今週のアメリカで最大の報道になっていたのは、表向きには円満に先週末DOGEを去ったイーロン・マスクとトランプ氏が、
離婚訴訟中のカップルのような対決姿勢を見せたこと。その目まぐるしい展開はメディアで大報道されたけれど、
時を同じくして米国中西部で起こっていたのが、トランプ氏とマスクの闘いを天候で示したような大嵐、洪水、竜巻の大被害。
アメリカは6月1日から 11月までハリケーン・シーズンに突入しており、2025年は例年より活発化すると予測されるシーズン。
しかし世界最先端技術を誇ったNOAA(アメリカ海洋大気庁)の職員がDOGEによって600人解雇され、予算も大幅にカットされたことから、
危機対応の遅れや予測の不備が避けられないことは、気象予報士が涙ながらに視聴者に訴えた状況。
ハリケーン被害の救済に当たるFEMA(連邦緊急事態管理庁)にしても、2000人の職員と財源がカットされたことで、春に起こった洪水や竜巻への援助も滞っている有り様。
DHS(国土安全保障省)も不法移民逮捕に忙しく、本来の災害・テロへの対応力が著しく低下。加えてアメリカでは保険会社が
自然災害が起こるエリアをカバーしない、もしくは保険料を極めて高額に設定することから、多くの人々、特に貧困層が災害保険を持っておらず、
既に囁かれているのが、今年のハリケーン・シーズンの大被害と莫大な経済ダメージ。
骨抜きになった政府機関業務を民間企業が取って代わる傾向も見込まれ、
何もしない政府に従来通りの税金を払い、これまで税金で賄われていた政府機能を民間業者からお金を払って受ける状況に向かいつつあるのだった。
先週金曜にDOGEを去るイーロン・マスクにホワイトハウスの黄金の鍵を贈呈するプレス・カンファレンスを行ったトランプ氏であるけれど、この時点でプレス関係者から聞かれていたのが2人の不協和音。
そして今週から始まったのが2人の公の確執であるけれど、その発端になったのはトランプ政権の経済政策の要である予算案、OBBB(One Big Beautiful Bill)をマスクが批判し、
それを可決した下院議員を猛批判したこと。
OBBBは向こう10年間で富裕層と大企業に多大なメリットをもたらす約3.7兆ドルの減税が柱で、その財源を賄うために低所得者健康保険や食糧補助をカットするもの。
ミドルクラスは減税額が物価上昇分で相殺されるのでメリットは無く、貧富の差が益々拡大するだけでなく、富裕層を潤すためにアメリカの財政赤字が2.4兆ドル拡大する法案(現時点でアメリカの財政赤字は約30兆ドル)。
これを可決したトランプ派の下院議員は、1000ページにわたる法案を「読まずに投票した」と発言して今週批判を浴びていたのだった。
OBBBにはEVに関するネガティブな記載が多かったこともあり、マスクは先週末からX上で反旗を翻していたけれど、時を同じくしてトランプ氏は NASA長官の候補者から、マスクが推したジャレッド・アイザックマンを排除。
これがスペースXに悪影響を及ぼすことから、両氏の対決が本格化。
マスクは「自分がいなければトランプは選挙に負け、下院は民主党が、上院は共和党が51対49で過半数を占めていただろう」とX上に投稿。
するとトランプ氏は自らのSNS、トゥルース・ソーシャルで「数十億ドル規模の予算を節約する最も簡単な方法は、イーロン・マスクの企業への政府補助金と契約を打ち切ることだ」と、
テスラ、スペースX、ニューラリンク等の政府コントラクトで毎日800万ドルを稼いでいるマスクに脅しをかける発言を展開。
さらに「イーロンは疲れ果てていたので、彼に辞任を要請した。彼は私が、誰も欲しがらない電気自動車税額控除を撤回することを事前に知りながら、それが盛り込まれた法案に激怒した。
彼はTrump Derangement Syndrome(トランプ錯乱症候群:アンチ・トランプ派がトランプ氏がすることすべてにネガティブになる症状)にかかっている」と付け加えたのだった。
すると今度はマスクが、トランプ政権下の刑務所で自殺したことになっているセックス・トラフィッカー、ジェフリー・エプスティーンの捜査ファイルが公開されないのは、「トランプ氏に関する記述があるからだ」
として、エプスティーンとトランプ氏が仲良く談笑する1992年のビデオをリツイート。
そこに割って入ったのが 第一期トランプ政権のアドバイザーで、今はMAGAポッドキャストを運営するスティーブ・バノンで、「イーロン・マスクを国外強制送還にするべき」とXに投稿。。
これに対してマスクは「トランプを弾劾裁判にかけるべき」とやり返しており、この闘いの大半は木曜1日に起こったこと。
その木曜にテスラ株は14%下落し、マスクが失った個人資産は270億ドル。それでもフォーブス誌によれば、個人総資産3880億ドルのイーロン・マスクは世界一の富豪。
しかしそれから24時間も経たないうちに、マスクの態度が軟化し始めるのだった。
世界一の権力者と世界一の富豪、共に強烈なエゴで知られるだけに、トランプ氏とマスクがやがてはこうなることは選挙前から予測されたことであったとは言え、
こんなに早く、そして激しい争いに発展したのは誰にとっても予想外の展開。
そんな中、早くも行われた世論調査では、MAGAで知られるトランプ氏の支持基盤は圧倒的にトランプ氏側についているけれど、
それでもこの争いに加勢しないという意見が大半。そうなるのは、MAGA勢力の多くは2人の和解を望んでいるため。
事実、ホワイトハウスの補佐官らがトランプ氏とマスクのコミュニケーションをアレンジする一方で、投資家ビル・アックマン等も2人の和解を求める訴えをしており、
“復縁”にはトランプ氏よりもマスクの方が前向き。しかし、金曜の時点でトランプ氏はマスクとの会話を拒否し、復縁に興味がない様子を見せていたのだった。
入れ替わりの激しいトランプ政権では、第1期に40人〜60人、第2期で既に数十人の高官が解任されているけれど、
周囲が呼び戻しに動いたのはイーロン・マスクのみ。
トランプ支持者が2人の和解を求める最大の理由は、2人の関係がトランプ第二期政権の壮大な野望を実現するための「MAGA&テクノロジー企業連合」の象徴であるため。
ベゾス、ザッカーバーグ、ChatGPTのサム・アルトマンといったかつてのリベラル派だったITエグゼクティブが、こぞってMAGAになびいたきっかけを作ったのは他ならぬイーロン・マスク。
加えてトランプ氏のために大統領選、及びその後の地方選挙で3億ドルを投じ、「史上最も権力のある民間人」となったマスクの資金力やX上での発言力、影響力は、
トランプ氏も共和党MAGA議員も共に戦力として捉えていたもの。
このページのトップで政府機関の仕事が民間に移行する傾向に触れたけれど、
マスクの財力を政治に利用するのもその傾向の一端と言えるのだった。
トランプ氏とマスクは共に、一時は自分に忠誠を誓った存在、極めて親しかった存在と敵対関係になることで知られており、
トランプ氏にとって最も有名なブレークアップは長年の専属弁護士、マイケル・コーヘンや、前政権の司法長官ビル・バー、同じく前政権の国防アドバイザー、ジョン・ボルトン等が挙げられるけれど、
一方のマスクも、オープンAIのサム・アルトマンとは現在天敵の関係。加えて元ツイッターCEOのパラグ・アグラワル、テスラの元半導体デザイナーで主任エンジニアだったジム・ケラー等、有名かつアグリーなストーリーであふれている存在。
私生活においては、トランプ氏は最初の妻のイヴァナと泥沼の離婚裁判をしており、イーロン・マスクは自分の子供を宿すオファーを拒否した女性に復讐をしたかと思えば、かつて交際していた女優のアンバー・ハードには、
テスラをプレゼントし、映画「アクアマン」のキャスティングから外れないようにハリウッドで裏工作をするほど惚れ込んでいたものの振られてしまい、ツイッター買収直後に彼女のオフィシャル・アカウントを閉鎖する嫌がらせに出ていたのだった。
昨今のアメリカではトランプ氏や政権に対してネガティブな意見をSNSで発信したことでとグリーンカードが取り消しになるケースが相次いでいただけに、マスクがトランプ批判を始めた際には
「イーロン・マスクだけには言論の自由が認められるのか?」という不満がリベラル派、民主党支持者から寄せられていたけれど、スティーブ・バノンや一部のMAGA勢力がマスクの国外強制送還を訴えたことで、
「少なくとも言論統制は平等だった」という皮肉が聞かれていたのが今週。
さらに今週のSNS上では「別れに際して感情的になるのは女性だけではない」という分析も見られたけれど、トランプ氏とマスクはその性格上、「たとえ復縁したとしてもまた同じ歴史を繰り返すだろう」という声が圧倒的に多数を占めていたのだった。
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執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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