2025年10月21日に開所式が行われたのが、時価総額で世界最大の銀行、J.P.モルガン・チェースの新本社ビル。
マンハッタンの中心、グランド・セントラル駅北側の 270パーク・アヴェニューに位置する60階建てのこのタワーは、高さ800メートル、30億ドルの建設費が投じられたモダンなビルディング。
以前の本社ビルの2倍の屋外面積を誇り、1万人の従業員が働き、インテリジェント・ビルディングであると同時に、NY初の完全リニューアブル・エナジーで運営される大型ビル。
設計を担当したのは90歳の著名なイギリス人建築家、ノーマン・フォスター卿で、ニューヨーク市で6番目に高い超高層ビルは「仕事の未来」の象徴としてデザインされているのだった。
セキュリティは万全で、顔認識スキャナーや指紋検出器が従業員や来訪者を1人1人確認。高速エレベーターが従業員ならば所属のワーク・ステーションへ、来訪者は適切な目的地に案内する仕組み。
ビル内のカフェは、何時も注文しているコーヒーやソフトドリンクを記憶しているので いちいちオーダーする必要は無く、デスクに座ればAIが日差しに合わせて窓のブラインドを調整。
会議室を予約すれば 室温は好みに合わせて調整され、空腹になれば ビル内にある19軒のレストランから好みのメニューをオーダーすれば、デスクまで食事をデリバリーしてくれるシステム。
J.P.モルガンのグローバル不動産部門責任者、デビッド・アリーナはフォーチュン誌とのインタビューで 「社員には1日中ここに居て欲しいと思っている。出て行ってほしくない」と語り、
開所式に招待されたNY州知事、キャシー・ホークルも「このオフィスは信じられないほど素晴らしいので、社員は家に帰りたくなくなるでしょう」とコメント。
実際に同ビルは 「仕事だけに集中し、仕事をし続けるための最適な環境」としてデザインされているのだった。
2026年1月に同社CEO就任20周年を迎えるジェイミー・ダイモンは、フォスター卿にデザインを依頼する際に、「要塞」と「優勢」という言葉をキーワードとして反映させて欲しいとリクエストしたとのこと。
新本社ビルは、225年の歴史を持つJ.P.モルガンが「従業員の幸福を最優先に考慮した」と公式に主張する一方で、メディアは「キャピタリズムの新たな聖地」と反対の意味で捉えているのが実情。
ジェイミー・ダイモンはアメリカで最も影響力のある銀行家であり、”世界の指導者や財界の大物たちの腹心”とも表現され、仕事に対する精力的な姿勢で知られるけれど、
彼はパンデミックを機に広がり、定着しつつあったリモート・ワークを完全否定。
30万人の全従業員に週5日のオフィス出勤に復帰するよう、他社に先駆けて義務付けた存在。「毎日オフィスに来たくないないという従業員の権利は認める。しかしそれをJ.P.モルガンに押し付けることはできない。週5日勤務が嫌なら、J.P.モルガンで働く必要はない」と宣言。
新しいオフィスは、復職に消極的な社員たちを取り込むためのダイモンの計画の一環でもあったそうで、
ビル内にはジム、ヨガ・スタジオ、ギネス・ビールが樽出しされるアイリッシュ・パブの”モーガンズ”がオープン。 オフィス内の壁には、同ビルのために制作されたアート作品が飾られており、
中でも星条旗を掲げた旗竿「ウィンド・ダンス」は、建築家のフォスター卿自身が制作。人工の風になびいて、絶えず波打っており、
それに代表されるように全てが人工的かつシンボリックで、人間性が欠落していることが このビルの最大の問題点と指摘されるのだった。
写真上左は、デル・コンピューターの創設者でビリオネアのマイケル・デルが、オフィス開設を祝ってツイートした投稿。
何列にも並んだデスクに それぞれ4台のデル製コンピューター・ディスプレイが備え付けられたフォトは、即座に1700万回の閲覧と2000件以上のコメントを記録したけれど、
その内容は「まるで悪夢かホラー映画に出てくるようなオフィス」、「これがアナリストやトレーダーの飼育用ケージか?」といった辛辣なリアクションが寄せられ、殆どがネガティブなもの。
メディア取材に匿名で応じたJ.P.モルガン従業員も 「ディストピア的な感じがする」と語り、「指紋を取られ、顔をスキャンされるのにはかなりの抵抗があったが、やらされた。おそらく会社は私の全てを知っているのだろう」と、
新本社ビルでの勤務だけでなく、行動全体が、J.P.モルガンによる完全監視体制下であることを指摘。
デスクに注文した食事が届くという一見便利なシステムについても、
「会社は12時間デスクで働けば食事が無料になる福利厚生システムによって、社員に12時間以上デスクに座って働くように圧力を掛けている。
会社は食事をピックアップしに社内を歩くことさえ時間の無駄と考えている」と、至れり尽くせりのシステムの実態が 実は陰惨なまでに労働を管理するコンセプトであることを明かしているのだった。
アメリカでは2024年5月にバンク・オブ・アメリカの35歳の投資銀行家が、週100時間以上もの長時間労働による疲労のため「退職を考えている」と友人に打ち明けた後、脳血栓で死亡。その3か月後には、全米第4位の銀行ウェルズ・ファーゴの60歳の法人コンサルタントが、アリゾナ州のオフィスのデスクに座ったまま死亡し、4日後に発見されるという、まさかの”オフィス内孤独死”を遂げており、
金融業界は過労とは切り離せない問題。
だからといって従業員の余計な負担を軽減するための AIによるブラインドや照明の設定、食事のデリバリー等は逆に人間味のない「サイボーグ労働者を作っているだけ」と指摘され、
「そもそも顔や指紋で、従業員のIDを管理、監視すること自体がディストピア」というのが労働環境専門家やSNSインフルエンサーの意見。
J.P.モルガン側はそんな意見をあらかじめ見込んでいたようで、開所式にはニューエイジ教祖であるディーパック・ショプラを招待。ショプラはJ.P.モルガンのエグゼクティブの意図通りに、
集まった来賓や従業員を前に、「この壮大な建物に 音、思考、そして創造を生み出す静寂を感じてください。この静寂の中に、無限の繁栄というテーマが宿っています」とスピーチ。
巨大企業の冷徹なオフィスに、スピリチュアルな要素をもたらす試みに出たけれど、J.P.モルガン新本社ビルは 血が通った人間を サイボーグにコンバートしかねない施設。
そうなったとしても上層部が罪悪感を抱く必要が無い空間として仕上げられているのだった。


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