
白人だったらお咎め無しのことでも黒人がすれば疑われるし、下手をすれば逮捕される。
自分の命を守るためにも、ママを悲しませないためにも守らなければならないのが暗黙のルールだ。
それに僕は奨学金を貰っての大学進学を目指している。たとえ誤解でも逮捕されるわけにはいかない。
家から歩いて数ブロックのところにアイヴィーリーグの名門、コロンビア大学がある。いずれはそこで法律かビジネスを学びたい。
ハーレムの公立小学校の生徒がコロンビアを目指しているなんて、殆どの人にとっては非現実的な笑い話だ。
でも僕は勉強が好きだし、IQテストの成績もトップレベルだと言われたことがある。
僕の優秀さを認めてくれた教育機関の人は、メンサIQテストを受けるように勧めてくれた。
メンサのテストで高得点をあげれば、人種とは無関係に周囲に優秀さを認めてもらえると言われた。
なのに何故かママは僕にテストを受けさせてくれなかった。 僕にはその理由が今も理解できないままでいる。
4月24日、 金曜日
コロナウィルスの死者は今のところ圧倒的に黒人が多いというニュースを観た。黒人のセレブリティも 黒人の死者が多いことを嘆くツイートをしている。
ウィルスにも人種差別をされている気分だ。
黒人の死者が多いことについて、クォモNY州知事はTVのプレス・カンファレンスで
「Why? Why?」と、まるで理解できないことのように問いかけていたけれど、ママは「白々しい」とつぶやいていた。
そうだ、白々しい。 そんなことは子供の僕でさえ分かる。
黒人は多くが健康保険を持っていない。だから掛かりつけのドクターもいないし、お金が掛かるから病院にも行けない。
黒人には貧困層が多い。空気の悪い環境に住んでいるから、ウィルス感染が始まる前から気管支系の病気を患っている人が多い。
白人のように健康的な食生活が出来ずに、ファストフードやスーパーの加工品ばかりを食べているから肥満になって、糖尿病や心臓病になる。
コロナウィルスで死ぬのは気管支系の病気や糖尿病、心臓病を既に患っている人だ。黒人は他の人種より圧倒的にその割合が高い。
それに黒人には、コロナウィルスで街がロックダウンになっても働かなければならない 「エッセンシャル・ワーカー」が多い。
「エッセンシャル・ワーカー」という言葉は、コロナウィルスの感染が広がってから突然使われるようになった新しい言葉だ。
配達人、スーパーのレジ、病院の看護師、公共交通機関の職員など、ウィルスの感染下でも通常通り働く労働者を指す。
パパは「聞こえの良い総称をでっち上げて、モチベーションやプライドを高めようとしているだけ」だと言う。
「今はエッセンシャル・ワーカーに感謝する気持ちが高まっているけれど、ウィルス問題が終わればそんな気持ちはすぐに忘れる。エッセンシャル・ワーカーはブルーカラーの別称だ」と。
“エッセンシャル“と言って持ち上げたところで、肝心のコロナウィルスの感染テストは一番後回しになる。
シカゴの病院では、ドクターが黒人より白人の患者を優先する様子を、黒人ナースがSNSのビデオ・ダイアリーで告白していた。
容体が悪化した場合に、呼吸器を直ぐに取り付けて貰えるのも白人。ワクチンが開発されたら、金持ちの白人が優先で、黒人層にワクチンが回ってくるのも おそらく最後だと。
パパとママは何時も言う。「社会が助けてくれないから、自分達で生き残らなければならない」と。
だから最初は馬鹿らしいと思っていたけれど、今は“Happy Birthday“を 2回歌い終わるまで石鹸で手を洗うようになった。
絶対にコロナウィルスになんて感染なんてするものか。
5月3日、 日曜日
先週の日曜からパパと一緒に観ているのがESPNのドキュメンタリー 「ラスト・ダンス」だ。 1990年代のシカゴ・ブルスの6回のチャンピオンシップを描いている。
もちろんメイン・キャラクターはマイケル・ジョーダンだ。 僕はパパと一緒に今まで何度もマイケル・ジョーダンの試合をビデオで観たけれど、彼のプレーは何度見てもやっぱり凄い。
パパはBGMに流れている90年代のヒップホップ・オールディーズを懐かしがって、それにも興奮していた。
でも僕が90年代の音楽を ”オールディーズ” と呼んだのには呆れていた。
自分の名前の由来になったとあって、僕はマイケル・ジョーダンが大好きだし、ジョーダンのことなら何でも知っているつもりだった。
でもこのドキュメンタリーを観て、マイケル・ジョーダンがNBAプレーヤーを超越した世界的ヒーローだったことを初めて知った。
友達の中にはマイケル・ジョーダンとルブロン・ジェームスを比較する連中が多いけれど、
マイケル・ジョーダンの方がヒーローとしてのステータスは断然上だと思う。その証拠にマイケル・ジョーダンは人種差別の対象になったことがない。
マイケル・ジョーダンは人種や肌の色を誰もが気にも留めずに敬愛したプレーヤーだった。
ルブロン・ジェームスは、レイカーズに移籍した途端に、自宅が人種差別の落書き被害に遭った。
トランプ批判のコメントをしたら、FOXニュースの白人キャスター、ローラ・イングラムに 「Shut up and Dribble (黙ってドリブルでもしてろ!) 」と侮蔑された。
もし1990年代のマイケル・ジョーダンを侮辱していたら、それが誰であろうとメディアから抹殺されていたと思う。そんなスポーツ選手は今の時代には存在しない。
僕が時々分からなくなるのは、ラップ・ミュージックやR&Bを好んで聴いて、人気黒人スポーツ選手のジャージーを着る白人たちが、
どうして黒人を差別するのかということ。そして世の中から差別を排除するには、
黒人として権利や正当性を認めてもらうために努力するべきなのか、それともマイケル・ジョーダンのように肌の色や人種を意識させない”カラーレス”な存在になる方が正しいのかということだ。
5月6日、 水曜日
コロナウィルス以外で、全米ネットのニュースが今取り上げているのがアーマウド・アーベリー事件だ。
これが起こったのは今年の2月23日。ジョージア州で昼間にジョギングに出掛けた25歳の黒人、アーマウド・アーベリーが、
地元の64歳の引退した白人警官、グレゴリー・マクマイケルと34歳の息子のトラヴィスに射殺された。
その様子を収めたビデオがインターネットでヴァイラルになったことで、ようやく事件が注目を浴びることになった。
ビデオが捉えていたのは、白いピックアップ・トラックがジョギングをしているアーベリーの行く手を阻んで、アーベリーとトラヴィスと揉み合いになった直後に3発の銃声がして、アーベリーが倒れて動かなくなる様子だ。
殺人を犯したのに親子は逮捕されていない。白人で、しかも元警官だからだ。
2人はアーマウド・アーベリーのことを近所で発生した強盗事件の犯人と疑って、シビル・アレスト(市民逮捕)をしようとしたと言い訳している。
でも地元ではそんな強盗事件は起こっていないそうだ。射殺はアーベリーが襲い掛かってきたので、正当防衛だと主張しているらしい。
NYに住んでいる僕からは信じられないけれど、ジョージア州では銃のオープン・キャリーが許されている。
ライセンスを持っていたら、誰でもウェスタン映画のように銃が持ち歩ける。人殺しの準備が出来ている状態だ。
それに元警官であれば、罪を追求するはずの警察がかばってくれる。
ジョージアのような南部の州は、未だに人種差別が根強い。
奴隷制が終わってからも、ジム・クロウという人種隔離が行われていたのが南部の州だ。
パパに「元白人警官が撃ち殺したのが白人だったら、有罪になる?」と尋ねると「相手が白人だったら、元警官は撃ち殺さない」と言われた。
ママもパパも、こういうことがあるから田舎町には絶対に住みたくないと言っている。
ジョージア州の地元では、事件直後から黒人層が事件の正当な捜査を求めてデモをしていたらしい。
ビデオがヴァイラルになってからは、NYやカリフォルニアにも抗議デモが広がった。ツイッターでも #JusticeForAhmaud/#ジャスティス・フォー・アーマウド がトレンディングになっている。
この日パパとママは Change.org のウェブサイトで、元警官と息子の逮捕を求める署名運動に参加した。
5月21日、 木曜日
アーベリー事件の元警官親子は5月7日に逮捕された。
そして今日、ヴァイラルになったビデオを撮影した別の白人の男が、共犯の罪で逮捕された。
ビデオが無かったら、恐らく元警官親子は正当防衛が認められ、逮捕されなかったはずだ。
なのに共犯者がビデオ撮影をしていた理由は、2人の無罪を立証する証拠映像にするつもりだったらしい。
共犯の男は、元警官親子の車の後を偶然走っていたふりをして、ビデオ撮影をしながらアーマウド・アーベリーのジョギングの邪魔をして、
警官親子のトラックの前におびき出していたそうだ。
これは計画的な犯行で、リンチだとも言われている。
白人が3人掛かりでアーマウド・アーベリーを殺した理由は、何日か前に警官親子がアーベリーと些細なことで口論になったからだ。
どうしたらこんな世の中が変えられるのだろう。
5月22日、 金曜日
仕事から戻ったパパと、今日もアーマウド・アーベリーの事件について話をした。
パパは、「今の時代は事件現場の様子を捉えたビデオが存在する分、以前より正当な裁きが下されるようになった」という。
でもビデオが再捜査や逮捕には繋がっても、“Justice/正義の裁き“ がもたらせる訳ではないことを僕に教えて来たのはパパだ。
11歳の僕でさえ、警官の黒人に対する過剰暴力のビデオを何度も観て来た。
警官たちは、暴力によって辞職させられることはあっても、罪には問われない。
パパがこれまで何度も語って聞かせてくれたのがロドニー・キング事件だ。
事件が起こったのは1992年のロサンジェルスで、逮捕された黒人容疑者ロドニー・キングが
複数の警官にこん棒で殴られたり、蹴られたりの暴行を受けた様子を撮影したビデオが全米の怒りを買った。
警官は全員逮捕されて裁判に掛けられたけれど、「黒人層が多い地元裁判所では市民感情が高まり過ぎて、
正当な裁きが受けられない」という理由から、白人が大半を占める地区の裁判所に法廷が移された。
そして白人だらけの陪審員によって、警官は全員無罪になった。パパはその判決の夜、悔し泣きしたと言っていた。
この事件のことを僕に教えるために 去年パパがママに内緒で見せてくれたのが「Straight Outta Comptons / ストレート・アウタ・コンプトンズ 」という映画だ。
ラップ・グループのNWAを描いた映画で、ヘッドフォンのビーツのクリエーターのドクター・ドレやアイス・キューブが居たグループだ。それまで僕は、アイス・キューブは俳優だと思っていて、ラッパーだったとは知らなかった。
その映画のシーンで、警官がロドニー・キングを殴る様子を初めて観た。映画には警官たちが無罪になった直後にロサンジェルスで起こった暴動のシーンも登場していた。
この時はNYでも抗議の暴動が起こったけれど、「混乱を大きくしないために、メディアがあえて報道を控えた」というのはママから聞いた話だ。
今ではSNSで誰もがニュース発信やビデオ投稿ができる時代になった。でもそれまでは、どのニュースを報じる、報じないはメディアの判断だった。
5月26日、 火曜日
こんな酷い、残酷な警官は観たことが無い。 パパとママも僕もショックと怒りで一杯だ。
ミネアポリスで偽の20ドル札を使った疑いで逮捕されたジョージ・フロイドが、手錠を掛けたまま地面に押し倒されて、
その首の後ろを白人警官のデレク・ショーヴィンが8分46秒も膝で締め付けていた。
フロイドの「I can’t breathe」という命乞いは無視され、その場に居た他3人の警官もショーヴィンを止めることはなく、逆に手助けをしていた。
現場に居合わせた人々がショーヴィンに止めるように言っても、彼は不敵な態度で、まるで白人警官の権威のひけらかしているようだった。
救急車がやって来た時には既にジョージ・フロイドには意識が無く、やがて病院で死亡が確認された。
パパとママにとっては「I can’t breathe」という命乞いのセンテンスが特に胸に刺さっていた。 「またこんなことが起こるなんて……」。
「I can’t breathe」というセンテンスが、警官に対する過剰暴力の抗議デモのチャンティングとして 最初に聞かれたのは2014年のエリック・ガーナー事件だ。
エリック・ガーナーは、スタッテン・アイランドのストリートでタバコの不法販売容疑で警官4人に取り押さえられ、
チョーク・ホールドという首を絞めつけられる状態が続いた。その時にエリック・ガーナーが息絶え絶えに何度も訴えたのが
「I can’t breathe」というセンテンスだ。
警官の1人はガーナーが意識を失ってからも首を絞め続け、救急車が来るまで路上で7分間放置されたガーナーは死亡した。
この時の様子もビデオ撮影されていて、NYだけでなく全米のニュースで何度も放映される有名なシーンになった。
そしてこの時も全米で抗議デモが起こったけれど、事件に関わった警官4人は5ヵ月後に不起訴処分が決定した。
理由は肥満体だったガーナーの死因が喘息や心臓病によるもので、チョーク・ホールドではないと判断されたからだ。
首を絞め続けた警官が懲戒免職になったのは、去年2019年。事件から5年も経ってからだった。でも誰一人として刑務所に行くことはない。
パパとママの出会いも、警察の黒人差別と関わっていた。
パパとママが付き合い始めたのは2008年7月。当時はビリオネアのマイケル・ブルームバーグがNY市長で、彼の指示で始まったのが NYPDによる悪名高き
“ストップ・アンド・フリスク“ という捜査手法だった。
これは警官が怪しいと思えば、誰に対してでも不審物を所持していないかのボディ・チェックが行えるというもの。
その対象になったのはもっぱら黒人、ヒスパニック系、一部のアジア人、要するにマイノリティ人種だ。
グーグル検索したら、2012年の1年間にNY市内では53万人以上がストップ・アンド・フリスクの対象になっていた。1日1460人がNYのマンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、ブロンクス、スタッテン・アイランドの
5つのボローのどこかでストップ・アンド・フリスクのターゲットになっていたことになる。
パパはUSPSのユニフォームを着ている時はストップ・アンド・フリスクを恐れる必要はなかったけれど、ユニフォームを着ていない時に ストップ・アンド・フリスクを1度経験して不愉快さと屈辱を味わっている。
パパとママが出会ったのは、パパがハーレム地区の配達を担当している時で、ママはハーレムの別の小学校で教えていた。
ママが同じ学校で働く黒人女性教師、ミズ・ジョンソンと一緒に歩いていたところ、黒人男性3人が白人と黒人の警官からストップ&フリスクのチェックを受けて居るところに出くわしてしまった。
そしてミズ・ジョンソンと白人警官の目が合った途端、ママとミズ・ジョンソンまでもがストップ・アンド・フリスクのターゲットになってしまった。
警官はまず2人のバッグの中身をチェックした。 次に黒人警官が「女は麻薬をブラの中に隠すんだ」と言って、
ママの顔を覗き込んだという。この時の黒人警官のギラギラした目つきは、今でも忘れられないとママは言っている。
その時にUSPSのトラックが停まって、配達のためにトラックから降りて来たのがパパだった。
パパはママとミズ・ジョンソンが3人の黒人男性に嫌がらせを受けて、そこに警察が割って入ったのかと思い、
「Is everything OK?」と声を掛けた。
すると白人警官が「OK, the show is over!」と言って、警官2人はパトカーで走り去り、
黒人男性3人も何処かへ消えたけれど、ミズ・ジョンソンはショックと恐怖で泣き出してしまい、
ママがパパに何が起こっていたかを説明した。
2人を放っておけなかったパパは、ミズ・ジョンソンとママをUSPSのトラックで家まで送ることになった。
これがパパとママの馴れ初めだ。
その8か月後にパパとママが結婚し、2009年に僕が生まれた。この年の11月のNY市長選挙で、ブルームバーグ市長が3度目の当選を果たした。
ストップ&フリスクのせいでマイノリティの間で不人気だったブルームバーグが再当選出来たのは、ビリオネアの財力に物を言わせて、1億ドル以上を選挙運動に注ぎ込んだからだ。
当時NY市民の間では「ビリオネアが最後の任期を買い取った」と言われたそうだ。
2013年の市長選挙では、「ストップ・アンド・フリスク廃止」を掲げて、現在の市長、ビル・デブラジオが立候補した。
デブラジオの妻は黒人で、選挙CMには白人のデブラジオのルックスとはかけ離れたアフロ・ヘアとダーク・スキンの息子が登場した。
その途端に黒人層の支持率が跳ね上がった。
パパとママもこの時の選挙でデブラジオに投票した。でも就任から間もなくして、2人ともデブラジオに失望した。
今ではデブラジオの悪口を毎日のように言っている。政治家は人を騙す職業だと。
マイケル・ブルームバーグは去年、2019年11月に民主党の2020年大統領選挙候補として立候補した。
でも黒人やヒスパニックがブルームバーグを支持するはずはない。今年2月になってブルームバーグは、ストップ・アンド・フリスクが間違いだったと認めて謝罪をした。黒人は誰も信じなかった。
やがて3月に入ると、ブルームバーグは大統領選挙キャンペーンの停止を宣言した。
4月になる頃には、民主党の大統領候補は、黒人を含むマイノリティ人種に好意的と言われるジョー・バイデンに絞られた。
5月30日、 土曜日
この本を執筆していた2020年は、富裕層が郊外や州外に逃れていただけでなく、ニューヨーカーの多くが
NY州外に移住する傾向にありました。
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今はコロナウィルスよりもジョージ・フロイドの事件のニュースが大きくなっている。
事件の翌日には、その場に居た警官4人全員が解雇された。そして事件から3日後に、ようやくジョージ・フロイドの首を押さえつけていた警官、デレク・ショーヴィンが第三級殺人罪と過失致死で逮捕された。
残りの3人の警官はまだ罪に問われていない。
NYでも2日前から大々的な抗議デモが始まった。今日はパパと一緒に午後1時からハーレムをスタートしてタイムズ・スクエアに向かう抗議デモに参加した。
ママは心配していたけれど、パパも僕も参加せずにはいられなかった。
デモは夜になると略奪や暴動に発展する。ソーホーの高級店は略奪のターゲットになっていた。 だから店のウィンドウは全て木製ボードで覆われているらしい。
パパは「略奪をしているのは、抗議デモとは無関係のただの泥棒だ」と言っていた。インターネットでは略奪者が盗んだ品物を車に詰め込んで逃げる様子を撮影したビデオが公開されている。
ジョージ・フロイド事件をきっかけにせっかく全米で盛り上がり始めたブラック・ライブス・マター(以下BLM)の運動が、泥棒に利用されるのは頭に来る。
悲しいけれど、ビデオに映っていた略奪者は黒人かヒスパニックだ。
こんな黒人が居るうちは、何時まで経っても真面目に生きている黒人の地位が向上しない。
黒人1人が犯罪を起こせば、世の中では黒人全員が犯罪をしていると思いこむ。
BLMのデモはハーレムのアポロ・シアター前からスタートして、5番街を下って、セントラル・パークサウスを通って、7番街を下ってタイムズ・スクエアに辿り着いた。
約70ブロックを歩いたことになる。その間 「ブラック・ライブス・マター」、「ジョージ・フロイド」、「No Justice, No Peace」、
「What do we want? Justice! When do we want? Now!」というチャンティングが続いた。
ハーレムをスタートした時は黒人が殆どだったけれど、途中からどんどん白人やアジア人が増えてきた。若い人たちが多い。
僕は数少ない子供の参加者だったので、周囲の人たちがとても親切にしてくれた。
デモの参加者を見ていると、黒人参加者は警察の過剰暴力に抗議をしているけれど、
白人参加者は社会に根付いたレイシズムに反発していた。これにはちょっと驚いた。
僕にとってはデモに参加したのは良い経験だった。
今週のジョージ・フロイドの事件、その前のアーマウド・アーベリーの事件、それにコロナウィルスで沢山の黒人が命を落としていることで、
気持ちが暗くなっていたところだった。 月曜のメモリアル・デイのセントラル・パークでは、
バード・ウォッチングをしていた黒人男性が、飼い犬を野放しにしていた白人女性にリードをつけるように頼んだだけで
「黒人に命を脅かされた」と警察にウソの通報をされる事件が起こった。
公園内で犬のリードを外すのは違反行為だ。しかも黒人男性は、リードをつけるように注意した訳じゃない。
礼儀正しく頼んでいた様子は、男性がスマートフォンで撮影したビデオに捉えられていた。
この黒人男性はハーバード大学を出たインテリで、終始落ち着いていた。通報した白人女性は、その直後からSNSで “セントラル・パーク・カレン”と呼ばれるようになった。
“カレン”は、小さなことでマイノリティ人種を責めては警察に通報する白人女性を指す言葉だ。
“セントラル・パーク・カレン” は虚偽通報がバレて、仕事をクビになったらしい。
こんな出来事ばかりが続いていた時にデモに参加して、ニューヨーカーが人種を問わずBLMをサポートしていること、警察や社会の間違いを正そうと
一緒に立ち上がっていることが嬉しかった。希望が持てるようになった。そう思ったのはパパも同じだった。
僕らはタイムズ・スクエアからは地下鉄で家に帰った。ママは僕らが「出て行った時よりも元気になって帰ってきた」と言っていたけれど、それは本当だったと思う。
6月6日、 土曜日
NYでは連日の抗議デモが、夜になると略奪や暴動に発展していたことから、
夜8時以降の外出禁止令が出た。8時を過ぎても抗議活動者がストリートに居座ると、警察は容赦なしに催涙ガスを使ったり、ゴム弾を撃ったり、棍棒で叩いて来るらしい。
今ではBLMの抗議活動をナイキやアマゾンのような大企業も支援し始めた。これはかなり画期的な事らしい。
今日になってマイケル・ジョーダンもBLMをサポートするために、向こう10年間で彼個人とジョーダン・ブランドから1億ドルの寄付を約束した。
これまで政治的な活動に関わらなかったジョーダンがBLMをサポートしたのは、僕にとっては嬉しいサプライズだった。
それと今日は3大ネットワークの1つのNBC系列のニュース番組が僕ら家族のインタビューにやって来た。
ニュース番組のディレクターがママの同級生で、子供達にブラック・ライブス・マターについてどう教えているか、家族でどう話し合っているかを取材したいという。
だからパパが居る土曜日を選んで、女性レポーターとカメラマン、アシスタントらしき3人がやって来た。
全員がマスクをして、ウィルス感染を防ぐためにインタビューも1.5メートル離れて行うのがルールだ。
僕たち家族は女性レポーターの質問に、長いスティックの先についたマイクに向かって答える。
パパとママは、僕とマヤに世の中で起こっていることや、BLMの抗議活動を全てありのままに語って聞かせていると説明した。
マヤは女性レポーターに「どんな世の中になって欲しい?」と尋ねられて、「いろんな人種の人達と、皆で楽しい事が出来たら良いと思う」と答えた。
レポーターもアシスタントも目を細めて頷いている。可愛いと思ってくれたみたいだ。
そして僕にもマイクを向けてくれたので、「これは黒人社会だけの問題じゃない、BLMのデモに参加してみて、白人も、他のマイノリティ人種も、
皆が警察と社会の改善を望んでいるのが分かった。だから自分もそのために何かが出来ればと思う」と言った。心からそう思ったからだ。
TV局の人達は良い人達だった。僕ら家族のインタビューは今日の6時半からのニュースの中で放映された。
6月9日、 火曜日
昨日NBCから再び連絡があった。ニュースで放映された僕のコメントを観て、BLMチルドレンズ・マーチのオーガナイザーが、今週土曜日、6月13日にヘラルド・スクエアで行われるイベントで、子供世代を代表するスピーカーの1人になってほしいと言っているらしい。
今日、ブルックリンのバークレー・センターで同じイベントがあるので都合が良かったら見に来て欲しいとのことだったので、
ママに連れられてマヤと僕の3人で出掛けた。
チルドレンズ・マーチをオーガナイズしたのはマエベルさんだ。 マエベルさんには3人の男の子が居る。 BLMの活動に参加したきっかけは、
2014年にクリーブランドの公園で、当時12歳だったタミール・ライスが警官に射殺された事件だった。
「これが自分の子供だったら…」という気持ちから活動に加わったと話してくれた。
僕もこの事件は知っている。 オハイオ州クリーブランドには、毎年夏休みに泊まりに行く叔父さんの家がある。
この事件以来、ママが 「クリーブランドの警官はNYの警官よりも人種差別が激しい、子供でも平気で射殺するから気を付けるように」と毎年のように僕に言い聞かせてきた。
タミール・ライスは公園で玩具のピストルに手を伸ばして警官に射殺された。もちろん警官は罪に問われていない。
チルドレンズ・マーチには、小さな子供からティーネイジャーまでが親達と一緒に、手作りのプラカードを持って参加していた。
ブルックリンのバークレー・センターに集合してから、パブリック・ライブラリーまで行進して、ライブラリーに到着すると、参加していた子供達にピザやアイスクリームが配られた。
そして数人の子供達がスピーカーとして壇上に立った。その中には僕より1つ上のマエベルさんの長男も含まれていた。
彼は「I’m black, I’m proud(僕は黒人だ、僕には誇りがある)」と力強く語っていた。
僕はマエベルさんに今週土曜日のイベントのスピーカーに加えてくれたことを感謝して、自分のメッセージが届くように頑張ると約束して帰ってきた。
6月12日、 金曜日
いよいよ明日がチルドレンズ・マーチだ。何を伝えるべきかを何度も考えた。
火曜日のイベントでは自分の人種差別の経験を語った子供も居た。
僕自身も差別の経験はある。でも自分個人のことより、多くの人にアピールするメッセージにしたかった。
だから、黒人層の子供世代が今抱えている問題について調べてみた。貧困や医療のような親達が抱える問題ではない子供達の問題。
直ぐに思い浮かぶのは虐め、人種差別だけれど、インターネットで検索するうちに過去10年間で黒人の13歳以下の自殺未遂が92%も増えて、白人の子供達の自殺者数の2.5倍になっている記事を見つけた。
自殺の理由は、「黒人である自分の人生に価値が見出せない」と落ち込むため、そして黒人であるがために差別される重荷に耐えられないからだ。
僕らは差別される、疑われる、白人よりちゃんとしてなければならない。 それでも認めて貰えないことは多々あるし、大人になれば、もっとひどい差別に直面するかもしれない。
でもパパと一緒にBLMの運動に参加して、白人、ヒスパニック、アジア人、全ての人種の人達が、僕らの権利や安全のために一緒に闘ってくれる様子には本当に力づけられたし、
感謝した。そして初めて人類愛というものに大きな希望を見出した。だからそれを皆に伝えたい。
人種差別はそう簡単にはなくならないと思う。それは歴史が証明している。
でも人類愛と正義は必ず差別に勝利すると信じている。それを伝えるのが僕のメッセージだ。
終わりに
当時は、そんな流出組のことを「Fair weather New Yorker / フェアウェザー・ニューヨーカー」と呼んでいました。
これは「Fair weather friend / フェアウェザー・フレンド(直訳すれば ”晴天の友”)」をアレンジした言葉で、日本語で言う「日和見主義者」。
NYが潤って活気がある時にはニューヨーカーになって、パンデミックで沈滞ムードになった途端に外に出ていくという意味です。
その頃のメディアでは、「何故今、ニューヨーカーがNYを離れるのか?」が特集されていましたが、
パンデミックが始まってからNYを離れた多くは以前から、「物価とレントが高額で、アパートが狭いNYの生活に見切りをつけなければ」と思っていた人々で、
パンデミックはそのトリガーに過ぎませんでした。
そんな時、ある友人が私を含む数人のグループにメールで送付してきたのが、
NYのローカル・メディアが 100人のニューヨーカーを対象に行った 「何故NYCに住み続けるのか?」 の調査結果でした。
友人は、100人分の「NYCに住み続ける理由」を全てメールにペーストして、
「この中から最も共鳴するものを3つ選んでシェアして欲しい」と言ってきました。
どんなものがあったかと言えば、以下がその一部です。
このメールを受け取ったグループのリアクションは「読んでいるうちに涙が出てきた」、「NYへの愛をポエムにしたよう…」というものでした。
私はこの時、フェアウェザー・ニューヨーカーはNYにただ住んでいただけの人々で、本当のニューヨーカーとは「NYで生きる人々」だと実感したのを覚えています。
この本の執筆に取り組んだのも、ウィルス感染が広がり、街がロックダウンされて、孤独や不安を味わっても、
美しい夕日や 見知らぬニューヨーカーからの親切、短い会話の中のニューヨーカーならではのユーモアのセンスなど、
毎日の小さな感動をエネルギーや活力に変えて、逞しく生きるニューヨーカーの姿を描きたいと考えたためでした。
最後に、私自身は友人が送付してくれたリストから、以下の3つを選んでシェアしました。
執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に
ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。
Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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